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とりねこの小枝

【25-2】雨冷えの夜

2012/12/16 22:56 騎士と魔法使いの話十海
 夕飯を食ってる時からぽつぽつと降り始めた雨は、食べ終わって片づけを始める頃には本降りになっていた。と言っても真夏のようにだーっと屋根を叩く景気の良い降り方じゃない。
 しとしとと、か細い針みたいな水が延々と空から降りてくる。屋根を濡らし、壁を濡らし、土を濡らし、結果、しんしんと足元から寒さが染みとおる。
 いつ終わるとも知れない、冷たい静かな雨。

「うう、寒」

 フロウが自分の肩を抱えてぶるっと震えた。

「昼間は汗ばむほどだったってぇのによ。双子月(六月)ってのはこれだから油断なんねぇや」
「暖炉に火、入れるか?」
「いや、とっとと寝ちまおう」
「そうだな」

 食卓の上には、夕刻に買ってきた花を活けた花瓶が乗っている。居間に入る時、フロウが持ってきたんだ。
 白い薔薇、薄紫のスイートピー、淡いオレンジのガーベラ。大事そうに抱えたフロウの表情はとても柔らかく、穏やかで思わず見蕩れちまった。視線に気付いたのか、半ば閉じられた蜜色の瞳がゆるりとこちらを向いて、ふっくらした唇が動いた。

『なぁにぽかーんと口開けてんだよ』

 ……色々と、台無しだ。
 何で、そんなに可愛い顔してさくっときっつい台詞を吐けるのか。何だって俺は、そこで時めいてしまったのか。
 ってなこと考えていたら、ふと部屋の中が妙に静かな事に気付く。

「あれ?」
「どうした」
「ちびがいない」
「お」

 居間を見回し、テーブルの下、長イスの下、棚の上とのぞくがぴゃあの『ぴ』の字もありゃしない。
 台所にも居ない。

「上に上がったかな」
「だといいんだが」

 妙なすき間に潜り込んで、こっちがベッドに入った頃合いにやれドア開けろだのここから出せだのぴゃーぴゃー鳴かれたら厄介だ。

「店にいないか見て来る」
「おう」

 テーブルの上から燭台をとって、店に通じる扉を開ける。よろい戸の閉ざされた店の中は真っ暗で、しとしとと雨の音だけが聞こえる。そこはかとなくあったかいのは、木造部分が多いからだろうか。
 
「ちび?」
「ぴゃ……ぴゃー」

 かざしたロウソクの灯を反射して、ぴかっと何かが光る。並んで二つ、カウンターの片隅に置かれた木箱の縁から。

「そこか」

 そこは、家のあちこちに点在する「とりねこの巣」の一つだった。木箱の中にちびのお気に入りの毛布やクッション、ハーブの切れっ端、たまに靴下の片方なんかが詰まってる。その上に、こんもりと丸くなってる奴がいた。

「ちび」
「んぴゃぁううう」
「きゃわ……」
「きゃわわぁ」

 よく見ると、そこに寝てるのはちびだけじゃなかった。亜麻色の髪の、まるまっちい二頭身の小人。家付き妖精『ちっちゃいさん』たちが、ふかふかの毛皮や羽根に潜り込んでぴったりとちびに寄り添っている。
 ものすごく、あったかそうだ。

「なるほど、そこで寝るんだな君ら」
「ぴゃあ」
「きゃわ……」

 とりねこもちっちゃいさんも、眠そうに目をしばたかせ、くぁーっと揃ってあくびをした。

「おやすみ」
「んぴ、おーやすみー」

 そっと扉を閉め、居間に戻った。

「居たよ。あいつ今夜はちっちゃいさんらと店で寝るってさ」
「んんん」

 一瞬、ぎょっとした。フロウが椅子に腰掛けたまま、テーブルに突っ伏してたんだ。

「おい、フロウ?」

 慌てて近づき、のぞき込むと……。

「だりぃ」

 ああ。そう言うことか。やっぱ年だな、寒さがこたえてたか。横合いから抱きつき、ぴとっと体をくっつける。

「ンァ? ……どうしたダイン。」
「だるいんだろ?」

 首筋に顔を寄せて囁いた。

「あっためてやるよ」
「……なんか最近積極的だねぇ。よっこらしょっと」
「うわ、オヤジくせぇ」
「オヤジだからな」

 そう言いながら、フロウは俺にもたれかかり、身体の力を抜いた。

「積極的っつーか……お前が好きでたまらないから、できるだけ引っ付いていたい。そんだけだ。変か?」
「変っつぅか……ヘタレが薄くなってきたなぁ、とか?」

 クツリと喉を鳴らして笑いながら、目を細めてる。何だこれ。明らかに面白がってる。人を小馬鹿にしたような顔しやがって……花抱えてた時とは全然違うぞ?

「ンだよそれ」

 ついついこっちも眉間にしわが寄る。笑う咽を親指でなでてやった。指の下で、わずかに緩んだ肌がひくっと震える。
(俺が生まれた時、こいつは今の俺と同じ年だった。事によっちゃ俺と同じ年の息子がいたっておかしかない)
(二十年の年の差は、多少ムキになった所で追いつけやしない。何年経っても、決して)
 当たり前のことだけど、時々、どうしようもなくもどかしくなる。
 悔しくなる。

「ぼやっとしてたら、お前は俺の手なんかすり抜けちまうから」
「ん……? なんだよ、俺が逃げていくみたいな事言うなって」
「確かにお前は逃げないけどさ」
「何だ?」
「かわしちまうじゃねーか」

 低い声でぼそりと囁き、そのまま耳たぶを口に含んで吸ってやった。

「ぁっ、おいコラ……なにしてんだよ。」

 肩をすくませてる。頬が。目元が赤い。

「あぁ……可愛いな、フロウ」

 うなじにかかる亜麻色の髪をかきあげて、露出した首筋に唇で触れる。

「最高に、可愛い」
「……ったく、っぅ……どうせなら、ベッドまで運んでくれねぇかね」

 とろんと眠たげな瞳で見返される。ああ、もうだめだ、我慢できない。心臓が震える。体の芯から溶けちまう。

「おやすみのキスしてくれるのなら、運ぶぞ?」
「おう、キスでも添い寝でもしてやるよ」
「本当だな?」

 さほど力を込める必要もなかった。立ち上がる動作のついでにひょいっとフロウの体を抱きあげる。

「こんな嘘吐いてどうするよ……」

 あったかい、ふかっとした体がすり寄ってくる。首に腕を絡めてしがみ付いて来る。
 ああ。俺、今、ものすごく幸せだ。

「ダイン」
「ん?」
「灯」
「……ああ」

 片手を伸ばして燭台を取り、フロウに渡す。右手でしがみついたまま、奴は左手で燭台を掲げて足元を照してくれる。
 慎重な足取りで二階へ上がった。階段の一段一段を上がる足が今にもスキップしそうで、必死になって抑えた。

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