▼ 【3-11-2】まきずしまきに
日本とサンフランシスコの間の電話から数日後の日曜日。
サンフランシスコ北部の海沿い、マリーナの一角にあるアパートの駐車場に、どっしりした四輪駆動車が入って行く。
ばんっと運転席のドアが開いて、頑丈そうな体つきの男が降りてきた。厳つい顔にかけた濃いめのサングラスを外すと、その下からヘーゼルブラウンの瞳が表れる。長い赤毛をなびかせて大またでざかざか階段を登り、骨組みのしっかりした指がとある部屋の呼び鈴を押した。
「よう、サリー!」
「いらっしゃい、マクラウドさん」
「ああ、ディフでいいよ。言いづらいだろ?」
「OK、ディフ。どうぞ、中へ。準備はもうできてます」
案内されて中に入ると、ディフはぐるりと見回した。
室内は中間色でまとめられ、家具も背の低いものが多い。本棚には英語の本に混じって日本語の雑誌や本が並び、小さな写真立てには優しげな女性ときりっとした眼鏡の女性、そしてサクヤ本人の写った写真が飾られていた。
眼鏡をかけているのはヨーコだ。
体つきも髪型も記憶にあるのよりだいぶ大人っぽくなっているが、全てを見通すような瞳は変わらない。もう一人の女性はサリーに似ている。
きっと母親だろう。その隣の金色のふかふかしたレトリバーは……おそらくサリーの犬だろうな。
ヨーコにはもっとアグレッシブな犬種が似合いそうだ。テリアとか。ドーベルマンとか。
「気持ちのいい部屋だ。家具の趣味もいい」
「ありがとう。ここ借りられたのもディフのおかげですよ」
「ああ、レオンの知り合いの不動産屋紹介してもらったからな」
サンフランシスコ市内の動物病院で実習が決まった時、サリーは最初は一人で不動産屋に行って部屋を探した。
しかし、見た目と童顔が災いして家出少年と間違えられ、あやうく警察に通報される所だった。大学に電話して確認をとる間、とてもとても気まずい思いをしたのである。
そこでディフに相談し、付き添いとして不動産屋に同行してもらってようやくこの部屋を決めることができたのだ。
「どれを運べばいいんだ?」
「これと、これと……あとお米も」
目の前にどん、と置かれた大量の荷物に思わず目をしばたかせた。
一抱えはありそうな袋に入った米。印刷された文字は日本語だが2kgと書かれた重さは読める。
大きめの猫なら一匹余裕で寝られそうなくらいのサイズの丸い木の桶。ただし、直径に対して深さは浅い。
米はわかる。
だが、桶の用途が想像できない。
「………………………何に使うんだ、これ」
「色々と」
「日本食って……手間かかるんだな」
「寿司をつくろうと思わなければ、普通に家にある鍋でいいんですけどね」
「これは?」
「ああ、それは炊飯器と言ってお米を炊く専用の家電です」
「そんなのがあるのか……」
「日本人の主食は米ですから」
「そうだよな、毎日食うんだものな、大量に」
丸みを帯びた立方体の『米を炊く専用の家電』を、ディフは何気なくぺたぺたと手のひらで叩いて目を細めた。
「これ……猫が乗りそうだ」
「上があったかくなりますからね」
「ああ、乗るな、絶対。それじゃ、これ運ぶぞ」
荷物の詰まった大きな段ボール箱を担ぐとディフは歩き出した。来た時と同じように大またで、悠々と。
その後ろを、小さめの箱を抱えてサリーがちょこまかと着いて行く。箱の中身は市内のスーパーで調達したり、EMSで送ってもらった食材が詰まっている。
本日のローゼンベルク家のランチは日本食(ジャパニーズスタイル)。
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サンフランシスコ北部の海沿い、マリーナの一角にあるアパートの駐車場に、どっしりした四輪駆動車が入って行く。
ばんっと運転席のドアが開いて、頑丈そうな体つきの男が降りてきた。厳つい顔にかけた濃いめのサングラスを外すと、その下からヘーゼルブラウンの瞳が表れる。長い赤毛をなびかせて大またでざかざか階段を登り、骨組みのしっかりした指がとある部屋の呼び鈴を押した。
「よう、サリー!」
「いらっしゃい、マクラウドさん」
「ああ、ディフでいいよ。言いづらいだろ?」
「OK、ディフ。どうぞ、中へ。準備はもうできてます」
案内されて中に入ると、ディフはぐるりと見回した。
室内は中間色でまとめられ、家具も背の低いものが多い。本棚には英語の本に混じって日本語の雑誌や本が並び、小さな写真立てには優しげな女性ときりっとした眼鏡の女性、そしてサクヤ本人の写った写真が飾られていた。
眼鏡をかけているのはヨーコだ。
体つきも髪型も記憶にあるのよりだいぶ大人っぽくなっているが、全てを見通すような瞳は変わらない。もう一人の女性はサリーに似ている。
きっと母親だろう。その隣の金色のふかふかしたレトリバーは……おそらくサリーの犬だろうな。
ヨーコにはもっとアグレッシブな犬種が似合いそうだ。テリアとか。ドーベルマンとか。
「気持ちのいい部屋だ。家具の趣味もいい」
「ありがとう。ここ借りられたのもディフのおかげですよ」
「ああ、レオンの知り合いの不動産屋紹介してもらったからな」
サンフランシスコ市内の動物病院で実習が決まった時、サリーは最初は一人で不動産屋に行って部屋を探した。
しかし、見た目と童顔が災いして家出少年と間違えられ、あやうく警察に通報される所だった。大学に電話して確認をとる間、とてもとても気まずい思いをしたのである。
そこでディフに相談し、付き添いとして不動産屋に同行してもらってようやくこの部屋を決めることができたのだ。
「どれを運べばいいんだ?」
「これと、これと……あとお米も」
目の前にどん、と置かれた大量の荷物に思わず目をしばたかせた。
一抱えはありそうな袋に入った米。印刷された文字は日本語だが2kgと書かれた重さは読める。
大きめの猫なら一匹余裕で寝られそうなくらいのサイズの丸い木の桶。ただし、直径に対して深さは浅い。
米はわかる。
だが、桶の用途が想像できない。
「………………………何に使うんだ、これ」
「色々と」
「日本食って……手間かかるんだな」
「寿司をつくろうと思わなければ、普通に家にある鍋でいいんですけどね」
「これは?」
「ああ、それは炊飯器と言ってお米を炊く専用の家電です」
「そんなのがあるのか……」
「日本人の主食は米ですから」
「そうだよな、毎日食うんだものな、大量に」
丸みを帯びた立方体の『米を炊く専用の家電』を、ディフは何気なくぺたぺたと手のひらで叩いて目を細めた。
「これ……猫が乗りそうだ」
「上があったかくなりますからね」
「ああ、乗るな、絶対。それじゃ、これ運ぶぞ」
荷物の詰まった大きな段ボール箱を担ぐとディフは歩き出した。来た時と同じように大またで、悠々と。
その後ろを、小さめの箱を抱えてサリーがちょこまかと着いて行く。箱の中身は市内のスーパーで調達したり、EMSで送ってもらった食材が詰まっている。
本日のローゼンベルク家のランチは日本食(ジャパニーズスタイル)。
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