▼ 【6-5】千客万来さあどうしよう?
ちっちゃな先生とちっちゃなサクヤさん、ちっちゃなMr.ランドール。
大人だけど大人でなくなってしまった3人が眠っている間、子どもだけど最年長になってしまった2人は呪いの解除法を求めて情報を集めた。
サリーのノートパソコンに集められていたデータを読み漁り、新たな情報を求めてネットを検索し……。
『ビビ』に関する記録は欧米での事例が多いため、ほとんど英語で書かれていた。そのため必然的にロイが記録を読み、風見は彼が翻訳する内容を聞く形になった。
熱心に。それはもう熱心に。熱心なあまり、ロイがパソコンを操作している間も背後から身を乗り出して画面に見入った。
全部はわからないけれど、一部なりとも自分で理解しようと。
キーボードを叩くロイは気もそぞろ、落ち着かないことこの上もない。
(くっ、首筋に息がっ! コウイチ、近いよ……近すぎるよっ)
「なぁ、このSea-soltってなんて意味なんだろう」
あまつさえのぞき込んで顔を寄せ、じーっと見つめてくるではないか。
「っっっっっ」
その瞬間、体は十二月に居ながらもロイの魂は真夏の盛りに舞い上がっていた。間近に迫る光一の顔、二人の間の狭い空間をほのかな温もりが満たし、頬と頬が今にも触れ合いそうだ。
「おーい、ロイ?」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「あっ、い、いや、これは海の水でつくった塩って意味だねっ! アメリカやヨーロッパの塩は岩塩が主流だからっ」
「そっか、日本じゃ天然塩って海水からつくるもんだから」
「そうそう、こっちで入手しようと思ったら海の水の塩って限定しないと……」
「サクヤさんは常備してそうだけどな」
「先生のバッグの中にもありそうダネ」
さっくりいつもの会話ペースに戻る。残念なような、ほっとしたような……。
「……ぃたぁ………」
「ちょっとまっててね」
ベッドの方で声がする。どうやらお子様たちが起きてしまわれたらしい。さよなら、二人だけのスウィートタイム。
心の中でロイが切ないため息をついていると、とことことサリーが台所に歩いて行くのが見えた。
「あれ?」
のびあがって冷蔵庫を開けようとしている。しかしアメリカ製の冷蔵庫は大きく頑丈で、扉を開けるのに結構な力がいる。
「う……んー」
ただでさえ華奢な日本人、それもちっちゃな男の子ががんばった程度ではビクともしない。
すばやく風見は台所に行き、かがみこんで声をかけた。
「サクヤさん? どうしたんですか」
「れいぞうこ。あかない……」
「あ、はいはい……どうぞ」
かぱっと開ける。サリーはのびあがってじーっと冷蔵庫の中身を検討している。
「昨日シャケの切り身買ったからそれと……たまごと、わかめとあぶらあげと豆腐があるから味噌汁にして、それから……」
かろうじて下の段には手が届いたものの、冷蔵庫の扉の上部、卵ケースとなると文字通りハードルが高い。むなしくちっちゃな指先が宙をかく。
「……届かない」
「…………もしかして、ご飯作ろうとしてます?」
「うん。よーこさんがおなかすいたって」
「ああ、それは緊急事態ですね。でも今のサクヤさんじゃ流しにもコンロにも届かないですよ……」
ただでさえアメリカのキッチンは何もかも高め大きめに作られているのだ。自分たちでさえ、日本で台所に立ったときの基準より少し上にシンクの縁が来る。
「って言うか火、使うのあぶないデス」
ばさっと白い布がひらめいた。
「かくなる上はっ、このボクがっ」
振り向くと、ロイが割烹着を装着してお玉片手に身構えていた。
「ご飯作るのに……そんなニンジャポーズ決めなくても」
「野菜を切るのも敵を切るのも同じでござる!」
「同じじゃないって」
「忍びとは刃の下に心と書く!」
「何の関連性があるんだよ」
2人の漫才めいたやりとりを見ながら、サリーが心底不安な面持ちでため息をついていた。
ピンポーン。
間ンの悪いことにちょうどその時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
居留守を使おうとか静かにしようとか考えつくより早くサリーが返事をしてしまった。一方ドアの向こうではさらにドンドンと遠慮のエの字もないノックが加わった。
「サクヤいるんだろー。客来てるぞ」
「あ、テリー」
「テリーさん?」
まずい。よりによって『大人』の3人を知ってる相手が来てしまった!
「ど、どうする?」
「どうにかごまかすしかないっ! 今更居留守使うのは不自然だし、心配して警察呼ばれたらさらにまずいし」
その間にサリーはとてとてと玄関に歩いて行き、ドアのカギを開けている。慌てた2人は電光石火すっ飛んで、ロイがサリーを抱いて奥に下がるのと同時に風見が前に出てドアを開けた。
「ハ、ハロー」
「よぉ、お前らここに居たのか」
ドアの外に居たのはテリー一人ではなかった。
「やあ、コウイチ」
「まっ、まっ、マクラウドさんっ!」
まさかの探偵所長来訪。パニックを起こした風見は完全に日本語に戻っていた。
「言ったろ? 客が来たって」
「あの……そう言うテリーさんは?」
「俺は、サクヤのダチだから」
「はあ」
曖昧な顔でうなずく風見の後ろでは、ロイが一人納得していた。
(彼氏なら確かに客では無いな!)
「えーとえーとんっと………テリーさん、何でここにいますか」
動揺で微妙に英語変換が上手く行かないがとりあえず意味は通じたらしい。
「ああ、一緒に昼飯食いに行こうと思って」
「所長さんは?」
「クッキー焼いたんで、サリーに……後で君らんとこにも行くつもりだったんだ」
「先生に会いに?」
「センセイ?」
「あ……Missヨーコに会いに」
「うん」
いけないいけない。油断すると日本語に戻る。
「手間が省けたな。君らがいるってことは、彼女もここにいるんだろ? ……そこにバッグが置いてあるし」
所長の目線の先にはヨーコの紺色のバッグがころんと転がっていた。
(しぃまったあああ!)
(さすが探偵、見事な観察眼デスっ)
「コウイチ」
「何でしょうっ」
「やばいんじゃないか、あれ」
「……わーっ」
食べるものがなければ自力で調達すればいいじゃない。
と、ばかりにヨーコがキッチンテーブルによじのぼろうとしている所だった。目当ては置きっぱなしになってる動物クッキーナッツ入り。
慌てて走っていって抱きとめ、床に降ろす。
「ヨーコ先生っ! あぶないじゃないですかっ」
「どなるなよーかざみー」
「……ヨーコ? 同じ名前なのか?」
「あ、マックス」
「やあ、お嬢さん………何で、俺の名前を」
「えーだって……もが」
慌てて口にアメ玉をつっこむ。とりあえず静かになった。
子どもって、ほんと、思ったことをすぐ口にする。
(ぴーんち!)
風見は一瞬で腹をくくった。二人とも日本語にはあまり堪能ではないはずだ……よし。
「どうする、ロイ。さすがに本人だって話すわけにはいかないしなあ……」
精一杯平静さを装いつつ風見は日本語でロイに話しかけた。ロイもすぐ察してくれたのだろう。笑顔でさらっと答えてくれた。
「ここで変な言い訳を使うとかえって不審に思われてしまうネ」
「仕方ない、親戚の子供を預かったってことにして先生たちは出かけたことにしよう」
「OK」
慌ただしく日本語で打ち合わせをすませると、二人は前にも増して爽やか、かつイノセントな笑顔でディフとテリーに向き直った。
「ヨーコ先生とサクヤさんは今、おでかけ中です」
「実は、親類が……遊びに来てて、シスコを案内してるんです」
テリーがうさんくさそうに首をかしげた。
「そんな話、聞いてないぞ? こっちに親類がいるなんて」
「たっ、たまたまこっちに旅行に来ててーっ! 現地で落ち合いましたっ」
「この子たちはその家のお子様なんです。大人がのんびりできるよう子守りしてます」
「そう、ボクたちベビーシッターなんですっ」
テリーとディフは顔を見合わせている。微妙にうさんくさそうな顔だ。
「で、この子もヨーコって言うんだな?」
「はいっ」
「まさか、こっちのそっくりなちびさんはサクヤとか言わないよな?」
「うん」
「サクヤさんっ」
「そっちも同じ名前なのか?」
(うーわー)
(素直すぎデスっ)
「日本ではよくあることですっ! 読みが同じでも漢字がちがってたりしてーっ」
「ふうん……で。そっちのすみっこの青い目のボーズは?」
ヨーコの背後に隠れるようにしてそっとランドールが様子をうかがっていた。
「親戚の方のっ。お友達の息子さんです」
「カルっていいます」
「……そうか。かなり仲良さそうだな」
「家族ぐるみのつきあいなんでっ」
(ど、どうする……)
(なんか、まだちょっと納得しない顔してるっ)
表情こそ笑顔だが風見とロイの背中にじっとりと冷たい汗がにじんできた。
一番言い逃れの得意な人が。そして気迫で多少の無理は押し通す人が、今はちっちゃくなっている。しかも空腹状態でかなり気力も低下しているっぽい。
「……マックス……」
「ん。どうした、ヨーコ」
ディフがかがみ込んでヨーコの顔をのぞきこんだ。絶妙のタイミングでちっちゃな体がこてん、とがっしりした胸板にうつぶせに寄りかかる。
さっき口につっこんだアメ玉はとっくに消費されていた。
「おなか……すいた………」
その隣ではサリーとランドールが目をうるませる。
「おなかすいた……」
「ごはん…………」
効果は抜群だった。ディフが腕に抱えた紙袋をごそごそとまさぐり、大振りな色の濃いクッキーを取り出した。
「……食うか?」
「たべる」
ヨーコが鹿せんべいに食いつく鹿さながらにあぐっとディフの手にしたクッキーにかぶりついた。強烈なショウガの香りがたちのぼる。
「……うぇ」
「あんま子ども向きの味じゃなかったか。すまん」
「……へーきだもん。こどもじゃないもん」
「そうか」
笑いをこらえるディフからクッキーを受け取ると、ヨーコはぱきぱきと三つに割ってランドールとサクヤに差し出した。
一枚のクッキーを分け合ってしょりしょりと食べる小動物の群れを見ながらテリーが首をすくめて言った。
「わかったわかった、つくってやるよ。この部屋だったら料理はよくやってるしな」
(助かった……)
(やはり彼氏!)
「ありがとうございます。俺ら、料理てんで苦手で」
「ふつーはそうだよな、うん……」
「俺もちっちゃい子ども向きの献立は、ちょっとな」
「あー、平気平気、俺慣れてるから。日本の子どもならやっぱり和食の方がいいのかな……」
勝手知ったる何とやら、テリーはさっさと上がり込んで台所へと歩いて行く。一方でディフはかがむのがそろそろつらくなってきたのか床にぺったりとあぐらをかいて座ってしまった。
すかさずヨーコが膝に乗る。絶好の場所を見つけたと言わんばかりに。大きな手のひらがそっと頭を撫でてくれた。
「苦手なものあるか? ん? ピーマン食えるか?」
「OK」
「そうかえらいな……」
『お姉ちゃん』をとられてむっとしたのか。背後からランドールがよじよじとよじ上るが、所長はびくともしない。
サリーは少し遠巻きにしておどおどしていたが、ヨーコに手招きされてそっと一緒に膝に座った。
「軽いなあ、君ら………あいたっ」
手頃な長さだったので髪の毛をひっぱってみたらしい。
「こら、それは反則だぞ」
片手でつまみおろされ、ころんと床に転がされてしまった。一方でテリーは冷蔵庫を開けて中身を確認している。
「あーあんまり入ってないな……あいつ小食だから……子供らの分だけならできそうだけど」
テリーは手際良く米をはかってボウルに入れると、ちゃっちゃと研ぎ始めた。
しばらく床の上でじたばたしていたランドールは起き上がるとむっとした表情でディフをにらんでいた。
が、聞き慣れない音に好奇心をそそられたらしい。台所にちょこまかと駈けて行き、のびあがってのぞきこんだ。
「お前ら外で食う? なんか買ってきてくれてもいい。店そこらにたくさんあるぞ」
「外で?」
「ああ。それがいいんじゃないか? 気晴らしにもなるし……せっかくシスコまで来たのに子守りってのもな」
ディフは両手でヨーコを持ち上げている。たかだかと持ち上げられた方は手足をばたつかせてきゃっきゃと上機嫌。
「俺たちが子どもら見てるから」
(OH!ふたりっきり!!)
その瞬間、ロイは彼にだけ聞こえる天上の音楽と光に包まれていた。
(ああ神様ありがとうございますっっ! テリーさんとディフの背中に天使の羽がみえるよ!!!)
「いいのかな……」
「行ってくればー?」
(え、先生っ?)
「そこのバッグの中に携帯入ってるから、もってく。OK?」
「何だ、ヨーコ携帯も持たずに出たのか……彼女らしくないなあ」
「サクヤが持ってるから大丈夫、とか思ってるんじゃないか?」
実際にはその『サクヤの携帯』もバッグの中に入っていたりするのだが。
「じゃあ、何かあったらヨーコの携帯にかければ連絡つくな」
「そうですね……それじゃ、お願いします」
「お願いシマス」
まだ不安は拭いきれないが、実際に腹も減っていた。全員に行き渡るだけの食料がないのなら外に買い出しに行くしかない。
今は昼間だ。それにこの部屋には結界もある。
「行ってきます」
「いってらっしゃーい」
風見とロイはコートを羽織り、連れ立って部屋を出た。念のため、ヨーコの携帯を持って。
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