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とりねこの小枝

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2013年11月の日記

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作戦準備

2013/11/25 23:44 お姫様の話いーぐる
「見えた!」

 目を閉じたままニコラが顔をあげる。水の小妖精キアラは液状に変化して扉のすき間から入り込み、今しも隠れ家の内部で実体化したところ。

「よーし、その調子だ。ブローチに焦点を合わせて、キアラの視覚と同調しろ」

 フロウの言葉にうなずき、言われるまま胸元の琥珀のブローチに手を当てる。

『キアラ、中を見て』
『キアラ、中を見る!』

 どことなく水の膜を通していたようなぼやけた視界にくんっと焦点が合い、はっきりと見えた。
 自分が小さく縮んで床の上に立っているような感覚。キアラの視覚だ。ぐるりと周りを見回した。

「馬泥棒は、全部で5人……」

 ちゃりん、と金属の鳴る音がする。振り返ると、奥の馬房からもう1人出て来た所だった。間仕切りを閉めた時、耳に下がった金色の円環形の耳飾りが揺れて、ちりんっと鳴る。
 人間の耳には恐らく聞こえない。キアラの聴覚だから聞き取れるほどの微かな音。

「ううん、6人居る。奥が馬房になってて、馬が三頭。一頭はあの白馬ちゃんね。あ、ちょっと待って」

 しばらく集中してから、ニコラは言葉を続けた。

「さっき、家の壁が、がばあって開いたでしょ? 今は内側からかんぬきがかかってるけど、あれ外したら、外側からも開けられるんじゃないかな」
「なるほど、その方が視線が通るな」

 レイラはシャルとフロウに視線を向けた。

「射手と術師がいるのだ、遠距離攻撃は我々に利がある」
「やれるか、ニコラ?」

 師匠の言葉に、ニコラは目を閉じたままにかっと笑った。

「任せて!」

 
     ※

 
 小妖精キアラは水たまりと化して、じっと床に潜んだ。馬泥棒たちは、互いに傷の手当てに忙しいようだった。

「くそっ、あの白馬め、とんだ跳ねっ返りだ、ばくばく噛みやがって!」
「こっちはもうちょっとで蹴られる所だったぞ」
「さっさと売り払うに限るな」
「ああ、見た目は小奇麗だからな。いい値がつくだろうよ。その後のことは……」

 馬泥棒たちは黄ばんだ歯をむき出し、にしししっと笑いあった。

「知ったことか!」

 何となく自分が話題に出ているとわかったのだろう。白馬がぶるるるるっと不満げに鼻を鳴らし、がつがつと地面を蹄で穿つ。
 馬泥棒たちはびくうっとすくみ上がって白馬の方をうかがった。完全に怯えてる。

(チャーンス! キアラ、行って!)

 キアラはしゅるっと伸び上がるとかんぬきの近くで実体化し、両手で掴んだ。

『うーん』

 ぱたぱたと羽根をはばたかせて引っ張る。
 幸い、素早く開閉できるように馬泥棒たちはかんぬきの手入れを怠らず、きちんと油もさしてあった。
 音も無く金具の中で横棒が滑る。両開きの扉を繋ぎ止める仕掛けはもう効かない。

「OK! キアラ、戻って!」

 しゅわわっと液体に戻るとキアラは扉のすき間から外に流れ出した。


     ※


「よし、それじゃ全員集まれ」

 フロウは手首に巻いた腕輪に手を触れて、位置を確かめた。上着の内側に仕込んであった投げ矢の数を確認し、改めてベルトに挿し直す。これを使う羽目に陥らないのがベストだが、備えておくに越した事はない。
 杖を構えるニコラに弓矢を手にしたシャルダン、それぞれ剣の柄に手をかけたダインと二の姫を見回した。
 
「ぴゃっ」
『きゃ』

 使い魔二体もやる気満々、こいつらに限って言えば必ずしもこれからかける呪文は必要ないのだが……そこはまあ、気分の問題。士気を高めて損はあるまい。
 左手を掲げ、フロウはいつもよりやや声を落として唱えた。

『混沌より出し黒、花と草木の守護者マギアユグドよ。芽吹き茂り花開く、汝の活きる力もてこの者たちに祝福を……』

 しっぽをつぴーんと立てて羽根を震わせ、ちびが復唱する。

『祝福を……ぴゃあ!』
 
 詠唱が終わると同時に、ダインたちはほわっと自分の体内を巡る力が一段と活性化するのを感じた。

「ひゃ」

 ニコラが首をすくめている。慣れない感触に戸惑ったのだろう。

「戦闘前の祝福って、ただのお祈りじゃないのね」
「ああ、活力を付与して、戦う力を高めてるんだ」

 祈る神は違えどこれは騎士としての経験が役に立ったのか、珍しくダインが解説する。

「速い者はより速く。強い者はより強く動けるように、な」
「……なんか納得が行かない」
「は?」
「ダインに説明されるとなーんか今一、信用できないのよね」
「あのなぁ」

 ぐんにゃりと口をひんまげるダインを尻目に、フロウがにんまり笑った。

「安心しな、今回はこいつも正しいこと言ってるから」
「はーい」
「露骨に反応違うなおいっ」
「ディーンドルフ。騒ぐな。敵に気付かれる」
「……はっ」

 二の姫にたしなめられ、ダインはしぶしぶ口をつぐみ、剣を抜いた。対してレイラのレイピアは鞘に収められたまま。だがどちらも戦闘準備の態勢に変わりは無い。扱う武器も、得意とする剣技も違うのだ。

「さて、成り行きだが一緒に仕事することになったわけだねぇ……お手並み拝見といこうかね、騎士サマ?」
「任せろ!……っと。」

 ニッと笑みを浮かべた薬草師の言葉に威勢良く応えるも、ついさっき注意された二の姫の言葉を思い出して口を噤む。

「では師匠、シャルダン、妹をお願いします。」
「了解!」
「そっちも気を付けてな」
「姉さま、がんばって」

 ひそっと囁くニコラの声に顔がゆるんだがそれも一瞬。きりりと表情を引き締めて頷くと、レイラは改めてダインに向き直った。

「行くぞ、ディーンドルフ」
「御意」

 がつんっと黒が蹄で地面を叩く。俺だってやれる、と言いたげに。ニコラは伸び上がってそっと逞しい首を撫でた。

「あなたはここで待機ね? 黒ちゃん」

 小さなレディに言われてはいたしかたない。黒毛の軍馬はしぶしぶ大人しくなった。
 一方で二人の騎士は通りを横切り、木戸を潜り、静かに馬泥棒の隠れ家に近づいて行く。壁を装った隠し扉の前に立つとうなずきあい、身構えた。
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偵察と会議

2013/11/25 23:41 お姫様の話いーぐる
 背中の翼をきっちり畳み、ちびは普通の猫のふりをして件の家に忍び寄った。んーっと伸び上がって窓から中をのぞき込み。

「ぴ……」

 耳を伏せた。窓枠にはガラスではなく、薄く削いだ角を張り合わせた半透明の板がはめ込まれている。この界隈にはよくある作りだ。ガラスより安価で、牧畜の盛んなアインヘイルダールでは容易く手に入る。
 かろうじて光は通すものの、視界は良くない。さらに内側からぞんざいに板が打ち付けられていて、ほとんど中は見えなかった。
 聞こえるのは音ばかり。
 何か大きな生き物がしきりと足踏みし、鼻息も荒く暴れている。時折、カツ、ガツっと歯のぶつかる音が響き、合間に押し殺した人間の悲鳴が聞こえた。
 さらに、どごっと何やら小柄な生き物がすっとばされ、壁に激突する気配。ドンガラガンシャーンっと派手な音が響き、窓が揺れる。

「ぴーっっ!」

 さすがにちびはぶわっとしっぽを膨らませ、とーちゃんの元へと飛んで返った。

「ぴぃ、ぴい、ぴぃい」
「よーしよし、がんばったな、偉かったぞ」
「ぴいぅうううっ」

 とーちゃんのがっしりした腕に抱きしめられ、顔を胸にすりよせる。大きな手が背中を撫でてくれた。少しずつ、爆発したしっぽが元に戻って行く。

「すごい暴れてるな、あの白馬」
「可愛そうに」

 シャルが眉を寄せ、顔を曇らせる。

「いきなりあんな酷い事をされて、怯えてるんですね」

 ちびの耳を通して聞いた限りでは、可愛そうなのはむしろ馬泥棒の方なのだが……あえて口には出さないダインだった。

「どうにかして中の様子を見たいな。突入するにしても、何人いるのか、分かればいいんだが」

 誰にともなくつぶやいた、その時だ。不意に背後から、鈴を転がすような澄んだ声が答えた。

「手伝おっか?」

 ぎょっとして振り向くと、そこにはさらさらの金髪を小馬のしっぽのように結い上げた少女が一人。青い瞳をきらきらさせて、後ろ手に手を組み、首をかしげているではないか!
 胸元には琥珀のブローチ、髪に揺れるは水色のリボン。

「ニ……」

 ぱち、ぱちとまばたきしたダインの目が、次の瞬間、限界まで見開かれる。

「ニコラーっ! どうしてここに!」
「ちびちゃんがとーちゃん呼んでるって言うから、面白そうだなーって思って、後をついてきたの」
『きたの』

 ひょこっとニコラの胸元から、ふわふわ巻き毛の小妖精が顔を出す。その瞬間、ダインは全てを理解した。

(そうか……キアラにちびを追跡させたのか!)

 最初の衝撃をどうにか乗り越え、腕組みしてにらみ付ける。

「危ないだろう、一人でこんな所まで来ちゃ」
「心配ない、私が一緒だ」

 その瞬間、ダインの背筋がびしっと伸びた。

「二の姫!」
「え、この方がっ」

 ニコラのすぐ後ろにすらりとした女性が寄り添う。身に着けているのは砂色の身頃に黒の前立ての詰襟の軍服……女性の体に合わせて細身に仕立てられているが、まちがいない。西道守護騎士団の制服だ。襟元には、銀の星が光っている。
 ダインとシャル、二人の騎士はぴしりと気を付けの姿勢をとり、敬礼した。

「レイラ隊長! お久しぶりです」
「久しいな、ディーンドルフ。槍試合以来か」
「はっ!」
「そう堅くなるな、楽にしろ」
「はっ」

 そうは言いつつ一向に力を抜く気配のないダインにくすっと笑うと、二の姫は彼の隣に立つ銀髪の騎士へと視線を移す。

「そなたがシャルダンか」
「はい。お初にお目にかかります!」
「よい目をしている。ニコラから聞いているぞ。弓の名手で、妹に良くしてくれているそうだな。感謝する」
「いえ、私こそニコラさんにはお世話になりっぱなしで……」

 ほんのりと頬を染め、つつましく恥じらうシャルを見てレイラは思った。惜しい。これで女性だったら、まちがいなく女子隊にスカウトするものを、と。

「ところで、ディーンドルフ」

 二の姫は気付いてしまった。黒と褐色斑の猫が、騎士ディーンドルフの首にくるっと、襟巻きのように巻き付いているのを。

「はっ!」
「お主、ダインと呼ばれているのか?」
「はい。長い名前は呼びにくいですから」
「そうか。そうか」

(こいつがダインか……なるほどな)
 全ての手がかりがかちりと噛みあう。つまり、かわいいかわいいかわいいかわいいニコラの話にたびたび登場するダインとは、この男の事だったのだ。
(馬に乗せたのも。ニコラの手作りのスープを食べたのも。ニコラが焼いたパイを食べたのも全てこいつか!)

「あの……レイラ隊長?」
「お前もニコラと親しいようだな、かなり」
「ええ、まあ、それなりに」
「ふふ、ふふふふふ……そうか……それなりに、か」

(しかもさっき、お前思いっきりニコラを呼び捨てにしてたよな!)
 凄みのある笑みを浮かべる二の姫に、ダインは底知れぬ寒気を覚えた。
(何、俺、何かレイラ隊長を怒らせるような事したか? 試合のこと根に持ってるとか、そう言うんじゃないよな?)
 二の姫レイラの公明正大さは、騎士団にあまねく知れ渡っている。正々堂々と戦った結果に、私怨を挟むような人ではない。だとしたら。ダインはちらっと横目で己の愛馬を見やった。
 この緊迫した状況下にも関わらず、かなりご機嫌だ。小さくて可愛い生き物と美女が居るのだから当然と言えば当然か。
(あ)
 はっと閃く。
(ほんとは二の姫、黒が欲しかったとか……)
 だったら納得も行く。佳き馬に巡り合うのは、騎士として何よりの願いだ。性格に多少難があるとは言え、黒は滅多に無い優れた軍馬だ。
(ど、どうしよう。後で試乗していただくか? 黒も異存はないだろうしっ)
 じっとりとにじむ冷たい汗を拭い、ふと顔を上げると。

「ふー、やれやれ、やあっと追いついた」

 後続部隊が一人、増えてたりする訳で。亜麻色の髪に蜂蜜色の瞳の小柄な中年男。ひと目見るなり、かっくんっと顎が落ちる。

「お前も来たのかフロウ!」
「ニコラほっぽって、俺一人店に居るわけにも行かないだろ?」

 何とはなしに状況が飲み込めて来た。
 キアラがちびと一緒に居たのだから、ニコラも白馬誘拐の瞬間を見ているはずだ。しかも現場はフロウの店からほど近い。自分も直接行くと言い出したのは容易に想像が着く。
 二の姫が妹を一人で行かせるはずもないし、フロウにしたってそれは同じだ。
 結果、こうなった、と。

「ちびちゃん、ずーっと下見てたからねー。キアラが上飛んでたの、気が付かなかった?」
「気付かなかった……」

 フロウが片目をすがめてにやりと笑う。

「気配ぐらいは感じただろうによ? ちびの能力、まだまだ使いこなせてねーな、お前さん」
「ううう」

 図星を指されて言い返せない。がくっと肩を落とすしかなかった。

「ね、ね、馬泥棒捕まえるんでしょ?」

 落ち込む騎士の袖を、くいくいとニコラが引っ張る。

「キアラなら、中に入れるよ」
「どうやって?」

 とっさに聞き返していた。正に悩んでいた事の答えが目の前に転がり込んで来たのだから!

「目立つだろ。ちびと違って、猫のふりする訳にも行かねーし」
「こうやって」

 その途端、しゅわっとキアラの姿が透明になり、さやさやと宙に渦巻く一塊の水になる。

「すき間からしゅるしゅるっとね」
「そっか」

 ぽん、とシャルが手をたたく。

「キアラさんは、本来は水なんですよね」
「そ! 水たまりにもなれるし、霧にもなれる!」

 ニコラが得意げに胸を張る。

「変幻自在なんだから!」
「……わかった。人数の確認だけだぞ? 危ないから絶対、前に出るなよ!」
「心配するな、私が着いてる」
「俺もいるし。大丈夫じゃね?」

 ダインは渋い顔をして見渡した。やる気満々のニコラと、守る気満々の二の姫、そして余裕の笑みを浮かべるフロウ。悔しいが。本当に悔しいが、熟練の守護者が二人も居るこの状況で『危険だから』はもはや理由にならない。

 その間に、フロウはこれ幸いと、ちゃっかりニコラに実戦の心得を伝授していた。

「よしニコラ、それじゃあ戦う時の呪文の使い方を軽くレクチャーするからな。」
「はい師匠!」
「おい、本気でやる気かよ……」
「前には出ないよ?」
「当然だ」

 二の姫が重々しくうなずき、腰に帯びたレイピアに手をかける。

「我が身我が剣を以て私が盾となる。ニコラには、何人たりとも近づけん!」

 自分の使う剣に比べればあまりに華奢な武器だった。
 しかし、細くしなやかなその剣は、己の素早さを最大限に活かす二の姫レイラが手にすれば剣呑極まりない威力を発揮する。
 立ち昇る剣気の鋭さに、ダインは背筋がぞわあっと泡立つのを感じた。

「……とりあえず、大前提は『視界の確保』だな」

 その間、フロウ師匠は着々と弟子に教えを授ける。

「魔法は視認できない場所を基点にできない。呪文を使う時は、使い魔の視界でも自分の目でもいいから視界を確保しろ。あと、スパークとかの範囲を攻撃する魔法を使う時はちゃんと見極めろ。味方を巻き込んだら嫌だろ?」
「はい! 姉さまを巻き込まないように注意します!」
『します!』
「……俺は?」

 遠慮がちな前衛担当の一言は、物の見事にさらっと流された。

「あと、手元から撃ち出す魔法の時も注意しろ。つってもわかり難いだろうから」

 つい、とフロウは銀髪の騎士に目を向ける。シャルは戦仕度の真っ最中。愛用の楡の木から削り出した強弓に弦を張り、矢筒に収めた矢を腰のベルトに下げていた。

「シャルに頼れ。シャルと同じタイミングで、同じ相手に向けて魔法を打ち出せば射線はどうとでもなる……いけるよな?」
「了解っ! シャル、よろしくね?」
「はい、任せてください!」

 うなずくと、シャルは目を閉じてぴんっと弦を軽く弾いた。自らの守り神、果樹と狩猟の女神ユグドヴィーネに祈りを捧げたのだ。

「……何か、なし崩しに全員参加ってことになってるし」

 ぼそっと呟くダインの肩の上で、ちびがかぱっと赤い口を開ける。
 
「ぴゃあ!」 
「お前もやる気満々だな」

 顎の下をくすぐると、ちびは目を細めてつぴーんっとしっぽを立てて震わせる。

「ぴぃうぅ!」
「んじゃお前は、ニコラとフロウを手伝え」
「ぴゃっ」

 ちびの能力は、魔法使いと共に居てこそ最大限に発揮される。このちっぽけな生き物は、術師とともに呪文を唱え、その威力を高める事ができるのだ。
 最も猫なだけにかなり気まぐれで、それこそ気の合う相手としか共鳴しないのだが……フロウとニコラなら問題あるまい。

「あ、そうだニコラ……」
「なーに、師匠?」
「魔法で攻撃するのは最初の一回だけ、くらいにしとけ、今は……な。」
「えー」
『えー』

 ニコラと小妖精キアラ。宿主と使い魔は二人そろってぷうっと頬を膨らませた。とても不服そうだ。

「理由は二つ……一つ、攻撃魔法より先にダインと二の姫に使う補助魔法に魔力を割く方が有効だから」
「そっちがあった!」
「二つ……魔法は『手加減できない』……意味はわかるな?」

 ニコラは、はっと目を見開いた。そう、今回の目的は泥棒の捕縛。退治でもなければ殲滅でもない。

「…………わかった」
「ん」

(そうそう、それでいい)
 師匠フロウは秘かに安堵のため息をつく。今回の実戦は完全に予想外の出来事だ。あどけなさの残る弟子に弾みとは言え、人を殺めさせるには忍びない。自分はまだ、その覚悟も心構えもニコラに伝えていないのだから。
 一方、拳を握ると、四の姫ニコラはぶーんっと腕を回して見えない敵をぶん殴った。

「生かしたままふん縛るのが目的だものね!」
「ニコラっ?」

 さすがに二の姫も顔をしかめる。

「どこでそんな物騒な言い回しを……こらディーンドルフ。目をそらすな」

 一方でこっそりとフロウも視線をそらしていた。自分の言葉遣いも大概によろしくないと自覚があるからだ。

「ってわけで、ダイン、二の姫様……悪いが攻撃魔法の援護はあんまり期待しねぇでくれ。その分を治癒と防御にまわすから」
「心得た」
「それとニコラ」
「はい」
「どうしても敵に魔法かけたいなら、土の小精霊に敵をすっ転ばせる程度にしとけ。転んだ相手を捕まえる方がダインも二の姫も楽だろうしな」
「了解!」

 ぴしっと背筋を伸ばすと、ニコラは敬礼した。さすが騎士の娘、完璧な作法だ。

「護りと援護を優先します!」

 敬礼を終えると、ニコラは地面ぺたぺた叩いて呼びかけた。

「よろしくねっ」
『うきゅっ!』

 ダインは見た。ちびと共感すべく解放していた月虹の瞳で。
 地面からころころっと二頭身のちっぽけな小人どもが顔を出し、ニコラに向って敬礼するのを。
 土の小精霊(アーシーズ)だ。

「すげ、手なづけてる……」

 一方で二の姫は、四の姫の初陣を前に

(ああっ、あのちいさなちいさなニコラが立派になって。敬礼の作法も完璧ではないか! かくなる上は私も全力を尽くさねば……妹の初陣を、勝利に導くために!)

 感動に打ち震えていた。
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白馬、誘拐

2013/11/25 23:38 お姫様の話いーぐる
 薬草屋の一幕など露知らず、ダインはひたすら集中を続け、ちびの視覚で白馬を探す。とりねこの目から見下ろすスラムの町並みは、様々な濃度の灰色のタイルを敷き詰めたように見えた。時に落ち葉のように重なって、かと思えば意外なほど広い空間がぽっかりと空いている。

 ふと気付く。でたらめなようで、一定の方向性があるのだ。くねくねと進む細い道と、アインヘイルダールの町を通り抜けて流れる川、そこから更に枝分かれした支流に沿って。所々に朽ちかけた家がある一方で新しく建てられた家もある。その一角だけ、くっきりと真新しい材木の木肌が浮かび上がって見えた。
 延々と連なる屋根は、全て人の手によって作られたのかと思うと不思議な気がする。

「っと……いかんいかん」

 見とれている場合じゃない。今は果たさねばならない務めがある。

「お」

 くすんだ町並みの中にぽつりと動く、白い生き物が居た。馬だ。この距離からでもはっきりそれとわかるほど、引き締まった、均整の取れた体格をしている。

『ちび、もっと近づいてくれ』

 高度が下がり、馬の姿がぐっと大きくなる。どうやら、ちびは近くの屋根に舞い降りたようだ。
 しっかりした骨格の上をしなやかな筋肉が覆い、しぼったばかりのミルクのような毛並が日の光を反射してまばゆいばかりだ。

「いた」

 まちがいない。逃げ出した白馬が、スラム街の入り組んだ町をぽこぽこ歩いていた。上機嫌で散歩でもしているのかと思いきや、様子がおかしい。塀の上、路肩の石、低く下がった軒下、かと思えば生け垣の根元。
 そこ、ここに鼻を突っ込み、何かを一心にほお張っている。草でも食べているのかと思ったが、違った。何やら白くて四角い物を、夢中になって口に入れている。

「角砂糖食ってる」
「甘いもの好きなんだ……女の子ですね!」

 甘い小さな白い立方体は、馬の喜ぶご褒美だ。しかし口に入れるとすぐ溶けてしまう。歯ごたえがないせいか、黒はあまり好まない。

「妙だな」
「どうしました、先輩?」
「何でこんな裏通りに角砂糖が置かれてるんだ?」
「! 確かに変です!」

 二人は顔を見合わせ、同時に叫んだ。

「罠だ!」

 美味しい美味しい角砂糖に釣られて、白馬は入り組んだ路地を奥へと奥へ入り込んで行く。追跡するちびの視界を頼りに追いかける騎士二人。だが、悲しいかな人間は地面を行かねばならない。翼のある猫ならひとっ飛び、だが人と馬にとってはまだ遠い。
 その間に白馬はとことこと、足取りも軽く袋小路に入り込む。ちびは身軽に軒先を伝い、時には翼で飛行して後を追う。
 もどかしい追跡を続けていると……ある家の裏庭に通じる木戸が開けっぱなしになっていた。しかも木戸の上にぽつっと一粒、白い立方体。
 白馬は迷わず口に含む。さらにふわっと漂う甘い香りに誘われて、前を見ればあら素敵。軒先に置かれた皿にこんもりと、角砂糖が盛りつけられている。

 白馬はとことこと弾むような足取りで裏庭へと入り込み、軒先の皿に鼻面を突っ込んだ。
 ぽり、ぽり、しょり、しょり。口いっぱいほお張って、夢中で角砂糖を食べる白馬の横合いから、忍び寄るがっちりした体格のむっさい男が一人。
 普段の彼女なら接近すら許さないような男だが、今は甘い甘いお砂糖に心を奪われていた。
 男は難なく近づき、いきなり白馬の頭に布袋を被せた!
 視界が遮られ、白馬は驚き立ちすくむ。その途端。がばあっと家の壁が開いた。何と壁そのものが細工され、両開きの扉になっていたのだ!
 すかさず中で待ちかまえていた屈強な男どもが手を伸ばし、白馬の首に縄をかけ、容赦なく引きずりこんでしまった。

 ちびは軒先にうずくまり、全てを見ていた。翼をたたんでぴたりと背に着け、声も発さず、普通の猫のふりをして。
 危ない、と呼びかける事もできた。だが白馬がそれに答えてくれるかどうか、確証はない。
 無闇に暴れさせて馬を傷つけるより、自分たちが到着するのを待った方が安全だ。
 ダインはそう判断し、ちびに命じたのである。

『声立てるな。翼をたたんで、静かに待て』と。

 それからしばらくして、ダインとシャルダンはようやく件の家の裏手に到着、ちびと合流した。
 路地一本挟んだ向かい側に身を潜め、近所迷惑も何のその。うず高く路面に積み上げられた木箱の陰からこっそりと様子をうかがう。
 一見、普通の家。だが、さっきちびの目を通してちらっと見えた。中は馬屋に改造されているようだった。何らかの仕掛けで壁面が内側に開き、馬を出し入れできるようになっているのだ。

「手の込んだ真似しやがって……」

 プロの手口だ。馬泥棒の隠れ家と言えば、馬の隠し場所を確保する都合上、町の外にあるものと思っていた。事実、その方が多い。

「まさか、こんな町中に隠れていたなんて。予想外です」
「まったくだ」

 この辺りは水路沿いに倉庫が建ち並び、荷馬車が頻繁に行き交っている。多少、馬の声が響いても。においがしても、誰も気にしない。

「……どうします、先輩?」
「まずは偵察だ。ちび、頼んだぞ」
「ぴゃ!」
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四と二の姫と白馬の王子・後編

2013/11/25 23:35 お姫様の話いーぐる
  • 二の姫の来襲に騎士団の砦は大騒ぎ。「大掃除に取りかかる!」「はい!」そんな中、ひときわ異彩を放つ銀髪くんの姿があった。
  • 「シャルダン」「はい」「その格好は何だ」「動きやすい格好をしろ、とのご命令でしたので」
  • きっちり結い上げたポニーテールを三角巾でつつみ、エプロン姿も甲斐甲斐しく掃除に励むシャルダンの姿はさながら新妻のお掃除姿。男所帯の騎士団どもは気もそぞろでまったく作業がはかどらない。
 
  • 困り果てたロブ隊長、ダインともども、脱走した白馬の追跡を命じた。
  • 使い魔ちびの目を借りて、白馬を探すと下町の奥深くまで迷い込んでいた。一方、白馬を追うちびを更に追跡する小妖精の姿が……。
 

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白馬、追跡

2013/11/19 5:27 お姫様の話いーぐる
 命令を受けた二人は厩舎に向かい、馬の仕度に取り掛かる。ダインは自らの黒毛の軍馬に。シャルダンは騎士団共有の栗毛の馬に、手際よく鞍を着ける。

「黒さんの妹なら、きっと素直でよい馬ですね! ちょっと気難しいかもしれないけど……」
「あ、ああ、そうだな」

 あいまいにお茶をにごすと、ダインは後輩の肩をぽんっと叩いた。

「彼女の手綱をとるのは任せたぞ、シャルダン」
「はい!」

 はきはきと答えたものの、シャルダンはみっしり筋肉のついた先輩の腕と、自分の腕を見比べて不安そうに顔を曇らせる。

「私にできるでしょうか……」
「心配すんな。お前ならできる」

 自信たっぷりにダインが頷く。

「俺が、保証する!」

 乗り手に同意するかのように、黒が鼻を鳴らした。何となれば、この気難しい黒毛の馬を扱えるのは砦の騎士でも二人だけ。主たるダインと、そしてシャルダンだけなのだから。

     ※

 ダインとシャル、二人の騎士は橋の手前で馬を降りた。ダインは二頭の手綱をとって橋のたもとで待機。その間、シャルは注意深く橋と、その周囲の地面を調べ始める。騎士団の砦から見て川を挟んだ対岸……白馬の逃げて行った方角は特に念入りに。

「あった。ありましたよ先輩!」

 シャルに呼ばれ、ダインは馬を引いて注意深く橋を渡って近づいた。
 石造りの橋と地面の接する境目は土が湿り、いくつもの蹄や車輪、人やそれ以外の動物の足跡がくっきりと押されている。片膝をついたシャルは、その中の一つを迷わず指さした。

「これですね。強く踏み込んでるから、マルリオラさんたちの証言と一致します。歩き方の癖が黒さんと似ていますし」
「そこまでわかるのか! さすが熟練の狩人、狩猟の女神の申し子だな」
「そんな……私なんか、まだまだです」

 謙遜しながらも先輩に褒められるとやはり嬉しい。白磁のような頬をぽわっと赤く染め、シャルは恥じらいつつも笑顔で答え……

「ああ、シャル様……」
「恥じらう姿も素敵っ」

 秘かに沿道のご婦人方の胸をきゅんきゅんさせていた。まったく無意識に。

「よし、この調子で頼むぞ」
「はい、先輩!」

 一度、目標となる個体の足跡を識別してしまえば追跡は容易い。シャルは迷わずダインを導き歩いて行く。しかし町の中に入って行くにつれ、他の足跡も増える。目抜き通りを抜け、中央広場に出た所でとうとうシャルは立ち止まってしまった。

「うーん……困りました」
「さすがに限界か」

 立ち尽くす二人のすぐ前を、がらごろと乗り合い馬車が走って行く。円形の広場の周りはぐるりと宿屋や酒場、飲食店に仕立屋、雑貨屋、酒屋……その他の商店が建ち並んでいる。
 乗り合い馬車の停留所もあれば、食べ物や飲み物を扱う屋台も多い。おまけにこの町で一番大きな劇場もある。
 それこそ何台もの馬車の跡や馬の足跡が入り乱れているのだ。さすがに見分けが付かない。

「よし、聞き込みだ。俺はこっちから回る。お前はあっちからだ」
「了解!」

 二人の騎士はいずれもこの界隈の商店や屋台の店員と親しかった。そしてさらに幸いなことに、行方不明となった白馬は目立っていた。白く、堂々として美しく、主を連れず歩く姿はそれはそれは人目を引いたのだった。

「ああ、その白い馬なら向こうの路地に入ってったよ。誰も引いてないし乗ってもいないから妙だなって思ったんだ」
「ありがとうございます!」
「あ、ちょっと待ちな」

 八百屋の店主は、ぽいぽいっと小振りなリンゴを二つ、シャルダンに投げてよこした。

「おっと」

 シャルはとっさに受け取っていた。

「ちょっとばかし傷がついちまって、売り物にはならないんだがな。充分食えるよ。持ってきな!」
「ありがとうございます!」

 ぺこっとお辞儀をして駆けて行く銀髪の騎士の姿を見送りつつ、八百屋の店主は独り言ちた。

「あの騎士さま、どうにもこう、細っこくていかん。しっかり食べて、がっちり育てよ!」

 確かにシャルは細身だが、ひ弱と言う訳ではない。事実、しなやかな腕は女性に比べてずっと力強いのだが……いかんせん、ダインやロブ隊長と一緒に歩く事が多いもんだからどうしても『細っこく』て『小食な』子に見えてしまうのだった。

「どうだった、シャル」
「はい、北の方に向ったようです」
「俺も同じ話を聞いた。誰も連れずに北区に入る路地へ歩いて行ったらしい」
「……すごいですね」
「ああ、すごいな」

 広場には食べ物の屋台がずらりと並んでいる。この状況で、誘惑されずに素通りしたとは。二人の騎士は、白馬の意志の強さに素直に驚いた。

「ん?」

 甘酸っぱいにおいを嗅ぎつけ、ダインは後輩の手にした赤い果実に視線を落とす。
 
「どうしたんだ、そのリンゴ」
「あ、八百屋のおじさんからいただきました。先輩もどうぞ」
「さんきゅ」

 もり、もりっとダインは片手で握った真っ赤なリンゴにかぶりつく。果汁がしぶきとなって景気良く飛び散った。
 その隣でシャルは両手でリンゴを抱え、白い歯でしょりしょりとリンゴをかじる。
 半分食べた所で、ダインは黒にリンゴを差し出した。

「そら」

 ばくっと一口でリンゴは消えた。
 一方でシャルはようやく三分の一かじったところで、栗毛の馬にリンゴを与える。時間が惜しかったし、それで充分だったからだ。
 
「行くか」
「はい!」

 6月の陽射しは眩しく、熱い。新鮮なリンゴは、乾いた咽を潤してくれた。人も。馬も。

     ※

 途中で通り掛かりの人や、周囲の住民に話を聞きつつ、ダインとシャルは白馬を追って北区へと入って行く。道は次第に狭くなり、建物がみっちり密集したかと思えばぽっかりと空き地が広がる。
 時折、袋小路や建物の間からこちらを伺う気配が伝わって来た。
 黒の前立て、砂色の身頃。西道守護騎士団の制服に、穏やかならざる反応をする輩は決して少なくない。
 しかしながら二人にとっては馴染みのある区画だった。この界隈はスラム街に隣接していて治安が悪い。しょっちゅう巡回していたし、それ以前に、フロウライト・ジェムルの薬草店があるからだ。

「参ったな。この辺りは、道や建物が入り組んでるんだよな……」
「目撃証言にも限りがありますしね……あ」

 シャルは小さくつぶやき、地面に屈みこんだ。

「どうした、シャルダン?」
「私たち以外の人間が、この子の後をつけてるような気がするんです」
「何だって?」
「左の靴底に、ヒビの入ったブーツの後が、さっきから妙に目に付くんです。どことなく三日月みたいな形なんで、記憶に残ってて……偶然かも知れないんですが」

 目立つ馬(白いし見事な馬だし)だ。こんな治安の悪い界隈をふらふらしてると、よからぬ輩の目にもつきやすい。

「お前が言うなら、気のせいなんかじゃない。断じてな」

 ダインはシャルの鋭い目と、狩人としての技量を高く評価していた。

「よし。人の目だけじゃ無理だ。鳥の目で探そう」

 幸い、ここからフロウの店は近い。うってつけの助っ人がいる。ダインはおもむろに目を閉じた。

「鳥、ですか?」
「正確には、とりねこの目だな」

 左の手首に巻いた革ひものブレスレットに意識の照準を合わせる。編み込まれたファイヤールチル……水晶の中に赤い針状の鉱石が封じ込められた珠を通じて、呼びかけた。揃いの首輪をつけた、黒と褐色斑の猫に。

『ちび。来い!』
『ぴゃあっ、とーちゃん!』

 瞼の裏に、見慣れた薬草店の店内が写る。どうやらカウンターでお茶の相伴に預かっていたらしい。

『え、ダイン、来たの?』

 ニコラの声だ。いつものようにフロウの店で修業していたんだろう。あの金髪の少女が中年薬草師から学んでいるのは単なる術の知識に留まらず、もっと、ずっと幅広い。

『とーちゃん、呼んでる!』
『そうか、行ってこい』
『ぴゃあ!』

 ちびの目線がフロウの顔を見上げ、ふわっと舞い上がる。梁の上をちょこまかと歩き、前足で器用に窓を開け、飛び立った。

「……よし」

 感覚の同調は充分、安定した。
 ゆっくりと目を開く。自分自身の視界にだぶり、ちびの見ている景色がぼんやりと映っている。
 左目を通して意識を絞り込む。きらきらと煌めく光の粒に覆われた円の中、はっきりとちびの視界に照準が合った。
 おそらく左の目は、打ち消しあい、混じり合うあらゆる色の渦巻く月色の虹に覆われている事だろう。
 異界を見通し、魔力の流れを視覚化する『月虹の瞳』。母親から受け継いだこの瞳は、かつて呪われた印と忌み嫌われていた。
 ダイン自身もそう信じ、人目から隠していた。
 だが、今は違う。
 三日月湖のほとりでフロウと出会ったあの日から、全てが変った。それでもまだ、騎士団の中にはあまりいい顔をしない者もいるが、表立って罵られる事がなくなっただけずっと良い。
 銀髪の後輩はひと目見て、得たりとばかりにうなずいた。

「ああ! ちびさんを呼んだんですね!」
「その通りだ、シャルダン」

 こんな時、こいつと組んでよかったって、思う。

「いいなー、いいなー、ふわもこ、いいなー……」

 ほんのり頬を赤らめ、うっとりと青緑の瞳を細め、手で見えない何かを撫でさするような動作をしている。同僚の目が無い事をダインは秘かに神に感謝した。

「ダイン先輩。撫でていいですか?」
「ああ。もちろんだ。仕事が終わったらな」

 撫でるのは、言うまでもなくちびの事である。
 言葉少なに意思疎通ができると言うのも、時と場合によっては考えものだ。特にこの二人の場合は。

「好きなだけ撫でろ!」
「はい!」

     ※

 同じ頃。
 四の姫ニコラと二の姫レイラの姉妹は、薬草師フロウと二体の使い魔……ちびとキアラと共にお茶の時間を楽しんでいた。
 本日の献立は新鮮な苺の果肉と葉、そして花を使ったストロベリーティーと、ブルーベリーのマフィンとベリー尽くし。
 一口ほおばるや、二の姫は目を輝かせた。

「ん、美味しい! ブルーベリーが口の中でぷちっと弾けた!」
「そいつぁ良かった。うちの畑で採れたてのを使ってるんだ。ベリーがお好きだってニコラから聞いてたからね」
「私のために……うれしいよ、ニコラ、ありがとう!」
「へへっ」

 ブルーベリーのマフィンは美味しいが、食べた直後は口の中が赤紫に染まる。故に二の姫は寸での所で自制しなければいけなかった。かわいいかわいい妹のほっぺにキスしたい衝動を……。
 ちびもいつものように、ぴゃあぴゃあと歓喜の声をあげつつ、マフィンをほお張っていたが、いきなり、尻尾をつぴーんと立てた。

「ぴゃあ! とーちゃん!」
「え、ダイン来たの?」

 くいっと胸を張って、赤紫に染まった口をかぱっと開ける。

「とーちゃん、呼んでる」
「そうか、行ってこい」
「ぴゃあ!」

 ちびはばさっと翼を広げて梁に飛び上がり、出入り用の小窓を開け、外に飛び出した。
 見送る途中、フロウは、ぎょっと目を見開いた。小窓のすき間から水が一塊、ちゅるちゅるっと流れ出している。

「えっ」

 すっかり外に流れ出すと、水は再び寄り集まり、ちっぽけな妖精の姿になって……ひらひらと、金魚のひれに似た羽根をはためかせ、とりねこの後を飛んで行くではないか!

「キアラじゃねえかっ」
「ええっ?」

 レイラはきょとんっとした表情で、小窓と妹を交互に見つめる。ニコラはずず……と紅茶をすすってから、おもむろに首を傾げた。

「だって、気になるじゃない?」
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