▼ 【3-10-10】特別なお弁当
ヒウェルが夕食に来なくなってからもう一週間経った。その間、オティアは何もなかったような顔をしていたけれど……。
(変だよ、絶対に)
いつも無口だけど、ほとんどまったく口を開かない。
夕食の後、いつものようにオティアが皿洗いをしている所に寄って行って声をかける。
「手伝って」
「何を」
「はい」
冷蔵庫から取り出した卵二つ、さし出した。
※ ※ ※ ※
ガチャリ。
ドアが開いて、ぬうっとヒウェルが顔を出す。
「…よお、シエン」
よれよれのぼろぼろ。髪の毛もくしゃくしゃ。シャツもしわだらけ。無精髭もぽつぽつ伸びてる。
「あ……その、具合悪かった…?」
「いや……〆切りが、ちょっとね。飯食う時間も惜しくて」
「これ」
持って来たお弁当をさし出すと、ヒウェルはくんくんとにおいをかいだ。
「…お、うまそう」
なんだか犬っぽい。
ディフがレトリバーならヒウェルはスパニエルあたりかな?
もーちょっとカジュアルな犬っぽいな……
テリアとか。
「お前が作ったのか」
「ん…オティアもいっしょに」
「悪ぃ、受けとれな……」
ない、と言う前にお腹がぐきゅるるる〜と鳴った。
「食べたほうが…」
「…そーする…………あ。こないだの写真、できてる。見てくか?」
「ん」
「入れよ」
半分予想はしていたけど、部屋の中はすごいことになっていた。
テーブルの上をざっと片付けてお弁当を広げていると、ヒウェルがこの間写した写真を持ってきてくれた。
壁にかかっているサンフランシスコの風景写真より小さいけれど、丁寧にパネルにしてある。
「……オレンジジュースしかないけど」
「ありがと。でも俺はもう食べたから」
「そう…か。じゃ、ありがたくいただきます」
ものすごい勢いでガツガツ食べてる。やっぱりお腹が減っていたんだ。
ちらっとこっちを見てぼそりと言った。
「…美味い」
「よかった。こっちは俺がつくったんだけどオムレツはオティアが……」
ヒウェルは目をしばたかせて、慌ててジュースにむせたふりしてる。きっと泣きそうになったんだ。
「…何か…あった?」
「……いや……なん……でも……ない!」
その不自然に爽やかな笑顔がかえってあやしい。
「そうか…じゃあ違うんだ」
「なにが?」
「ん…オティアがすごく落ち込んでるから…」
「ぁ…………」
顔がくしゃっとゆがむ。
「違うならいいんだ」
「……………ごめんな……」
「え?」
「…俺のせいなんだ…あいつの気持ちも考えずに一方的に俺の感情、押し付けたから…」
「ええ?」
いったい何のことなの? わかんないよ、ヒウェル。
「…シエン。最初は仕事の関わりで知り合ったお前たちだけどな…今は何より大事で…大切だ…」
「ん…ありがとう」
うれしいけど、微妙に寂しい。そんなに優しいこと言ってくれるのはオティアがいるからだよね。
俺が、オティアと同じ顔してるから……。
「オティアに伝えてくれ。約束通りもう二度と、お前にウザがられるようなマネはしないって」
「オティアがそう言ったの?」
思わず眉をひそめる。
「相手するのもいちいちウザいって…ま、いつものことだ」
「なんでそうやって好きな人にはつっかかるのかなぁ…」
「…………………………………え……?」
「気にしなくていいよ」
「もう二度とこんなことで煩わせるなって…だから、俺……飯たかりに行くのも…やめようって……」
「ああ、うん。そういうことで悩むの嫌いみたいで。やつあたりだよ」
「やつあたり?」
本当は、それだけじゃない。
やつあたりっていうほどやつあたりじゃない。そういう面もあるけど。
俺も、オティアも、無意識に思っている。必要以上に他人と関わることは避けなくちゃいけないって。
いつ離れても、捨てられても、つらい思いをしないですむように。いつでもさらりとお別れできるように。
ここに来る前は、オティアのほうが俺よりもずっと徹底してた。
誰にも心は許さず、寄ってきたら切り捨てる。それが当たり前で……
でも、ヒウェルに対してはそれができない。だからイライラしてるし、落ち込むんだ。
だけど今、ここで言ってもヒウェルには……多分、通じないし理解できない。
余計に混乱させてしまうだけだろうな。
「子供なんだよ、要するに」
「………マセた口叩くくせに……」
「ごめん…その、俺のせい…かも」
「シエン」
「俺達が…お互いが一番じゃないといやなんだよオティアは…。ずっとそんなじゃいけないってわかってるんだけど」
「俺、兄弟いないからわかんないけど…そーゆーのはちょっと、うらやましい」
「だから、オティアがヘンなこと言い出しても気にしないでいいよ。それに…」
「それに?」
「ちゃんとオティアと話できるの、まだヒウェルだけだから。俺以外では」
「…そうなのかっ?」
「ディフとは家では会話が成立してないでしょ?」
「……あー確かに…言われてみれば……」
「レオンは居る時間が短いから…」
話している間にヒウェルはお弁当を全部食べ終わっていた。もしかしてここのところ、ずっと真っ当な物食べてなかったのかな。
「……足りなかったら、まだあるけど」
「いや、いっぺんに食い過ぎるとアレだし。腹減ったら………仕事、一区切りついたらまた食いに行くよ」
「うん」
良かった。やっぱり、夕食はみんながそろってる方がいい。
「写真ありがと…」
写真のパネルを、そおっとテーブルに置いた。
「うん…気に入ってくれたみたいで…嬉しいよ」
「じゃあ、俺、そろそろ帰るね」
お弁当を片付けて、部屋を出た。ドアまで見送ってくれた。
「サンキュ、シエン。また懲りずに掃除しに来てくれよ」
うなずいて手をふって家に帰った。
※ ※ ※ ※
でも、その後ヒウェルはなかなか夕食に来なかった。
明日は来るのかな、ヒウェル。
お弁当を持っていってから、もうすぐ三日目になる。
次へ→【3-10-11】猫とサリーと探偵と
(変だよ、絶対に)
いつも無口だけど、ほとんどまったく口を開かない。
夕食の後、いつものようにオティアが皿洗いをしている所に寄って行って声をかける。
「手伝って」
「何を」
「はい」
冷蔵庫から取り出した卵二つ、さし出した。
※ ※ ※ ※
ガチャリ。
ドアが開いて、ぬうっとヒウェルが顔を出す。
「…よお、シエン」
よれよれのぼろぼろ。髪の毛もくしゃくしゃ。シャツもしわだらけ。無精髭もぽつぽつ伸びてる。
「あ……その、具合悪かった…?」
「いや……〆切りが、ちょっとね。飯食う時間も惜しくて」
「これ」
持って来たお弁当をさし出すと、ヒウェルはくんくんとにおいをかいだ。
「…お、うまそう」
なんだか犬っぽい。
ディフがレトリバーならヒウェルはスパニエルあたりかな?
もーちょっとカジュアルな犬っぽいな……
テリアとか。
「お前が作ったのか」
「ん…オティアもいっしょに」
「悪ぃ、受けとれな……」
ない、と言う前にお腹がぐきゅるるる〜と鳴った。
「食べたほうが…」
「…そーする…………あ。こないだの写真、できてる。見てくか?」
「ん」
「入れよ」
半分予想はしていたけど、部屋の中はすごいことになっていた。
テーブルの上をざっと片付けてお弁当を広げていると、ヒウェルがこの間写した写真を持ってきてくれた。
壁にかかっているサンフランシスコの風景写真より小さいけれど、丁寧にパネルにしてある。
「……オレンジジュースしかないけど」
「ありがと。でも俺はもう食べたから」
「そう…か。じゃ、ありがたくいただきます」
ものすごい勢いでガツガツ食べてる。やっぱりお腹が減っていたんだ。
ちらっとこっちを見てぼそりと言った。
「…美味い」
「よかった。こっちは俺がつくったんだけどオムレツはオティアが……」
ヒウェルは目をしばたかせて、慌ててジュースにむせたふりしてる。きっと泣きそうになったんだ。
「…何か…あった?」
「……いや……なん……でも……ない!」
その不自然に爽やかな笑顔がかえってあやしい。
「そうか…じゃあ違うんだ」
「なにが?」
「ん…オティアがすごく落ち込んでるから…」
「ぁ…………」
顔がくしゃっとゆがむ。
「違うならいいんだ」
「……………ごめんな……」
「え?」
「…俺のせいなんだ…あいつの気持ちも考えずに一方的に俺の感情、押し付けたから…」
「ええ?」
いったい何のことなの? わかんないよ、ヒウェル。
「…シエン。最初は仕事の関わりで知り合ったお前たちだけどな…今は何より大事で…大切だ…」
「ん…ありがとう」
うれしいけど、微妙に寂しい。そんなに優しいこと言ってくれるのはオティアがいるからだよね。
俺が、オティアと同じ顔してるから……。
「オティアに伝えてくれ。約束通りもう二度と、お前にウザがられるようなマネはしないって」
「オティアがそう言ったの?」
思わず眉をひそめる。
「相手するのもいちいちウザいって…ま、いつものことだ」
「なんでそうやって好きな人にはつっかかるのかなぁ…」
「…………………………………え……?」
「気にしなくていいよ」
「もう二度とこんなことで煩わせるなって…だから、俺……飯たかりに行くのも…やめようって……」
「ああ、うん。そういうことで悩むの嫌いみたいで。やつあたりだよ」
「やつあたり?」
本当は、それだけじゃない。
やつあたりっていうほどやつあたりじゃない。そういう面もあるけど。
俺も、オティアも、無意識に思っている。必要以上に他人と関わることは避けなくちゃいけないって。
いつ離れても、捨てられても、つらい思いをしないですむように。いつでもさらりとお別れできるように。
ここに来る前は、オティアのほうが俺よりもずっと徹底してた。
誰にも心は許さず、寄ってきたら切り捨てる。それが当たり前で……
でも、ヒウェルに対してはそれができない。だからイライラしてるし、落ち込むんだ。
だけど今、ここで言ってもヒウェルには……多分、通じないし理解できない。
余計に混乱させてしまうだけだろうな。
「子供なんだよ、要するに」
「………マセた口叩くくせに……」
「ごめん…その、俺のせい…かも」
「シエン」
「俺達が…お互いが一番じゃないといやなんだよオティアは…。ずっとそんなじゃいけないってわかってるんだけど」
「俺、兄弟いないからわかんないけど…そーゆーのはちょっと、うらやましい」
「だから、オティアがヘンなこと言い出しても気にしないでいいよ。それに…」
「それに?」
「ちゃんとオティアと話できるの、まだヒウェルだけだから。俺以外では」
「…そうなのかっ?」
「ディフとは家では会話が成立してないでしょ?」
「……あー確かに…言われてみれば……」
「レオンは居る時間が短いから…」
話している間にヒウェルはお弁当を全部食べ終わっていた。もしかしてここのところ、ずっと真っ当な物食べてなかったのかな。
「……足りなかったら、まだあるけど」
「いや、いっぺんに食い過ぎるとアレだし。腹減ったら………仕事、一区切りついたらまた食いに行くよ」
「うん」
良かった。やっぱり、夕食はみんながそろってる方がいい。
「写真ありがと…」
写真のパネルを、そおっとテーブルに置いた。
「うん…気に入ってくれたみたいで…嬉しいよ」
「じゃあ、俺、そろそろ帰るね」
お弁当を片付けて、部屋を出た。ドアまで見送ってくれた。
「サンキュ、シエン。また懲りずに掃除しに来てくれよ」
うなずいて手をふって家に帰った。
※ ※ ※ ※
でも、その後ヒウェルはなかなか夕食に来なかった。
明日は来るのかな、ヒウェル。
お弁当を持っていってから、もうすぐ三日目になる。
次へ→【3-10-11】猫とサリーと探偵と