▼ 【3-12-2】双子早退
「失礼いたします」
捧げ持つ銀色のトレイの上にはカップに入ったホットミルク。静かに部屋に入るとベッドに横たわる金髪の少年にうやうやしくさし出した。
「……どうぞ」
震える手が受け取り、こくっと一口ふくんだ。
良い傾向だ。こう言う時はとにかく、あたたかいものを取るに限る。
血の気を失った頬に少しずつ赤みがさして行く。
安堵の息をつき、ベッドの傍らに付き添うオティアさまを見て……はっとした。
いつもと同じポーカーフェイスだが……微妙に汗ばんでおられる。目も潤んでいるようだ。この寒い日に……もしかして、熱があるのではないか?
「お二人とも、今日はもう、お帰りになりますか?」
お二人は顔を見合わせ、うなずいた。
「それではしばらくお待ちください……」
事務所に戻り、電話をかける。
レオンさまはサクラメントに出張中だから、マクラウドさまの携帯に。しかし電源が切られている。おそらく張り込み中なのだろう。
留守電に伝言を残すことにした。
「アレックスです。オティアさまとシエンさまが体調がお悪いようなので早退させます。私が付き添っておりますので、ご心配なく」
これで良い。ではお二人を迎えに行こう。
※ ※ ※ ※
マンションに着いた頃には、お二人はぐったりしてほとんど口を聞かなくなっていた。
ぴたりと寄り添い、手をとりあって、お互いに支え合うようにして車から降りる。背後から見守りつつ最上階に向かった。
お二人を部屋にお連れして、パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かせる。一度キッチンに戻ってから氷枕を二人分、用意した。
タオルにくるんだ氷枕を頭の下に入れると、シエンさまがうっすらと目を開け、小さな声で「ありがとう」と言った。
良かった。パニックはひとまず収まってきたようだ。
体温計で代わる代わる熱を計ると、二人ともきっちり同じ、100°F(約38℃)。
できるだけ早く薬を飲ませたい所だが、その前に何か胃に入れておいた方が良いだろう。
「何か、食べたいものはありますか?」
「ん………」
「薬を飲む前に、何かお食べになった方がよろしいかと。アイスクリームやゼリーなど、さっぱりしたものはいかがでしょう」
「………じゃあ、アイス………バニラ」
「かしこまりました。オティアさまは?」
「……べつに、なにも」
「さようでございますか。それではキッチンにおりますので、ご用がありましたらいつでもお呼びください」
一礼してキッチンに戻る。
何年ぶりだろう。
この部屋で誰かが寝込むのは。
頭の中で素早く必要なものをリストアップする。水分とビタミンの補給用にオレンジジュースとスポーツドリンク、それからシエンさまからのリクエスト……バニラのアイスクリーム。
お二人を部屋に残して行くなどもっての他、買い出しの間、誰かに付き添っていただかねばなるまい。
携帯をとりだし、Mの項目を呼び出し、電話をかけた。
「やあアレックス? どうしたい、珍しいね」
しゃがれた声だ。あのお方はもう少し煙草をお控えになった方が良い。胃を溶かしそうなほど濃いコーヒーも。
「メイリールさま、一つお手伝いをお願いしたいのですが……今、お忙しいでしょうか?」
「うん? まあ、そこそこね。で、手伝いって何よ」
「実はオティアさまとシエンさまが熱を出されまして。先ほど家に戻った所なのですが……」
「5分待て。そっちに上がってく」
電話が切れたと思ったら5分も経たないうちに呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、ノートパソコンを抱えたメイリールさまが立っておられた。白地に青のストライプのシャツ、ゆるく締めた細いタイ、ブルーグレイのズボン。いつも通りの適度にリラックスした服装で。
「双子が寝込んだって?」
「はい。それで私、これから買い物に出かけますので」
「OK、留守番は引き受けた」
おやおや、まだ何も言っていないのに。しかし、話は早いに越したことはない。
「こちらにタオルと、予備の氷枕を用意してありますので……よろしくお願いいたします」
「任せろ」
マクラウドさまにも伝言を残した旨お伝えし、部屋を出た。
それにしても、よほど慌てて部屋を出てきたのだろう。
メイリールさまは片方の足には革靴を、もう片方の足にはスリッパを履いておられた。
エレベーターの中でつい、くすっと小さく笑みがこぼれてしまった。
あの方にしては、珍しい。
次へ→【3-12-3】ヒウェル看病
捧げ持つ銀色のトレイの上にはカップに入ったホットミルク。静かに部屋に入るとベッドに横たわる金髪の少年にうやうやしくさし出した。
「……どうぞ」
震える手が受け取り、こくっと一口ふくんだ。
良い傾向だ。こう言う時はとにかく、あたたかいものを取るに限る。
血の気を失った頬に少しずつ赤みがさして行く。
安堵の息をつき、ベッドの傍らに付き添うオティアさまを見て……はっとした。
いつもと同じポーカーフェイスだが……微妙に汗ばんでおられる。目も潤んでいるようだ。この寒い日に……もしかして、熱があるのではないか?
「お二人とも、今日はもう、お帰りになりますか?」
お二人は顔を見合わせ、うなずいた。
「それではしばらくお待ちください……」
事務所に戻り、電話をかける。
レオンさまはサクラメントに出張中だから、マクラウドさまの携帯に。しかし電源が切られている。おそらく張り込み中なのだろう。
留守電に伝言を残すことにした。
「アレックスです。オティアさまとシエンさまが体調がお悪いようなので早退させます。私が付き添っておりますので、ご心配なく」
これで良い。ではお二人を迎えに行こう。
※ ※ ※ ※
マンションに着いた頃には、お二人はぐったりしてほとんど口を聞かなくなっていた。
ぴたりと寄り添い、手をとりあって、お互いに支え合うようにして車から降りる。背後から見守りつつ最上階に向かった。
お二人を部屋にお連れして、パジャマに着替えさせ、ベッドに寝かせる。一度キッチンに戻ってから氷枕を二人分、用意した。
タオルにくるんだ氷枕を頭の下に入れると、シエンさまがうっすらと目を開け、小さな声で「ありがとう」と言った。
良かった。パニックはひとまず収まってきたようだ。
体温計で代わる代わる熱を計ると、二人ともきっちり同じ、100°F(約38℃)。
できるだけ早く薬を飲ませたい所だが、その前に何か胃に入れておいた方が良いだろう。
「何か、食べたいものはありますか?」
「ん………」
「薬を飲む前に、何かお食べになった方がよろしいかと。アイスクリームやゼリーなど、さっぱりしたものはいかがでしょう」
「………じゃあ、アイス………バニラ」
「かしこまりました。オティアさまは?」
「……べつに、なにも」
「さようでございますか。それではキッチンにおりますので、ご用がありましたらいつでもお呼びください」
一礼してキッチンに戻る。
何年ぶりだろう。
この部屋で誰かが寝込むのは。
頭の中で素早く必要なものをリストアップする。水分とビタミンの補給用にオレンジジュースとスポーツドリンク、それからシエンさまからのリクエスト……バニラのアイスクリーム。
お二人を部屋に残して行くなどもっての他、買い出しの間、誰かに付き添っていただかねばなるまい。
携帯をとりだし、Mの項目を呼び出し、電話をかけた。
「やあアレックス? どうしたい、珍しいね」
しゃがれた声だ。あのお方はもう少し煙草をお控えになった方が良い。胃を溶かしそうなほど濃いコーヒーも。
「メイリールさま、一つお手伝いをお願いしたいのですが……今、お忙しいでしょうか?」
「うん? まあ、そこそこね。で、手伝いって何よ」
「実はオティアさまとシエンさまが熱を出されまして。先ほど家に戻った所なのですが……」
「5分待て。そっちに上がってく」
電話が切れたと思ったら5分も経たないうちに呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、ノートパソコンを抱えたメイリールさまが立っておられた。白地に青のストライプのシャツ、ゆるく締めた細いタイ、ブルーグレイのズボン。いつも通りの適度にリラックスした服装で。
「双子が寝込んだって?」
「はい。それで私、これから買い物に出かけますので」
「OK、留守番は引き受けた」
おやおや、まだ何も言っていないのに。しかし、話は早いに越したことはない。
「こちらにタオルと、予備の氷枕を用意してありますので……よろしくお願いいたします」
「任せろ」
マクラウドさまにも伝言を残した旨お伝えし、部屋を出た。
それにしても、よほど慌てて部屋を出てきたのだろう。
メイリールさまは片方の足には革靴を、もう片方の足にはスリッパを履いておられた。
エレベーターの中でつい、くすっと小さく笑みがこぼれてしまった。
あの方にしては、珍しい。
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