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羊さんたちの遊卓

【5-8】対決!

 
 昼の光、夜の光、何もない光。
 ゆらぎ、瞬き、ひらめいて、眠りと目覚めの通い路照らす。

 宵闇、薄闇、木の下闇。
 明け闇、夕闇、星間の闇。
 漆黒、暗黒、真の黒。 夢と現つの合間に横たわる。

 瀝青(ピッチ)のように青黒く、タールのように真っ黒で。
 ひと掻きごとになお深く、ひと息ごとになお暗く……。

 幾重にも塗り重ねられた闇をくぐり抜け、少年の夢の中へと降りて行く。
 対応が早かったこと、強い意志の力で彼が抵抗を続けてくれたこと。二つの要素がプラスに働き、悪夢の浸食は比較的浅い位置で食い止められていた。

 降り立った場所は真っ白な霧に閉ざされていた。現実の霧よりもじっとりと重たく手足にまとわりつき、音さえ飲み込む真白の闇。そのただ中でさえ悪夢狩人たちはお互いの存在を感知することができた。

「……風見」
「はい」

 何をすべきか。あえて言葉に出す必要はない。風見光一は自らのなすべきことをちゃんと心得ている。
 白い闇の中、しゅるりとかすかに太刀の鞘走る気配がした。

「風よ走れ、《烈風》!」

 ビウ!

 一迅の風とともに霧の帷が切り払われ、視界がクリアになった。

「お見事」

 ちぃん、と鍔鳴りの音。白い闇を払った太刀は何事もなかったように鞘の中に収まっていた。
 そして、風見光一の姿は太刀を使うに相応しく浅葱色の陣羽織を羽織った若武者の姿に変わっている。これが彼のドリームイメージ……夢の中で自我を保ちつつ、自在に動く時の姿なのだ。
 
「Hey,各々方、油断めされるな」

 片やロイ・アーバンシュタインは青いニンジャスーツ(あくまで忍び装束ではなく、ニンジャ・スーツ)に額当て、手甲、脚絆に身を固め、背にはニンジャ刀を背負い、手には手裏剣を構えている。
 いつもは長くのばした前髪に隠れている青い瞳がくっきりと外に現れているのが最大の違いだった。

「敵は近いでござるよ!」

 言葉もニンジャっぽい……ただしちょっと間違った方向に。普段言いたいことの半分も言えずに心の中に秘めているロイだったが、その反動か夢の中では性格がはっちゃけるのだ。

「何と言うか……ずいぶんとにぎやかになるんだね、彼は」
「ああ、あれがロイのふつー」
「そう……なのか?」
「はい、ふつーなんです」

 ランドールの姿もやはり変わっている。波打つ黒髪は肩につくほど長く伸び、それを赤いリボンできりっと首の後ろで結んでいる。肌の色は血管が透けて見えそうなほど青白く、犬歯が長く伸び、ハンサムな顔立ちはそのままにどこか吸血鬼めいた様相に。
 身にまとっているのも黒いマント、裏地は目のさめるような赤。その下には白のドレスシャツに黒いスーツ。

 一方、ヨーコの姿は現実と同じく巫女装束のまま、足下のブーツ履きも変わらない。
 そしてサリーは……。

「あれ。サクヤさんまで、巫女さんになってる」
「Oh! Fantastic!」
「あ………祝詞唱えたから、つい」

 自分の服装を確認して軽く頭をかく。どうやら無意識のうちに衣装を変えてしまったらしい。ヨーコが一緒だと言うのも大きかった。小さい頃から二人でこの姿で祝詞を唱え、神事に携わってきたのだから無理もない。
 
「いいじゃん。今夜は久しぶりに二人巫女さんしよ?」
「俺とお前でW巫女さん、ですネっ!」
「熱いなあ、ロイ」
「モチロン! 拙者はいつでも熱血エンジン全開でござるよっ」
「はいはーい、全開はわかったから……」

 みし、とヨーコの手刀がロイの頭にめり込んだ。

「ちょっとばかり静かにしてもらえる?」
「御意……」
「素直な子って大好き」

 実際には彼女の腕力は微々たるものでありさして威力はないのだが。日頃の条件付けが効いているのか、あるいは躾が行き届いているのか、ロイは一瞬で静かになった。

「カル! 何か『聞こえ』ない? 魔物どもはかなりうるさい音を立ててるはずよ。空気をひっかき回して羽虫みたいにわんわんと飛び回ってるから」
「……わかった」

 ランドールは目を閉じると意識を集中した。
 音のない白い闇の中、物理的な聴覚のみに捕われず、もう一つの感覚を呼び覚ます。

(ふ…………うぅううん。うぅん)

 かすかな揺らぎを感じ取った。何体もの小さな生き物の立てる、耳障りな空気の震え。

「いた……」
 
 すっと手を持ち上げる。黒いマントが広がり、目のさめるような裏地の赤が翻る。

「向こうだ」
「OK。行きましょう」

 うなずき交わし、走り出す。
 青、浅葱、黒、そして二組の白と赤。足音もなく密やかに、軽やかに。
 時折不意に、ありえない場所に溝や段差、倒れた木や穴が現れる。右に左にあるいは上に。ひょいと身軽にかわして避けて、ものともせずに前に進む。
 
「うわっ」

 急にばりばりとやかましい音を立て、巨大な木のようなものが倒れかかってきた。
 風見の太刀が一閃し、まっぷたつに斬られて掻き消える。霧散する直前によく見るとそれは倒木ではなく、建物の一部らしき鉄骨だった。

「あの子の記憶の断片のようね……近い」

 然り。
 
 ゆらりと白い霞を透かして影がうごめく。

「そこだ!」

 すかさずロイが手裏剣を放った。

「ギィ!」

 羽虫のような小さな魔物の群れが、蚊柱さながらにわだかまっていた。中心に小さな人影が胎児のように体をまるめてうずくまっていた。小柄な少年、少しくすんだ金色の髪。

「オティア?」

 しかし昼間会ったときと何と言う変わり様だろう? 骨が浮き出て見えるほどガリガリにやせ細り、手足にはいくつもの傷や痣が浮いている。紫の瞳をうつろに見開き、服が皺になるほど強く、自分の肩を抱えていた。震えていた。胸元にまたたく小さな光に顔を寄せて。

 腕にも、足にも乾涸びたか細い木の根っこのようなものが絡み付いている。
 周囲に群がる羽虫ども騒ぐたびに小さな白い光が輝きを増し、魔物の群れを押し返す。
 だが、悪夢の包囲網は少しずつ、確実に狭められていた。

「Hey! You!」
「そこまでだ!」
 
 ざわっと悪夢の群れに動揺が走る。ゆらりゆらりと空間が歪み、オティアと狩人たちの間を遮るようにして背の高い人影が三つ現れた。
 
 09126_053_Ed.JPG ※月梨さん画「魔女出現」
 
 赤い長衣をまとった山羊角の魔女……ビビだ。
 
「出たな、親玉」
「その子を返してもらおう」
「これ以上、オティアに手出しはさせない」

 ぱちくりとまばたきすると、魔女たちは5人をじとーっとねめつけた。それから顔をのけぞらせてさもバカにしたような金切り声できぃきぃがあがあがなり出す。

「ちょっとー、何これー。ジョーダンでしょ?」
「サムライに、ニンジャにドラキュラに、キモノガールが二人ぃ? ちょっと、ふざけてない?」
「こーんなのがアタシたちの邪魔しようってわけー? ちょームカつくっ」

 かっくん、と5人のあごが落ちる。ヨーコは思わずこめかみを押さえた。

「…………何、このギャル系セレブみたいなストロベリーフレーバーあふれるしゃべり方」
「今までの犠牲者を通じて現代の知識や言葉を取り込んでるんでしょう」
「よくない影響受けてんなー……ま、欠片も同情するつもりはないけどね」
「右に同じく」
「以下同文でござる!」

 魔女の中で一番、背の高い真ん中の一体が右手を上げ、5人を指差した。

「やっちゃえー」

 わぁん、と羽虫の群れがうなりを上げて襲いかかってくる。
 白い空間にまき散らされたゴミの粒、あるいは蠢く灰色の雲。その体はひび割れ、ねじくれ、ふくれあがり、現実に存在する生き物のありとあらゆるパーツを寄せ集めてねじり合わせたようだった。
 まさに悪夢の産物と呼ぶにふさわしい。

「わわっ」

 サリーの顔がひきつった。虫が苦手なのだ。

「サクヤちゃん、大丈夫だよ」

 白い袖が翻り、小さな手が打ち振られる。

「接触する前に倒してしまえば、どうと言うことはない………行け!」

 風見が前に進み出て、抜く手も見せずに太刀を走らせる。銀光一閃、解き放たれる風の刃。効果はてきめん、羽虫の群れが二分の一ほど一掃された。

「よし……」

 サリーが目を閉じ、ぱしん、と両手を打ち合わせた。途端に髪の毛が逆立ち、彼の全身が青白い光に包まれる。

「うっそーっ! ちょームカつくーっ」
「しんじらんなーいっ 何、この光ーっ」
「まぶしーっ、キモーイ!」

 ざわざわと悪夢の群れに動揺が走り、山羊角の魔女たちが目を押さえて後じさる……光が苦手なのだ。
 
 バチッ!

 まばゆい電光がほとばしり、羽虫の群れが完全に一掃された。

「ふぅ……」
「OK、サクヤさんGJ!」
「……ありがとう」
「油断するな、親玉が来るぞ」

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