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とりねこの小枝

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2013年5月の日記

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【30-2】さぁ、準備と行きましょうかね。

2013/05/21 0:08 騎士と魔法使いの話十海
「ブルックとルーナは流石に無理か、だとするとアイツらだよなぁ。そろそろ戻ってくるはずなんだが…。」

「師匠~、言われたとおりに持ってきたんだけど…家族の愛が重い、物理的に。」

ニコラが訓練に混ざるのをフロウに取り付けた数日後、フロウがカリカリと書き物をしている所に荷物を抱えたニコラがやってきた。
若干重そうに荷物をカウンターの前に置くと、書いてある書類を覗き込む。

「よっこいしょ、っと…師匠なに書いてるの?」

「ん~?模擬戦のパーティ構成。」

「へぇ…あれ?ブルックとルーナって…もしかして鍋と槌亭の?」

「そ、一応パーティメンバーなんだけどよ、冒険者の酒場は流石にそんなホイホイ休めねぇからなぁ。」

ブルックは聖金神リヒテンガルドに帰依するドワーフの神官戦士…ルーナは精霊魔法を操るエルフなのだが、
仲が良くないと評判の二人はあれよあれよとくっついて結婚し、二人で冒険者の宿『鍋と槌亭』を経営している。
もともと二人はその宿のコックとウェイトレスだったが、5年前に先代の店主から経営を引き継いだのと、
自分が祖母から薬草店を引き継いだのもあり、一緒に冒険に出るのは極々稀になっていた。
まあ、もともと仕事が休みの日に適当に集まって依頼を受ける暢気な日曜冒険者ではあったのだが…。

「へぇ…じゃあこっちのジャックとガルドって人は?」

「あぁ、その列に書いてる奴は専業の冒険者みたいなもんで、長期の依頼からそろそろ帰ってくるはずだから多分大丈夫さね。
 後はナデューなんだが……。」

「あ、ナデュー先生から伝言。『休み取れたから大丈夫だよ。』だって。」

「了解。っと…それじゃあ、持ってきた物見せてくれるか?」

「は~い。えっと…コレなんだけど…。」

そう言ってニコラが荷物の袋から取り出したのは…派手ではないがどこか煌びやかな武具一式であった。

持ち手を白い組紐で滑り止めもかねて飾り、鍔の辺りが円形に造られ、その中央にサファイアが埋め込まれた刃渡り30cm程のショートソード。
持ち手をしっかりと保護し、先端を実用的な範疇で可愛らしく丸みを帯びたデザインにした、明らかにオーダーメイドと分かるライトメイス。
質の良い白い革を縫い合わせて銀糸で飾ったソフトレザーに、モレッティ家の家紋が入ったスモールシールド…。

そのどれもが、ニコラのためだけに、金に糸目を付けずに誂えた品々だというのが見ただけで分かるものばかりだった。

「こりゃまた…豪勢な。ソードとメイスに至っては発動体に出来るように加工してあるし…これだけで普通の武器の倍の価格が飛ぶぞ。」

「え、そうなの!?」

「っていうか、何で武器が二つあるんだ?」

「えっとね、最初はレイラ姉様が『騎士の娘たるもの、自分の武具くらいは持たないとな!』って言って、
 剣と革鎧を送ってくれたの。そうしたらお父様が『予備の武器と盾くらい持っておけ!』ってメイスと盾が…。」

「……いやはや、噂には聞いていたが、溺愛っぷりもここに極まれり…って奴かねぇ。」

そういえば二の姫レイラが馬上の槍試合でダインが身に付けていたハンカチが四の姫のものと知って、次は剣で勝負を挑んだらしいが本当なんだろうか…。
ふと過ぎった疑問だが、なんとなくニコラから聞き出す気にはなれなかった。しかし……

「でも、お父様がくれたメイス。魔法の杖みたいで可愛いのは良いんだけど……メイスとして使えるのかしら、これ。」

「いや、見た感じ普通に鈍器として使えるような形には収まってるが……普通可愛い事を喜ぶもんじゃねぇのか?女の子って。」

「可愛いのは可愛いけど、使えなかったら意味ないじゃない。」

「……なるほど。」

どうやら、父親より姉の方が好みをきちんと把握しているようで、思わずクスリと笑ってしまった時、カランカラン……とドアベルが音を鳴らした。

「ほい、いらっしゃ……って、何だ…お前さん達か。」

「何だとは何だよ、ご挨拶じゃねぇか。」

「そうだぞ、幼馴染に酷いんだぞ!あとガルドは先に宿に戻ったんだぞ!」

「……戻ったので、報告に来た。」

客を出迎えるためにドアに向けた笑みを、溜息と共に気だるげな顔に戻しながら告げるフロウに、口々に入ってきた三人が答える。
最初に文句をつけたのは、蒼い髪を短く纏めた男だ。腰から下げれる程に短い槍が二本、両腰に提げているのが特徴的だった。
フロウを幼馴染を言い張ったのは、そうとはまるで思えない少年風貌。ちょっと尖った耳が人ではなく、長寿な妖精族であるのを示している。
最後に静かに言葉を紡いだのは、ダインがここに居たとしても一番長身となる男。どこか感情に乏しい感のある男が、全員を見下ろすように見つめていた。

「はいはい、悪かったよ……ジャック、タルト、レイヴン。首尾はどうだった?」

「上々ではあるが、遠出だから経費考えると…まあ黒字ってところか。アリスタイアまで行ったんだからそれなりには、な。」

「マジックアイテムと、ガーディアンからマテリアル抽出したから、売ればお金になると思うぞ~。……売れば。」

「……遺跡探索の悩ましいところだな、売るか戦力にするかで迷うのは。」

「なるほど、確かにそりゃ悩ましいねぇ……っと。」

少し考え込むような仕草をしたフロウの服をグイ、と引っ張ったのは先客である四の姫。
彼女はもう、好奇心で目をキラキラさせてグイグイと師匠と呼ぶ男の裾を引っ張り、説明を要求した。

「ねぇねぇ師匠、この人達誰!?」

「ん?あぁ、俺の冒険者仲間だよ。鍋と槌亭に所属してるんだが、遠くの遺跡の探索依頼でお前さん達とは会ったことなかったな。
 まず、左の蒼い髪の軽そうな男が傭兵上がりのジャック。」

「軽そうは余計だっつの。っと、改めて……俺はジャック、よろしくな嬢ちゃん?」

「んで、その隣のちっこいのはフェアリトルのタルト、専門は錬金術だな。」

「やほー、タルトはタルトでタルトだぞっと!」

「最後にそのでっかいのが、レイヴン。上級魔導師さね。」

「…………レイヴン、だ。」

「頭下げるのは良いがちょっとは挨拶しろっての。ったく……で、こっちはニコラ。少し前からうちに来てる魔法学院の生徒さね。」

「よ、よろしくお願いしますっ!……え、3人とも冒険者?本物の!?」

「お、おぅ……あともう一人、ガルドって奴が居るがそいつは先に宿に戻ったらしい。」

目をさっきよりも輝かせて師匠と慕う店主に詰め寄る少女に、当の詰め寄られた男は気圧されるように体をのけぞらせながらも頷く。

「すごーいすごーい!冒険の話聞きたいっ!あ、師匠!この人たちとパーティ組むの?」

「あぁ、まあな……っとそうだそうだ。お前さん達、ちょうど次の依頼が入ったぞ。」


四の姫の言葉を流したかったのか、単にそれで思い出したのか、ピラリと……今まで書き込んでいた紙を翻らせて薬草師は笑みを浮かべた。

次へ→【30-3】誰だお前は!
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【30-1】四の姫立ち聞きする

2013/05/21 0:07 騎士と魔法使いの話十海
「キアラ、今日は何教えて貰おうかしら。」
『かしら…?』

スラム町に近しい北区の路地を楽しげに歩く金髪の少女…周りの風景から少し浮いた小奇麗な彼女は、
傍らに浮かんでいる可憐な少女に翼が生えたような姿の妖精に話しかける。
鈴のような声で、妖精や精霊独自の言葉で首を傾げる彼女だが、それでも主である金髪の少女は満足したのか目当てである薬草屋…
彼女が師匠と慕う薬草師の家の扉に手をかけた所で。

「…はい?」

中から聞こえた素っ頓狂な声に手を止める。…師匠の声であるのは彼女にも理解できたが、どうやら誰かと話をしているようで…。

「……一体何の話かしら。」

好奇心を擽られた少女はそっと…はしたないとは思ったが扉に耳を当てた。


***


「薬草学の講師ィ…?」

「そうだ、うちの若い奴に食える草と食えない草の違い程度でも良い、叩き込んでやってくれ。」

店の中で話していたのは、四の姫にとってどちらも聞き覚えのある声……この街の騎士隊の隊長となったロベルトと、この店の主であるフロウであった。

「お前さんが俺に頼み事なんて、どういう風の吹き回しだい?野草の事とかなら、シャルダンやエミルも詳しいだろうに。」

「貴様のことは当然気に食わん…が、腕や知識は確かだからな。専門家の貴様の授業ならシャルダンとて学ぶこともあるだろう。」

不本意だ、と言わずとも語っている大柄で褐色の三つ編みを垂らした騎士隊長のギロリと睨むような視線を、
ゆるりとした仕草で肩を竦めて受け止める小柄な薬草師にロベルトは更に目を鋭くさせて言葉を続ける。

「それで、受けるのか?受けないのか?ハッキリしろ!」

「まあ、受けるのは別に構いやしねぇが…。」

「そうか。……そういえば、貴様は冒険者だと聞いたが…?」

「あ?あぁ…まあ一応な、いわゆる日曜冒険者だがね。」

殆ど引退してるようなもんだが、と言いながらもフロウが頷けば、ロベルトは更に言葉を加えていく。

「ならちょうど良い、適当に仲間を集めて若い奴らと模擬戦をしろ。薬草学の講義も合わせて報酬は出す。」

「…は?いや、えっと…急に言われてもな。なんでまた急に?」

「今思いついた。うちの若い奴らの性根を鍛えるには、『外の強さ』を知る必要があるとな。」

思いついたら即実行…兎のロベルトは万事に対して直球な男であった。

「…まあ、パーティ組んでた奴はちょうど全員街に戻ってくるだろうから、都合を合わせる時間さえくれれば…?」

「問題ない、では頼んだぞ。」

「はいよ……あぁそうだそうだ、依頼はいいけどよ……鍋と槌亭に寄って依頼書を出すの忘れねぇでくれな。一応宿に仲介してもらうのが筋なんでよ。」

「む、そうだったな。……了解した、どうせ帰りに前を通るので寄って行くとしよう。」


***


ガチャリと木の扉を開けて出て来たロベルトが立ち去った後、ひょっこりと路地から顔を出したニコラは小さな溜息を吐いた。
別に隠れる必要は無かったはずなのだが、立ち聞きが後ろめたかったのか向かってくるロベルトに思わず路地に隠れてしまったらしい。

「ふぅ、危うく見つかる所だった。……でも。」

好奇心と冒険心に満ち溢れた騎士の令嬢は、獲物を見つけた狩人のようにニンマリと笑みを浮かべて、薬草屋のドアを潜った。

「しーしょーぉー♪」

ドアベルを鳴らしながら入ってきた少女のそれこそ上機嫌な声に、店主である男は嫌な予感を感じた。

「騎士団と模擬戦するんでしょ?私も混ぜて!」

あぁ、やっぱり…と男は額に手を当てた。この辺り一帯の騎士隊が所属する西道守護騎士団…その団長の娘が、あろうことか騎士と戦うと言い出している。

「…盗み聞きは感心しねぇぞ?お嬢様…?」

「聞こえちゃったのは仕方ないじゃない!とりあえず、私も出たい!」
『出た~い。』

使い魔である水妖精の少女と一緒になっておねだりする姿はとても可愛らしいのだが、内容は物騒極まりない。

「いやでもお前…武具は」

「お姉さまに買ってもらったのがあるから大丈夫!」

「う…いやでもあるからってなぁ…。」

「騎士の娘だから扱い方は習ってるし、魔法学院でも護身術の授業があるもの、実技にちょうど良いじゃない。」

「は?あの学校そんなことまで始めたのか!?」

「うん、発動体のロッドを使った簡単な棒術とか、小型の武器の扱い方とか…ほら、この辺の上流階級って大体騎士の家だし。」

「あぁ~…なるほど。」

彼女の通っている魔法学院は、一般教養の授業もあるため、魔術師の門弟だけでなく上流階級の勉学の場としても扱われている。
王都や領主の居る西都ならともかく、この辺りになってくると大体は貴族というより、騎士の家柄の人間が増えてくるのは確かだろう。
生徒の傾向がそうなると、教師の傾向も似通ってくる…そう考えると、フロウは護身術の授業があるのも納得できる気がした。
そういえば、魔法学院と名はついているが、貴族の子弟用の一般教養メインの組もあると、エミルが言っていたのを今更ながらに思い出す。
しかし、それだと体良く断ることも出来なくなってくる……結局フロウは、持ち前の不精さで悩むのを放棄した。

「……ま、良いか。」

「やったぁっ!」
『やったー』

折れた師匠に、少女は使い魔と共に飛び跳ねて喜んだとか。

次へ→【30-2】さぁ、準備と行きましょうかね。
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【30】四の姫と騎士訓練

2013/05/20 23:56 騎士と魔法使いの話十海
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  • ある日四の姫ニコラが薬草店にやってくると、何故かそこには街の騎士隊の隊長ロベルトが…。
  • え?騎士相手に師匠が模擬戦!?…私もやるっ! そんなお騒がせ話。
  • 一方で薬草屋に帰った騎士ダインの目の前に半裸の男が!「誰だ、お前」「……客か?」
  • 波乱の予感とともに二人目のとりねこ使い、登場。
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召しませ、魔法のスープ!4

2013/05/10 4:28 お姫様の話いーぐる
「で……きた……かな?」
『かな?』

 ニコラはこわごわとスープをのぞき込み、師匠を見上げた。
 赤いスープが、ほのかに淡い魔力の輝きを放つのがフェンネル越しに『見え』た。フロウは満足げにうなずいた。

「ん、上出来」
「いぃやったああああっ」
『やったー』

 ぎゅーっと手を握って足をじたばたさせている。もう一気に緊張がほどけて喜びが込み上げてきたらしい。誰に褒められるよりも嬉しくってしかたないのだ、師匠の言葉が。
 ぴょんぴょん飛び跳ねるニコラの周りを、小妖精の姿をした使い魔がひらひらと飛び回る。ホスト(宿主)が嬉しいと、やはり使い魔もテンションが上がるのだ。

「おいおい、はしゃぎすぎだろう。まだ課題終わってねぇだろう?」
「そ、そうだった。じゃ、さっそく試食を……」

 満面の笑みを浮かべてニコラが口にした直後に、ぴーんっとちびが尻尾を立てた。
 何てタイミング。ぬぼーっと裏口から入ってくる奴が約一名。
 砂色の身頃と袖に黒の前立て。西道守護騎士団の制服に身を包み、長剣を帯びた、がっちりした体格の背の高い男。癖のある褐色の髪には所々に金髪が混じり、瞳は若葉の緑色。
 ほんの少し背中を前かがみに丸めてはいるものの、鼻筋の通った、頑丈そうな顎に太い眉の顔立ちはなかなかなに男前だ。ただし、あくまで黙っていればの話。

「とーちゃん!」
「ただいま、ちび」

 ばさっと翼を広げて飛びつくちびを、男は相好笑み崩して抱きしめる。ひとしきり撫で回し、小声で話しかけてからフロウの方を向いて……やっとニコラの存在に気付く。

「来てたのか、ニコラ」

 でれでれした表情を慌てて引き締めたが、ほんの少し頬が赤い。

「やっほー、ダイン。ちょうどいい所に」

 ニコラはうふ、うふふっと楽しげに含み笑い。頭には小妖精キアラがぺたんっと腹ばいになって乗っかっている。実に愛らしい。
 見た目は。
 あくまで見た目は。

「おぉ、良いタイミングじゃねぇか。ニコラがスープ作ったんだが一杯どうだ?」

 フロウもにんまり笑みを浮かべる。

「お、道理でいいにおいすると思ったんだ。トマトと豆のスープか? 美味そうだなー」
「あぁ、ピリ辛だから俺はちょっと貰っただけだけどな」

 嘘は言っていない。

「ははっ、お前辛いの苦手だもんなー」

 まるっきり疑いもせずカウンターに腰を下ろした青年の前に、ニコラはしずしずと、器に注いだスープにスプーンを添えて運んで行く。

「どうぞぉ。召し上がれ」
「いただきます」

 何のためらいもなく赤いスープを食べるダイン。フロウとニコラは意味ありげな笑みを浮かべ、互いに目配せしつつ、見守った。

「うん、美味いよニコラ」
「うふ、そーでしょう、そーでしょう。一生懸命作ったものねー」

 梁の上からは、ちっちゃいさんたちが固唾を呑んで見下ろしている。目を輝かせて頬を赤らめ、明らかに何かが起こるのを期待している。
 中年魔法使いとその弟子がわくわくしながら見守る中、一杯のスープは瞬く間に青年騎士の胃袋へと消えた。
 
「ごちそーさん」

 フェンネル越しのフロウの視界には、シールドの呪文を施した時同様、魔力の淡い光にダインが守られているのが見えた。
(よし、成功だな)
 安堵した刹那、ひっく、と小さくしゃっくり一つ。

「お、な、なんだこれ、妙な感じが……」
「え、ちょっと、何、ダインどーしたのっ!」
「え、あ、あれ?」

 ニコラはびっくり仰天、目を丸くして叫ぶ。本来、低く良く響くはずの青年の声は、高く澄んだ子供のようないとけない声に。
 そう、正しくちびそっくりの声に変わっていたのだ!

「あらまあ、やけにぴゃあぴゃあした声になっちまって……あ、まさか」

 フェンネル越しに今一度、注意深くスープを観察した。
 何としたことか。ほんの少しだが明らかに、ちびの魔力の痕跡がある!

「煮込んでる時に、ちびの毛が混ざったんだなこりゃ」
「えええええっ、じゃあ、材料にとりねこの毛が混ざっちゃったの!?」
「ぴゃあああ、とーちゃん!」
「ちび……うわー、何だこれ、ちびそっくりだよ俺の声」

 ダインはたはっと眉根を寄せて情けない顔で笑っている。

「えーっと……」

 ニコラは腕組みして、ぽんっと手を打った。

「煮込みの時は、蓋を忘れずにってことですね、師匠!」
「あと、調理場に動物を入れない事、だな」
「はーい、本番では気を付けまーす」
『まーす』

 苦笑いしながらフロウが頷く。
 所詮は初級呪文を封じ込めただけのスープだ。効果が消えれば、声も元に戻るだろう。
 多分。

「もしかして俺……実験台にされた?」

 ぴゃあぴゃあした声と、ガタイのいい男と言う組み合わせが、すさまじく、合わない。

「……っぷふっ!」
「ぷっ、し、師匠。だめだってわらっちゃ、あは、あははっっーっ!」

 笑い転げる少女と中年男の頭上では、梁の上でころんころんと転げ回ってちっちゃいさんが大笑い。
 きゃわきゃわと賑やかな笑い声が聞こえて来る。
 そして原因となったちびはと言えば……。

「っぴゃ! とーちゃん、とーちゃん!」

 ダインが自分と同じ声になったもんだから、上機嫌なのだった。

「ぷぷっ。せっかくだからお前さん、ぴゃあって言ってみろよ」
「誰が言うかっ」


***


 そして次の日。

「師匠ー」

 ニコラは頬を紅潮させ、足取りも軽く薬草店に駆け込んだ。

「昨日のスープ、『優』もらったの!」
「ほう、良かったな」
「うん、試食した友達や先生に大受けだったわ!」
「シールドスープが?」
「ううん。『声がぴゃあぴゃあになるスープ』」
「……そっちか!」

 こればっかりは、予想の範囲外。



<召しませ、魔法のスープ!/了>
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召しませ、魔法のスープ!3

2013/05/10 4:26 お姫様の話いーぐる
 さてフロウが読みかけの本に戻ってしばらくの間、作業台ではコトコト、ごりごり、ぎーりぎーりと……
 普通の料理とはちょっと趣の異なる音が響いていた。

「キアラ、水おねがい」
『はい、おみず』

 こぽこぽと水を注ぐ音が聞こえる。ちゃっかり自分の使い魔に手伝わせているようだ。
 ほどなくコンロに火が点り、ことことと美味そうな……若干、物騒な気配の混じるにおいが立ちこめる。

 ちらりと顔をあげて様子をうかがう。
 ニコラは塩コショウで味を整えている真っ最中、表情は真剣そのものだ。赤いスープを慎重に木杓子でかき回し、ちょろっと小皿に注いで、ふーふーさまして口に含んだ。

「むー」

 首をかしげて、ほんの少しぱらっとオレガノを追加して、手早く混ぜてから再び小皿にとって舐める。

「……うん」

 目を閉じて味わい、こくっとうなずいている。どうやら自分なりに納得の行く味になったらしい。
 新たな小皿にスープをとって、ふー、ふー、ふー……と念入りにさましてから、とことことカウンターに近づいてくる。
(お、来たな?)
 わざと素知らぬふりして本をめくっていると。

「師匠、味見お願いします!」

 緊張のあまり、声が裏返っている。顔を真っ赤にして、ぷるぷる震える両手でスープの入った小皿をうやうやしく掲げていた。

「ああ、ん……」

 そろーりと小皿の中味に口をつける。覚悟はしていたが、ピリっとしたトウガラシの辛味が舌を刺す。ぶわっと毛穴が開いたが、顔をしかめるほど辛くはない。トマトの甘みと酸味のおかげか、見かけよりかなりマイルドな仕上がりになっている。
 それにこの柔らかな舌触りは……。

「ん、牛乳か何か入れたか?」
「チーズをちょこっと」

 なるほど。
 魔法の素材による味の変質も、上手い具合にスパイスの味と香りに紛れて気にならない程度に抑えられている。
 余さず飲み干し、小さく頷いた。

「ん、これなら大丈夫だろう」
「やったぁ!」

 ニコラの顔いっぱいに笑顔が花開く。きゅっと木杓子を握ってぴょんぴょん飛び跳ねる少女の頭上では、金色のポニーテールが揺れていた。

「ま、とりあえずとっとと儀式済ませとけ、ダインが帰ってきたら食わせられるようにな」
「はぁい♪」

 いそいそと儀式円を描いた布を広げるニコラの背後に、音も無く舞い降りる黒褐色の謎の影。低く、低ぅく身を寄せて、忍び足でスープの鍋へとにじりよる。
 かぱっと赤い口を開けた所で、すかさずフロウがぐいっと首根っこを引っつかんだ。

「は~い、つまみ食いはやめような~ちび助?」
「んぴゃああああああああっ」
「あ、ちびちゃん! だめよ、これ辛いんだから!」
「ぴぃ、ぴぃ、ぴーいいい」
「うわっぷ、こら、暴れんな!」

 ふわもこの羽毛の塊がフロウの腕の中でじたばたもがく。目の前のスープによほどご執心らしい。にゅるんっと伸び上がって抜け出した。
 慌てて腕に力を込めた時は既に遅く、しゅるっと尻尾がすり抜ける。

「だああ、この不定形がっ」
「しょうがないなあ。じゃあ、ちょっとだけね?」

 ニコラは赤いスープを指にちょっぴりつけて差し出した。ちびはふんかふんかとにおいをかいで、ぺろり。

「ぴっ!」

 途端に全身の毛をもわもわに逆立て、その場で四つ足ジャンプ。辛かったらしい。

「……ったく」

 目の前で繰り広げられる少女ととりねこの漫才に苦笑いを浮かべ、フロウはもっさもさに膨らんだ黒い毛並みをゆるりとなでた。
 今度ばかりはちびも大人しくフロウの腕の中に収まり、すぴー、ぴすーっと鼻を鳴らす。撫でられるうちに、逆立った毛並が落ち着いてきた……尻尾は依然として、ブラシみたいになっているが。

「とりあえず、儀式に集中しろよ? 失敗してボン、とかはゴメンだからな」

 冗談めかして笑いかけると、ニコラはきゅっと背筋を伸ばした。

「そっそれは……無いって……信じたい」

 あはは、と引きつった笑みを浮かべつつ、作業台の上に儀式円を描いた布を敷く。
 布の四隅と中央にこの世を構成する五つの元素を刻んだ石を置き、しかる後に鍋から器に写したスープを一杯分、円の中に置く。
 続いて自分の杖で順振りに護符に触れ……ほわっと淡い光が円に沿って走るのを確認した。

「儀式円の起動……終わりました!」
「……ん、じゃあ杖で力線を誘導して魔力の量を調節しながら、呪文で封入しろ。封入量間違えたら弾けるからな」

 まあ、所詮はスープだ。こめられる魔力も高が知れている。多少溢れた所で、せいぜいスープが飛び散る程度だろう。
 だが初めが肝心。慎重に事に当たるに越した事は無い。

「は、はい、わかりましたっ!」

 緊張した面持ちで少女は杖をきちっと両手で握り、呪文を唱え始める。ほんの少し声が震えていた。

『力よ集え 不可視の盾と為さん 貝の殻のように固く クルミのように固く ワニの鱗のごとく剣を弾き 真珠のごとく包み守れ……』

 店の中を流れる、目に見えない魔力の流れ……力線がじわじわと儀式円に集まる。ニコラは糸を紡ぐように杖を繰り、からめ捕ってスープに流し込んで行く。
 フロウは近くにあったフェンネルを手に取り、目の上にかざして魔力の流れを『視た』。
 流れる力線は今のところ多すぎず、少なすぎず適量を保っている。声が震えているが、発音そのものはしっかりしていた。これなら問題ない。

「落ち着け、ゆっくり唱えたって今は大丈夫だからな?」

 戦っている最中に、攻撃呪文を詠唱するわけではないのだ。ニコラの集中を妨げないように、驚かせないように、ゆるりとした口調で声をかける。
 ニコラはちらりと師匠を見やり、小さくうなずいた。杖を握り直し、すうっと息を吸い込む。
 ここからが正念場。流し込んだ魔力をスープに『固定』しなければいけない。

『盾為す力よ、宿れスープに』

 精一杯ゆっくりと、力を固定させるべく魔導語を紡ぐ。やはり緊張しているのだろう。ぴんっと魔力の流れが張りつめ、スープの表面が波立つ。

「きゃっ!」
『きゃ』

 ぱたぱたと空中で小妖精が後ずさるが、ニコラは怯まない。反動で杖が軽く跳ね上がるが手は離さない。
(おー、おー、やる気充分だな)
 フロウは思わず浮かしかけた腰を落ち着け、見守る事にした。
(あれなら心配ないか)
 然り。ニコラはきっとまなじりを正し、もう一度言葉を繰り返した。

『盾為す力よ……宿れ!』

 気合いの篭った一言に、波立つスープが一瞬で静まった。
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