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ローゼンベルク家の食卓

【3-10-12】探偵+猫=ご招待

2008/05/17 3:47 三話十海
 歩きながらサリーがぽつりと言った。

「またお巡りさんに言われちゃいましたよ」
「ん?」
「ウィークデーの昼間に、未成年が一人で何やってるのかって」
「ああ……」

 サリーはしょっちゅう中学生にまちがわれる。ほっそりして華奢な骨格だし、背も俺たちの目から見れば低い。つるんとした顔立ちも、くりくりした瞳も、幼く見える。

「日本じゃそんなに童顔って言われたことないのに……」
「やっぱり環境にもよるんだろう」
「動物はどこの国でもかわらないのになぁ」
「そうか? 俺の目からすると日本の猫はみんな子猫サイズに見えるぞ」
「それは骨格の差もあるけど……食べさせ方の問題」
「……そう言うもんかな……」
「日本の猫は魚や鳥のような小動物、昆虫が主食だったんですよ。何百世代もね。日本固有の猫科動物は大型化しなかった」
「こっちの猫は肉食だものな」

 さすが獣医の卵だ。着眼点が違う。俺が普段何となく感じていただけのことを、きちんと裏付けをつけてわかりやすく説明してくれる。

「ご存知ですか? 日本人ってアメリカ人よりも腸が長いんですよ、すごく。ずっと穀物が主食だったせいなんだ。遺伝子に刻まれた種族の歴史は簡単にはかわらないってことですね」
「なるほどな。日本に行けば君やヨーコが標準って訳だ」
「標準……とは言い難いけど、すごく外れてるわけじゃないかな。俺がかわらないって言ったのは、んー……」

 サリーはそっと胸に抱いた猫の喉を撫でた。


「動物は嘘つかない、ってことかな」
「ま、確かに連中は嘘をつかない…人に対する反応も実に正直だ。逃げたい時は全力で逃げるからな」
「マクラウドさんは、身体が大きいから怖がられやすいんですよ」
「あ、やっぱりそう思うか」
「一度びっくりさせるとしばらくダメだし」

 大当たり。実はサリーと会う前に一度タイガーを見つけたのだが、逃げられていた。


「こっちの人間にはどうしても、東洋人って実際の年齢より若く見える。最初にヨーコに会った時は小学生が飛び級してきたと思ったよ」
「まあ、日本じゃアメリカの人は5〜6歳は上に見えますからね。逆に考えると」
「なるほどな……確かに見た目は幼く見えるけど中身はしっかりしてるもんな。君も、彼女も」

 左の腕を軽くさする。
 
「ガラスの破片で腕をざっくりやっちまった事があるんだが、彼女、顔色一つ変えずに手当してくれてな。おかげで跡一つ残らずきれいに治ったよ」
「あー……もしかして」
「ん?」
「メイリールさん、そのときにいました?」
「ああ、ヒウェル? いたよ、一緒に」
「でしょうね」
「もっと重症だったろ、ってブツブツ言ってた。ヨーコににらまれて黙ってたけどな」
「あなたは?」
「……思ったより軽くてラッキーだったと」
「そっか。だからかな、羊子さんが紹介してくれたの」

 記憶を手繰る。
 あの時、ヨーコの手が触れた瞬間、ずきずきと熱く疼いていた傷口がすっと楽になった。あの感触は、双子が力を使って怪我を治してくれた時に似ているような気がする。

「今思えば彼女は本当に『何か』したのかもしれない。だとしても俺のためを思ってしてくれたんだし。魔女だろうが妖精だろうが、いい友だちだってことに変わりはないよ」
「妖精は言い過ぎ……」

 魔女は有りなのか、サリー。

「そのうちに、俺や彼女のことを、話す時が来るかもしれないですね。あ、でも」
「うん?」
「あなたの恋人の話、聞きたがってましたよ。すごく」

 言葉の意味を理解した瞬間、頭のてっぺんからつま先まで凍り付いた。たっぷり十秒ほど。
 それからじわじわと顔が熱くなり、硬直していた手足が自由を取り戻した時にはカッカと火照っていた。

「なっ……今さら………何聞きたいっつーんだ……………」
「俺に聞き出せって、メールで指令が。こっちに居ない間のことだから気になるんじゃないかな」

 何を指令されたかは、だいたい予想がつく。
 いつから付き合ってたの? 一緒に住んでるの? 先に告ったのはどっちよ?
 だいたいこんなとこだろ。同級生の女の子から浴びせられる定番の質問だ。

「OK、サリー。直に俺からメールで報告入れとくよ」
「そうしてくれると助かります。正直に答えることないと思いますけどね、俺としては」
「うん……まあ隠すようなことでもないし。でも、君の言葉は覚えておくよ。ありがとな、サリー」

「そう言えばローゼンベルクさんとは俺、まだ直接会ったことはないですね」
「ああ」

 レオン。
 結局、『ごめん』はまだ言えていない。

「レオンがね。身よりのない子を引き取ったんだ」

 ともすれば喉の奥に逃げこみそうな言葉を引っぱり出した。

「俺もその件についちゃ一枚噛んでるから………世話、してるんだ。飯とか、着るものとか、いろいろ」
「フォスターペアレント(里親)?」
「いや、それこそ結婚してなきゃ登録できないよ」
「……ですよね。それで?」
「その子たち双子なんだけど……あ、名前はオティアと、シエンって言うんだ。年は十六。それで………シエンって子の方に、言われたんだ。俺が『まま』で、レオンが『ぱぱ』だって」

 サリーは何も言わずにうなずいた。何となく勇気づけられて先を続ける。

「その言葉につい有頂天になっちまってさ。無造作に踏み込んじまったんだよ」
「どこに?」
「……境界線の内側。テリトリーの中」
「噛まれた?」
「いや、気分的には……前足でビシっとやられたって感じかな。結局は他人なんだ……あの子にとって。それに気づかなかった自分が悔しくて。情けなくて、な」
「でも爪は出さなかった」
「………そうだな」

「家族の基本は夫婦ですけど、それは他人同士が一緒に住むところから始まるんですよ。血がつながっていたところで、信頼関係がなければ他人より悪くなる」
「信頼……してくれてるのかな……一緒に居ても逃げないくらいには」

「俺は、父とはほとんど会ったことがないんですけど。今でも自分に父がいる感じはしませんね」
「そうなのか?あれ、じゃあ、ヨーコと君は…ファミリーネームが同じだけど実際には、母方つながりってことか」
「ええ。羊子さんとはイトコだけど、姉弟みたいに育ちました」

 静かな口調で語られる重たい話にどきりとした。

「俺にとっては、父より羊子さんのが『家族』だったんですよ。事実上」
「近くに居たから……か?」
「違う家に住んでましたけど、行き来が頻繁だったので」
「なるほどなあ。一人っ子って言う割には妙に面倒見が良かったんだ、彼女。姉さんみたいだって思う時があった。そうか、君がいたからなんだな、サリー」
「血がつながっていてもつながってなくても、結局は人と人の集まりなんだから、時間をかけていくしかないんでしょうね。お互いが歩み寄らないと一緒には暮らせない」
「歩み寄り、か…距離感を見極めるのが難しくってね。つい鼻面つっこんで『ふーっ』ってやられちまう」

 サリーの腕の中のタイガーを見下ろし、肩をすくめる。さっきよりは軽く、明るく笑えたような気がした。

「難しい年頃ですしね。丁度、独立心がつよくなってきて。親や人に頼ることがかっこわるいって思う頃です」

 つかの間記憶が巻き戻る。無鉄砲に突き進み、壁にぶつかるたびに頭突きで粉砕して前進していた十代のころに。

「……………ああ………君の言う通りだ。自分もそうだったのに、忘れてたよ。親父の七光りから抜け出したくって俺、シスコの高校に進学したんだ」
「へぇ、ここの出身じゃないんですか」
「うん。生まれはテキサスだ」
「テキサス……けっこう遠いなぁ。カウボーイハット似合いそうですね」
「うん、家にあるよ、テンガロンハット」
「あとで見せてください。たぶん、写真とったら羊子さんが喜ぶから」
「ああ、いいよ。……そうだ、ついでに晩飯食いに来ないか? 猫、見つけてもらったし、お礼がしたい」
「そうですね。ごちそうになろうかな」
「じゃあ、ぜひ」


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