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ローゼンベルク家の食卓

【3-11-4】電話2

2008/05/25 3:49 三話十海
 日曜の昼下がり。
 日本のとあるアパートの一室で携帯が鳴った。聞き覚えのある着メロだ。結城羊子は迷わず携帯を開いて耳に当てた。

「Hi,サクヤちゃん。割烹着、サイズぴったりだった?」

 電話の向こうでため息をつく気配がした。

「………いや……あ、うん。使ったよ」
「そっかー。三十分かけて君に似合いそうなの選んだのよ、あれ!」
「わざわざ国際電話で言うようなことじゃないでしょう……」
「はっはっは、照れるな照れるな。それで、今日はどうだった、日本食パーティ」
「うん、好評だった」

 従弟からその日のランチのてん末を聞くなり、羊子は目を丸くした。

「えー!? 巻き簾も、寿司桶も、レオンのとこに置いてきちゃったの?」
「……うん。自分ちでも作ってみたいって言うし、一人だと使うチャンスもないしね。お米も余ったから、置いてきた」
「ほーんとサクヤちゃんってさ、いいお嫁さんになれそなタイプよね」
「お嫁さんはやめてよ」
「食べてくれる人がいっぱいいたから張り切っちゃった?」

「うん、ちょっとね」
「まあ、何となくわかるわ、その気持ち」

 くすっと笑いがこぼれる。白い割烹着を着たサクヤの後ろで、でっかいのとちっちゃいのが手元を熱心にのぞきこむ姿を思い浮かべて。


「……そーいや、台所に鍋、あった? カボチャみたいなオレンジのやたらごっつい鍋」
「あったよ、重たいやつ」
「そっか。大事に使ってるんだ、あの鍋」

「ルームメイトが風邪で寝込んでるから」
「ああ……おかゆさん、作るんだ?」
「オカユサン?」
「うん。こっちで言うところのリゾット? 日本では寝込んだ時の定番メニューなんだよ」
「ふうん……作り方、わかるか?」

「あれ抱えてさ、わんこみたいな顔して女子寮に来たのよーマックスが。おかゆの作り方教えてくれって言って」
「今でもつくってるらしいよ、おかゆ」
「へーえ、そりゃ教えた甲斐があった」


 ちらりとデスクの上のノートに視線を落とす。
 ここ数日、送られた写真を手がかりに少しずつ観てきた光景が書き留めてある。
 メールで送ろうかとも思ったが、やはり直接伝えた方が良いだろう。

「あの双子……ね」
「うん」
「二人とも治癒能力持ってる。これは確か。あたしとはちょっと性質違うけど」
「そう。やっぱりね」
「暴走すると危険ね。倉庫一個ぶっつぶしてるわ、あの子ら」
「そんなことまで」

 まさか、とも。本当に、とも言わないのは、『それ』が事実だと知っているからだ。

「マックスもヒウェルも知ってるみたいよ。おそらくレオンも」
「そっか……できるだけ接触持った方がよさそうだね」
「ええ。そうしてあげて。あたしもマックスとは連絡欠かさないようにする」

 電話を終えると、羊子は改めてノートパソコンを開き、かちかちと英語でメールを打ち始めた。

『Hi,マックス。元気してる?』

 サクヤが世話になってることのお礼と写真の感想。
 近況報告。
 当たり障りのない友だち同士のメールの最後にこう付け加えてみる。

『国は違うけど、あたし一応、高校の先生だし。子育てで何ぞ悩みがあったら聞くよ?』

 さしあたってこんな所で。
 あとは、サクヤに任せておこう。

 軽く文面を読み返し、送信した。
 30分ほどして返事が返ってくる。

 ひととおり目を通し、返信する。びしっと、ひとこと。今はそれで充分。

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