ようこそゲストさん

とりねこの小枝

召しませ、魔法のスープ!4

2013/05/10 4:28 お姫様の話いーぐる
「で……きた……かな?」
『かな?』

 ニコラはこわごわとスープをのぞき込み、師匠を見上げた。
 赤いスープが、ほのかに淡い魔力の輝きを放つのがフェンネル越しに『見え』た。フロウは満足げにうなずいた。

「ん、上出来」
「いぃやったああああっ」
『やったー』

 ぎゅーっと手を握って足をじたばたさせている。もう一気に緊張がほどけて喜びが込み上げてきたらしい。誰に褒められるよりも嬉しくってしかたないのだ、師匠の言葉が。
 ぴょんぴょん飛び跳ねるニコラの周りを、小妖精の姿をした使い魔がひらひらと飛び回る。ホスト(宿主)が嬉しいと、やはり使い魔もテンションが上がるのだ。

「おいおい、はしゃぎすぎだろう。まだ課題終わってねぇだろう?」
「そ、そうだった。じゃ、さっそく試食を……」

 満面の笑みを浮かべてニコラが口にした直後に、ぴーんっとちびが尻尾を立てた。
 何てタイミング。ぬぼーっと裏口から入ってくる奴が約一名。
 砂色の身頃と袖に黒の前立て。西道守護騎士団の制服に身を包み、長剣を帯びた、がっちりした体格の背の高い男。癖のある褐色の髪には所々に金髪が混じり、瞳は若葉の緑色。
 ほんの少し背中を前かがみに丸めてはいるものの、鼻筋の通った、頑丈そうな顎に太い眉の顔立ちはなかなかなに男前だ。ただし、あくまで黙っていればの話。

「とーちゃん!」
「ただいま、ちび」

 ばさっと翼を広げて飛びつくちびを、男は相好笑み崩して抱きしめる。ひとしきり撫で回し、小声で話しかけてからフロウの方を向いて……やっとニコラの存在に気付く。

「来てたのか、ニコラ」

 でれでれした表情を慌てて引き締めたが、ほんの少し頬が赤い。

「やっほー、ダイン。ちょうどいい所に」

 ニコラはうふ、うふふっと楽しげに含み笑い。頭には小妖精キアラがぺたんっと腹ばいになって乗っかっている。実に愛らしい。
 見た目は。
 あくまで見た目は。

「おぉ、良いタイミングじゃねぇか。ニコラがスープ作ったんだが一杯どうだ?」

 フロウもにんまり笑みを浮かべる。

「お、道理でいいにおいすると思ったんだ。トマトと豆のスープか? 美味そうだなー」
「あぁ、ピリ辛だから俺はちょっと貰っただけだけどな」

 嘘は言っていない。

「ははっ、お前辛いの苦手だもんなー」

 まるっきり疑いもせずカウンターに腰を下ろした青年の前に、ニコラはしずしずと、器に注いだスープにスプーンを添えて運んで行く。

「どうぞぉ。召し上がれ」
「いただきます」

 何のためらいもなく赤いスープを食べるダイン。フロウとニコラは意味ありげな笑みを浮かべ、互いに目配せしつつ、見守った。

「うん、美味いよニコラ」
「うふ、そーでしょう、そーでしょう。一生懸命作ったものねー」

 梁の上からは、ちっちゃいさんたちが固唾を呑んで見下ろしている。目を輝かせて頬を赤らめ、明らかに何かが起こるのを期待している。
 中年魔法使いとその弟子がわくわくしながら見守る中、一杯のスープは瞬く間に青年騎士の胃袋へと消えた。
 
「ごちそーさん」

 フェンネル越しのフロウの視界には、シールドの呪文を施した時同様、魔力の淡い光にダインが守られているのが見えた。
(よし、成功だな)
 安堵した刹那、ひっく、と小さくしゃっくり一つ。

「お、な、なんだこれ、妙な感じが……」
「え、ちょっと、何、ダインどーしたのっ!」
「え、あ、あれ?」

 ニコラはびっくり仰天、目を丸くして叫ぶ。本来、低く良く響くはずの青年の声は、高く澄んだ子供のようないとけない声に。
 そう、正しくちびそっくりの声に変わっていたのだ!

「あらまあ、やけにぴゃあぴゃあした声になっちまって……あ、まさか」

 フェンネル越しに今一度、注意深くスープを観察した。
 何としたことか。ほんの少しだが明らかに、ちびの魔力の痕跡がある!

「煮込んでる時に、ちびの毛が混ざったんだなこりゃ」
「えええええっ、じゃあ、材料にとりねこの毛が混ざっちゃったの!?」
「ぴゃあああ、とーちゃん!」
「ちび……うわー、何だこれ、ちびそっくりだよ俺の声」

 ダインはたはっと眉根を寄せて情けない顔で笑っている。

「えーっと……」

 ニコラは腕組みして、ぽんっと手を打った。

「煮込みの時は、蓋を忘れずにってことですね、師匠!」
「あと、調理場に動物を入れない事、だな」
「はーい、本番では気を付けまーす」
『まーす』

 苦笑いしながらフロウが頷く。
 所詮は初級呪文を封じ込めただけのスープだ。効果が消えれば、声も元に戻るだろう。
 多分。

「もしかして俺……実験台にされた?」

 ぴゃあぴゃあした声と、ガタイのいい男と言う組み合わせが、すさまじく、合わない。

「……っぷふっ!」
「ぷっ、し、師匠。だめだってわらっちゃ、あは、あははっっーっ!」

 笑い転げる少女と中年男の頭上では、梁の上でころんころんと転げ回ってちっちゃいさんが大笑い。
 きゃわきゃわと賑やかな笑い声が聞こえて来る。
 そして原因となったちびはと言えば……。

「っぴゃ! とーちゃん、とーちゃん!」

 ダインが自分と同じ声になったもんだから、上機嫌なのだった。

「ぷぷっ。せっかくだからお前さん、ぴゃあって言ってみろよ」
「誰が言うかっ」


***


 そして次の日。

「師匠ー」

 ニコラは頬を紅潮させ、足取りも軽く薬草店に駆け込んだ。

「昨日のスープ、『優』もらったの!」
「ほう、良かったな」
「うん、試食した友達や先生に大受けだったわ!」
「シールドスープが?」
「ううん。『声がぴゃあぴゃあになるスープ』」
「……そっちか!」

 こればっかりは、予想の範囲外。



<召しませ、魔法のスープ!/了>
    web拍手 by FC2