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とりねこの小枝

【おまけ】<transfer key>

2013/02/14 14:18 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • 非番の度にフロウの店に入り浸るダイン。おいちゃんが留守の時はどうやって中に入ってたかと言いますと……。
  • 家の鍵を渡す。それだけの事なのに、何だってこんなにも思い悩んでしまうのだろう。
 
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byいーぐる
 
アインヘイルダールの街の一角に店を構える薬草師フロウは、自分の店の扉を開けようとポケットに手を入れた所で動きを止めた。
鍵をかけて出てきたはずの無人の店から、物音……もとい、声がしたからだ。
とはいっても、警戒する類の声ではなく知った声に、焦げ茶色の瞳が緩りと苦笑の形に細められる。

「こらちび待てっ!」

「ぴゃあぁぁぁ!」

「ったく、何やってんだか……棚ひっくり返したりしてねぇだろうなぁ。」

中から聞こえる一人と一匹の声に小さく息を吐きながら、ドアノブに伸ばした手を一度引っ込めて淡い茶色の髪をクシャリと自分で梳くように掻く。
何をやっているのかより、店の中が無事なのかを先に気にした男は頭にやった手をそのままポケットに突っ込んだ。
しかし指が内側を探り、指先にあたったその金属の感触を引きずり出すと、手に取ったものを目にしてまた動きが止まってしまう。
店の中でドタバタしている騎士、ダインに渡したのと同じ鍵……要はこの店の鍵が目の前でチャリ、と音を立てて揺れた。

「……鍵を渡したの、失敗だったかねぇ。」

苦笑いしながら呟く男の脳裏を過る記憶……そう、あれはまだまだ寒い冬……ダインが後輩のシャルダンと「氷の魔物」を退治した少し後の事だった。


***


「っうぅ~寒ぃ。とっとと帰って温かいものでも作るかねぇ…。」

馴染みの料理屋に香草を卸した帰り、日暮れまでには戻れる筈が途中で急病人の処方をする羽目になり、店の前についたのはすっかり日が沈んでしまってからだった。
冷える体を摩りながら店の前に来てみれば、なにやら店の壁に座り込むように寄りかかっているこんもりした塊…体を覆うマントから、見覚えのある髪色が覗いていた。

「あ、お帰りフロウ。」

「……何してんだ、お前。」

「待ってた。」

それこそまるで飼い主を待つ犬のようにマントから顔を出し、俺をニコニコと見上げながら言ってくるもんだから……勝手に脚が動いていた。
ゴッ!とそれなりに鈍い音を立てて、奴の尻があるだろう部分をマントの上から蹴り上げると、帰ってきた反応は一人だけでは無かった。

「ってぇぇぇっ! 何しやがる!」

「ぴゃああぁぁっ!?」

「あ、悪い居たのかちび助…って、そうじゃなくだな……このクソ寒い中店の前で蹲って人を待つ阿呆が居るかっ!一体何時から待ってたんだ!?えぇっ!?」

「ぐ、いや…流石に遅くなったら帰るつもりだったし、待ち始めたのは午後の四つ鐘がなった時だから…大体2、3時間くらいだって。」

その位なら大丈夫だろ、俺丈夫だから!と言い張ってパタパタと腰回りについた土埃を払う隣、プルプルと震えるとりねこが抗議のように声を上げる。

「ぴぃぅぅぅ…。」

「…お前は大丈夫でもちびはどうすんだよ、この馬ぁ鹿。」

「う……ご、ごめんなちび。」

震えるちびを抱え直して謝る騎士様に小さくため息を溢せば…彼の横を通り過ぎて店の鍵を開ける。
店の中に向けて合言葉を唱えると、ポッと家に魔法の熱と明かりが灯った。

「とりあえず、風呂沸かしてやるからちびと一緒に入れ。」

「おう。」

そんな事があったのが数日後…俺の目の前には、ジャラリと…鍵束が一つぶら下がっていた。
店の表と裏口の鍵、馬屋の鍵、そしてダインが荷物を置いている部屋の鍵…合わせて四つの鍵が、金属の輪でまとめられて目の前でチャリチャリと音を立てて揺れている。

「呆れたのと気分とでなんとなく合鍵作っちまったけど……どうしたもんかねぇ。」

合鍵を作ったのは良いが…正直俺はこれをあの騎士様に渡すかどうか正直決めあぐねていた。理由は簡単、俺が「薬草師」であり「魔法使い」だからだ。
この店には、薬になるものはもちろん、毒になる薬草もあれば、それよりも価値も危険性も高い魔法の品もある。
万が一を考えれば、合鍵なぞをホイホイと気軽に渡すわけにも行かない。寧ろ合鍵なんぞ出来れば数が少ない方が良いのだ。
……そう、渡さずに済むに越したことは無い、合鍵なぞ渡さなくても事足りるのだから……その、はずなのだが、そう考えると店の前に蹲ったアイツが脳裏を過る。
そのまま暫く……鍵束をぼんやりと自分の部屋で眺めながら小さく息を零すと、いつの間にか肩に重みがかかり、黒い影が視界に覗いた。

「ぴゃあっ」

「……あ~、そうだよな。お前は自由に出入りできるんだよなぁ……。」

ぱさりと翼を動かしたとりねこ……そう、「ダインの使い魔」を見ると急に全部馬鹿らしくなった。
そうだ、こいつの出入りを散々好きにさせてるのに、アイツの出入りで今更勿体ぶるように悩んでどうすんだ。
そもそも別に合鍵はこれ一つではないのだから、何を大仰に考えているのだか……。
そう思うと、何だか急に笑えてきて、口元に手を当てる。

「っくく……っははは……!あ~……くそ、アホくせぇ。」

「ぴゃ?ふーろう?」

「あ~、気にすんなちび。ほら、寒いから寝るぞ。」

何やら不思議そうにこっちを見るちび助を抱きかかえて、俺はベッドに潜り込む。胸元に抱き込んだちびの体温が心地良い。
……癪だが、俺も案外アイツの言動に一喜一憂させられているらしい。……本人に言う気はさらさら無いが。

そして……次の日、奴が店にやってきたのと同時に、俺はその鍵束を奴に放り投げてやった。

「……おい、ダイン。」

声をかけると同時に投げられたそれを、咄嗟に受け取った騎士サマは訝しげにそれを眺めて疑問符を浮かべている。まあ、そりゃそうか。

「何だ? おっと!……鍵?」

「店の戸と、お前が使ってる部屋と、裏口と馬屋の鍵だ。…昨日みたいに馬鹿みたいに寒空の中じっとされて、店の前で騎士サマに凍え死にされちゃ適わねぇからな。」

ぶっきらぼうに声を投げると、使い魔が呼応するように「ぴゃあ、さむかった!」と翼を広げて主張し、それに再び主人は「すまん」と項垂れる。まあ、良い薬だろ。

「黒と来るたび俺が馬屋の鍵開けるのも面倒だったし……ま、好きに使いな。」

そう告げると俺は読んでいた本に視線を落としたが…ページを捲っていた手が急にじわりと温かいものに包まれる感触に視線を上げると……
金褐色の髪が間近に見えるくらいに、彼が己の手を両手で鍵束ごと握りしめていた……その表情は、今にも叫びだしそうな程破顔している。

「ありがとな! すっげえ、嬉しい!」

「大げさなんだよ、てめぇは……それより、失くすなよ。失くしたら二度と作らねぇからな。」

「大げさじゃない、大事にする、扱いには気をつける。」

まるで飼い主にご褒美を貰ったわんこのように、嬉しそうに俺の言葉に返事や相槌を返す彼を見ていると…
渡すかどうかに一晩悩んだ自分を思い出して無性に気恥ずかしくなり、彼の手を振りほどいてその額をペチンと叩いてやりながら立ち上がる。読みかけの本は机の上に栞を挟んで伏せた。

「そうしてくんな、じゃあ飯作ってくるから。分かってるだろうが、くれぐれも店の物や俺の部屋の物は勝手に触るんじゃねぇぞ?」

「ってて……分かってる、ちゃんと気を付ける!」

嬉しそうに腰の剣帯に鍵束を提げる彼を横目に、俺は台所へと足早に進んだ。言っとくが照れて逃げたわけじゃないからな……きっと、多分。


***


「……そういや、あの本結局そのまま本棚になおしてまだ全部読んで無かったな。」

脳裏に過ぎった記憶に次いで思い出したことに、なんとなくあの騎士への苛立ちが沸く。
店でちびと騒いでくれているようだし、ここは一つ……飯抜きとか言い渡してからかってやろう。
そう思い立つと、俺は久しぶりに……自分で鍵を開けず、店の扉を開けた。

「こぉら手前ぇら!何店で騒いでんだ!飯抜くぞ!」

(<transfer key>/了)

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