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羊さんたちの遊卓

【3-8】夢の後で

 
 車を公園の木陰に寄せ、眠るヨーコを見守ってからそろそろ2時間が経過しようとしている。

 困った、そろそろ夕方だ。いつまでもこのままにしておく訳にも行かないし……。
 レオンハルト・ローゼンベルクかディフォレスト・マクラウドか。とにかく、彼女を知ってる人に、連絡してみよう。
 携帯を取り出し、最初に思い当たった番号を入力した。
  
 
 ※ ※ ※ ※
  
 
 サリーこと結城朔也が医局でひと息入れていると、携帯が鳴った。
 覚えのない番号からだったが、何故か出なければいけないと直感で思った。

「ハロー?」
「ハロー。君の従姉が今私の隣ですーすー気持ち良さそうに寝ていてなかなか起きないのだが、どうすればいいのだろう」

 知らない男の人の声だった。

「………ドチラサマデスカ?」
「ランドールと言う。……記憶にはないだろうが君とは昨日会っているらしい」

 昨日?
 ああ、レオンとディフの結婚式か。招待客が大勢いたから、確かに可能性はある。
 だけど。

「はぁ……うーん、どうしよう……俺まだ19時までここを出られないので……」
「……しかたない。彼女の泊まっているホテルは?」

 少し迷ってから、ヨーコの泊まってるホテルの場所を教えた。

 いったい何があったの、よーこさん。昨日会ったばかりの男の人の隣で『すーすー気持ち良さそうに寝て』いるなんて!
 とにかく、勤務が開けたら、すぐに部屋に行ってみよう。何を置いても最優先で、すぐに。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 教えられたホテルに向けて車を走らせていると、むくっとヨーコが起きあがり、リクライニングしていたシートを元に戻した。

「大丈夫か、Missヨーコ」
「ええ……もう大丈夫。ありがとね、Mr.ランドール」
「説明……してくれる約束だったろう」
「邯鄲の夢って言葉知ってます? 一眠りしてる間に結婚して、子どもが生まれて出世して、人生の終わりまで見るって話」
「ああ。新スタートレックの『超時空惑星カターン』の元になった話だろう? 中国の伝説で」
「意外にマニアックなことご存知なのね……まあ、それぐらい夢には不思議がつきまとうんですよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ。東洋の神秘ってやつです」
 
 何やらよくわからないが、中国と彼女の母国である日本は確かに文化的に非常に密接な繋がりがあると聞いたことがある。
 だから、きっと今回のことも、関係が……ある……のか?
 少なくとも、夢から覚めた時に時間が10分しか経過していなかったことの説明にはなっているような気がする。

「そう言えば、昔から、親しくなる友人には私と同じ夢を見る奴が居たな………」

 なるほど、多少の自覚はあるんだ。
 ぴくりとヨーコは右の眉を跳ね上げた。だったら話は別。はぐらかさずに事実を伝えておくべきだろう。

「それは。あなたがその人の夢に入ってるからよ」
「そうなのか? 世の中には不思議な力のある人が結構居るもんだなぁと思っていたけれど……」
「ええ。あなたもその一人と言う訳ね。お母様から受け継いだ数多い資質の一つよ。誇りを持ちなさい、ランドール。ただし、影に引きずられぬように」

 まだ少し気になるけれど、最初のアプローチはこんなものだろう。
 彼は紳士だ。母から受け継いだ血統と文化に誇りを持っている。こう言っておけば無自覚に能力に振り回される可能性は減らせるはずだ。

「もし困ったらいつでも電話して。すぐに会いに行くから……あなたの夢の中へ、ね」
「ああ。歓迎するよ」

 そう言って、カルヴィン・ランドールJr.は笑った。
 上品な紳士のほほ笑みではなく、文字通り破顔一笑、天真爛漫。少年のように無邪気な、心の底からうれしそうな笑顔だった。

(参った。そこでほほ笑むか、その顔で)

 ヨーコは思った。
 やっぱり、この人………可愛い、と。
 
 
 ※ ※ ※ ※
 
 
 その夜、勤務が明けるとサクヤは一直線にヨーコの滞在するホテルに飛んで行った。部屋に行き、ノックをすると……。

「やっほー、サクヤちゃーん」

 毛布をかぶったヨーコがぼーっとした顔で出迎えてくれた。髪の毛も結っていないし眼鏡もかけていない。足元を見ると、靴はおろかスリッパすら履いていなかった。

「ごめんねーびっくりしたでしょー」
「うん……どうしたのさ」

 部屋に入ってからちらっと見ると、毛布の下は下着どころか何も身につけていない。思わず目眩がした。

「あ」

 さすがに本人も気づいたらしい。毛布をかぶったままのそのそとバスルームに入り、バスローブを羽織って出てきた。

「……疲れてるんだよね、しょうがないけど……ドア開ける前に気付いたほうがいいよ」
「ごめん、つい」

 疲労が限界まで達するとヨーコはいつもこうなる。少しでも体を締めつける物が触れているのが我慢できないらしいのだ。

「いったい何があったの」
「朝ご飯たべて……外の通り歩いてたら、肩のぶつかった相手からどーっとね……良くないイメージが流れ込んできて……思わず追いかけてしまいました」
「そっか……それで疲れちゃったんだ」
「うん……一人じゃ手に負えなかったから……たまたま運良く知った顔が通りかかったんで」
「それがランドールさん?」
「うん」
「突然電話かかってきたから驚いた」
「何となくヤバそうな予感がしたから……もしもの時は連絡してねって」
「そっか、大惨事じゃなくてよかったよ」

 ヨーコは目をぱちくりさせ、ちょこんと首をかしげた。

「電話って……もしかして、直接ランドールさんから?」
「うん」
「うっそ! あたし、マックスかレオンに連絡して、としか言ってなかったのに!」
「それってまさか」
「言葉には出さなかったけど、その時、サクヤちゃんの事考えてたのは事実なんだ。あの二人に連絡してもらえれば、サクヤちゃんにも伝わるだろうって」

 無意識のうちにランドールには、自分が一番、知らせて欲しい相手が伝わっていたと言うことか。
 しかも、電話番号まで。

「伝わっちゃったって、こと?」
「自覚ないみたいだけど……母方から資質、受け継いでるみたいね、彼」
「まさか、一緒にドリーム・ダイブしたり……してないよね、よーこさん」

 ヨーコは左右に視線を走らせてから、がばっと頭を下げた。

「…………………ごめんなさい」
「やっちゃったんだ……」

 サクヤは深々とため息をついた。
 まったく、この人は! 日頃っから『自分一人で突っ走るな』と言ってるくせに……。ここで怒ってもしょうがない。それはよくわかってる。
 だけど。

 よーこさんは感知能力に優れているし、肉体的な怪我や病気も治すことができる。しかし、真っ向から敵に対抗し、身を守る能力は極めて弱いのだ。身体的にも。精神的にも。
 当人がとんでもなく打たれ強いからいいようなものの……。

 思わずため息をついた。
 ふかぶかと、腹の底から。

 ヨーコがますます身を縮ませる。

「無事だったから良かったけど、動く前に連絡してくれたら半日休みぐらいはとれるから」
「うん………」
「それで、そのランドールさんには、何て説明したの?」
「東洋の神秘です、と」
「そんな、いい加減な!」
「そうしたら、昔っから親しい人と同じ夢を見ることがあったから、今度もそうだったんだろって言うから……教えちゃった。それはあなたがその人の夢に入ってるからだって」
「そっか……そうだね。無意識でやってると事故に巻き込まれやすいから、知っておいた方が安全かもしれない」

 ヨーコは何気なく髪の毛に手をやって、あ、と小さくつぶやいた。

「……リボン、彼に渡したまんまだった」
「いいんじゃない? これで繋がりができた」
「そうね。次にコンタクト取る時の足がかりになるし」
「せっかく来たから、一緒に食事に行く?」
「……うん」
「なに食べようか」
「タイ料理美味しいのあるんだって?」
「うん、この間パッタイ食べたよ。他のも美味しそうだった」
「じゃ、そこがいいな」
「OK」
「ちょっと待ってね、今仕度してくるから」

 ヨーコはクローゼットを開けて着替えを取り出し、再びバスルームに引っ込んだ。
 開けっ放しのクローゼットの中をのぞきこむと、白いシャツジャケットが傷だらけになっていた。

(また……危ないことして)

 きりっと一瞬、唇を噛むとサクヤはジャケットを手にとり、すっと手のひらで表面を撫でた。

「……お待たせ」

 エメラルドグリーンのタンクトップに白のクロップドパンツを身につけている。見た所体に傷はついていないようだが……上着があれだけ傷だらけになってるんだからけっこうピンチだったはずだ。

「はい、これ。夜はけっこう冷えるからね」

 さりげなく笑顔でシャツジャケットをヨーコの肩に着せかけた。

「あ、でもこれ………」
「直しといた」

(………………………ばれた!)

「あとでランドールさんにもお礼言っとかなきゃね」
「…………うん」
「じゃ、行こうか」

 そして二人は食事に出かけた。
 行き先は小さなタイ料理の店。美人の看板娘と看板猫のいる所。
 
 
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