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とりねこの小枝

【30-7】羊を捕まえろ!

2013/05/21 0:32 騎士と魔法使いの話十海
羊の群れが逃げ出した街は、既にちょっとした騒ぎになっていた。
慌てる羊飼い達を他所に露店の品物を引っ掛けて落としたり、水瓶を抱えた女性の目の前を走り抜けて驚かして転ばせてしまったりしながら、白いもこもこが町中を

動き回っている。

「まずは追い込むぞ!盾を使って中央広場へと追いやり、包囲網を作れ!」

『はい!』

隊長であるロベルト=イェルプの指示により、騎士達がいっせいに散らばる。
模擬戦の相手として雇われた四の姫や冒険者達も手伝うことにしたのか、一緒に街へと散らばった。

「こらっ!そっちだ!向こうへ行け!」

「此処は木箱で塞いじまうか、ちょっと借りるぜ?っと。」

「レプラコーンレプラコーン、暗い闇のちっちゃいさん、羊さんを脅かして!」

「こっちは私の友達が脅かして追いやったよ!」

そうしてなんとか逃げ出した羊を中央広場に追いやり、外を騎士達で塞いだのだが……そこから先が問題だった。
広場に押しやり、逃げ出さないようにするだけなら人手は足りるし運ぶための荷車はあるが、追いやって半ばあらぶっている羊達を牧場まで誘導する手段がない。

「運ぶにも、街中を安全に誘導するにも人手が足りんな……どうしたものか。」

広場中を白いもこもこが蠢いているのを眺めながら唸るロベルトの後ろから…すっ、と男が一人前に出る。
他の騎士達に比べても高く見える長身が黒髪を揺らしながらポケットに手を入れる。冒険者の魔導士レイヴンだ。
彼はゆるりと視線を軽く巡らせると、エミルのローブ姿に目を留めて声を投げる。

「そこの魔導士。」

「え、俺っ?」

「フェレスペンネの力で眠りの魔術を広場に拡大する……手伝え。」

「え?あ、そうか!ダイン先輩、ちびさんをお借りします!ちびさん、ちょっと手伝って!」

「おう。」「ぴゃ?ぴゃ!」

ダインの頭にたしっと乗っかっていたちびを抱えて問いかけるエミルに飼い主は快く頷き、とりねこは一度小首を傾げるも心得たように鳴き声をあげ、
しゅるしゅるとエミルの腕から頭の上に登り、たしっと飼い主にひっついていたのと同じ場所へ収まった。
そうして隣に立って楡の木の杖を取り出すエミルを確認すると、レイヴンは手を入れたポケットから召喚符を一枚取り出した。

『異界の者よ 喚ばれし者よ 符に交わしたる誓いと名の下に来たれ 応えよ 顕れよ……サリクス』

符に込められた使い魔との縁が召喚陣を形作り、異界に還っていた喚ばれし者が現れる。それは……大きな『とりねこ』であった。
銀灰色の艶めいた毛皮と羽毛が陽光を弾き、しなやかだが人が乗れそうなサイズの翼の生えた猫がゴシゴシと顔を洗うと……一声鳴いてみせた。
それを見て薬草師とその弟子の少女が感心したようにその姿を眺めている。

「びゃあぁぁぁーっ」

「うわっ、なんていうかちびちゃんと比べるとあれね……声が分厚い?……師匠、ちびちゃん大人になったらあんなにおっきくなるんだ」

「みてぇだな、俺も聞いた話だったからちょっとびっくりだわ。」

「ちびじゃなくなっちゃうね。」

「俺もそう言ったんだけどなぁ……でも契約した以上名前変えるのもなぁ……。」

言いながら、二人が同じ男に視線を向けると、なんだかむず痒そうな顔で見られた男……ちびの飼い主であるダインが唇を尖らせた。

「……なんだよ。」

『べっつにぃ~?』

「ぴゃっ、ぴゃぁっ!」

「あ、ちびさんちょっと……今はお仕事があるんで我慢して下さい。」

「ぴゃ……。」

一方、こちらの世界で初めて見る『仲間』にちびがはしゃぎ、ぺしぺしと肉球でエミルの頭を叩く。
それをエミルがたしなめると、一応通じたのか、ぺたりとまた頭に張り付いて大人しくなった。

「同時に唱える。基点は左右に分担しろ。」

「はいっ!」

すっと、発動体の腕輪をしている手を広場の方に持ちあげたのを合図に……二人の詠唱が始まる。

『世界の根源たる流れる力よ 黒に染まりて我に従い 闇夜の如くその威を広めよ 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りを誘う力をここに……びゃーっ!』

『世界の根源たる流れる力よ 緑に染まりて我に共鳴せよ 草木の生い茂るごとく広がらん 意識を曇らせ眠りを誘う力をここに……』
『眠りに誘う力をここに ぴゃあ!』

二人と二匹の詠唱が完成しようとした瞬間、広場に押し込められて興奮したのか、バリケードをドンッと一匹だけ羊が乗り越えて走りこんでくる。
たった今最後の一節を唱えようとしている魔術師達に避ける術はなく、ふたりとも目を見開いたが、その瞬間……

「危ないっ!!」

ガンッ!と角と金属がぶつかる音と共に前に躍り出たのは、金褐色の髪を揺らしたガッシリとした男……ダインであった。
羊を盾で抑えこみ、生まれた時間に魔術師二人は最後の呪文を紡ぎ上げる。

『『Sleep Cloud【眠りの雲】!』』

力線と術者の体から編み上げられ、属性を染められた魔力が、呪文によって魔法の靄となって広場を包み込む。
しかしそれも十秒にも満たぬ間の事……魔法の靄……いや、雲が晴れた広場には、眠りこけた羊達が転がっていた。
そして目の前には、巻き添えを食らって一緒に眠る金褐色の騎士も……そして、銀灰色のとりねこを従えた魔術師は踵を返した。

「……後は任せる。」

「……承知した。眠った羊を荷車に載せて牧場へ運べ!……とっとと起きんかディーンドルフ!」

ガン!と鎧を蹴りつける金属音が、静かになった広場に木霊した。

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