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とりねこの小枝

姉と妹

2013/11/19 5:23 お姫様の話いーぐる
 そして、二人の姫は出発した。二の姫レイラは葦毛の軍馬にまたがり、四の姫ニコラは姉の前にちょこんと座って。手綱さばきもさっそうと、足取りも軽く向うはアインヘイルダールの下町、北区の一角だ。

「まだかかるのか?」

 レイラは内心の不安を押し殺して周囲を見渡す。あまり治安はよろしくないようだ。ぎりぎりでスラム街には入っていないが、それでもかなり近い。時折、路地裏にたむろする目つきのよくない輩を見かけた。
(こんな所に、この子は毎日通っているのか! ああ何てことだ。私のかわいいかわいいかわいいかわいいニコラが!)
(こうしてはいられない。いっそ私がアインヘイルダールに転属願いを出して、毎日送り迎えをーっ!)
 過保護、ここに極まれり。

「もう少しよ。ほら、薬草の香りがしてきたでしょ?」
「ああ、本当だ」

 ひょこっと、ニコラの胸元の琥珀のブローチから小さな生き物が顔を出す。手のひらに乗るほどの、ふわふわした金髪の小妖精。背中には、金魚のヒレのような二対の羽根が生えている。

「これが、ニコラの使い魔さんか」
「うん、キアラよ。師匠の家は力線も境界線も強いから、安定して実体化できるの!」
『の!』

 小妖精を頭に載せて誇らしげに胸を張ってる。妹の姿を頼もしく思うと同時に、ちょっぴり寂しさを感じずにはいられないレイラだった。

「ほら、そこよ!」

 ニコラの指さす先には、半ば石、半ば木で作られた年季の入った建物があった。茅葺きの屋根は所々に新しく芽が生え、草が伸び、斑に緑に染まっている。
 なるほど、軒先には木彫りの看板がかかっている。

『薬草・香草・薬のご用承ります』

 店の前に馬を止めると、ニコラは慣れた動きで鞍から滑り降り、ぴょんっと地面に降り立った。

「おやおや、元気の良い事だ!」
「慣れてるから。この子、黒よりちっちゃいし」

 ひくっとレイラの口元が引きつる。
(な、に、に?)
(って言うか黒って誰の馬なんだ? ダインか。ダインとやらに、しょっちゅう乗せてもらっているからかーっ)

 店の入り口の手すりに手綱を結ぶ、二の姫の手はほんの少し震えていた。
 しかし肝心のニコラは姉の心中など露ほども知らず、元気よく扉を開け放つ。コロローン、コロローンと柔らかなベルの音が響く。

「師匠! 姉さまつれて来たよ!」
「おう、来たか」

 奥のカウンターで、小柄な男が眠たげな目をこすって顔をあげた。すかさずレイラはきちっと背を伸ばして一礼する。

「お初にお目にかかります。レイラ・ド・モレッティです。妹がお世話になっております!」
「いらっしゃい、二の姫様。そんなに畏まらなくても、俺は単なる薬屋さね。妹君もそうしてらっしゃる」

 薬草屋の主はカウンターに頬杖をついてゆるりと笑いかけて来た。

「ってわけで……初めまして、フロウライト=ジェムルだ。気楽にフロウって呼んでくれるとありがたいねぇ」

 見ていて何だか、あったかいお茶を飲んだような、ほっとする表情だった。どこか寛ぎさえ覚えるような穏やかな雰囲気だ。
(ああ、この方なら妹を安心して預けられる)

 一方でフロウはフロウでまた、二の姫をそれとなく観察し、予想外の穏やかさと礼儀正しさに思わず知らずくすり、と笑っていた。
(てっきり『ウィッチに大事な妹を任せるのは不安だ』くらいの文句は言われると思ってたんだがねぇ)
 二人の思惑が交錯するその時だ。

「んっぴゃ!」

 奇妙な生き物が、とんっと天井から飛び降りて来た。ぴんと尖った耳、金色の瞳、ふわふわの毛並は黒と褐色の入り交じる斑模様。長いしなやかなしっぽをひゅんっと振り、赤い口をかぱっと開けた。

「ぴゃあああ」

 その背中では、一対の翼がばさりと広がる。

「……猫? 鳥?」
「ちびちゃんよ」
「ぴゃっ、ニーコーラ」
「しゃべった!」
「そいつはとりねこだ。ダインの使い魔だよ」

 ダイン。またしてもダインか……。

「たまたま拾って、懐かれたらしい」
「ほおお……」

 極上の笑みを浮かべる二の姫の背後に、めらぁっと目に見えない青い炎が揺らめく。

「ちびちゃん、私の姉さまよ」
「んっぴゃ、ねー? ねー?」
「ね、え、さ、ま」
「ねー!」
「……うん、努力は認める」

 挨拶が済むと、ニコラは先に立って店の案内を始めた。
 レイラも目を輝かせて後に続く。
 ガラス瓶に収められ、棚に並んだ薬草の根っこや葉っぱ、茎、そして花に実。
 天井に渡したロープからぶら下がる乾燥した薬草の束。そしてカギのかかった飾り棚に並べられた、耳飾りに腕輪、指輪、ペンダント、リボン……魔法の術具。
 目に入る物全てが珍しくてしかたないのだ。通い慣れた店も姉が一緒だと違うのか、ニコラの声も弾んでいる。
 やはり女の子が連れ立って買い物をしている姿と言うのは、なかなかに見ていて賑やかで、華がある。

「これは何?」
「これはね、亀の甲羅の粉末! 術の触媒に使うの。それから、これがワニの鱗!」

 例え、のぞきこんでいるのがざらっとした緑がかった灰色の鱗が、ぎっしり詰まったガラス瓶だったとしても。

「知らなかったなあ。魔術に使う道具がこんな町中の店で、普通に売られているなんて」
「これだけじゃないのよ、姉さま」
「うん?」
「とっておきの道具もあるの!」

 ニコラは手をあててひそひそとレイラの耳元にささやいた。まるで秘密を打ち明けるように。

(よくやるぜ)

 師匠は苦笑しながらも何も言わない。

「……見たい?」
「見たいな」

 くすぐったそうに首をすくめながら二の姫が頷く。ニコラは姉の手をひっぱってカウンターに戻ってきた。
 それこそ、獲物をくわえた猫そっくりの表情で。

「師匠、お願い」
「はいよ」

 よっこいせ、とカウンターの下に潜り込み、昨日仕込んでおいた木箱を取り出す。懐から小さな鍵を取り出し、かちゃりと回して蓋を開ける。

「……おお」

 選りすぐりの魔法の装身具。昨日、あれから念入りに磨いておいた。騎士と言っても、やはりそれ以前に年ごろの若い娘だ。増して婚約中ともなれば、来るべき結婚式に備えて自ずと身を飾る装飾品に興味も向くだろう。
 レイラは感歎のため息をもらして、並べられた指輪と、ピアスと、アンクレットを見つめた。

「美しい。実に見事な細工だ」
「でしょ、でしょ?」
「フロウ殿、これはどのような効果があるのですか?」

 してやったり。師匠と弟子は素早く目配せをした。

「あー、そのピアスはだね……」

     ※

 一通り魔法の装身具の使い方と効果、そして肝心のお値段を聞き終えてから、レイラは腕組みして考え込んでいた。

「一番価格が手ごろなのはアンクレットだが、実用性の面で言えば結婚指輪としても使える『想いの指輪』か……」

 さすが姉妹、見事に発想が同じだ。いや、むしろここは姉の嗜好を読み切ったニコラの洞察力に驚くべきか。

「ところでフロウ殿」
「ん、何だい?」

 ちらっとレイラは妹の様子をうかがった。幸い、ニコラは使い魔たちと遊ぶのに夢中になっている。
 何やら二頭身のころんころんしたちっこいのが増えてるがこの際気にしない。
 口元に手を当ててこそっと話しかける。

「この『呼応のピアス』だが、ピアスではなく耳飾りになっているものはないのですか?」
「は? あ、ああピアスの穴は……」

 ちらっと見た二の姫の耳たぶには、小粒の銀色のピアスが控えめな輝きを放っている。護符を兼ねた実用性重視のものだ。と、なると。

「お相手が、開けてないのか」
「いかにも」

 うなずくレイラの視線の先に居るのは、何故か妹ニコラ。

「あー……そう言うことか」
「うむ、そう言うことだ」

 要するに、二の姫が魔法の力を借りてまで話したいのは、婚約者ではなく妹なのだ。

「だったらかたっぽだけ、金具を付け替えればいい。大した手間じゃねえし、それぐらいなら俺にもできるよ」
「本当ですか!」

 途端に、レイラの周囲にぱああっと幻の花が咲き乱れた。上品にアザレアとかカンパニュラ、ツル薔薇あたりが。

「本当ですか! では是非に!」
「……毎度あり」

 かくして『想いの指輪』と『呼応のピアス』まとめてお買い上げ。金額はしめて金貨300枚。
 婚約者とおそろいで使う指輪より、妹とおそろいのピアスの方が高かった。片や金貨100枚、片や金貨200枚、かっきり二倍。
 さくっと現金で出せるあたりは、さすが貴族の姫君だ。情熱を傾ける方向がちょっとばかりまちがってるような気がしないでもないが……。

「んじゃ、ちょいと俺はこいつを仕上げちまうから、その間、茶でも飲んでてくれ。ニコラ、任せていいな?」
「もちろん!」
「私も手伝おう」
「いいのいいの、姉さまは座ってて!」
「……わかった」
 
 ピアスの片方を、イヤリングに作り直しながらフロウは思った。何にせよ、姉妹仲が良いのはけっこうなことじゃねえか、と。
 いそいそとお茶を入れるニコラの姿を、レイラは頬を染め、目をうるませてうっとり見守っている。
 うん、仲が良いのに越した事はない。多少溺愛しすぎな雰囲気がしなくもないが……まあそこはそれ。
 そのおかげで予想外の売れ行きになり、赤字もしっかり解消したのだから……。
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