ようこそゲストさん

羊さんたちの遊卓

【6-6】いただきます

 
「そう言やテリー。君、昼飯まだなんじゃないか?」
「ああ、うん。大丈夫だよ。米、多めに炊いたから」 
「……クッキー食うか?」
「お。さんきゅー」

 食事の仕度をしながら一枚つまむ。クリスマスの定番、ジンジャークッキー。だがおやくそく人形の形ではなくシンプルな楕円形、砂糖衣で目鼻も描かれてはいない。甘みも少なく、逆にショウガの味がしっかり効いていた。

「ああ、こりゃ確かにあんまりお子様向けじゃないかもな」
「やっぱりそう……か。うちの双子の好みに合わせちまったからなあ」
「気にすんなって。家庭の味ってそーゆーもんだろ?」 

 二人の会話を聞きつつヨーコは密かに不満だった。

(お子様じゃないのに! あたしは甘いのが好きなの。それだけなの!)

「なぁ、サーモンはムニエルと塩焼きとホイル焼きのどれがいい?」
 
 すかさず即答。

「Solt!」
「お嬢さんは塩ね」

(だからーっ! 何で年下の君にお嬢さん、とか言われなきゃならないのっ)

 姿は子どもになっていようが風見とロイにとっては彼女はあくまで『先生』だった。が、テリーとディフにとっては見た目通りのちっちゃな女の子でしかない。
 そのことに思考が回らず、ひたすらぷんすかしているあたりが既に精神的にも子ども化してる証拠なのだが……。
 ヨーコはまだ気づいていなかった。

「そっちの2人は?」

 ランドールがぽそりとつぶやいた。

「……ムニエル……」
「おっけ、カル坊はムニエルな」

 食の細い息子に必要な栄養を摂取させるため、ランドールの母はできるだけ栄養価とカロリーの高い調理法を選んでいたのである。

「サクヤは?」
「んー……」

 サリーはぱちぱちとまばたきすると顎に手を当ててちょっとの間考えた。

「よーこちゃんといっしょがいい」
「OK」
「あ、そうだ、テリー」
「何だ?」
「ニンジンあるからムニエルにそえて?」 
「おう、まかしとけ」

 ごく自然に答えてから、テリーは『ん?』と首をかしげた。

「どうした?」
「あ、いや……今、サクヤがいたような気がして」
「いるじゃないか、そこに」
「いや、そのちびさんじゃなくって、俺の同級生の」
「似てるとこもあるんだろ。親戚だし」
「そうだ……な、うん」
「何か手伝うか?」
「いや、大丈夫。ちびどもが何かやらかさないように見ててくれ」

 ちょこまかと動き回る3人(と、言うか主に1人)をディフが監督してる間に着々とテリーは料理を仕上げて行く。
 ぐらぐら煮え立ったお湯にカツオブシをひとつかみ、ばさっと投入。惜しみなくたっぷりと景気良く。
 いつもサリーが作っているのを見ているうちに、本格的なみそ汁の作り方も自然と覚えた。初めて見よう見まねで作ったときは味も薄くて豆腐もぐずぐず、味見したサリーに微妙な顔をされたが今は完璧だ。
 
「……よし、こんなもんかな」

 白いご飯にシャケの塩焼き二人分、ムニエル一人分、小さなオムレツとほんのり甘く煮たニンジンを添えて。豆腐と油揚げとわかめのみそ汁、味噌はあわせ。
 見事に和風なご飯が並ぶ。

「こっちの二人は箸で食うとして……」
「やっぱカルはこっちだろうな」

 小振りなフォークとスプーンを選んで並べる。多めに炊いたご飯は塩をつけて三角に握った。

「よーし、できたぞー」
「ごはーん」

 ちびっこ3人が目を輝かせてテーブルにつく。一斉にがっつくかと思いきや……。

 ぱん。

 ヨーコとサリーは椅子に座ったまま深々と一礼して拍手。手を合わせたまま、何やら唱え始めた。

「たなつものもものきぐさも あまてらす ひのおおかみの めぐみえてこそ」

 よどみなくきれいに声をそろえて。もちろん、日本語だ。
 
「………何の呪文だ?」

 テリーが首をかしげる。

「お祈り……じゃないか? 何となく雰囲気がそれっぽいし」

 その隣ではランドールがきちっと手を組んで、いっちょまえに食前の祈りを唱えていた。

「父よ、あなたのいつくしみに感謝して、この食事をいただきます。 ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心とからだを支える糧としてください。 父と子と聖霊の御名によって、アーメン」

「……ほら、な?」
「サクヤはもっと簡単なのだったけどな」
「イタダキマス?」
「そう、それ」

 ちょうどその時、子ども2人がきちんと一礼して言った。

「いただきまーす」
「いただきまーす」

「言ったな」
「うん」
「きっと、今のが正式版なんだろう」
「そうなのか?」
「お祈りのしめくくりの『アーメン』みたいなもんなんじゃないか?」
「なるほど……」

 サリーとヨーコの実家は神社。小さな頃の習慣が無意識のうちに出たのである。

「おいしーおいしーおいしー、すごくおいしー」
「そうか、うまいか」
「テリーりょうりじょうずー」
「はは、ありがとな」
「よいムコになるね?」
「……ムコ?」
「あ、ごめん、ヨメだった」
「ヨメ?」
「マックスは現在進行形で立派なヨメだから心配しないで?」
「そう……か。俺、ヨメだったのか……」
 
 
 ※ ※ ※ ※
 

「ごちそうさまー」

 ヨーコは米粒一つ残さずきっちり食べた。サリーとランドールには少し量が多かったらしくシャケとオムレツが余ったが、全てテリーが片付けた。

「男の子の方が食が細かったな……意外」
「まあ、女の子の方が成熟が早いって言うしな」

 大人2人並んで食器を洗い、きっちり水気を切って片付ける。濡れた手をふいてまくった袖を戻していると……ちょこまかと足下にヨーコが寄ってきた。

「ねーねーテリー、あれやって?」
「あれって?」
「あのね、寝る前にね、ロイがカルにやってたの」
「うん?」

 ベッドの所まで連れてゆかれる。

「こう、だっこして、ベッドの上に、ぽーんって!」
「ああ、なるほど……OK、頭きっちりかかえてろ」
「うん!」
「ほら、いくぞー」

 テリーはヨーコを両手に抱えると弾みをつけてぽいっとベッドの上に放り上げた。
 ヨーコは大喜び。きゃっきゃとはしゃぎながら両手両足をばたばたさせる。

「もいっかーい、もいっかーい」
「OK。そーら!」

 またまた大はしゃぎ。スカートがめくれあがって可愛らしいピンクの子鹿模様のパンツ(そう、ショーツとかランジェリーなんてこじゃれた呼び方など論外の、まさに直球でパンツとしか言いようのないお子様用の下着だ)が見えようがおかまい無し。

 慌てたのはランドールだ。

「ヨーコっ! 何をしてるんだ、はしたないっ」

 血相変えてベッドに飛び乗り、シーツを被せようとしたが……あいにくと相手はぴょんぴょん飛び跳ねていて振動でものすごく足場が不安定になっていた。
 もんどりうってひっくり返り、物の見事につっぷしてしまう。

「んぐっ」
「きゃっ?」

 テリーが止める暇もなかった。
 巻き添え食って押し倒されたヨーコのお尻の上に。大々的に解放されちゃったバンビパンツの上に……ばふっと顔面着地。

「…………………………」
「あ、おい、無事かっ!」

 慌ててテリーはランドールを持ち上げた。が、ある意味大惨事。ヨーコは真っ赤になってスカートの裾を押さえて目を潤ませる。

「す、すまない、ヨーコ……」

 くわっと歯をむき出し、涙目で一言。

「カルの……カルのえっち!」
「H?」
「マイアミの主任か?」
「へんたい!」
「HENTAI?」

 その言葉を耳にした瞬間、ランドールの耳元でごわわわわんっとグレース大聖堂の鐘が鳴り響いた……ただし、葬儀の鐘が。

「へんたい………わ、わたしが………へんたい………」
「おい、カル坊?」

 へなへなと床に崩れ落ちると膝をかかえ、背中を丸めてうずくまってしまった。

「へんたい………」
「おーい、しっかりしろー」

 茫然自失のランドールの頭を、ぽふぽふとサリーが撫でていた。
 がっくり落ち込むランドールに向かってなおも言葉の絨毯爆撃を繰り出そうとするヨーコを懸命にディフがなだめる。

「カルもわざとやった訳じゃない。事故だよ、ヨーコ」
「事故でも故意でも関係ないのーっ! これは、これは乙女のプライドの問題なんだからーっ」

 きぃきぃ泣きながら、ぽかぽかと両手で分厚い胸板をたたく。蚊に刺されたほども感じないが、これはこれで何やら心が痛む。

「わかったわかった……気のすむまで殴れ……」
「うーっ、うーっ、うーっ」

 子どもは瞬発力はあるものの持久力に欠ける。体力がないから、疲れるのも早い。じきにヨーコのぽかぽか連打はまばらになって行き、やがてディフにしがみついて顔を埋めてしまった。

「よしよし……」
 
 バンビのパンツは子どもっぽい、わかってるけどお気に入り。
 それを見られたのがはずかしかった。悔しかった。せめてもっと大人っぽいのなら良かったのに!

 ……その辺の微妙な乙女心を理解できる人間は、あいにくとこの場にはいなかった。
 片やHENTAI呼ばわりされたカル坊やはいまだ再起不能続行中。サリーはおろおろしながら2人の間を行ったり来たり。

「参ったな……」
「公園にでも散歩に行くか?」
「そうだな、気分転換させとくか」

 ディフは携帯を取り出し、ヨーコの携帯にあててメールを打った。
 緊急でもないし。せっかくの息抜き中に電話で煩わせることもあるまいと判断したのだ。

『ヨーコご機嫌斜め。気分転換に子どもら連れて公園に散歩に行く』

「これで、よし、と。コート着ろよ? 寒いから」
「OK」

 のそのそと紺色のコートに袖を通すランドールの後ろ姿を見ながら、おや? とディフは首をかしげた。

(何だかこの子に前に会ったことがあるような………まさかな。気のせいだ)

「着たー」
「よーし」

 ちょこまかとかけてゆくと、ヨーコはリビングのソファの上に置いたバッグを手に持った。

「それも持ってくのか?」
「うん。ヨーコおばちゃんから預かっててってゆわれた」
「そうか」

 ごく自然な動作でテリーはデスクの上の小皿に乗せてあったカギを手にとった。

「それじゃ、出かけるか」

 
 ※ ※ ※ ※
 
 
「あ」
「どうしたんだい、コウイチ」
「うん、マクラウドさんからメールが……先生の携帯に」
「まさか、緊急事態?」
「それだったら電話だろ。ああ、やっぱり」

 画面にさっと目を走らせると風見は顔をほころばせた。

「先生がご機嫌ナナメだから気分転換に公園に散歩に行くってさ」
「公園って、さっき前を通ってきた、あそこかな?」
「多分そうだよ。それにしてもさあ………このメガマック、ちょっとでかすぎないか?」
「アメリカではこれが標準だヨ」

 己の懐具合と相談した結果、近所のマクドナルドにやって来た2人だった。ついつい日本の感覚で頼んでしまったのだが、出てきたのは小さめのホールケーキと見まごうような、うず高く積み上がった肉とパンの塔だったのである。

「せっかくだから写真に撮っとくか……」
「何で日本人ってすぐ撮るのカナ」
「うーん、強いて言うなら、思い出づくり、かな? 過ぎて行く時間の一瞬一瞬を記憶にとどめたいから」
「一瞬を……記憶に」
「うん。ロイ、大きさ比較したいから手、添えてくれよ」
「こう?」
「そうそう……行くよ」

 パシャリ。

(今、ボクはコウイチの時間の一部になっている……)

 自分もこの一瞬をずっと記憶にとどめておきたい。無邪気に写真を撮る風見を見ながら、しあわせを噛みしめるロイだった。

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