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とりねこの小枝

【30-4】薬草学講習

2013/05/21 0:29 騎士と魔法使いの話十海
騎士団には何日か…または週に一回程と不定期だが、座学の時間が取られている。
魔法学院や神殿から人を呼んで魔術や祈術についての基礎知識を学んだり、ベテランの騎士が任務中に役に立つ知識を若手の騎士に伝授したりする。
二の姫が来た時には、王都や西都の社交界で必要なテーブルマナーを伝授したとかしていないとか……。

そんな座学の時間が始まる中、ディートヘルム=ディーンドルフの頭の中は別の事で一杯だった。
何のことは無い、少し前にフロウの店へと『帰ってきた』居候、レイヴンの事だ。
あの日以来、仕事で店に戻れていない……ということは……

(あいつとフロウが一つ屋根の下で二人っきり……!)

正確には、ちびを置いてきているので二人と一匹(羽?)…いや、アイツもとりねこを飼っているから二匹だが、
それでも人間の男が二人なのには変わりない。そう思うと、ギリッ……と羽ペンを握り締める手が強くなった。
ここ数日、こんな調子で妙に力が入ってちょっとした失敗を繰り返しているのだが、一向に治る気配がない。
シャルダンの天然の気遣いが何気なくフォローになって大したことになってない辺り、二人はそれなりに良いコンビなのだろう。
この座学が終われば時間が出来る、そしたら薬屋に一直線に向かおう、なぞと考えいるダインの耳に、今日の座学の講師の声が入った。

「さて……これから座学を始めるぞ~。今日は薬草や野草について役に立つ知識を、ってことで俺……薬屋のフロウが講師さね。」

「あ、今日はフロウさんが先生なんですね……先輩?」

「……フロ、ウ?」

隣でにこにこと声をかけたシャルダンが、どこか呆けた顔のダインを見て首を傾げる。
ダインもダインで、『座学の講師』にまさか悩みの種の一人が来ると思っていなくて呆然としていた。
そんな二人を見つけたフロウは、してやったりと言わんばかりの顔でニンマリと、悪戯な笑みを浮かべていた。

(あ、あの顔は……くそっ!知ってて黙ってたなあのオヤジっ!)

その笑みを見て我に返ると同時に、自分が彼の仕込みに嵌められてまんまと間抜けな顔を晒したのを悟り、キュッと眉根が寄る。
しかし、声を荒げては座学の邪魔になるのが分かっているからか、ムスッとした顔のまま立ち上がりかけた腰を下ろす。
それを見たフロウが緩い笑みを浮かべてから、教壇にとんと両手をついた。

「んじゃ、まずはお前さんらが良く使うだろう薬草と、食べられる草についてな。」


フロウが始めた授業は、ざっくばらんな説明が多いけれども、それなりに分かりやすいものだった。
食べられる野草の見分け方や、薬草の簡単な煎じ方。植物系の魔物のちょっとした弱点などを浅く広い知識を騎士達に伝授した。
特に口を酸っぱくして言っていたのが「素人は絶対に茸には手を出すな。」というものだった。
野草や、よっぽど外見に特徴がある木の実だけならまだしも、茸は良く似た毒キノコを経験のある野伏でも間違えてしまうこともあるため、
野伏の訓練を詰んでいるシャルダンを例に出し、専門知識のある者以外はキノコには手を出さない事、と強く言い含めた。
いくつか、食べられる茸とそっくりな毒キノコを見せて、その毒性について説明もした事もあってか、若い騎士達は神妙な顔をしていた。

……何人かを除いては。

「ふぁ……あ~!もう終わったかぁ?」

これ見よがしに欠伸をする声は、部屋の後ろの方から……そこには、退屈そうに机にわざわざ足をかけて寛いでいる男。
おい、と隣の騎士が嗜めるように言うが、聞く気がないようでニヤニヤとした笑みをフロウに向けている。
当のフロウは、そういう奴も居るだろうと思っていたのか、気にした風も無く言葉を紡いだ。

「もうすぐ終わりだが、聞く気がないなら別に出ていっても構わねぇぞ?」

「いやいや、ちゃんと終わるまでは居るさ。……聞く必要性は感じないが。」

「そうかい、まあ別に静かにしてくれたらそれで良いさね。」

「ふん、大体…」

話を切り上げようと言葉を流した薬草師に更に皮肉を紡ごうとした言葉を、バンッ!と大きく机を叩く音が遮る。
音の主は、褐色の髪を緩やかに波打たせた大柄な騎士……ダインであった。

「足を下ろせ、そして黙れ。」

「はっ、恥掻きっ子が何……を……。」

鼻で笑って言葉を紡ぎながら声のする方を向いた男の言葉が止まり、顔が引きつる。
何時も背中を丸めて、何を言っても大した言葉を返さなかった「ガタイだけは良い温厚な恥かきっ子の男」が、
まるで、喰い殺さんと言わんばかりに鋭い視線で己を睨みつけているのに気付いたからだ。
隣に座っている乙女のような美貌の後輩騎士の怜悧な抗議の視線も相俟って、背筋に氷を入れられたように背中がぞわりと震えた。

「もう一度言う。足を下ろして、その口を閉じろ。」

「っち……。」

結局、その視線に耐えられなくなった男が舌打ちを零しながら渋々と足を下ろすのを見たフロウは苦笑いを浮かべ、

「……んじゃ、続きいくぞ~。」

そう言いながら教壇に帰る途中、ぽんぽん……と未だ剣呑な雰囲気の残る肩を叩いた。
たったそれだけで、獲物を狙う獅子のようなダインの怒りの気配が、しゅるしゅると霧散するように消えてしまうのを、
周囲の騎士達は、隣で必死にノートを取りはじめた後輩騎士と当事者を除いて、なんとも複雑な視線で見ていたりしたのだけど。


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