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とりねこの小枝

二の姫、来訪

2013/11/19 5:17 お姫様の話いーぐる
 かくして。牧場主兄弟、薬草使いとその弟子、そして騎士団の面々。数多の人々思惑と期待の絡み合う中、日付が変わり………二の姫レイラがアインヘイルダールにやってきた。
 きりっと結い上げた金色の髪を日の光にきらめかせ、やや細身に仕立てられた西道守護騎士団の制服をきりっと着こなして。葦毛の軍馬にまたがり、荷物を背負ったロバを従えて城門を潜ると、真っ直ぐに祖母と妹の待つ館へ向った。
 そう、騎士団の砦を華麗にスルーして!

「何。二の姫は館に向われたと?」
「はっ、今し方、門番より報告がありました。ロブ隊長には後ほどお会いに来られるとのことです」
「ふむ……」

 ロブ隊長は握った手を口元に当てて考えた。
 別段不自然な事ではない。久しぶりに会う家族に挨拶をするのは極めて自然な成り行きである。
 二の姫の場合はむしろそれこそが目的だったりする訳だが、隊長はその事実など知るよしも無かった。

 何にせよ、好都合だ。
 砦の大掃除は遅々として進んでいなかったからだ。原因は……他でもない。銀髪に青緑の瞳の従騎士、シャルダン・エルダレントだ。特に彼が怠けている訳ではない。増して掃除が下手な訳でもなければ、失敗を連発して足を引っ張っている訳でもない。
 他の団員たち同様、上着を脱いでシャツを腕まくりし、さらさらの銀髪をきりりとポニーテールに結い上げて、甲斐甲斐しく立ち働いている。
 それこそが、作業遅延の原因なのだった。
(まったく困ったものだ)

 ロベルトははっきり言って『美人顔』が苦手だ。美女と誉れの高い二の姫との対面は、正直気が進まない。シャルダンにしても、『これは男だ』と理性で判断できるからこそ、普通に部下として接する事ができる。
 しかし年若い騎士たちに己と同じ対応を期待するのは、どだい無理と言うものだった。
 何せ男所帯の騎士団に、外見に限ってたおやかな乙女が一人紛れ込んでいるようなものなのだ。
 滑らかなうなじに。シャツの襟元からのぞく胸元に。まくり上げた袖口に、嫌でも若い野郎どもの視線が集中する。自然手元がお留守になり、思いも寄らぬミスへと繋がる。
 後始末と掃除とどっちが多いのか、いちいち数え上げたら頭痛がしそうな程度に。
 見かねて昨日分の作業を終え、夕食の席でシャルダンにそれとなく告げてみた。

「もっと動きやすい服装をしてこい」と。

 シャルダンは素直に従った。何で自分だけが、と不満を漏らすこともなく。その点では彼を評価しよう。だが今日の出で立ちと来たら、予想の斜め上を行く物だった。
 きりっとポニーテールに結い上げた銀髪……は昨日と同じ。その上から、きっちりと三角巾を被っている。布そのものは生成りのありふれた色合いのものだ。しかし裾にぽつりと、犬の足跡をかたどった刺繍が施してあった。
 それだけならまだいい。長い髪を布で保護するのはむしろ効率的で好ましいし、襟足への余計な視線も遮られる。

 この天然乙女系騎士と来たら……。
 よりによって白いシャツに(これはまあ制服なんだから当然だ)、藍色の細身のズボン。伸縮性のある生地でぴったりと足にフィットする代物だ。その上からさらに、シンプルな麻のエプロンを着けて来やがったのだ。
 なまじフリルのたっぷりついたピンクのエプロンなら余興の一種と笑い飛ばす余裕もできようが!
 その質素にしてたおやなかな出で立ちは、さながら大掃除にいそしむ新妻。結果として、彼の生来の清楚な色香に磨きがかかっていた。
 狙ってやらかした訳じゃないだろう。そうと信じたい。実際に動きやすい服装ではあるし、ギリギリの線で女装ではない。そう、かろうじて。
 唯一動じない唐変木と組ませておけば支障あるまい。私室の掃除に専念させておけば、被害を最小限に抑えられるはずだ。

 わずかな期待を抱いて、ロブ隊長はシャルダンと同室の先輩騎士、ダインともども自室の大掃除を命じた。
 しかしながら隊長の読みは外れた。普段からシャルダンはまめまめしく兵舎の自室を片づけていたのである。あっさり封印場所から抜け出して、爽やかな笑顔を振りまいていた。

「先輩! 何かお手伝いする事はありませんか?」

 その瞬間、若手騎士たちの手は止まり、注意力も集中力も散り散りに飛び散って……かくて作業は再び停滞した。

      ※

 一方、二の姫レイラは意気揚々と、祖母の住む館を訪れた。
 砦よりほど近い石造りの頑丈な城館は、西都の伯爵の居城に比べれば規模は小さく、作りもいささか無骨で古めかしい。しかしながら建物も広々とした庭園も手入れが行き届き、訪れる度に穏やかな気持ちになる。
 いつでもここは、しんと静かで、懐かしい。積み上げられた時間の翼が優しく包んでくれる。

「いらっしゃい、レイラ!」

 玄関に向うと蹄の音を聞きつけたか、モレッティ大夫人自らが出迎えてくれた。

「待ってたわ。元気そうね! さあ、顔を見せてちょうだい」
「お祖母様! ご健勝で何よりです!」

 二の姫レイラは身軽に馬の鞍から飛び降り、祖母へと駆け寄った。大夫人はふくふくしい顔に穏やかな笑みを浮かべ、両腕を広げて孫娘を抱きしめる。
 互いの存在をしっかりと確認してから、レイラはそわそわと回りを見渡した。

「それで、えーっと、あの………ニコラは?」
「まだ学校よ?」

(しぃまったぁあ!)

 がっくりとレイラは肩を落とす。こんな事なら先に砦に寄って来れば良かった。いや、今からでも遅くない、魔法学院の視察と称して行けば!

(だがそんな事をして過保護な姉さまとニコラに怒られたらどうしよう?)
(ああ、でも公務のついでと言えば言い訳が立つか)
(いっそお忍びで身を隠してひっそりと、のぞき見するか……っ?)
 激しい葛藤の結果、どんどん危ない方向に突っ走っている自覚は、二の姫にはまったく、無い。
(ちょっとだけ、ちらっとひと目見るだけならっ)
 顔を赤らめ、目をらんらんと輝かせて二の姫は、はー、はーっと呼吸を荒くする。

 このままでは伯爵家の姫君にして西道守護騎士たるお方がのぞき、なぞと言う前代未聞の不祥事は避けられないかに見えたが。
 天の差配かあるいは事態を憂いた神のお導きか。館の執事が進み出て、うやうやしく告げた。

「マルリオラ牧場のジュゼッペ兄弟がおいでになりました。レイラ様にお会いしたいとの事です」

 来客の知らせに、すーっと二の姫の逆上した愛と血の気が下がる。瞬時にレイラはきりっと背筋を伸ばし、伯爵家の姫として、騎士としてしかるべき威厳と落ち着きを取り戻した。

「マルリオラの牧場主が、私に?」
「はい、馬を一頭、献上なさりたいとの事です」
「おお、それは願ってもない事だ!」

 マルリオラ牧場の馬とあればまず、外れはない。過去に一頭、例外が居たには居たが、今はきちんと団員の乗馬として乗りこなされていると聞いた。
(確かディーンドルフとか言う名前だったか。去年の秋の馬上槍試合で優勝した男だ)
 わざわざ自分を指名したと言うことは女性が乗るのを前提とした馬なのだろう。既に己の愛馬は葦毛の軍馬と決まっているが、西都に連れ帰れば女子隊の優れた乗馬となるはずだ。

「中庭にお通ししてくれ。すぐに向かう」
「かしこまりました」

 執事を見送り、ふーっと息を吐き出す孫娘の姿を、大モレッティ夫人はにこにこしながら見守っていた。
 凛々しい二の姫も、やんちゃな四の姫も、彼女にとっては等しく『私のかわいいおちびちゃん』なのだ。

「ではお祖母様、馬を見て参ります!」
「はいはい、行ってらっしゃい」
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