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とりねこの小枝

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2013年11月の日記

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白馬、脱走

2013/11/19 5:26 お姫様の話いーぐる
 彼女は不満だった。
 走るのは好きだ。すらりと伸びた四肢を隅々まで使い、自分の力の限界まで挑む、あの感覚は最高!
 吹き抜ける風がたてがみを、尾をなびかせるとまるで空を飛んでるような気分になる。
 けれど、それも乗り手による。
 マルリオラの奥様は優れた乗り手だ。細かな機微を察し、導いてくれる。ちょっと慎重すぎる所はあるけれど。
 自分はまだ若い。本当はもっと冒険したい。だけど男の人を乗せるのは絶対お断り!
 あの人たちときたら、ごつごつして汗臭いし、煩い声で喋るし。がさつで、大ざっぱで、細やかな気遣いってものをまるっきり理解していないのだから!

 だから、男の人が乗ったら振り落とす。でなけりゃ動かない。一歩たりとも、絶対に!

 断固たる意思表示が通じたのか、暑苦しい兄弟は自分を牧場から連れ出した。新しい主の所に連れて行かれるらしい。
 気の合う人だと良いのだけれど。マルリオラの奥様とまでは行かないにしろ、馬の扱いが上手でデリケートな気分の変化を感じ取ってくれる人だったら嬉しい。
 なんて考えてたら、引き合わされたのは、いかにも生意気で、我の強そうな若い女! 目があった瞬間、かっちんと来た。
 絶対、好きになれないタイプ。しかも明らかに、厄介者扱いされたーっ!
 なんと言う屈辱。耐え切れない!

 いたくプライドを傷つけられ、若い白馬はお冠。騎士団の砦に向う道すがら、何度も立ち止まり、首を左右にぶんぶん振って、足を踏み鳴らし……要するに、暴れていた。

「どうどう、スイーティ(かわい子ちゃん)、お願いだから静かにしておくれ」

 またその呼び方するし。いい加減にしてよね! 失礼にもほどがあるわ、馬鹿にして!

「騎士団の砦までもう少しだからな?」

 何、何なの、そっちに連れて行こうって言うの? むっさい男のにおいがぷんぷん漂う方角に!
 もう、いや。我慢の限界!

 なだめすかしつつ、マルリオラ兄弟は白馬を連れて、橋のたもとまでやって来た。ここを過ぎればもう少しで砦だ。その時、向こう側から荷物を満載した荷馬車がやって来た。

「こりゃいかん。こっちにおいで、スイーティ」

 白馬の手綱を引き、橋の片側に寄る。二人の注意がそれたその瞬間、すかさず白馬は行動を起こした。

「うわあっ」

 甲高くいななくや後脚で立ち上がる。
 慌てて取り押さえようとしたジュゼッペだったが、手綱をぎっちり掴んだのが災いした。後脚を軸に、白馬がぶーんっと上半身を右に振る。
 当然、手綱を掴んだジュゼッペも引っ張られ、あっと思った時は橋から身を乗り出していた。

「おーのーっ!」

 とどめ、とばかりにぐいっと白馬が押して来たからたまらない。バランスを大きく崩し、もんどり打って川に落ちる。その瞬間、馬に災いが及ばぬようとっさに手綱を放すあたりはさすがと言うべきか。
 派手に水しぶきが上がった。

「ああっ、何てこったい、兄さーん!」
「たすけてくれー」
「待ってろ、今行くからなっ」

 泡を食ってランジェロが、兄を助けに向うその間に、白馬はぽくぽくと橋を渡り、悠々と走り去っていた。
 ぽとぽとと水を垂らして二人がようやく乾いた地面に戻った時、白馬の姿はどこにもなかった。

「ど、どうしよう兄さんっ」

 アインヘイルダールは家畜の町だ。そしてまた困ったことに……馬泥棒の跋扈する土地でもある。優れた獲物が集まれば、それを狙う輩も自ずと集まる。
 持ち主のわからぬ馬がふらふらしていたら、持ち主を探すよりまず、自分の物にするなり、素知らぬ顔で売り払う奴がうようよしているのだ。

「とにかく、隊長に知らせよう」
「そうだね、兄さん!」

 体を拭くのもそこそこに、マルリオラ兄弟は西道守護騎士団の砦に駆け込んだ。

「緊急です」
「一大事です」
「ロベルト隊長を呼んでください!」

 馬を扱う職業上、マルリオラ兄弟は砦の騎士たちと顔馴染みだった。ただちに門番から知らせが走り、ロベルト隊長は詰め所で牧場主たちと対峙した。
 一目見て、てっきり強盗にでもあったかと思った。
 二人ともずぶ濡れで、毛布に包まってぶるぶる震えていたからだ。

「どうしたのだ」
「馬が……」
「何!」

 ロブ隊長の目が鋭く光る。馬泥棒は言うまでもなく重罪だ。大事な交通手段であり、財産なのだから。

「盗まれたのか!」
「いえ、逃げました」
「……何?」
「実は選りすぐりの牝馬を一頭、二の姫に献上すべく館に伺ったのですが……」

 思わず知らずロベルトはため息をついた。やれやれ、ここでもまた二の姫か!

「姫いわく、自分とはそりが合わないから、砦の騎士たちに献上するが良かろうと」
「……そんなに使えぬ馬なのか」
「いえ、いえ、とんでもない! 実に勇敢で、気性もまっすぐで、体格の優れたよい馬です」
「ほう」
「ただ、その……何と申しますか……なあ、ランジェロ」
「うん、あれさえなければな、兄さん」

 こそこそと目配せする兄弟をじろりとにらみ、ロベルトは腕組みして先を促した。

「もったいぶらずに話せ」
「……すさまじく意地っ張りで……」
「筋金入りの、男嫌いなんです」
「………何で、そんな馬をここに連れて来るか」
「ですから、途中で逃げ出しましたので、はい」

 ロベルトは額に手を当て、うつむいた。どうしてこう、今日は色々と厄介事が持ち上がるのか。

「実は以前にも、同じ親から生まれた気難しい馬がいたのですが」
「今ではこちらの砦の騎士さまが立派に乗りこなしてらっしゃいますし」
「ひょっとしたら、あの馬も……と」
「わずかな望みを抱きました次第です、はい」
「ほう」

 なるほど、前例があるのか。ならば兄弟の判断もうなずける。優れた馬はいつでも歓迎だ。たとえ性格に少々難があったとしても。

「で、どの騎士が乗っているのだ、その気難しい馬とやらは」
「そりゃあもう、見事な体格の黒い牡馬で………」

 馬の特徴を聞いた途端、腹の底がむずむずしてきた。

「ダインさんが乗ってます」

 予感的中。やはり、あいつか。こめかみの奥で血管が、ずっきんずっきんと脈打ち、膨らむ。
 いや、待て落ち着けロベルト。
 
「なるほど、逃げたのはディーンドルフの馬の、妹と言うことか」
「そうなります」

 かちり、と何かが頭の中で嵌まった。そう、まさにこの瞬間、ロベルトは思いついたのだ。
 頭痛の種を二つ、まとめて片づける方法を。

「案ずるな、その件については我々に任せろ」

 ぽんっとロベルトはマルリオラ兄弟の肩を叩いた。

「おおお、隊長! 何と頼もしい」
「素晴らしい!」
「食堂で、熱い茶でも飲んで来るといい」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」

 むっはむっはと暑苦しい感謝の念を発する兄弟を送り出した後、ロベルトは改めて副官に申し付けた。

「ディートヘルム・ディーンドルフとシャルダン・エルダレントを呼べ! 隊長室に。大至急だ」
「はっ」
「ちょっと待てハインツ」
「はい?」
「出頭する前に、きちんと制服を着るように伝えろ。特に、シャルダン」
「……了解」

 ハインツは軽く肩をすくめ、小走りに立ち去った。

     ※

 力強い拳が隊長室の扉をノックする。ごん、ごん、と二度。頑丈な木の扉の向うから、低い良く響く声が聞こえてくる。

「失礼します。ディートヘルム・ディーンドルフ並びにシャルダン・エルダレント、出頭しました」
「入れ」

 扉が開き、騎士が二人入ってくる。のっしのっしと大股で歩く厳つい体の長身の褐色頭と、乙女のごときたおやかな容貌の銀髪。
 しかしながらその手は柳の枝のようにしなやかで、強く、砦の騎士の中でも随一の強弓をやすやすと引き絞る。
 二人とも、言いつけ通りに砂色の身頃に黒の前立ての制服姿だ。ディーンドルフは若干、まくった袖がそのままだが、まあこいつはいい。いつもの事だ。
 シャルダンさえきちんとした服装をしていれば、何も問題はない。

「命令だ。お前たち二人にある任務を与える。これは大掃除に優先する重要事項だ」

 二人は表情を引き締め、背筋を伸ばした。もっともシャルダンの背筋は最初からピンと伸びていた。ディーンドルフの猫背癖は、もはや少年の頃からの習慣だ。これでも一度剣を持てばしゃっきり伸びるのだが。

「砦に寄付されるはずだった馬が脱走した。ふらふらしてる間に、馬泥棒にでも捕まったら厄介だ。貴様らが探してこい」

 手短に命令を伝える。

「馬、ですか」
「うむ。マルリオラ牧場から連れて来られたのだが、砦の手前の橋の上で暴れてな。ジュゼッペとランジェロを川に叩き込んで逃げ出したらしい」

 さっとシャルダンの顔から血の気が引いた。

「暴れ馬なんですか? だったら早く取り押さえなければ危険です!」
「いや、聞いた話では別に凶暴な訳ではない。マルリオラ兄弟も濡れはしたが怪我はないしな。ただ……」

 こほん、とロベルトは咳払いを一つ。

「その、性格にちょっと問題がある」
「と、言うと」
「筋金入りの、男嫌い」

 一瞬、微妙な沈黙がその場を支配する。二人の騎士は顔を見合わせ、まばたきして、それからまたこっちを見た。号令をかけたように、揃って。

「何で、俺達に捜索を?」
「脱走した白馬はな……ディーンドルフ、お前のあのでっかい黒馬の妹にあたるそうだ」
「あー……」

 ディーンドルフはかぱっと口を開けて何かを思い返すように目を逸らし、しかる後、大きくうなずいた。

「納得しました」
「血縁者が探しに行けば、寄ってくるかもしれん。責任取れ!」
「了解!」
「了解!」

 きちっと敬礼すると、ディーンドルフとシャルダンは連れ立って部屋を出て行く。重たい足音と軽やかな足音、二つ並んで寄り添うのを聞きながら、ロベルトはほっと息をついた。
 やれやれ、これで団員どもの気が散る事もなくなった。作業の遅れも解消されるだろう。
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姉と妹

2013/11/19 5:23 お姫様の話いーぐる
 そして、二人の姫は出発した。二の姫レイラは葦毛の軍馬にまたがり、四の姫ニコラは姉の前にちょこんと座って。手綱さばきもさっそうと、足取りも軽く向うはアインヘイルダールの下町、北区の一角だ。

「まだかかるのか?」

 レイラは内心の不安を押し殺して周囲を見渡す。あまり治安はよろしくないようだ。ぎりぎりでスラム街には入っていないが、それでもかなり近い。時折、路地裏にたむろする目つきのよくない輩を見かけた。
(こんな所に、この子は毎日通っているのか! ああ何てことだ。私のかわいいかわいいかわいいかわいいニコラが!)
(こうしてはいられない。いっそ私がアインヘイルダールに転属願いを出して、毎日送り迎えをーっ!)
 過保護、ここに極まれり。

「もう少しよ。ほら、薬草の香りがしてきたでしょ?」
「ああ、本当だ」

 ひょこっと、ニコラの胸元の琥珀のブローチから小さな生き物が顔を出す。手のひらに乗るほどの、ふわふわした金髪の小妖精。背中には、金魚のヒレのような二対の羽根が生えている。

「これが、ニコラの使い魔さんか」
「うん、キアラよ。師匠の家は力線も境界線も強いから、安定して実体化できるの!」
『の!』

 小妖精を頭に載せて誇らしげに胸を張ってる。妹の姿を頼もしく思うと同時に、ちょっぴり寂しさを感じずにはいられないレイラだった。

「ほら、そこよ!」

 ニコラの指さす先には、半ば石、半ば木で作られた年季の入った建物があった。茅葺きの屋根は所々に新しく芽が生え、草が伸び、斑に緑に染まっている。
 なるほど、軒先には木彫りの看板がかかっている。

『薬草・香草・薬のご用承ります』

 店の前に馬を止めると、ニコラは慣れた動きで鞍から滑り降り、ぴょんっと地面に降り立った。

「おやおや、元気の良い事だ!」
「慣れてるから。この子、黒よりちっちゃいし」

 ひくっとレイラの口元が引きつる。
(な、に、に?)
(って言うか黒って誰の馬なんだ? ダインか。ダインとやらに、しょっちゅう乗せてもらっているからかーっ)

 店の入り口の手すりに手綱を結ぶ、二の姫の手はほんの少し震えていた。
 しかし肝心のニコラは姉の心中など露ほども知らず、元気よく扉を開け放つ。コロローン、コロローンと柔らかなベルの音が響く。

「師匠! 姉さまつれて来たよ!」
「おう、来たか」

 奥のカウンターで、小柄な男が眠たげな目をこすって顔をあげた。すかさずレイラはきちっと背を伸ばして一礼する。

「お初にお目にかかります。レイラ・ド・モレッティです。妹がお世話になっております!」
「いらっしゃい、二の姫様。そんなに畏まらなくても、俺は単なる薬屋さね。妹君もそうしてらっしゃる」

 薬草屋の主はカウンターに頬杖をついてゆるりと笑いかけて来た。

「ってわけで……初めまして、フロウライト=ジェムルだ。気楽にフロウって呼んでくれるとありがたいねぇ」

 見ていて何だか、あったかいお茶を飲んだような、ほっとする表情だった。どこか寛ぎさえ覚えるような穏やかな雰囲気だ。
(ああ、この方なら妹を安心して預けられる)

 一方でフロウはフロウでまた、二の姫をそれとなく観察し、予想外の穏やかさと礼儀正しさに思わず知らずくすり、と笑っていた。
(てっきり『ウィッチに大事な妹を任せるのは不安だ』くらいの文句は言われると思ってたんだがねぇ)
 二人の思惑が交錯するその時だ。

「んっぴゃ!」

 奇妙な生き物が、とんっと天井から飛び降りて来た。ぴんと尖った耳、金色の瞳、ふわふわの毛並は黒と褐色の入り交じる斑模様。長いしなやかなしっぽをひゅんっと振り、赤い口をかぱっと開けた。

「ぴゃあああ」

 その背中では、一対の翼がばさりと広がる。

「……猫? 鳥?」
「ちびちゃんよ」
「ぴゃっ、ニーコーラ」
「しゃべった!」
「そいつはとりねこだ。ダインの使い魔だよ」

 ダイン。またしてもダインか……。

「たまたま拾って、懐かれたらしい」
「ほおお……」

 極上の笑みを浮かべる二の姫の背後に、めらぁっと目に見えない青い炎が揺らめく。

「ちびちゃん、私の姉さまよ」
「んっぴゃ、ねー? ねー?」
「ね、え、さ、ま」
「ねー!」
「……うん、努力は認める」

 挨拶が済むと、ニコラは先に立って店の案内を始めた。
 レイラも目を輝かせて後に続く。
 ガラス瓶に収められ、棚に並んだ薬草の根っこや葉っぱ、茎、そして花に実。
 天井に渡したロープからぶら下がる乾燥した薬草の束。そしてカギのかかった飾り棚に並べられた、耳飾りに腕輪、指輪、ペンダント、リボン……魔法の術具。
 目に入る物全てが珍しくてしかたないのだ。通い慣れた店も姉が一緒だと違うのか、ニコラの声も弾んでいる。
 やはり女の子が連れ立って買い物をしている姿と言うのは、なかなかに見ていて賑やかで、華がある。

「これは何?」
「これはね、亀の甲羅の粉末! 術の触媒に使うの。それから、これがワニの鱗!」

 例え、のぞきこんでいるのがざらっとした緑がかった灰色の鱗が、ぎっしり詰まったガラス瓶だったとしても。

「知らなかったなあ。魔術に使う道具がこんな町中の店で、普通に売られているなんて」
「これだけじゃないのよ、姉さま」
「うん?」
「とっておきの道具もあるの!」

 ニコラは手をあててひそひそとレイラの耳元にささやいた。まるで秘密を打ち明けるように。

(よくやるぜ)

 師匠は苦笑しながらも何も言わない。

「……見たい?」
「見たいな」

 くすぐったそうに首をすくめながら二の姫が頷く。ニコラは姉の手をひっぱってカウンターに戻ってきた。
 それこそ、獲物をくわえた猫そっくりの表情で。

「師匠、お願い」
「はいよ」

 よっこいせ、とカウンターの下に潜り込み、昨日仕込んでおいた木箱を取り出す。懐から小さな鍵を取り出し、かちゃりと回して蓋を開ける。

「……おお」

 選りすぐりの魔法の装身具。昨日、あれから念入りに磨いておいた。騎士と言っても、やはりそれ以前に年ごろの若い娘だ。増して婚約中ともなれば、来るべき結婚式に備えて自ずと身を飾る装飾品に興味も向くだろう。
 レイラは感歎のため息をもらして、並べられた指輪と、ピアスと、アンクレットを見つめた。

「美しい。実に見事な細工だ」
「でしょ、でしょ?」
「フロウ殿、これはどのような効果があるのですか?」

 してやったり。師匠と弟子は素早く目配せをした。

「あー、そのピアスはだね……」

     ※

 一通り魔法の装身具の使い方と効果、そして肝心のお値段を聞き終えてから、レイラは腕組みして考え込んでいた。

「一番価格が手ごろなのはアンクレットだが、実用性の面で言えば結婚指輪としても使える『想いの指輪』か……」

 さすが姉妹、見事に発想が同じだ。いや、むしろここは姉の嗜好を読み切ったニコラの洞察力に驚くべきか。

「ところでフロウ殿」
「ん、何だい?」

 ちらっとレイラは妹の様子をうかがった。幸い、ニコラは使い魔たちと遊ぶのに夢中になっている。
 何やら二頭身のころんころんしたちっこいのが増えてるがこの際気にしない。
 口元に手を当ててこそっと話しかける。

「この『呼応のピアス』だが、ピアスではなく耳飾りになっているものはないのですか?」
「は? あ、ああピアスの穴は……」

 ちらっと見た二の姫の耳たぶには、小粒の銀色のピアスが控えめな輝きを放っている。護符を兼ねた実用性重視のものだ。と、なると。

「お相手が、開けてないのか」
「いかにも」

 うなずくレイラの視線の先に居るのは、何故か妹ニコラ。

「あー……そう言うことか」
「うむ、そう言うことだ」

 要するに、二の姫が魔法の力を借りてまで話したいのは、婚約者ではなく妹なのだ。

「だったらかたっぽだけ、金具を付け替えればいい。大した手間じゃねえし、それぐらいなら俺にもできるよ」
「本当ですか!」

 途端に、レイラの周囲にぱああっと幻の花が咲き乱れた。上品にアザレアとかカンパニュラ、ツル薔薇あたりが。

「本当ですか! では是非に!」
「……毎度あり」

 かくして『想いの指輪』と『呼応のピアス』まとめてお買い上げ。金額はしめて金貨300枚。
 婚約者とおそろいで使う指輪より、妹とおそろいのピアスの方が高かった。片や金貨100枚、片や金貨200枚、かっきり二倍。
 さくっと現金で出せるあたりは、さすが貴族の姫君だ。情熱を傾ける方向がちょっとばかりまちがってるような気がしないでもないが……。

「んじゃ、ちょいと俺はこいつを仕上げちまうから、その間、茶でも飲んでてくれ。ニコラ、任せていいな?」
「もちろん!」
「私も手伝おう」
「いいのいいの、姉さまは座ってて!」
「……わかった」
 
 ピアスの片方を、イヤリングに作り直しながらフロウは思った。何にせよ、姉妹仲が良いのはけっこうなことじゃねえか、と。
 いそいそとお茶を入れるニコラの姿を、レイラは頬を染め、目をうるませてうっとり見守っている。
 うん、仲が良いのに越した事はない。多少溺愛しすぎな雰囲気がしなくもないが……まあそこはそれ。
 そのおかげで予想外の売れ行きになり、赤字もしっかり解消したのだから……。
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二の姫・白馬・四の姫

2013/11/19 5:20 お姫様の話いーぐる
 館の中庭は手入れの行き届いた庭木が生い茂り、柔らかな緑の芝生の間を石畳を敷き詰めた小道が通っている。
 そして中央では小さな噴水がこぽこぽと澄んだ水を吐き出していた。薄紅、紫、水色、黄色。先が星の形に分かれた、ふっくらとしたラッパのようなカンパニュラ。バーベナとクリーム色の花びらのふちにほんのりピンクの滲むつるバラは甘く香り、スイカズラの咲き乱れる中に彼女は居た。
 
 そう、見事な牝馬だった。
 軍馬なだけに、骨格そのものはがっちりしているし、首も太く鼻面も短い。だがやはり若い『娘』だ。すらりとして、可憐だった。純白の毛並の下、しなやかな筋肉が流れるように美しい曲線を描いている。
 だが。
 ちらりとこちらを見る黒い瞳。目が合った瞬間、白馬はぷいっと顔を背け、あまつさえぶるっと首を横に振った。

「おおっと、静かにしておくれ、スイーティ!(いい子ちゃん)」

 マルリオラ兄弟の兄が慌ててハミを押さえる。白馬はしぶしぶと言った風情で大人しくなったが、レイラは見た。
 前足がそっと持ち上がり、ガツンっと地面を叩いたのを。

「ジュゼッペ! ランジェロ!」

 兄弟の名を呼ぶと、二人は彫りの深い顔に惜しみない賞賛と親しみを滾らせて(そりゃもうかっかと燃える炭火のように熱く!)胸に手を当て、深々と一礼した。

「これは、これは二の姫! いやあ、相変わらずお美しい!」
「お会いできて光栄の至りです! 素晴らしい!」
「二人とも、その……元気で何よりだ」

 額に汗を浮かべつつレイラも、いつもの濃ゆい挨拶を受ける。すなわち手袋を外して手を差し伸べ、うやうやしく送られるキスを受け取ったのだった。
 この二人の場合はお世辞でもなければご機嫌とりでもない。いつでも全力で本気、だから決して無下にはできない。二の姫レイラは義理堅い娘なのだ。

「実は今日、うかがったのは他でもない!」
「我らの牧場の牝馬を一頭、献上いたしたく」
「勇敢で、足も早く、軍馬にこれ以上に相応しい馬はおりませぬ」
「ぜひともおそばに!」
「気持ちは嬉しいが……」

 こほんっと軽く咳払いをすると、レイラはちらっと白馬を見やる。相変わらず顔を背け、ばっさばっさと尻尾を振っている。彼女が追い払いたいのはハエなんかじゃない。

「せっかくだが、あの馬は、私には向かないようだ」
「何ですとーっ!」
「確かに勇敢だが、向こう気が強すぎる。おそらく、女子隊のどの騎士にも素直に従わないだろう。女同士、無意識に張り合ってしまうから」
「それはもしかして」
「うむ、似た者同士は、ソリが合わないと言うことだな」
「おおお、何と言うことだ……」
「しかし義姉さんの言うことは大人しく聞いたんですよ?」
「そこはそれ。マルリオラ夫人は人妻であり、母親じゃないか」
「お、おお……」
「彼女の懐の深さが、馬にも伝わったのだろうよ」

 がっくりと、マルリオラ兄弟は肩を落とした。
 と、何やら思いついたらしい弟ランジェロが、がばっと顔を上げる。

「では、では代わりに四の姫に!」

 途端に、二の姫の周囲の空気が、ぴしぃっと音を立てて凍りついた。

「き、さ、ま」

 にっこりと、とても良い笑顔でレイラはずかずかとランジェロに詰め寄った。
 手は出さない。騎士だから、一般人にはあくまで手は出さない。
 だが身にまとう目に見えない青い炎の凄まじさがひしひしと肌を焼き、陽気な牧夫の陽に焼けた顔からさああっと血の気が引いた。

「あんな気の強い跳ねっ返りな馬に! 私のかわいいかわいいニコラを乗せる気か!」
「滅相も無い!」
「振り落とされて怪我でもしたらどうする!」
「迂闊でした!」

 がばあっと頭を下げながら、ランジェロは思った。
 ああ、やっぱ二の姫も感じたんだな。あの馬は気の強い、跳ねっ返りだって。

「大体、軍馬向きなら、砦の若い連中を乗せればよいではないか」
「それが、あいにくとあの子は筋金入りの男嫌いなんですよ」
「おやおや」
「気に入らない男が扱うと暴れるし! ここに連れて来るのも、一苦労でした」

 それはそれで、中々に見込みのある馬ではないか。要は相性の問題なのだ。一度乗りこなすような男と巡り合えば、きっと優れた軍馬となる。
 二の姫は腰に手を当てて胸を張り、爽やかに言い切った。

「何、問題ない。砦の若手騎士は頑丈なのが取り柄だ。多少蹴られても大丈夫だろう!」
「そりゃ、確かにそう言う方も中には居られるかもしれませんがっ」
「騎士は体が資本だぞ?」
「……ごもっとも」
「日々鍛錬していれば、落馬しても怪我をしない落ち方が自ずと身に付く! お主らが教えてくれたではないか」

 自信たっぷりに正々堂々と言い切る二の姫を前に、ぽそりとランジェロが呟く。

「ヘソ曲げて走らないこともあるんですけど……」
「しっ、それは黙っておけ」

 素早くジュゼッペが弟の脇腹を肘でつついて黙らせる。幸い、兄と弟のひそひそ話は二の姫の耳には届かなかった。正にその時、執事がうやうやしく告げたからだ。

「四の姫、ニコラさまがお戻りになりました」

     ※

 その瞬間、二の姫は光になった。マルリオラ兄弟への挨拶もそこそこに、館の中へと飛び込めば、丁度玄関から、濃紺に藍色のラインの入ったケープつきの上着に同色のスカート……魔法学院の制服を着た少女が入って来た所。
 互いの姿を見るなり、二組の青い瞳がぱあっと輝いた。

「ニコラ!」
「レイラ姉さま!」

 レイラはまっしぐらに妹に駆け寄り、高々と抱きあげた。ニコラも慣れたもので、両手を広げてバランスを取ってきゃっきゃと笑っている。

「元気そうだな!」
「姉さまも!」

 くるっと一回転してニコラを床に下ろすと、レイラは改めて妹と向き合い、しっかりと抱きしめた。

(ああ、ニコラが。かわいいかわいいかわいいニコラが腕の中に! いっそこのまま連れ帰ってしまいたい)

「会いたかった……」
「私も」

(この温かさを。ぴちぴちした弾力と柔らかさを覚えていたい! ちょっとでも長く!)

 さらさらした金髪に顔を埋めてうっとりするレイラの顔は、ついぞ表では見せたことがないほどゆるみ切っていた。

「……姉さま?」
「……ごめん、久しぶりだったから、つい」

 抱きあう二人から奥ゆかしく距離を保ちつつ、執事が控えめな咳払いをする。

「恐れ入りますが姫様方、お茶の仕度が整いました。奥様より本日はお天気もよろしいのでテラスでお茶を、とのことです」
「うむ、わかった」

 途端に二の姫はしゃきっと背筋を伸ばし、うやうやしくニコラに手を差し伸べた。

「行こうか」
「はぁい!」

 腕を組んで廊下を進む二人の姫様は、金色の髪といい、青い瞳といい、実によく似ていた。本人たちが思うよりずっと。

    ※

 中庭を見下ろす一階の居間に面したテラスにはテーブルと椅子が並べられ、白いクロスの上にはお茶の仕度が整っていた。キルトのティーコーゼを被った磁器のティーポットにカップとお皿。焼き立てのマフィンにクッキー
を添えて。
 大モレッティ夫人は手ずからカップにお茶を注ぎ、孫娘たちを待っていた。

「ささ、二人ともこっちにいらっしゃい。話したい事がたくさんあるでしょう? 立ち話では足が棒になってしまうわ」

 大夫人の見立ては正しかった。
 紅茶を飲み、菓子をかじる間もレイラとニコラはひっきりなしに喋り続けた。
 レイラはニコラの居ない間の西都での出来事を。ニコラはアインヘイルダールでの日々の暮らし……魔法学院での授業や友達の事、初めての召喚、魔法のスープ作り、そして薬草屋での魔法修業。
 目を輝かせて話す妹を見ながらレイラは思った。
(ああニコラ、あんなに輝いて、活き活きして。やりたい事を見つけたのね)
(これじゃ、とてもじゃないけど言えないな……帰ってきて、なんて)
 それにしても。レイラはわずかに口元を引きつらせた。さっきからダインダインと特定の男の名前が話題に上るのが気になる。
 明らかに他の男性……魔法学院の先生や先輩、騎士団の砦の隊長や従騎士、そして魔法の師匠とは、扱いが違う。どこがどうとは言えないのだが。強いて言うなら同い年の男友達のような扱いだ。それも相当に親しい。

「で、ね。スープ飲んだら、ダインの声がぴゃあぴゃあになっちゃったの!」

 何て朗らかな声で笑う事か! ぱきっとレイラは無意識にクッキーを握りしめ、粉砕していた。
(わ、私のニコラに『親しい』男友達が!)
 ぜひとも後で面を拝んでやらねばなるまい。聞く所によると師匠の店に入り浸っているそうだからいずれ会えるだろう。

「姉さま、どうしたの?」
「ああ、うん、何でもない」

 ささっとどす黒い炎を収めると、レイラは何ごともなかったように粉砕したクッキーを口に運んだ。

「それで、ニコラ。これから、お師匠にご挨拶に行きたいのだがよろしいかな」
「うん!」

 精一杯さりげなく話題を切り替えたつもりなのだが。カップの陰で大夫人がくすっと忍び笑いを漏らした事にレイラは気付いていなかった。
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二の姫、来訪

2013/11/19 5:17 お姫様の話いーぐる
 かくして。牧場主兄弟、薬草使いとその弟子、そして騎士団の面々。数多の人々思惑と期待の絡み合う中、日付が変わり………二の姫レイラがアインヘイルダールにやってきた。
 きりっと結い上げた金色の髪を日の光にきらめかせ、やや細身に仕立てられた西道守護騎士団の制服をきりっと着こなして。葦毛の軍馬にまたがり、荷物を背負ったロバを従えて城門を潜ると、真っ直ぐに祖母と妹の待つ館へ向った。
 そう、騎士団の砦を華麗にスルーして!

「何。二の姫は館に向われたと?」
「はっ、今し方、門番より報告がありました。ロブ隊長には後ほどお会いに来られるとのことです」
「ふむ……」

 ロブ隊長は握った手を口元に当てて考えた。
 別段不自然な事ではない。久しぶりに会う家族に挨拶をするのは極めて自然な成り行きである。
 二の姫の場合はむしろそれこそが目的だったりする訳だが、隊長はその事実など知るよしも無かった。

 何にせよ、好都合だ。
 砦の大掃除は遅々として進んでいなかったからだ。原因は……他でもない。銀髪に青緑の瞳の従騎士、シャルダン・エルダレントだ。特に彼が怠けている訳ではない。増して掃除が下手な訳でもなければ、失敗を連発して足を引っ張っている訳でもない。
 他の団員たち同様、上着を脱いでシャツを腕まくりし、さらさらの銀髪をきりりとポニーテールに結い上げて、甲斐甲斐しく立ち働いている。
 それこそが、作業遅延の原因なのだった。
(まったく困ったものだ)

 ロベルトははっきり言って『美人顔』が苦手だ。美女と誉れの高い二の姫との対面は、正直気が進まない。シャルダンにしても、『これは男だ』と理性で判断できるからこそ、普通に部下として接する事ができる。
 しかし年若い騎士たちに己と同じ対応を期待するのは、どだい無理と言うものだった。
 何せ男所帯の騎士団に、外見に限ってたおやかな乙女が一人紛れ込んでいるようなものなのだ。
 滑らかなうなじに。シャツの襟元からのぞく胸元に。まくり上げた袖口に、嫌でも若い野郎どもの視線が集中する。自然手元がお留守になり、思いも寄らぬミスへと繋がる。
 後始末と掃除とどっちが多いのか、いちいち数え上げたら頭痛がしそうな程度に。
 見かねて昨日分の作業を終え、夕食の席でシャルダンにそれとなく告げてみた。

「もっと動きやすい服装をしてこい」と。

 シャルダンは素直に従った。何で自分だけが、と不満を漏らすこともなく。その点では彼を評価しよう。だが今日の出で立ちと来たら、予想の斜め上を行く物だった。
 きりっとポニーテールに結い上げた銀髪……は昨日と同じ。その上から、きっちりと三角巾を被っている。布そのものは生成りのありふれた色合いのものだ。しかし裾にぽつりと、犬の足跡をかたどった刺繍が施してあった。
 それだけならまだいい。長い髪を布で保護するのはむしろ効率的で好ましいし、襟足への余計な視線も遮られる。

 この天然乙女系騎士と来たら……。
 よりによって白いシャツに(これはまあ制服なんだから当然だ)、藍色の細身のズボン。伸縮性のある生地でぴったりと足にフィットする代物だ。その上からさらに、シンプルな麻のエプロンを着けて来やがったのだ。
 なまじフリルのたっぷりついたピンクのエプロンなら余興の一種と笑い飛ばす余裕もできようが!
 その質素にしてたおやなかな出で立ちは、さながら大掃除にいそしむ新妻。結果として、彼の生来の清楚な色香に磨きがかかっていた。
 狙ってやらかした訳じゃないだろう。そうと信じたい。実際に動きやすい服装ではあるし、ギリギリの線で女装ではない。そう、かろうじて。
 唯一動じない唐変木と組ませておけば支障あるまい。私室の掃除に専念させておけば、被害を最小限に抑えられるはずだ。

 わずかな期待を抱いて、ロブ隊長はシャルダンと同室の先輩騎士、ダインともども自室の大掃除を命じた。
 しかしながら隊長の読みは外れた。普段からシャルダンはまめまめしく兵舎の自室を片づけていたのである。あっさり封印場所から抜け出して、爽やかな笑顔を振りまいていた。

「先輩! 何かお手伝いする事はありませんか?」

 その瞬間、若手騎士たちの手は止まり、注意力も集中力も散り散りに飛び散って……かくて作業は再び停滞した。

      ※

 一方、二の姫レイラは意気揚々と、祖母の住む館を訪れた。
 砦よりほど近い石造りの頑丈な城館は、西都の伯爵の居城に比べれば規模は小さく、作りもいささか無骨で古めかしい。しかしながら建物も広々とした庭園も手入れが行き届き、訪れる度に穏やかな気持ちになる。
 いつでもここは、しんと静かで、懐かしい。積み上げられた時間の翼が優しく包んでくれる。

「いらっしゃい、レイラ!」

 玄関に向うと蹄の音を聞きつけたか、モレッティ大夫人自らが出迎えてくれた。

「待ってたわ。元気そうね! さあ、顔を見せてちょうだい」
「お祖母様! ご健勝で何よりです!」

 二の姫レイラは身軽に馬の鞍から飛び降り、祖母へと駆け寄った。大夫人はふくふくしい顔に穏やかな笑みを浮かべ、両腕を広げて孫娘を抱きしめる。
 互いの存在をしっかりと確認してから、レイラはそわそわと回りを見渡した。

「それで、えーっと、あの………ニコラは?」
「まだ学校よ?」

(しぃまったぁあ!)

 がっくりとレイラは肩を落とす。こんな事なら先に砦に寄って来れば良かった。いや、今からでも遅くない、魔法学院の視察と称して行けば!

(だがそんな事をして過保護な姉さまとニコラに怒られたらどうしよう?)
(ああ、でも公務のついでと言えば言い訳が立つか)
(いっそお忍びで身を隠してひっそりと、のぞき見するか……っ?)
 激しい葛藤の結果、どんどん危ない方向に突っ走っている自覚は、二の姫にはまったく、無い。
(ちょっとだけ、ちらっとひと目見るだけならっ)
 顔を赤らめ、目をらんらんと輝かせて二の姫は、はー、はーっと呼吸を荒くする。

 このままでは伯爵家の姫君にして西道守護騎士たるお方がのぞき、なぞと言う前代未聞の不祥事は避けられないかに見えたが。
 天の差配かあるいは事態を憂いた神のお導きか。館の執事が進み出て、うやうやしく告げた。

「マルリオラ牧場のジュゼッペ兄弟がおいでになりました。レイラ様にお会いしたいとの事です」

 来客の知らせに、すーっと二の姫の逆上した愛と血の気が下がる。瞬時にレイラはきりっと背筋を伸ばし、伯爵家の姫として、騎士としてしかるべき威厳と落ち着きを取り戻した。

「マルリオラの牧場主が、私に?」
「はい、馬を一頭、献上なさりたいとの事です」
「おお、それは願ってもない事だ!」

 マルリオラ牧場の馬とあればまず、外れはない。過去に一頭、例外が居たには居たが、今はきちんと団員の乗馬として乗りこなされていると聞いた。
(確かディーンドルフとか言う名前だったか。去年の秋の馬上槍試合で優勝した男だ)
 わざわざ自分を指名したと言うことは女性が乗るのを前提とした馬なのだろう。既に己の愛馬は葦毛の軍馬と決まっているが、西都に連れ帰れば女子隊の優れた乗馬となるはずだ。

「中庭にお通ししてくれ。すぐに向かう」
「かしこまりました」

 執事を見送り、ふーっと息を吐き出す孫娘の姿を、大モレッティ夫人はにこにこしながら見守っていた。
 凛々しい二の姫も、やんちゃな四の姫も、彼女にとっては等しく『私のかわいいおちびちゃん』なのだ。

「ではお祖母様、馬を見て参ります!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
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兎と姫は準備する

2013/11/19 5:13 お姫様の話いーぐる
 フロウが倉庫の物色を始めてから10分後。

「ん~……まあ、この辺りでいいか」

 選んだ品を小箱に収めると、フロウは店に戻った。倉庫には再びしっかりと錠が下ろされる。
 
「あ、お帰りなさい。わあ、それが例のブツ?」
「ブツってお前さん………まあ、そうだけどよ?」

 苦笑しながら箱をカウンターに載せ、蓋を開ける。ニコラが目をきらきらさせて飛びついてきた。やはり女の子、こう言ったアクセサリーの類いは好きなのだ。

「わーわー、初めて見るのがあるー」

 箱の中味は、ピアス一組と、二つ一組の指輪が二種類、そしてアンクレットが二つ。黒いベルベットの内張の上で、静かな光を放っている。

「きれーい。さすが全部二つで一組! ね、ね、師匠、このピアスは何?」

 やっぱりおいでなすったか。単純にアクセサリーにきゃっきゃして終わるはずがないのだ、このお嬢さんが。

「そいつは『呼応のピアス』つってな」
「ふむふむ」
「ピアスを一つずつ着けるんだ」
「かたっぽずつ?」

 しっかりメモを取っている。

「ああ。そうすると、着用者は1日10分間だけ、どんなに離れてても会話できる。恋人同士つったって、二人とも忙しい身の上だ。四六時中一緒に居られるとは限らないだろ?」
「うん! それで、お値段は?」
『おねだんは?』
「金貨で200枚」
「に……にひゃくまいーっ!」

 スツールに腰かけたまま、ニコラはびょいんっと飛び上がった。よほど驚いたのか、小妖精はくるくる円を描きながらぴゃーっと空中を飛びずさる。

「おう。できれば現金のがありがたいけどな。宝石でのお支払いも受け付けてるぞ」
「さすが高額アイテム……こっちの指輪は?」

 続いてニコラが指さした指輪は、半円にカットされたサファイアをあしらった銀色の指輪だった。

「二つ並べると円の形になるように作られてるのね、これ」
「いい所に気付いたな。それは『誓いの指輪』だ。指輪を身につけた者同士は、1km以内なら互いに意思疎通ができる」
「基本はピアスと同じなのね。距離が限られるけど、その代わり回数制限がないんだ!」
「その通り。だが値段もその分高いぞ?」
「おいくら?」
「金貨880枚」
「はっぴゃく……」

 ニコラは頭を抱えた。

「頭くーらくらしてきちゃった」
「まあ、んーな大金、ほいほい持ち歩く奴は滅多にいないよなあ。第一重いし」
「そうよね、重いし!」
「現実的に考えりゃ、こっちの『標のアンクレット』と『想いのリング』がお勧めだな。こっちは特に二つ一組で使うって訳じゃないんだがデザインが対になってる」
「ほんとだ」
「『標のアンクレット』は、まず自分の血を垂らして起動する」
「ふむふむ」
「で、お互いに交換する、と。そうすると、血を垂らした人間は常にそのアンクレットがどこにあるか、正確に分かる」
「お互いに、相手がどこに居るかわかるってことね!」
「その通り。お値段は金貨30枚だ」
「あー、なんかようやく現実味のある金額になって来た。で、こっちの指輪は?」

 細い銀色の金属で作られた指輪は、至ってシンプルな作りだ。石は一つも着いていない。

「結婚指輪?」
「……としても使えるように作られてる。『想いのリング』つって、本来は望まない魔法から精神を守るための指輪なんだ」
「身に着けると効果のある護符の一種ね」
「そう言うこと。お値段は一つ50枚な」
「金貨で?」
「おう、金貨で」

 ニコラはびっしりと着けた記録を読み返し、腕組みして考え込む。
 
「一番安いのはアンクレットだけど、実用性の面で言えば結婚指輪としても使える『想いの指輪』をお勧めするべきかなぁ……」
「売りつける気満々だな、おい」

 なまじ手堅い線に狙いを絞っただけ、話が現実味を帯びてくる。呆れるような師匠の視線を受け、ニコラはついっと胸を張る。

「だーって実際にお金持ってるし。ぼったくる訳でもないし増して騙す訳でも無いし!」
「そりゃまあ、そうだがよ」
「経済ってこーやって回るものなのよね!」
『なのよね!』

(いやはや、何っつーか、逞しいやぁねぇ)
 やる気満々の四の姫を見て、秘かに二の姫に申し訳ないような、そんな気持ちになるフロウだった。


     ※


 一方その頃、西道守護騎士団の砦では。アインヘイルダール駐屯地を率いる隊長、『兎のロベルト』ことロベルト・イェルプが、西都から早馬で駆けつけた伝令と対面していた。

「二の姫がおいでになる、だと?」
「はっ、ロベルト隊長への表敬訪問とのことです」
「承知した」

 かなり今更、とか。随分急だな、とか。若干、不審に思わないでもなかったがおくびにも出さず、ロベルトはすっくと立ち上がった。

「では失礼のないようにお出迎えする。全員集合!」
「了解。全員集合~~っ!」
「集合~~っ!」

 命令は速やかに申し送られ、すぐさま物見塔の上でラッパが高らかに吹き鳴らされる。
 カツ、カツカツと軍靴の踵を鳴らし、ロブ隊長は凄まじい早さで廊下を歩く。まっすぐに、大股で。
 若い女性が来る。しかも団長の娘であり、彼女自身も女子隊を率いる隊長でもある。
(最上級の敬意を持って出迎えねばなるまい。まずは……)
 中庭に向う道すがら、ちらり、と砦のそこ、ここに視線を走らせる。
 さすがに清潔さは保たれてはいるものの基本的には男所帯だ。ことに詰め所脇の仮眠室だの、各人の個室に至っては表に出ないもんだから、無法地帯もいい所だ。
(この有り様をご婦人の目にさらす訳には行かぬ! 断じて!)
 二の姫の到着までに、せめて厩舎よりは片づいた状態にしておかねば。

「気を付け! 隊長に、敬礼!」
「……休め」

 息せききって中庭に集合した団員どもを見渡し、ロブ隊長は胸を張り、朗々とした声で告げた。

「聞け。明日、レイラ・ド・モレッティ隊長がこの砦の視察に来られる!」
「……二の姫が?」
「うぉ、ラッキーっ!」
「俺まだ直に見たことないんだよ! すっげえ美人なんだって?」

 ざわざわと広がる呟きの中には、若干、軽々しい類いのものも含まれていたが、まあ野郎の集団だ。この程度は許容してしかるべきだろう。実際、年かさの騎士たちは『あーまたやってるよ』『懲りないなぁ』と何とも生暖かい視線で聞き流している。

「ニコラさんのお姉さまがおいでになるんですか!」
「ああ。ご自身の俊敏さと器用さを最大限に活かした剣捌きは見事だぞ。一度手合わせしてもらうといい」
「はいっ、ダイン先輩!」

(むしろこいつらは例外か?)
 例外たる理由はあまり深く追求はすまい。兎の二つ名にたがわぬ素早さでさくっと思考を切り替える。
 すうっと息を吸い込み、腹の底から響く声で命令を伝える。

「これより、砦の大掃除を開始する。総員、掛かれ!」
「了解!」
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