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2012年12月の日記

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教えて?フロウ先生!11―世界と神々金の神―

2012/12/24 17:53 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!11―世界と神々・金の神―>

「そんじゃ、次こそ金の神様に行くとするかねぇ。」

「はぁ~い……せっかく正解したのに。」

むす~っと頬を膨らませてみせる少女にクツリと喉を鳴らすように中年風貌が笑い、そっと指を伸ばす。
膨らんだ少女の頬をふにっ、と指先が触れれば、そのまま指で頬の空気を押し出した。

「うりっ」

「ぷふっ……って、師匠何するのよもうっ!」

「いやいや、むくれてるならこうするのがお約束だろ?」

「うぅ~……で、次は金の神様……リヒテンガルド様とマギアフロッド……だったっけ?」

「だな、どちらの神様もお金が絡む事もあって、商人の信者が割と多いのが特徴かね。」

そう説明するフロウに、何か引っかかりを感じたのかニコラが首を傾げると、長い金髪がユラリと揺れる。

「あれ?でもお父様の部下には、結構リヒテンガルド様の信者が多いけど…。」

「あ~、じゃあそれも含めてまずはリヒテンガルドから説明するか。リヒテンガルドは通称守護神。忠義と遵守を美徳とする神だ。
 聖印を盾を模したものが多いから、騎士の信者も多い。ただリヒテンガルドは同時に『黄金』と『契約』を象徴する神でもある。
 正当な契約とその遵守による利益を是とする一面は、商人達の神としても崇められてる……ってわけさね。
 教義は『黄金のように気高くあれ、鉄のように忠実であれ』『弱きを守る盾であれ、悪しきを砕く剣であれ』
 『堅く公正であることこそが黄金の利を産む』……だな、あと普通に金属を司るから、鍛冶職人の信者も多い。」

「ふむふむ、なるほど……マギアフロッドは?魔の神ってこう、公正とか遵守とかに縁遠いイメージを聞いてて感じるんだけど。」

続けて問いかけてくる少女の言葉に思わず苦笑いを浮かべる薬草師だが、概ねその通りなのでその言葉を咎めることもなく、話を進める。

「あぁ、マギアフロッド……運命神と呼ばれる女神で、白銀の輪を聖印とした、友情と運命を司る神だ。
 幸運も不運も含めた運勢を司るから、いわゆるギャンブラーや、一攫千金を狙う商人が信奉してることも多い。」

「運命の女神様がどーこーっていうけど、マギアフロッドの事だったのね……でもそれってやっぱり気まぐれそう。」

「ん~、そうでもねぇんだなこれが……つってもまあ、魔神の中ではって事になるが。マギアフロッドの教義はこうだ、
 『富も運も不確かなもの。繋ぎ止めたくば相応の努力をせよ。』『友愛とは白銀の輝きを放つ宝である。運命は絆の輪を以て好転すると知れ。』
 ってな……幸運も友情も、努力なしで手に入れようってのは甘い話だってか。……神様も世知辛いねぇ。」

「なるほど……でもそう考えると、魔神の教義もなんだかんだで色々と努力を推奨してるわよね。勝つためとか、好かれるためとか、結果は自分のためのものだけど……。」

「そうだな。秩序と自我、利他と利己……そこが聖神と魔神の主な違いかもしれねぇな。」

もったいぶったように小さく頷くフロウを見ていたニコラは、ふと聞き逃していたことを思い出して言葉を紡ぐ。

「そういえば、金の神々ってどんな似姿があるの?」

「っと、そういや言ってなかったな。リヒテンガルドは黄金の鎧に身を包んだ金髪の男、マギアフロッドは銀の鎧に身を包んだ銀髪の女だ。」

「……何か、キラキラしてるのね。」

「あ~……まあ、そうだな。」
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【おまけ】むねねこ

2012/12/24 17:48 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用の再録。
  • とーちゃんとふろうが仲良くしている間、ちびはこんな所にいたのです。
 
 その日の午後、西道守護騎士団の砦では月に一度のミーティングが行われようとしていた。
 午前中の勤務を終え、昼食を食べ終わった騎士たちが報告書を携えて作戦室に集まる。教会の礼拝堂よろしく素っ気ない木製の椅子と机が並び、前方の中央には教壇。その傍らには黒板が置かれたこの部屋は、今日のような報告会や作戦の打合せ、座学の際に使われていた。

 シャルダン・エルダレントは一番前の席にちょこんと腰かけていた。いつもは隣に相棒にして先輩騎士のダインが居るのだが、今日は彼は非番の日なのだ。
(先輩の分も、しっかり報告しないと!)
 まだロブ隊長の姿は見えない。勢い、気が緩むのか他の騎士たちはがやがやと雑談に興じている。
 真面目に報告書の確認をしているのは、シャルダンぐらいのものだった。
 ほっそりした白い指で羊皮紙の束をめくり、今月、自分とダインの手がけたもろもろの事件の記録に目を通す。
 巡回先の火事。事故を起こした荷馬車の救出。逃げた牛の捕獲。そして、忘れもしない馬泥棒の捕獲!
(あの事件のお陰で、最良の馬に。可愛いヴィーネに巡り合う事ができたんだ)
 思わず知らず笑みがこぼれる。
 あの後、シャルはダインと共に何度か騎馬で巡回に出た。兄妹だけあって、黒とヴィーネの息はぴったりだった。早足はもちろん、全力の駆け足になっても遅れなかった。その事が、とても嬉しい。
(あんな素晴らしい馬を、まだ新米の私に任せてくれるなんて。ロブ隊長は何ていい人なんだろう)
(信頼に応えて、がんばらなければ!)
 にこにこと嬉しそうに笑うシャルダンの姿を、数名の若い騎士がちらちらと見ては不自然に目をそらしていた。

 ふと。足元をするりとやわらかな生き物がすり抜ける。そう、しなやかにまとわりつく温かなそれは、まちがいなく生き物の体だった。

「あれ?」

 目を向けるとそこには。

「ぴゃあ」
「ちびさんっ!」
「ぴゃっ。しゃーる!」

 黒と褐色斑の翼の生えた猫が一匹。得意げに赤い口をかぱっと開けていた。

「いったい、いつから。いや、どこからっ!」

 何ら不思議はない。風を通す為に窓は開いているし、ちびはしょっちゅう、砦に来ている。だが今は仕事中だ! 外に出そうにもあいにくとこの席は真ん中の列の一番前。教壇に最も近く、ドアと窓からは遠い。
(どうしよう、もうすぐ隊長が来てしまう!) 
 シャルの優れた聴覚は、既に廊下を近づいてくる規則正しい足音を聞きつけていた。

「ちびさん、ちょっと窮屈ですけど、ここに!」

 とっさにシャルは机の下に屈みこみ、がばっと上着の前を開けた。

「ぴゃ、ぴゃ、ぴゃー……」

     ※

「…………………む」

 作戦室に一歩入った瞬間、ロベルト隊長は異様な空気を察知した。
 並み居る団員どもが、一人残らず落ち着かない。特に大声で騒いでいる訳ではないのだが、皆一葉にそわそわとして、ある一ヶ所に視線を向けている。それも妙に遠慮しながら。ちらっと見て、また視線をそらす。だが我慢できずにまた見てしまう。その繰り返し。

 原因は、シャルダン・エルダレント。絹糸のような銀髪に海色の瞳、抜けるように白い、濁りのない肌。胸も腰もぺったんこで股間に余計なものがぶら下がっている事を除けば、たおやかな乙女のごとき容姿の従騎士だ。
 素直で真面目で人当たりも良く、こと、弓に関しては右に出る者はいない。何より細かい事によく気が回る。成長が楽しみな部下なのだが……。
 その容姿としとやかな立ち居振る舞い故に、何かと男所帯の騎士団に要らぬ騒動を巻き起こす。

 一目見てすぐわかった。
 本来なら平坦であるはずの胸元が、盛り上がっている。実に、豊満だ。そのくせ本人はしれっとして背筋を伸ばしている。困ったことに、違和感もこっけいさも感じられない。上着の前がぱんぱんに張りつめて、襟元が乱れているのがとてもとても悩ましい……少なくともそう見えるのだろう。若い連中には。
(なるほど、落ち着きを無くす訳だ)
 できるものなら、見なかった事にしたい。だが、自分は隊長なのだ。異変に気付いてしまった以上、事態の収拾に努めなければいけない。

「シャルダン」
「はい、何でしょう!」

 はきはきと答えてる。実に好ましい態度だ。その豊満な胸さえなければ!

「その胸は、何だ」
「こ、これは……」

 わずかにうろたえている。目元をうっすら赤く染めながら、しかしシャルダンはきっぱりと言い切った。

「私の、自前です!」

 その瞬間、騎士たちの間に衝撃が走る。
 完全なる静寂。居合わせた者は皆凍りつき、眉一つ動かせぬままシャルダンを凝視している。
 一拍置いて、作戦室は蜂の巣を突っついたような大騒ぎに陥った。

「やっぱりそうだったのか!」
「馬鹿、そんな訳ないだろうっ」
「いや、今まで布巻いて押さえてたのかも」
「それじゃ風呂の時のあれは何だったんだよっ」

 一斉に巻き起こった団員たちの声を聞き、ロブ隊長は額に手を当てた。まったく、こいつらと来たら何を血迷っているのか。

「た、隊長、シャルダンに乳がっ」

 あろうことか、隣に立つ副官のハインツまでもが冷汗をかいて顔を引きつらせている。
(どいつも、こいつも………)
 ぶるぶる震えると、ロブ隊長はだーんっと教壇に両手を叩きつけた。

「やかましい!」

 朗々と響く隊長の怒号は効果てきめん。たちどころにしーんと室内が静まり返った。
 静寂の中、小さな声が聞こえる。高く透き通った、いとけない子供のような声が。

「ぴゃ……ぴゃー……」
「む?」

 じろっと睨んだ隊長の薄紫の瞳の先で、もぞもぞっとシャルダンの胸が蠢く。

「隊長! 乳が! 乳が動いてます!」
「貴様、正気か!」

 もぞっと、シャルダンの胸元から猫が顔を出した。金色の瞳が隊長を見つめ、かぱっと赤い口を開く。

「ロブたいちょー」
「……鳥」
「ぴゃあ!」
「えっと、あの、そのっ」

 とりねこを抱えたまま、銀髪頭はうろたえている。

「窓から入って来たらしくて、ミーティングの邪魔になったら困ると思いましてっ」

 なるほど、ことの次第は飲み込めた。だが、何故、そこで胸に入れるのか。ずきずき痛むこめかみをさすりつつ、ロブ隊長は窓を指さした。

「わかった。とにかく、そいつを、外に出せ」
「はい!」

 シャルダンはとりねこを抱えてすたすたと窓辺に歩いて行く。自ずと部屋中の騎士の目線が集中するが、本人は一向に気にしない。と言うか自分が注目されてるなんてそもそも気付いていない。
 窓の傍らに立つと、シャルダンは改めて上着を開いた。ちびがするりと滑り出る。

「しゃーる」
「ごめんね、ちびさん。仕事が終わったら、遊ぼうね」
「んぴゃっ」

 ばさっと翼を広げるとちびは舞い上がり、シャルダンの頬に鼻をくっつけて挨拶のキスを送る。

「ふふっ、くすぐったいな」
「ぴゃっ」
「またね」
「ぴゃー!」

 ちびは翼をはためかせ、飛び立った。

「……行ったか?」
「はい」
「では席に戻れ」
「はい!」

 シャルダンは真面目な男だった。上着を整えるよりまず、席に戻る事を優先した。
 若い騎士どもの視線が銀髪の従騎士を追いかける。中味が男の平坦な胸だとわかっていても、ついつい目が行くらしい。
(ったく、こいつら!)
 だんっとロブ隊長は床を踏み鳴らす。途端に団員たちはしゃきっと背筋を伸ばした。

「これより月例報告会を行う!」

 西道守護騎士団の皆さんは、今日もお仕事、がんばっています。

(むねねこ/了)

次へ→【25】花を買う日
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【26】毛皮と雪とマシュマロと★★

2012/12/24 17:44 騎士と魔法使いの話十海
 
 これは、騎士ダインが後輩のシャルダン、中級魔術師エミリオと氷の魔物を退治した少し後のお話。
 西シュトルン一帯が、大雪に見舞われた寒い冬の夜の出来事。

     ※

「よく降るなあ……」

 ダインは寝巻きの上から毛糸のブランケットを巻き付け、寝室の窓辺に立っていた。赤やオレンジ、明るい茶色にカボチャそっくりの鮮やかな黄色。つなぎ合わされた四角い模様の上に、金髪混じりの褐色の髪が流れる有り様は、さながら紅葉した秋の森。

 暗い空から降りてくる白い雪は、粉砂糖を思わせる。耳をすますとさりさりと、細かな軽い粒の降り積もる音が聞こえる。
 後から後から落ちてくる粉雪は、窓から漏れる灯の届く範囲で束の間白く浮かび上がり、また夜の暗がりへと消えて行く。王都でも、幼い日を過ごしたディーンドルフの館でも、こんなに沢山の雪が降ったことはなかった。

「やっぱこっちの方が冷えるってことなんだろうな」

 西の辺境と言い習わされてはいるが、正確には西シュトルン地方は王都より北西に位置している。対してディーンドルフ家の領地は王都よりさらに南。
 しかながら若く頑丈なダインの体は、既に西シュトルンの厳しい寒さにも順応しつつあった。
 ふと好奇心に駆られ、目を閉じた。開けると同時に、瞳の奥のもう一つの瞼を押し上げる。
 左目に写る景色が変わっていた。
 舞い散る粉雪の合間でひらひらと、小さな精霊が踊っていた。一つ一つは雪の粒ほどの大きさしかない。だが意識を集中した瞬間、彼らの姿がくっきりと瞳に写る。
 精霊には、物理的な大きさなんて関係ないのだろう。その存在に意識を向ければ『見える』のだ。
 ぱりぱりに凍っていがぐりみたいにとんがった髪の毛の、まるまっちい二頭身の小人。雪だるまに手足が生えたみたいでなかなか可愛らしい。

「……氷のちっちゃいさんって何て言うんだっけ」
「フロスティだよ。ジャック・ザ・フロスティ。お伽話で聞いたことあんだろ?」

 背後からのほほんとした声が答える。フロウだ。寒いからってんで、暖炉の傍から動こうとしない。
 下の居間ほど大きくはないが、フロウの寝室にも暖炉がある。それだけここいらの冷え込みはきついのだ。

「ああ。霜降りジャックか」
「そそ。ま、呼び名がちがうだけで要は水の小精霊(ちっちゃいさん)、アクアンズなんだけどな。雪も氷も溶ければ水ってこった」
「へえ……」

 試しに窓を開ける。斬り付けるような冷たい風とともに、わらわらとフロスティたちが入って来る。

「わっぷ、何しやがるっ」
「実験だ」

 手のひらで受け止める。ちりっとした感触とともに、雪の粒が溶けて……フロスティが変化する。
 全体的にぷるぷるした質感になって、滴状の頭をした姿に変わった。

「ほんとだ、アクアンズになった」
「凍ってる時も、液体の時も、水の本質は変らねぇのさ。ってかいい加減、窓閉めろ。寒ぃ」
「へいへい」

 大人しく窓を閉めて、ついでに『月虹の瞳』も閉じた。カーテンを閉めて振り向くと、フロウは何とまあ呆れたことに。もこもこと毛皮の外套にくるまって暖炉の前に置かれた椅子に座り、火に当たってた。
 今日みたいに冷え込みの激しい日は必ず、あれを着て外に出てる。別に珍しいことじゃない。西の辺境の厳しい寒さをしのぐには、欠かせない防寒具の一つだ。黒テンだの銀ギツネだのとこだわらなきゃ、それなりに手ごろな値段で手に入る。
 思わずにんまり笑っていた。

「ははっ、家ん中でんーなもん着込んで、よっぽど寒ぃんだな中年」
「しょーがねぇだろ、冷えるんだもんよぉ」

 のんびりと、暖炉の火にマシュマロなんざかざしてやがる。何かごそごそしてるな、と思ったらそんなもん用意してやがったのか。
 火にあぶられ、焼き串の先端で白いもこもこしたちっぽけな塊がぷわっと膨らむ。砂糖の焦げる何とも甘ったるいにおいが鼻をくすぐる。表面に焦げ目がついた所で引き上げて、ふうふう言いながら口に運んで……

「あちっ」

 顔をしかめた。

「猫舌のくせに、よくそんなもん食おうって気になるな」
「るっせえ。そら、つべこべ言わずにてめーも食え」

 差し出されたマシュマロを入念に冷ましてから、素直に口に入れる。これだけ冷ませば大丈夫だと思ったが甘かった。
 焼かれて固まった表面が割れて、とろとろに溶けた中味が流れ出す。

「あちっ」
「……やっぱあぢいだろ?」
「うん。でも、うま」

 はふはふ言いながら残りを口に入れた。熱いマシュマロが腹に入ると、体の中からあったまる。

「ちびも食うか?」
「ぴぃうるるぅ」
「あれ、耳伏せてやがる。珍しいなあ」
「ああ、そいつ昨日、薬用のマシュマロをかじってな」
「咽の薬に使う、あれか」
「にがーいって。懲りたらしいや」
「んぴぃいい」

 ちびは目を半開きにしてこっちを睨んでる。暖炉の灯を反射して目が光り、とても猫相が悪い。ひゅんひゅんと長い尻尾が揺れる。

「お前、怖いよその顔」
「ぴゃーっ、ましゅまろ、や!」
「そうかそうか。じゃあクッキーやろうな」
「ぴゃっ、くっきー!」
「そんなもんまで用意してたのか!」
「おう、こうやってな」

 一枚ちびに与えてから、フロウは二枚のクッキーで焼けたマシュマロを挟んでかじった。

「ぴゃあああ、ぴゃあああ」
「ん、美味い」
「ほんと、甘いもん食う手間は惜しまないよな、お前って」
「お前さんだって酒飲む手間は惜しまないだろ?」
「……ああ」
「同じ、さ」

 微妙に納得行かないが、何となくそんな気がしてとりあえずうなずく。
 クッキーを食べて満足したのか、ちびは暖炉の炉だなに飛び乗り、長々と寝そべった。最近はそこがお気に入りの寝場所らしい。

「……あったかいものな」
「んぴゃあう」

 フロウは火かき棒で薪を崩し、燃え殻に灰を被せた。赤々と燃え盛る炎は徐々に小さくなり、ほんのりと熾火を残すだけとなる。炎が消えても暖炉の石組みはしばらく熱を帯び、部屋の空気は充分に温かい。

「さてと、俺らもそろそろ寝ますかね」
「ああ」

 フロウはひょこひょこと毛皮の外套を着たままベッドに歩いて行く。後ろ姿がクマの縫いぐるみみたいで、可愛い。

「おいおい、その格好で寝るつもりか?」
「んー、だってこれ脱いだらお前さん、困るだろ?」
「は? どーゆー意味だ」

 にんまりほくそ笑むとフロウはもったいつけて振り返り、ちらっと前を開けた。

「ぶっ」

 吹いた。圧縮された息と唾液を、閉じた唇のすき間から派手に吹き出した。
 開かれた毛皮のすき間から、暖炉の薄明かりに照されて、艶めかしくもつややかな肌がのぞいてる。
 乳首を中心になだらかな曲線を描く胸。張りのある触り心地のよさそうな腹。むっちりとした太もも、膝、ふくらはぎ、そして足。
 このおっさんと来たら、毛皮の外套の下に何も着てなかった。全裸だった。素っ裸だったんだ!
 一瞬で理性の軛(くびき)を振り切って、体の奥底からがーっと熱い奔流が込み上げる。
 背骨を伝って腰のど真ん中から脳天まで駆け登り、あふれ出した。
 比喩なんかじゃない。実際にぼとぼとと、鼻から。
 鉄サビのにおいが広がる。慌てて手で押さえた。

「き、きさま、俺を失血死させるつもりかーっ」
「にしし、お大事にぃ」
「こ、このっ、このっ」
「そら、拭いとけ。床に垂らすなよぉ」

 べしっと顔に柔らかな布が投げつけられる。こいつ、何もかも計算づくでやりやがったのか。俺が鼻血出すことまで予測して!
 悔しいやら。こっぱずかしいやら。とにかく布で血を拭い、鼻を押さえる。柔らかな布にじくじくと赤いどろっとした血が吸い込まれて行く。
 血が止まるまでの間、暖炉の前にうずくまってじーっとしてるしかなかった。
 その間、フロウはベッドに寝そべったまま楽しげにこっちを見てた。相変わらず毛皮を羽織ったまま、白い足だけのぞかせて。もっちりして、すべすべして、まるでマシュマロみたいだ……。

「さすが血の気が余ってるねえ、若者」

(くそーっ、くそーっ、くそーっ!)
 前言撤回。こいつにはきっちり火が通ってる。見た目はふんわかして甘そうだが、中味は熱い。うかつにかじると痛い目を見る。
 ず……っと鼻をすすった。
 よし、もう大丈夫だな。慎重に椅子から立ち上がってベッドに近づく。

「ったくこの中年が。エロいかっこしやがって」
「お、どうした」

 のそっと半身を起こしたところを、がばっと抱きすくめてやる。腕の中でむちっとしたあったかい体が暴れるが、ちっとも痛くない。 

「つかまえた」
「っこら、離せ!」
「やだね」

 何てあったかくて触り心地のいい生き物なんだろう。しかも今日は毛皮でふかふかしてる。
 
「絶対に、離すもんか」
「ひっ、んくっ、ダインっ!」

 胸と言わず、尻と言わず体中に手を這わせる。のみならず全身をすりつけ、撫で回してやった。
 首筋に顔を寄せてにおいを嗅ぐ。ねっとりした甘さと酸味の入り交じる匂いを確かめる。やっぱりそうだ。こいつ、発情してる。
 俺を煽って。鼻血吹かせて慌てふためくさまをとっくり眺めて、発情してたかこのオヤジは。

「は、あぅっ、よせって、毛皮が、こすれ、てっ」
「好きなんだろ、このさわさわっとした柔らかい感触が。お前、マシュマロ食ってる間ずーっとこの格好で居たんだものなあ。いつ見せようか、わくわくしてたんだろ? ええ、この変態」

 もにっと胸を揉みしだく。フロウは唇を噛みしめたまま背筋を反らした。

「っは、その変態見てたぎってんのは、誰だ……っ、ええ? 鼻血まで、ぼとぼと垂らしてっ」
「……俺だよ」

 すうっと背中をなで下ろす。肌のゆるんだ咽がひくりと震え、食いしばった歯の間からくぐもったうめきが漏れる。眉間に皴を寄せ、目元をうっすらと赤く染めて。瞼の間からのぞく蜜色の瞳が濡れてつやつや光ってる。

「そんなに触って欲しけりゃ、たっぷりいじり回してやるよ」
「さぁて、どうしたもんかねぇ……んっ、ぅ……いや、どうせなら…俺から触ろうか?」
「あ、いい顔……ってうぉいっ?」

 いきなりフロウは腕の中でくるりと身を翻し、抱きついてきた。毛皮の内側にこもる、熟した肌身の甘い匂いにくらっとした。
 くるりと今度は景色が回り、床と天井が入れ替わる。さすが百戦錬磨の中年だ、一瞬の隙をついて、逆に俺を押し倒しやがった!
 慌てて起き上がろうとしたが遅かった。足の間にフロウの膝が割り込み、毛皮にくるまった体が馬乗りにのしかかる。
 動けない。
 手際よくシャツがはだけられ、剥き出しの脇腹を。胸元を。ふさふさの毛皮がかすめる。

「ふぁっ、っ!」

 ぎりっと歯を食いしばってひきつった笑顔で睨んでやった。

「ったく妙な真似しやがって……」
「嫌なら止めて今日は寝るか?」

 にんまり笑いながら、フロウは毛皮を逆立てるようにして乳首をするぅっと撫で回した。

「嫌な訳、ないだろっ、く、う!」

 毛皮でこすられてくすぐったいのかむず痒いのかわからない。それでも離れたくない。身をよじって懸命に声をこらえる一方で、刺激された乳首が固く立ち上がる。空気に触れただけで痛いほどだ。
 肌が熱を帯び、感覚が研ぎ澄まされる。どんなかすかな刺激でも逃すまいと、どん欲に待ち受ける。
 慌てて唇の合わせ目から零れる涎をすすった。

「い~ぃ顔だぁ……かわいいねぇ。乳首ぷっくり立てちまってまぁ」

 クツクツと笑いながら、フロウは容赦なく乳首をきゅっと指で押し潰した。
 信じられんねぇ。部屋に響く甘い声が自分のだなんて、

「あ、う、フ、フロウ……」
「な? 毛皮って、気持ちいいだろ?」

 欲情に熟れ溶けた声が耳元に囁き、ふっくらした唇が覆いかぶさって来る。混じり合う唾液は、さっきかじったマシュマロの味がした。

「……うん。気持ちいい」

(毛皮と雪とマシュマロと/了)

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【25-3】ぬくぬくな夜★★

2012/12/16 22:57 騎士と魔法使いの話十海
 
 寝室に入り、ベッドの上にフロウを降ろす。

「さんきゅ」

 ベッド脇のテーブルに燭台を置くと、フロウはもそもそと靴を脱いで素足になった。続いてズボンのベルトをゆるめてずりおろし、チュニックも頭からひっこぬいてあっと言う間にシャツ一枚になっていた。最後に髪の毛を縛っていた紐を無造作にほどく。解放された髪がばさっと肩の上に広がり落ちる。思わず動きが止まった。
 服を脱いだことよりも、解いた髪に目が奪われる。いつも起きてる時はくくってるのを見慣れているせいか。
 髪をほどく。それだけで、起きてる時のフロウから、ベッドの中のフロウに切り替わる。
 紐で縛られていた部分を波打たせた髪が顔を、うなじを覆ってる。わずかにのぞく肌に触れたくて、指が動いた。だが手を伸ばすより早く……。

「……寒」
「あ」

 もそもそとベッドに潜っちまった。何だよ。ちら見せして終わりかよ! 急に雨の音が大きくなったような気がする。取り残されてがっくり肩を落としていると、もこっと亜麻色の猫っ毛頭が布団からのぞいた。

「何やってんだ、さっさと来いよ」
「う、うん」

 大急ぎで靴を脱いだ。
 ズボンのベルトを外し、上着を脱ぎ捨て、慌ただしく布団の中に潜り込む。すかさずフロウが身を寄せて来た。

「おぉぅ、さすが若者、あったけぇなあ」
「あ」

 俺の胸に顔を押し付けるようにしてぴったりとくっつき、手足を絡ませて来る。むちっと張りつめた手触りのいい肌が触れてくる。あまりの心地よさに声が零れた。

「……お前だってあったかい」

 抱き返す腕の中で、にゅうっとフロウが伸び上がる。猫みたいだな、なんて思ったら唇が重なっていた。

「う?」
「ん」

 とっさに目を閉じて迎え入れる。
(あ、唇やわらけぇ……)
 弾みをつけて唇がかみ合わされ、内側の湿り気と熱が混じった。同じものを食った後なのに、微妙に味が違う。フロウの口は……甘い。
 ついばんで離れるかと思ったら、そうじゃなかった。まとわりつき、舌で舐めて、上唇をしゃぶったかと思うと今度は俺の舌と重ね合わせて抜き差ししてる。
 唇がこすれて、ぬらぬらと濡れそぼる。
 こすられるほどに背骨の奥が泡立ち、細かな針に刺されるのにも似た感触が全身に広がる。

「ふは……ん、やばいって、フロウ」
「んん?」
「こ、このままじゃ、したくなっちまう」
「すればいいだろ? そのためにキスしてんだぜ」

 にんまりと笑ってる。
 
「……いいのか?」
「添い寝してやるって、言ったろ」

 押し殺した声で耳元にささやかれる。

「来いよ、ダイン。あっためてくれ」

 そう言って、フロウは仰向けに寝そべり、腕を広げた。亜麻色の髪がふわりとシーツの上に広がる。畜生、色っぽいったらありゃしねぇ! 一瞬で体中の血が沸騰する。

「フロウ!」

 迷わず覆いかぶさった。シャツの中に手をつっこみ、触り心地の良い体をまさぐった。撫で回した。

「あれ? お前、いつ下着脱いだんだ」
「おう、ズボンと一緒にするっとな。気が付かなかったか?」
「ぜんっぜん気が付かなかった。ってかやる気満々だなおい」
「そっちこそ」
「あ、こら、どこ触ってる!」
「ほらほら、さっさと脱げよ」
「るっせ、わかってるって………う」
「はは、引っかかったか? 慌てるな慌てるな。俺はどこにも逃げねぇよ」
「……ほんとだな?」

 どうにか下だけ脱いだ所で引き寄せられる。
 それはついこの間、馬屋の二階で交わした営みとはまるで違っていた。言葉を交わす暇さえ惜しんでひたすら互いの肌を求め合う。
 屋根を叩く雨音に紛れ、湿った息を吐き合った。

「は、はふ、ん」
「あ、あ、ん、ふっ」

 触って、撫でて、キスをして、伝えた。受け取った。
 どれだけ俺がフロウに夢中になってるか。触れられてどれだけあいつが悦んでいるのか。
 別々の体がこすれあって、馴染んで、一つの熱を共有する。
 抱きしめて、抱きしめられて。求めて、求められて。
 重なる肌と肌が溶けて混じり合い、俺と彼との境目が消える。

「はぁ……あったかいな、ダイン」
「お前もだ、フロウ」

 フロウの中はあったかい。握り合った手も。重ねた肌も。唇も、何もかもあったかい。
 ただ、ただ手を伸ばして確かめる。惚れた男の輪郭をなぞり、とろけるように甘い肢体を感じ取る。指で、舌で、匂いで、目で、耳で。

「ぁ、あ、ダイン」

 静かに、切なげに吐息を漏らしながらフロウが俺を呼ぶ。

「気持ち、い、いっ!」
「うん……俺……も……」

 フロウの体から淡く光る緑色の蔦が伸びて広がり、ふんわりと俺を包んでくれる。俺の体からちろちろと燃え上がるオレンジ色の炎と絡み合って一つになる。
(ああ、そうか。二人だから、こんなに満たされるんだ)

「フロウ……」

 いつ始まり、いつ終わったのか。線を引く必要なんかなかった。心地よい気だるさの中、向かい合わせで寄り添い、見つめ合う。

「ダイン」

 首まですっぽり布団にくるまり、フロウが俺を見てる。

「ん? どうした」
「目、光ってる」
「え、あ、あれ?」

 言われて初めて気付いた。確かに『月虹の瞳』が開いてる! だからこんな風に見えたんだ。

「気がつかなかった……」
「そんなに気持ちよかったってか?」
「う……うん」

 こっくりと頷く。実体のない緑の枝葉の陰でフロウがほほ笑んだ。皴のよった目尻をさげて、ふっくらした唇の両端をわずかに上げて。

「俺もだよ」
「あ……」

 ほかほかした指が頬を撫で、布団の中に潜り込む。手を握られた。指をからめてしっかり握り返す。
 胸の奥から、あったかくてしっとりした水のような何かがあふれ出す。体の隅々まで行き渡り、重ねた手のひらで別の流れと混じり合い、一つになる。
 二人分の、あたたかさ。二人分の嬉しさ。
 二人分の、しあわせ。
(一年前には想像すらしていなかった。自分が誰かとこんな風に触れ合う日が来るなんて)

「なあ、ダイン」
「んん?」
「何でお前さん、花なんか買ってきたんだ?」
「ん……そうしたかったから」
「ほー」
「惚れた男に花、贈るのに理由が必要か?」
「なっ」

 かーっとフロウの顔に赤みが広がった。顔の下半分を布団に埋め、縮こまってふるふる震えてる。
 握り合った手のひらから、振動が伝わってくる。

「どうした? 俺、何か変なこと言ったか?」
「いや、変じゃない、変じゃない、けど」

 目、そらしちまった。何だ、自分で聞いといて。

「けど? 何だよ、フロウ。言ってみろよ」
「……知るか!」

 拗ねたような顔して目、閉じちまった。
 それでも俺から離れようとしないし、顔を背けもしない。
 だからすぐ近くでしっかり見ることができる。まだ燃え尽きぬロウソクの灯りで、耳まで赤くした可愛い顔を。ふさふさとカールした蜂蜜色の睫毛を。
 気難しげに眉間に皴を寄せている。でも目の縁が赤いし、ぴくぴく震えてるからわかるんだ。

「お前、照れてるんだな」

 ぱしっと額が張り倒され、ロウソクが吹き消される。

「おぅっ」
「知らん!」

 ったくこのオヤジはどこまで可愛いのか。
 もそもそと胸元に顔が押し付けられ、くぐもった声で囁かれた。

「ピンクのリボンはやめとけ。柄じゃねえ」
「……わーったよ」

 緑なら、いいのかな。
 ぴたりと身を寄せ合ったまま目を閉じる。もたれかかる体の重さがうっとりするほど心地よい。安心する。
 押し寄せるゆるやかな眠気に意識がほどけて行く。

(また、花を買ってこよう)
(フロウに贈る。ただそれだけのために)

     ※

 のそっと布団から顔を出すと、フロウは小さな声で呼びかけた。

「ダイン」

 ……答えはない。ただ穏やかな寝息が聞こえるだけだ。

「ったく、気持ちよさそうな顔しやがって、この犬っころは」

 手を伸ばし、額に触れる。意外になめらかですべすべした肌の上、左のこめかみに向けて指を滑らせ、髪をかき上げる。
 じきに指先が皮膚のよじれを探り当てた。
 小さなため息が零れる。
 いかに癒しの魔法を用いても、手当てが遅れれば痕が残る。褐色混じりの金髪に隠れてひっそりと、ぎざぎざに引きつれた線が斜めに走っている。
 去年の大蟹月(7月)、三日月湖のほとりで負った傷だ。歪な刃でオーガに斬り付けられ、それでもこいつは退かなかった。

 吹き出す敵の血としたたる己の血で半身を赤く染め、命がけで俺たちの盾となり……裏切られ、見捨てられ、手当ても受けずにたった一人でうずくまっていた。
(もっと早くに気付いてやれたら、こんな痕なんざ残らなかったろうに)
 そっとなぞるとダインが身じろぎする。額に口付け、囁いた。ため息よりもかすかに、祈りと祝福の言葉を贈る。腕の中で無防備に眠る、純朴な青年に。

『あなたに一夜の愛を捧げよう』
『三夜続けば三夜の愛。十夜続けば十夜の愛を』
『あなたの愛に包まれて、私は一夜の花となる』

(花を買う日/了)

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【25-2】雨冷えの夜

2012/12/16 22:56 騎士と魔法使いの話十海
 夕飯を食ってる時からぽつぽつと降り始めた雨は、食べ終わって片づけを始める頃には本降りになっていた。と言っても真夏のようにだーっと屋根を叩く景気の良い降り方じゃない。
 しとしとと、か細い針みたいな水が延々と空から降りてくる。屋根を濡らし、壁を濡らし、土を濡らし、結果、しんしんと足元から寒さが染みとおる。
 いつ終わるとも知れない、冷たい静かな雨。

「うう、寒」

 フロウが自分の肩を抱えてぶるっと震えた。

「昼間は汗ばむほどだったってぇのによ。双子月(六月)ってのはこれだから油断なんねぇや」
「暖炉に火、入れるか?」
「いや、とっとと寝ちまおう」
「そうだな」

 食卓の上には、夕刻に買ってきた花を活けた花瓶が乗っている。居間に入る時、フロウが持ってきたんだ。
 白い薔薇、薄紫のスイートピー、淡いオレンジのガーベラ。大事そうに抱えたフロウの表情はとても柔らかく、穏やかで思わず見蕩れちまった。視線に気付いたのか、半ば閉じられた蜜色の瞳がゆるりとこちらを向いて、ふっくらした唇が動いた。

『なぁにぽかーんと口開けてんだよ』

 ……色々と、台無しだ。
 何で、そんなに可愛い顔してさくっときっつい台詞を吐けるのか。何だって俺は、そこで時めいてしまったのか。
 ってなこと考えていたら、ふと部屋の中が妙に静かな事に気付く。

「あれ?」
「どうした」
「ちびがいない」
「お」

 居間を見回し、テーブルの下、長イスの下、棚の上とのぞくがぴゃあの『ぴ』の字もありゃしない。
 台所にも居ない。

「上に上がったかな」
「だといいんだが」

 妙なすき間に潜り込んで、こっちがベッドに入った頃合いにやれドア開けろだのここから出せだのぴゃーぴゃー鳴かれたら厄介だ。

「店にいないか見て来る」
「おう」

 テーブルの上から燭台をとって、店に通じる扉を開ける。よろい戸の閉ざされた店の中は真っ暗で、しとしとと雨の音だけが聞こえる。そこはかとなくあったかいのは、木造部分が多いからだろうか。
 
「ちび?」
「ぴゃ……ぴゃー」

 かざしたロウソクの灯を反射して、ぴかっと何かが光る。並んで二つ、カウンターの片隅に置かれた木箱の縁から。

「そこか」

 そこは、家のあちこちに点在する「とりねこの巣」の一つだった。木箱の中にちびのお気に入りの毛布やクッション、ハーブの切れっ端、たまに靴下の片方なんかが詰まってる。その上に、こんもりと丸くなってる奴がいた。

「ちび」
「んぴゃぁううう」
「きゃわ……」
「きゃわわぁ」

 よく見ると、そこに寝てるのはちびだけじゃなかった。亜麻色の髪の、まるまっちい二頭身の小人。家付き妖精『ちっちゃいさん』たちが、ふかふかの毛皮や羽根に潜り込んでぴったりとちびに寄り添っている。
 ものすごく、あったかそうだ。

「なるほど、そこで寝るんだな君ら」
「ぴゃあ」
「きゃわ……」

 とりねこもちっちゃいさんも、眠そうに目をしばたかせ、くぁーっと揃ってあくびをした。

「おやすみ」
「んぴ、おーやすみー」

 そっと扉を閉め、居間に戻った。

「居たよ。あいつ今夜はちっちゃいさんらと店で寝るってさ」
「んんん」

 一瞬、ぎょっとした。フロウが椅子に腰掛けたまま、テーブルに突っ伏してたんだ。

「おい、フロウ?」

 慌てて近づき、のぞき込むと……。

「だりぃ」

 ああ。そう言うことか。やっぱ年だな、寒さがこたえてたか。横合いから抱きつき、ぴとっと体をくっつける。

「ンァ? ……どうしたダイン。」
「だるいんだろ?」

 首筋に顔を寄せて囁いた。

「あっためてやるよ」
「……なんか最近積極的だねぇ。よっこらしょっと」
「うわ、オヤジくせぇ」
「オヤジだからな」

 そう言いながら、フロウは俺にもたれかかり、身体の力を抜いた。

「積極的っつーか……お前が好きでたまらないから、できるだけ引っ付いていたい。そんだけだ。変か?」
「変っつぅか……ヘタレが薄くなってきたなぁ、とか?」

 クツリと喉を鳴らして笑いながら、目を細めてる。何だこれ。明らかに面白がってる。人を小馬鹿にしたような顔しやがって……花抱えてた時とは全然違うぞ?

「ンだよそれ」

 ついついこっちも眉間にしわが寄る。笑う咽を親指でなでてやった。指の下で、わずかに緩んだ肌がひくっと震える。
(俺が生まれた時、こいつは今の俺と同じ年だった。事によっちゃ俺と同じ年の息子がいたっておかしかない)
(二十年の年の差は、多少ムキになった所で追いつけやしない。何年経っても、決して)
 当たり前のことだけど、時々、どうしようもなくもどかしくなる。
 悔しくなる。

「ぼやっとしてたら、お前は俺の手なんかすり抜けちまうから」
「ん……? なんだよ、俺が逃げていくみたいな事言うなって」
「確かにお前は逃げないけどさ」
「何だ?」
「かわしちまうじゃねーか」

 低い声でぼそりと囁き、そのまま耳たぶを口に含んで吸ってやった。

「ぁっ、おいコラ……なにしてんだよ。」

 肩をすくませてる。頬が。目元が赤い。

「あぁ……可愛いな、フロウ」

 うなじにかかる亜麻色の髪をかきあげて、露出した首筋に唇で触れる。

「最高に、可愛い」
「……ったく、っぅ……どうせなら、ベッドまで運んでくれねぇかね」

 とろんと眠たげな瞳で見返される。ああ、もうだめだ、我慢できない。心臓が震える。体の芯から溶けちまう。

「おやすみのキスしてくれるのなら、運ぶぞ?」
「おう、キスでも添い寝でもしてやるよ」
「本当だな?」

 さほど力を込める必要もなかった。立ち上がる動作のついでにひょいっとフロウの体を抱きあげる。

「こんな嘘吐いてどうするよ……」

 あったかい、ふかっとした体がすり寄ってくる。首に腕を絡めてしがみ付いて来る。
 ああ。俺、今、ものすごく幸せだ。

「ダイン」
「ん?」
「灯」
「……ああ」

 片手を伸ばして燭台を取り、フロウに渡す。右手でしがみついたまま、奴は左手で燭台を掲げて足元を照してくれる。
 慎重な足取りで二階へ上がった。階段の一段一段を上がる足が今にもスキップしそうで、必死になって抑えた。

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