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とりねこの小枝

【おまけ】むねねこ

2012/12/24 17:48 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用の再録。
  • とーちゃんとふろうが仲良くしている間、ちびはこんな所にいたのです。
 
 その日の午後、西道守護騎士団の砦では月に一度のミーティングが行われようとしていた。
 午前中の勤務を終え、昼食を食べ終わった騎士たちが報告書を携えて作戦室に集まる。教会の礼拝堂よろしく素っ気ない木製の椅子と机が並び、前方の中央には教壇。その傍らには黒板が置かれたこの部屋は、今日のような報告会や作戦の打合せ、座学の際に使われていた。

 シャルダン・エルダレントは一番前の席にちょこんと腰かけていた。いつもは隣に相棒にして先輩騎士のダインが居るのだが、今日は彼は非番の日なのだ。
(先輩の分も、しっかり報告しないと!)
 まだロブ隊長の姿は見えない。勢い、気が緩むのか他の騎士たちはがやがやと雑談に興じている。
 真面目に報告書の確認をしているのは、シャルダンぐらいのものだった。
 ほっそりした白い指で羊皮紙の束をめくり、今月、自分とダインの手がけたもろもろの事件の記録に目を通す。
 巡回先の火事。事故を起こした荷馬車の救出。逃げた牛の捕獲。そして、忘れもしない馬泥棒の捕獲!
(あの事件のお陰で、最良の馬に。可愛いヴィーネに巡り合う事ができたんだ)
 思わず知らず笑みがこぼれる。
 あの後、シャルはダインと共に何度か騎馬で巡回に出た。兄妹だけあって、黒とヴィーネの息はぴったりだった。早足はもちろん、全力の駆け足になっても遅れなかった。その事が、とても嬉しい。
(あんな素晴らしい馬を、まだ新米の私に任せてくれるなんて。ロブ隊長は何ていい人なんだろう)
(信頼に応えて、がんばらなければ!)
 にこにこと嬉しそうに笑うシャルダンの姿を、数名の若い騎士がちらちらと見ては不自然に目をそらしていた。

 ふと。足元をするりとやわらかな生き物がすり抜ける。そう、しなやかにまとわりつく温かなそれは、まちがいなく生き物の体だった。

「あれ?」

 目を向けるとそこには。

「ぴゃあ」
「ちびさんっ!」
「ぴゃっ。しゃーる!」

 黒と褐色斑の翼の生えた猫が一匹。得意げに赤い口をかぱっと開けていた。

「いったい、いつから。いや、どこからっ!」

 何ら不思議はない。風を通す為に窓は開いているし、ちびはしょっちゅう、砦に来ている。だが今は仕事中だ! 外に出そうにもあいにくとこの席は真ん中の列の一番前。教壇に最も近く、ドアと窓からは遠い。
(どうしよう、もうすぐ隊長が来てしまう!) 
 シャルの優れた聴覚は、既に廊下を近づいてくる規則正しい足音を聞きつけていた。

「ちびさん、ちょっと窮屈ですけど、ここに!」

 とっさにシャルは机の下に屈みこみ、がばっと上着の前を開けた。

「ぴゃ、ぴゃ、ぴゃー……」

     ※

「…………………む」

 作戦室に一歩入った瞬間、ロベルト隊長は異様な空気を察知した。
 並み居る団員どもが、一人残らず落ち着かない。特に大声で騒いでいる訳ではないのだが、皆一葉にそわそわとして、ある一ヶ所に視線を向けている。それも妙に遠慮しながら。ちらっと見て、また視線をそらす。だが我慢できずにまた見てしまう。その繰り返し。

 原因は、シャルダン・エルダレント。絹糸のような銀髪に海色の瞳、抜けるように白い、濁りのない肌。胸も腰もぺったんこで股間に余計なものがぶら下がっている事を除けば、たおやかな乙女のごとき容姿の従騎士だ。
 素直で真面目で人当たりも良く、こと、弓に関しては右に出る者はいない。何より細かい事によく気が回る。成長が楽しみな部下なのだが……。
 その容姿としとやかな立ち居振る舞い故に、何かと男所帯の騎士団に要らぬ騒動を巻き起こす。

 一目見てすぐわかった。
 本来なら平坦であるはずの胸元が、盛り上がっている。実に、豊満だ。そのくせ本人はしれっとして背筋を伸ばしている。困ったことに、違和感もこっけいさも感じられない。上着の前がぱんぱんに張りつめて、襟元が乱れているのがとてもとても悩ましい……少なくともそう見えるのだろう。若い連中には。
(なるほど、落ち着きを無くす訳だ)
 できるものなら、見なかった事にしたい。だが、自分は隊長なのだ。異変に気付いてしまった以上、事態の収拾に努めなければいけない。

「シャルダン」
「はい、何でしょう!」

 はきはきと答えてる。実に好ましい態度だ。その豊満な胸さえなければ!

「その胸は、何だ」
「こ、これは……」

 わずかにうろたえている。目元をうっすら赤く染めながら、しかしシャルダンはきっぱりと言い切った。

「私の、自前です!」

 その瞬間、騎士たちの間に衝撃が走る。
 完全なる静寂。居合わせた者は皆凍りつき、眉一つ動かせぬままシャルダンを凝視している。
 一拍置いて、作戦室は蜂の巣を突っついたような大騒ぎに陥った。

「やっぱりそうだったのか!」
「馬鹿、そんな訳ないだろうっ」
「いや、今まで布巻いて押さえてたのかも」
「それじゃ風呂の時のあれは何だったんだよっ」

 一斉に巻き起こった団員たちの声を聞き、ロブ隊長は額に手を当てた。まったく、こいつらと来たら何を血迷っているのか。

「た、隊長、シャルダンに乳がっ」

 あろうことか、隣に立つ副官のハインツまでもが冷汗をかいて顔を引きつらせている。
(どいつも、こいつも………)
 ぶるぶる震えると、ロブ隊長はだーんっと教壇に両手を叩きつけた。

「やかましい!」

 朗々と響く隊長の怒号は効果てきめん。たちどころにしーんと室内が静まり返った。
 静寂の中、小さな声が聞こえる。高く透き通った、いとけない子供のような声が。

「ぴゃ……ぴゃー……」
「む?」

 じろっと睨んだ隊長の薄紫の瞳の先で、もぞもぞっとシャルダンの胸が蠢く。

「隊長! 乳が! 乳が動いてます!」
「貴様、正気か!」

 もぞっと、シャルダンの胸元から猫が顔を出した。金色の瞳が隊長を見つめ、かぱっと赤い口を開く。

「ロブたいちょー」
「……鳥」
「ぴゃあ!」
「えっと、あの、そのっ」

 とりねこを抱えたまま、銀髪頭はうろたえている。

「窓から入って来たらしくて、ミーティングの邪魔になったら困ると思いましてっ」

 なるほど、ことの次第は飲み込めた。だが、何故、そこで胸に入れるのか。ずきずき痛むこめかみをさすりつつ、ロブ隊長は窓を指さした。

「わかった。とにかく、そいつを、外に出せ」
「はい!」

 シャルダンはとりねこを抱えてすたすたと窓辺に歩いて行く。自ずと部屋中の騎士の目線が集中するが、本人は一向に気にしない。と言うか自分が注目されてるなんてそもそも気付いていない。
 窓の傍らに立つと、シャルダンは改めて上着を開いた。ちびがするりと滑り出る。

「しゃーる」
「ごめんね、ちびさん。仕事が終わったら、遊ぼうね」
「んぴゃっ」

 ばさっと翼を広げるとちびは舞い上がり、シャルダンの頬に鼻をくっつけて挨拶のキスを送る。

「ふふっ、くすぐったいな」
「ぴゃっ」
「またね」
「ぴゃー!」

 ちびは翼をはためかせ、飛び立った。

「……行ったか?」
「はい」
「では席に戻れ」
「はい!」

 シャルダンは真面目な男だった。上着を整えるよりまず、席に戻る事を優先した。
 若い騎士どもの視線が銀髪の従騎士を追いかける。中味が男の平坦な胸だとわかっていても、ついつい目が行くらしい。
(ったく、こいつら!)
 だんっとロブ隊長は床を踏み鳴らす。途端に団員たちはしゃきっと背筋を伸ばした。

「これより月例報告会を行う!」

 西道守護騎士団の皆さんは、今日もお仕事、がんばっています。

(むねねこ/了)

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