▼ 【3-10-6】踏み込まれたくないこと
年が明けた。
結局、お袋に前もって言っておいたようにクリスマスもニューイヤーも実家には帰らず、カードとプレゼントだけ送った。
休暇の間はずっと隣に詰めっぱなしで、双子と過ごす時間が増えた。
もちろん、レオンとも。
だから気づいたのだろう。シエンの変化に。
朝のミルクを飲む時も、食後のお茶を飲む時も、赤いグリフォンのマグカップを嬉しそうに両手で抱え込んで。
飲み終わると大事そうに洗って食器棚にしまう。
あいつがほほ笑みかけてる相手はカップじゃない。問題はカップをくれた奴なんだと気づくのに、いくらも時間はかからなかった。
夕食の後、ヒウェルが帰ってから思い切って聞いてみた。
「もしかしてシエン、お前……ヒウェルのこと気になってたりする、か?」
「…別に、そんなことは…」
「家族の中で隠し事ってのは無しにしようぜ」
言ってしまってから急に不安になる。こめかみが疼く。やたらと脈拍が早い。
俺にとって、双子は家族だ。でもシエンはどう思っているのだろう?
確信さえ持てぬまま、早まったことを口にしてしまったのではなかろうか。ああ、でも今さら後戻りはできやしないし。
沈黙がやけに長く感じられる。冷や汗が流れそうだ。
「そんなんじゃないんだ。ただ……ちょっと、寂しい…かな…」
「オティアをとられるみたいで?」
「…」
うつむいてしまった。
「シエン?」
かがんで下からじーっと見上げると、顔をそむけてそのまま部屋を出て行こうとする。
「ごめん…なさい…」
「待てよ。なんであやまる?」
「今は…言いたく…ない」
「……そうか」
もふっと頭をなでた。
シエンはいつも謝る。ちっとも悪いことなんかしていないのに。ごめんなさい、を聞くたびにチクリと胸の奥がうずく。
「な……悩みがあるなら………ママに言ってみろ……言うだけでも楽になることって、あるから、さ」
決死の覚悟で言った言葉に答えは返ってこなかった。
すっと俺の手の下から抜け出し、行っちまった。
どうしようか。
このまま放っておいた方がいいんだろうか。もしかして俺は、出すぎたマネをしようとしてるのだろうか?
迷いながら部屋の前まで行く。ドアは開いていた。のぞきこむと、ベッドの上に座ってぼんやりしている。
「……シエン?」
遠慮がちにノックすると、のろのろと顔を上げた。
「…ぁ」
「ごめん。でも心配なんだ」
「大丈夫、だから」
「大丈夫って顔じゃないぞ」
部屋の中に足を踏み入れる。
「俺、過保護かな」
「誰だって、踏み込まれたくないことは、あるだろ」
「前に約束したろ。お前は俺が守るって。あれは…まだ有効だからな。この先ずっとだ」
「……」
シエンにしては珍しく厳しい顔つきでにらまれた。
やっちまった。
だけどここで尻尾を巻いて逃げ出す訳には行かない。自分の打ったはずれ弾の行方は最後まで見届けよう。だからそらさず、見返した。
鋭い煌めきを宿した、紫の瞳を。
「誤解すんな。そう言う意味じゃない」
「どういう意味でもいいけど。無条件にそういう言葉を信じられるような育ち方をしてないんだ、俺達は」
「……すまん」
「出てって。でないと、酷いこと言ってしまいそうで……怖い」
背中を向けて部屋を出ようとして、一旦足を止める。
「どんな酷いこと言われても。信じられないって言われても……俺はお前を守るよ………それだけでいい」
部屋を出ると廊下でオティアとばったり顔を合わせた。
にらまれる。
さっきのシエンそっくりの表情だ。
「早く行ってやれ」とだけ言って、足早にリビングに戻った。
(ちくしょう、やっちまった)
奥歯を噛みしめる。閉じた喉の奥で己を恥じる気持ちと、悔しさと、苛立ちがうずまき、荒れ狂う。
親父に罵倒された時だって、今ほど堪えはしなかった。
次へ→【3-10-7】ぱぱとまま
結局、お袋に前もって言っておいたようにクリスマスもニューイヤーも実家には帰らず、カードとプレゼントだけ送った。
休暇の間はずっと隣に詰めっぱなしで、双子と過ごす時間が増えた。
もちろん、レオンとも。
だから気づいたのだろう。シエンの変化に。
朝のミルクを飲む時も、食後のお茶を飲む時も、赤いグリフォンのマグカップを嬉しそうに両手で抱え込んで。
飲み終わると大事そうに洗って食器棚にしまう。
あいつがほほ笑みかけてる相手はカップじゃない。問題はカップをくれた奴なんだと気づくのに、いくらも時間はかからなかった。
夕食の後、ヒウェルが帰ってから思い切って聞いてみた。
「もしかしてシエン、お前……ヒウェルのこと気になってたりする、か?」
「…別に、そんなことは…」
「家族の中で隠し事ってのは無しにしようぜ」
言ってしまってから急に不安になる。こめかみが疼く。やたらと脈拍が早い。
俺にとって、双子は家族だ。でもシエンはどう思っているのだろう?
確信さえ持てぬまま、早まったことを口にしてしまったのではなかろうか。ああ、でも今さら後戻りはできやしないし。
沈黙がやけに長く感じられる。冷や汗が流れそうだ。
「そんなんじゃないんだ。ただ……ちょっと、寂しい…かな…」
「オティアをとられるみたいで?」
「…」
うつむいてしまった。
「シエン?」
かがんで下からじーっと見上げると、顔をそむけてそのまま部屋を出て行こうとする。
「ごめん…なさい…」
「待てよ。なんであやまる?」
「今は…言いたく…ない」
「……そうか」
もふっと頭をなでた。
シエンはいつも謝る。ちっとも悪いことなんかしていないのに。ごめんなさい、を聞くたびにチクリと胸の奥がうずく。
「な……悩みがあるなら………ママに言ってみろ……言うだけでも楽になることって、あるから、さ」
決死の覚悟で言った言葉に答えは返ってこなかった。
すっと俺の手の下から抜け出し、行っちまった。
どうしようか。
このまま放っておいた方がいいんだろうか。もしかして俺は、出すぎたマネをしようとしてるのだろうか?
迷いながら部屋の前まで行く。ドアは開いていた。のぞきこむと、ベッドの上に座ってぼんやりしている。
「……シエン?」
遠慮がちにノックすると、のろのろと顔を上げた。
「…ぁ」
「ごめん。でも心配なんだ」
「大丈夫、だから」
「大丈夫って顔じゃないぞ」
部屋の中に足を踏み入れる。
「俺、過保護かな」
「誰だって、踏み込まれたくないことは、あるだろ」
「前に約束したろ。お前は俺が守るって。あれは…まだ有効だからな。この先ずっとだ」
「……」
シエンにしては珍しく厳しい顔つきでにらまれた。
やっちまった。
だけどここで尻尾を巻いて逃げ出す訳には行かない。自分の打ったはずれ弾の行方は最後まで見届けよう。だからそらさず、見返した。
鋭い煌めきを宿した、紫の瞳を。
「誤解すんな。そう言う意味じゃない」
「どういう意味でもいいけど。無条件にそういう言葉を信じられるような育ち方をしてないんだ、俺達は」
「……すまん」
「出てって。でないと、酷いこと言ってしまいそうで……怖い」
背中を向けて部屋を出ようとして、一旦足を止める。
「どんな酷いこと言われても。信じられないって言われても……俺はお前を守るよ………それだけでいい」
部屋を出ると廊下でオティアとばったり顔を合わせた。
にらまれる。
さっきのシエンそっくりの表情だ。
「早く行ってやれ」とだけ言って、足早にリビングに戻った。
(ちくしょう、やっちまった)
奥歯を噛みしめる。閉じた喉の奥で己を恥じる気持ちと、悔しさと、苛立ちがうずまき、荒れ狂う。
親父に罵倒された時だって、今ほど堪えはしなかった。
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