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羊さんたちの遊卓

【9-11】ぴしっとまっすぐ

 
 巫女さん? 千秋が、巫女さんに?

「……風見くん」

 三上に声をかけられて、はっと我に返る。その時初めて気付いた。羊子に手を引かれ、奥に消える千秋の姿をじっと見送っていたことに。
 それこそキリンのように。あるいはプレーリードッグのように、ながぁくのび上がって。
 
「気になりますか?」
「えっ、いや、その、あの」
「まあまあ落ち着いて。甘酒のおかわりいかがです?」
「あ、ください……」

 って、そうじゃなくて。

「俺、自分でやります!」
「いいんですよ、ついでですから」

 そう言って台所から戻ってきた三上の手には、骸骨のラベルの小瓶が握られていた。

「あ、ソレ」
「愛用させていただいてますよ、ロイくんのお土産」
「光栄デス」

 風見とロイはちらっと目を見合わせた。

(まさか……甘酒に?)
(入れちゃうのか、アレを!)

 二人が恐る恐る見守る中、三上は瓶の蓋をぴっと開け…‥
 小皿に取り分けた昆布の佃煮に振りかけた。
 
「試してみます?」
「い、いえ」
「謹んでご辞退申し上げマス」
「そうですか……美味しいのに」

 平然と赤く染まった佃煮をあまさず食べ終わり、甘酒をすすると、三上はすっと立ち上がった。

「さて、午後の仕込みがあるのでお先に失礼しますよ」
「……行ってらっしゃい」
「お疲れさまデス」

 向かい合って甘酒のおかわりをすすること、しばし。
 やがて。
 ひたひたと、廊下を近づいてくる足音が二組。静かに静かに、しとやかに。

(来た!)

「お待たせー」

 さらりとふすまが開いてまず羊子が。

「どうしたー藤島。早く来いよ」
「………………はい」

 手招きされ、手を引かれ、ようやくもう一人が入ってくる。
 白衣(はくえ)に赤い半襟、緋色の袴、足下は白い足袋。巫女さん姿の藤島千秋は、しずしずと前に進み出て……そ、と顔を上げた。

「どうかな」
「ふあ」
「……何、それ」
「いや……その……えっと……」

 とっさに言葉が上手く出てこない。とりあえず見たままを口にする。

「ぴしっとまっすぐ」

 途端に千秋は眉を寄せ、きっと風見をにらみつけ、袴の紐に手をかけた。

「やっぱ脱ぐ!」
「わーこら藤島よせ、落ち着けっ」
「だって、これだと体のラインがもろに出るし! ごまかせないし!」

 ダウンジャケットとセーターを脱いだ藤島千秋の胸元は、これまた羊子といい勝負に………平らだったのだ。

「風見! おまえも言葉が足りてないぞ」
「あ……」
「主語を抜かすな、主語を!」

 そうだった!
 こほっと小さく咳払いしてのどを整える。

「背筋がぴしっとまっすぐに伸びてる。合わせもきれいだ。見てて気持ちいい」
「……ほんと?」
「うん。すごく……」

 千秋の目を見て、風見はきっぱりと言い切った。

「かっこいい」

(あーあ)

 その瞬間、場に居合わせたほとんど全員がため息をついていた。
 約一名を除いては。

(そんなところもキュートだよコウイチ………!)

 言われた当の千秋は目をぱちくり。ぽっかり開いた空白の瞬間に、するりと割って入った者がいる。

「おや、これはかわいらしい」
「ありがとうございます」

 ようやく、千秋の頬に笑みが浮かぶ。ちょっぴり寂しそうな陰りを眉のあたりに残してはいたけれど。

「み、三上さん、いつの間に」
「ちょっと忘れ物をとりに」

 三上は身をかがめて炬燵の上から激辛ソースの瓶を手にとった。合間にひそっと風見の耳元にささやく。

「こーゆー時の女の子は、『かわいい』とか『きれい』とか言ってほしいんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。言いづらければ『似合ってる』でもかまいませんよ」
「そうなんだ……」

 一方で羊子はぱたぱたと千秋の肩を叩いた。

「まあ、あれだ。かっこいいってのは、風見にとっちゃ最上級の褒め言葉だよな」
「……そうですね」

 恥じらいながらも今度こそ、ぱあっと100%の笑顔が花開く。

「うん、光一もかっこいいよ!」

 一連の動静を物静かな笑顔で見守りつつ、ロイのナイーヴな心は揺れに揺れまくっていた。

(ああ、何故今日は赤い袴を履いてこなかったんだろう。バカ、バカ、僕のバカ!)

 揺れすぎて妙な方向に暴走し、

(僕のほうが胸は大きかったはず! 負けないっ)

 何やら根本的にまちがった対抗意識を燃え上がらせる。

(こうなったら……こうなったらーっ!)

 その瞬間。一部の人間にはロイの姿が一瞬、二重写しになったように感じられた。
 しゅっと飛び上がる気配とともに一陣の風が室内を吹き抜け、髪の毛を、袖や袴の裾を舞い上がらせる。

「あれ、ロイ、どこ?」

 千秋が首をかしげた。

「いるじゃないか、ほら」
「え、あれぇ?」

 確かにロイはいた。さっきと同じ場所にきちっと正座して、心なしか誇らしげに胸を張っている。
 ただし、服装が変わっていた。袴が浅葱色から赤に。そして長くたなびく金色の髪。
 
「巫女さんだ……」
「巫女さんだね」
「わざわざ着替えてきたのか」
「いつの間に? って言うか、何で?」

 この時点でさすがにロイも我に返った。

(ハッ、し、しまった思わず着替えちゃったけど。僕のほうが胸があるなんて、言えないっ?!)

 えらいことをしてしまった。だが、ここでもう一度早着替えをやらかして元に戻った所で女装した事実は消えない。
 どうする。
 どうしよう。
 つすーっと背中を冷たい汗が流れる。

「…………千秋を見てたら、また着たくなっちゃった」
「ロイ。おまえ、そんなに気に入ったのか、巫女さん」
「Yes、き、きにいっちゃった……」
「そっか。似合ってるしな」
「う、うん!」

 そのひと言だけで、彼の心は厳かな雅楽の音に包まれて高天ケ原まで舞い上がっていた。

「せっかくだから写真とっとくか?」
「はい!」
「よし、お前らも入れ!」
「えー」

 かくしてまず、全員で集合写真。次いで二人、あるいは三人ずつ組みになってパシャリ、パシャリ。

「うーん、改めて見るとやっぱり壮観だなあ。巫女さん四人に神主さん二人」
「よし、次、巫女さん四人で行ってみよっか」
「はーい」
「ついでだ風見も来い!」
「えっ、俺もっ?」
「私がシャッターを押しましょうか」
「お願いします」
「では、皆さん、こっちを見て。1+1は……」
「にー」

 パシャリ。

 ひとしきり映した後、赤外線通信でお互いの携帯に写真を転送する。
 とっておきの一枚を選び出すと、風見はいつものようにメールを打った。

 思えば昨年の十二月。無事に帰国したと素っ気なく伝えて以来、あの人にメールを送っていなかった。
 どうしてもあのシーンが目の前にチラついて、それまでのように気軽に話しかけることができなかったのだ。
 だけど、今はちがう。

(おひさしぶりです……いや、ごぶさたしてます、か?)

 ほのかにまとわりつく照れ臭さを振り払い、指を動かす。
 結局、出だしの挨拶はHappy new yearにした。

(お正月の、写真、ですっと……送信)

 遠い海の向こう、サンフランシスコのランドールに宛てて。夜明けのゴールデンゲートブリッジの写真へのお返しとしては、ちょっぴりスケールが小さいけど……
 いかにも日本! って感じだし。神社の風景写真だけ送るより気が利いてるよな、きっと。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「ん……」

 カルヴィン・ランドールJrは携帯を取り出し、届いたメールを開いた。
 添付された写真には、コウイチとサリーとヨーコ、ロイ、そして見知らぬ少女が写っている。メールの説明によればコウイチのクラスメイトだと言う。実に楽しそうに笑っている。いい笑顔だ。

「ジンジャの写真か……」

 赤いハカマに白いキモノはジンジャのユニフォームだ。以前、サリーとヨーコが着ているのを見たことがある。
 サリーとロイの髪の毛が長いのは、エクステンションをつけているからだろう。
 こうして髪形が同じになると、サリーとヨーコはますますそっくりに見えるな……まるで双子だ。
 もっともこれは写真だからこその錯覚だ。実際に本人を目の前にすれば、同じ服装、同じ髪形をしていても見分ける自信があった。

 まず、身にまとうにおいからしてちがう。

「おや?」

 何度か写真を見直し、気付く。
 心に浮かんだささやかな疑問を記して返信した。

『写真ありがとう。ところで、どうしてコウイチだけハカマの色が違うんだい?』
『それから、君と君のGirl friendがエクステンションを付けていないのは何故?』
 
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