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羊さんたちの遊卓

【サンプル3:そして彼は耳を塞ぐ】


 仕事を終えて帰ってきたグレンを呼びつけ、宿の裏庭に連れ出した。
 大鍋亭の裏庭は細長く、雪姫川の岸辺まで続いている。ここなら人に話を聞かれる心配はない。せいぜいがとこ、川の魚か水鳥ぐらいなものだ。
「なあ、グレン。お前の幼なじみな。メイガンつったっけ?
「うん!」
 ったく、煮崩れイモみてぇにだらけきった面しやがって。どうした相棒。しゃっきりしやがれ!
「一月前に、引っ越して来たんだってな」
「ああ、うん、前はエルルタンタに住んでたって聞いた」
「そうだ、確かに旦那の方はあの村の生まれだ。だがな。あの二人、ここへはエルルタンタから引っ越してきた訳じゃない」
「……え?」
「半年前にいきなりユーリモレに引っ越したそうだ。そこから先はオレインベギ、メンディリラと来て、サガルロンドじゃ二回。アンヘイルダールで六回目だ」
 そらされる視線を追いかける。一歩踏み出し、小刻みに揺れる緑の瞳を正面から見据えた。
「いくらザハールが流浪の民だからって、ちょいとばかし多過ぎやしねぇか?」
「………別に。珍しいことじゃないだろ」
 あーららら。完璧に顔、背けちまったよ。
「おいこら、グレン。グレン。こっちを見ろ。話を聞け」
 頬に手を当て、ぐいっとこっちを向かせた。
「何、しやがる」
「ひと月に一度、引っ越してるんだよ。しかも、あの二人の行く先々でことごとく『壁の中の狼』が暴れてる」
 それが『何』を意味するか。お前はもう、わかってるはずだ。
 頼む。これ以上、言わせるな。
「運が悪かっただけだ」
 やっぱ、だめか。
「メイガンは、悪くない」
 目を細めて赤毛の青年をねめつけ、ぴしりと言い放つ。
「いっちょ前に、女にうつつ抜かしやがって。色惚けしてる場合じゃねえぞ、グレンディール!」
「何だとっ!」
 お、いい顔になったな。歯ぁ剥いてにらんでやがる。
「言っていいことと悪いことがあるぞ、ハーティアル! あとその名前で呼ぶな!」
「お前もな」
 なるほど、まだ闘志は健在か。根こそぎ『牙』を抜かれた訳じゃなさそうだ。安心した。
「一度や二度なら、運が悪いで済みもしよう。だが、六回ともなりゃ、もう偶然でも何でもない。あの夫婦は、怪しい」
「メイガンを、悪く、言うな」
「グレン。お前さん、あの家に呼ばれて何をやった? 鍋を直しただけだろ。鉄格子も、鉄の刺の取り付けも頼まれなかった。襲われないって知ってるからだ!」
「言うな、言うな、言うな、聞きたくない!」
 あー、あー、あー、耳塞いじまったよ。子供か、お前は。
「わかったよ。だがこれだけは忘れるな。俺は黙っても、お前さんの『青い馬』は……ちゃんと知ってる。そうだろ、グレン?」
 答えず、足音荒く立ち去る相棒が、視線をそらしてすれ違うその刹那。
 低い声でささやいた。
「見るべきものを、見ろ」
 グレンは一瞬、足を止めた。だが、それだけ。結局、振り向きもせずに行ってしまった。
 あえて止めず、行くに任せる。

(あいつが自分で思い止まらなきゃ、意味がない)

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