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2012年4月の日記

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【おまけ】弓と猟犬

2012/04/09 11:52 騎士と魔法使いの話十海
  • 拍手お礼用短編の再録。
  • 四の姫ことニコラとロブ隊長の出会いから遡ること二日。あのお茶会の前に、実はこんなやりとりがありました。
 
「新しい隊長って『どS』なんですって?」

 四の姫ことニコラ・ド・モレッティ嬢が、じょうろを抱えてきっぱりと、言い切ったのは薬草畑のど真ん中。ぽかぽかと陽射しの暖かな日であった。
 師匠の畑を耕すのは弟子の役目、と言うことで、薬草店の畑を耕しているのだ。『匿名の贈り物』の中に入っていた種を植えるために。しかしながら、一番の働き手であるダインは先日、祈念語の勉強をサボっていたことが判明し、今しもフロウがつきっきりで再教育の真っ最中。
 そこで、代わって後輩二人……エミリオとシャルダンが手伝いにはせ参じた次第。
 元々二人とも農作業には慣れているし、エミリオに至っては薬草術を専門に学んでいる。手際よく作業をすすめ、一段落したところでぶちかまされた爆弾発言だった。

「大丈夫? シャル、いじめられてない? まだ遠くからちらっと見たことしかないけど、あの手のサド目男はシャルみたく可愛いくて若い子を目の敵にするに決まってるんだから!」

 ロベルト隊長が就任してから五日目。噂が町を駆け抜け、彼女の下へと到達するのに、三日とかからなかったのである。
 高々と銀髪をポニーテールに結い上げて、腕まくりをしたシャルダンは、きょとんとしたまま、青緑の目をぱちくり。言われたことをしばらくの間、かみ砕いて理解しようと勤めた。
 やがて、がばっと顔をあげるやいなや、よどみのない澄んだ声できっぱりと言い放った。

「いじめるなんて、とんでもありません!

 ひらっと赤い金魚のような翼をはためかせ、小さな少女の姿をした妖精がニコラの肩に舞い降りる。
 先日召喚したばかりの使い魔、ニクシーのキアラだ。この家は力線が強く、境界線も安定しているため、術者の消耗を気にせずのびのびと実体化することができるのである。

「ロブ隊長は、男らしくて、公平で、かっこいい立派な人です!」
「そ、そうなの?」
『なの?』

 勢いに押されてニコラは使い魔キアラともども一歩後ずった。すかさずシャルダンがずいっと身を乗り出す。

「はい! 先日、ダイン先輩が非番だったんで代わりにロブ隊長と一緒に市中の見回りに出たのですが……歓楽街の一角で、女性がからまれていたのです。筋骨逞しい男、3人に。そうしたらロブ隊長はつかつかと近づいていって、こう……」

 シャルダンは咳払いして、じとーっと目をひそめた。たいへん人相がよろしくない。

「貴様、その手を離せ……って!」

 どうやらロブ隊長の物まねらしい。

「だけど、男たちは三人とも酔っぱらってて、殴り掛かってきたんです。加勢しようと駆け寄った時には、もう勝負がついてました」

 シャルダンは胸の前で腕を組み、うっとりとつぶやいた。

「目にも留まらぬ早業とは、あのことを言うのですね! 殴り掛かってきたその手を掴んで逆に投げ飛ばし、二人目にぶつけて共倒れさせて。飛びかかってきた三人目を、ごつっと一発で!」

 ほう、とため息をついて、銀髪の騎士は頬を染めた。

「かっこよかったです」
「ふうん……」

 ニコラはちょっとばかりサド目の隊長を見直した。週末におばあさまのお茶会で顔を合わせる予定だけど、彼の人となりを判断するのはその時にしよう、と。

「しかも、ロブ隊長の個人紋は、ウサギなんですよ!」
「ちょっと待って、それ関係あるの?」
「ありますとも」

 はあ、はあ、と息を荒くしてシャルダンはぎゅむっと拳を握った。

「ウサギですよ! ふわもこなんですよっ!」
「……シャル」

 ぽん、とエミリオが肩を叩いた。

「フロウさんを呼んできてくれ。種を入れる準備ができたって」
「うん、わかった!」

 肝心要の種を蒔くにはやはり、フロウの目と指先が必要なのだった。
 ぴょっこぴょっこ飛び跳ねる銀色のしっぽを見送りつつ、ニコラがぽつりと言った。

「シャル、隊長さん好きすぎ」
「しかたないです、むきむきだから」
「むきむきなんだー。それじゃしょうがないよね」
「……俺ももーちょっと鍛えようかな……」

 ニコラは首をひねってエミリオを見上げた。作業中なので今はローブを脱いで、身に付けているのはシャツとベストとズボンのみ、と言う身軽な状態でさらに袖をまくっている。故に体つきがよくわかる。筋骨逞しい腕、広い背中、厚い胸板。

「それ以上鍛えてどうするの、魔術師なのに」
「自分、中級ですから」
「や、それ関係ないし?」

 きぃいと裏口の扉が開き、シャルダンが戻ってきた。その後からフロウと、妙にげっそりしたダインが後に続く。さらにその肩の上では……

「ぴゃあ!」

 得意げに前足を踏ん張るちびの姿があった。

「あれ、ちびちゃん得意げ?」
「ああ。こいつ、ダインより早く祈念語の詠唱覚えやがった」
「え」
「え」
「え?」
「んびゃっ!」
「おう、ちび公。一つお披露目してやんな」

 フロウに言われて、ちびは澄んだいとけない声で唱え始めた。

『混沌より出でし白、天空の高みより降り注ぐ光、万物をはぐくむ太陽、リヒテンダイトよ。我は請い願う その光もて穢れし亡者を祓いたまえ!』

「おお」
「お見事」
「すごいすごーい」
『すごーい』

 この場に居合わせたほぼ全員が、ちびの唱えた呪文を聞き取ることができた。唯一の例外にして当のちびの飼い主以外は、全員。

「俺は……猫以下だったのか」
「とーちゃん?」

 がっくりと肩を落とすダインの頬に、ぷにっとちびが前足で触れた。

「ほれ、せっかくちび公が覚えても、お前さんが唱えらんなきゃ意味ないだろ?」
「うん……」
「こいつは人の心に共鳴して、呪文の力を増幅してるんだからな? 自分だけじゃ、ただ言葉を真似するだけだ」
「うん」
「ほれ、種蒔くから手伝え」
「わかった」

 ものの見事に誘導されると、ダインは喜々としてフロウの後に着いて畑に向かうのだった。

「んで、力線がいい具合に伸びてるのはどの辺だ?」
「ここと、ここ……それから、ここ」
「OKOK。ほんとに便利だな」

     ※

 その後。
 一仕事終えて店の中に戻り、お茶を飲みながらくつろいでると……シャルダンはふと椅子の上に置かれた真新しいクッションに目をとめた。スミレ色の布地に、優しくかすむ青紫と緑の糸で精巧なラベンダーの刺繍が 施されている。縁には一面に柔らかなフリルが縫い付けられていた。

「これは、どなたがお作りになったんですか!」
「ああ、それな。ニコラのお手製だ」
「素晴らしい………」

 クッションを抱えてぷるぷると震えるシャルダンに、ニコラが声をかける。

「一度、型紙作っちゃえば後は同じだから、いくらでも作れるよ? シャルにも作ってあげようか?」
「本当ですか? わあ、うれしいな!」

 はっとダインとフロウが表情を堅くする。いけない、このままではえらいことになりかねない。
 
「あー、その、シャルダン」
「何でしょう先輩」
「リクエストしたいモチーフがあったら言っておけ。ニコラの刺繍の腕前はすごいぞ」
「それでは、猟犬をお願いします」

 にこにこしながらシャルダンは、マントを留めていたブローチを外してニコラに見せた。
 卵ひとつぶんほどの大きさの盾の形をしたブローチには、ほっそりとしなやかで、精悍そのものの顔立ちの犬が刻まれていた。

「これは、あなたの個人紋なの?」
「はい」
「ああ、だから背景に弓が刻まれてるのね」
「はい!」

 シャルダンは胸を張って答えたのだった。

「弓と、猟犬です!」

 その隣では、エミリオが陽に焼けた頬をほんのり染めていた。
 
『猟犬はエミリオ、弓は私だよ』

 入団に際して個人紋を決める時、そんな会話が交わされたことは……当人たちだけが知っている。

(弓と猟犬/了)

次へ→【14】月夜のダンデライオン★
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教えて?フロウ先生!3—属性と暦—

2012/04/09 11:48 その他の話十海
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<教えて?フロウ先生!3―属性と暦―>

「そんじゃあ今日は、属性について話すぞ。ニコラ、まず属性がいくつあるか言ってみろ。」

 シナモンスティックを齧っている眠そうな垂れ目の中年風貌…フロウライト=ジェムルが、金髪の少女…己を師匠と呼んで憚らない貴族の令嬢、ニコラに問いかける。

「えっと…火・水・木・金・土・聖・魔の7種類!…だったわよね?」

「惜しい、それに属性が無い…つまり無属性をあわせた8種だな。…まあ、属性が無い、なんて力線でもない限りはほぼ存在しないんだが。」

「え?…でも、魔法使わない人に属性ってあるの?」

「何言ってんだよ、お前さんだって魔法の事知らなくても、水の属性と相性良かっただろ?あれはお前さんが水の属性を持ってたからだ。」

「…そうなんだ、てっきり魔法使えない人に属性って無いんだと思い込んでた。」

「…あ~…その解釈はあながち間違ってはいねぇが…とりあえず、属性についてちゃんと説明するぞ。」

 しょんぼりと自身の勘違いにうな垂れたニコラだが、フロウの言葉にバッと顔を上げて目を輝かせうんうんと頷く。

「あ~…属性ってのは、この世に存在するほぼ全ての存在が持ちえる命の性質だ。基本的にはニコラの言った7種の属性に人間だろうがネズミだろうが全てが分類される。
 7つの属性にはそれぞれ優劣っつぅか、力の関係性がある。まず聖と魔は互いに相反し、打ち消しあう関係にある。
 そして、木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、金は木に強い…。
 さらに、木は火を増幅し、火は土を増幅し、土は金を増幅し、金は水を増幅し、水は木を増幅する…。
 ちょっと小難しいが、全ての属性はこういう関係性で成り立っている訳だ。」

 ちょっとばかり長くなるが、喋った内容を真剣にメモに取る少女を見て、男は楽しげに饒舌さを増す…。
 ちなみに、同じ講義を以前ダインにした時は、途中でダインが頭を抱えてギブアップしたとか、してないとか…。

「ふむふむ…あれ?でも…それじゃあ私の属性って水だけなの?」

「ん?あぁ…属性は一つとは限らねぇ…ニコラは水と聖の属性だな。…ちなみにオレは木と魔だ。魔法使いにとって、保持する属性の数はステータスだ。なんせ高位の魔法をどれだけの種類扱えるかは、殆ど属性の数に依存するからな…まあ、どんな天才でも属性は三つってところだろうが。」

「へぇ…何で三つなの?属性全部持った大魔法使い~!とか御伽噺に居そうなのに。」

「あぁ、それはだな。基本的に火と水とか、水と土とか、金と木とか…どちらか片方が、片方に強い…なんて組み合わせの属性を持って生まれてくる奴は居ねぇからだ。俺が知ってる中で一番多い奴でも、金・土・魔の3種類だからな。…ま、さっきから『基本的に』って言ってる通り、例外なんて幾らでも居るわけだが。」

「例外って…つまり、打ち消しあうような関係の属性の持ち主とか…属性が無い人ってこと?」

「そうだな、まあそういう奴は大抵、聖と魔の組み合わせなんだがな。…まあ、それは置いといて…属性の無い人間ってのも、極稀に居る…本当に稀で珍しい存在だが。」

「そんなに念押しで言わなくても…あれ、でも高位の魔法って属性の数で使える数が決まるって言ってたけど…属性が無い人ってどうなるの?」

「使えない。っつーかそもそも魔法の才能が無い。共通語魔術とか、力線から力を引き出して使うだけの簡易な魔法なら扱えるが、そこから一歩突っ込もうとしても、初級で躓くな。
 まあ代わりと言っちゃなんだが、その代わり属性の影響を受けないから、魔法が効き難い体質になる。…魔法を異端とする土地では、属性の無い奴が重宝されてるって話もあるぞ。」

「…それって、魔法使いに対する切り札として…って意味よね。…何か複雑。」

 自分が魔法の道を志しているせいか…そういう偏見の話を聞くと眉根を寄せる少女に、男は苦笑いしながらポンポンと頭を軽くなでて。

「ま、その辺をお前さんが気にしても仕方ないさ。…で、他に質問は?」

「あ…えっと、精霊とかは属性がすぐ分かるから良いとして…人間とかって、どうやって自分の属性が決まってるの?」

「あぁ、それはな…通説では、生まれた日と時間で決まるってのが最も有力な説だな。具体的に言うと、曜日と昼夜…だな。」

「曜日?…火・水・木・金・土の曜日に、安息日の6つの曜日の事?」

「そ…まあ早い話、生まれた曜日の属性の…昼なら聖神、夜なら魔神が加護を与えて…人間に属性が生まれる…ってのが通説だ。
 それに加えて、日食・月食や日の境目とか…そういう時に生まれると、始祖神リヒトマギアが加護を授けたり、
 複数の属性を持って生まれたり…逆に属性の無い奴が生まれたりする…らしい。正直この辺は俺も詳しく知らないからな。」

「ふむふむ…曜日はわかってけど、月は関係ないの?金牛の月とか、乙女の月とか、宝瓶の月とかで何か変わったりしないの?」

「だぁから、そこまで俺ぁ詳しくないって…まあ12の星座みたいな大仰なもんで区切られてる以上、1年360日それぞれに属性が当てはまってても別に驚きはしねぇが…。」

「師匠が知らないんじゃ仕方ないかぁ…あ、じゃあ…身近な人の属性知りたいな…私は水と聖って言ってたけど、他の人はどうなの?師匠は?」

 本当にコロコロと表情が変わる子だ、と今更ながらフロウは思う。しょげてた顔がすぐに笑い、好奇心満載の瞳で問いかけて来るのだが…思わず、クスリと笑いながら。

「へいよ…まず俺は木と魔、シャルダンも木と魔、エミリオは木…って、木ばっかりだな。ダインは火と魔…だと思うんだが、今は火と聖だな。」

「へ?…今は…って、どういうこと?属性って生まれた時から持ってるものなんでしょ?」

「ん、まあその質問に答える前に…ちょっとお茶入れようぜ?喋りすぎて喉渇いちまったぃ。」

次へ→教えて?フロウ先生!4—属性と神々
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【14-3】願わくば彼の者を

2012/04/09 11:47 騎士と魔法使いの話十海
 
 次の日。

「おら、いつまでぐずぐずしてやがる。とっとと行け! 遅れたら隊長にどやされるぞ」

 渋るダインの唇に、ちゅくっと軽い口付け一つ。贈った途端にわんこ騎士はしゃきっと背筋を伸ばした。

「……行ってくる」
「気をつけてな」

 ひらりと巨大な黒馬の背にまたがり、歩き出す。騎士と愛馬の姿はほどなく角を曲がり、見えなくなった。遠ざかる重たい蹄の音を聞きながら、フロウは家の中に戻った。
 裏口の扉を閉め、ため息一つ。店に戻るかと思いきや、彼はまっすぐに階段を昇って二階へ……寝室へと向かった。

 慣れた手つきで窓辺に儀式円を描いた布を敷いて、さらにその上に花瓶を載せる。白い表面にはフロウの信仰する花と草木の神、マギアユグドを表すシンボルが描かれている。
 花瓶に水を満たし、コップに挿してあった花を改めて活け直した。真っ直ぐに伸びた茎の上に、こんもりと丸いオレンジの花が揺れている。夕べ摘んだライオン・アイだ。

 朝の光の中では、昨夜まとっていたきらめきは微塵もない。だが確かに秘めている。
 金髪混じりの褐色の髪に緑の瞳。柔和な顔立ちで、いつもほんの少し背中を丸めた騎士の左目と同じ、月虹の輝きを。

 オレンジの花弁に触れると、フロウは目を細めて深く息を吸い、そして吐き出した。
 気配を察したのか、やわらかな羽ばたきとともに黒と褐色斑の猫が肩の上に舞い降りる。

『花の守り手、緑成す木々を育む神マギアユグドよ。御身の命の力もて、彼の者を護りたまえ。危機迫る時を知らせたまえ。彼の者の命、死の刃に晒されし時は、この花をもちてその身を救いたまえ。花の守護を願いし者の名は………』

 肩の上でちびが唱和していた。フロウとまったく同じ言葉を、透き通ったいとけない声で。
 左手首にはめた木の腕輪。その表面に刻まれた、祈念語の文字に沿って光が走る。応えるように布に描かれた儀式円が静かにまたたき始めた。どちらも同じ、日に透ける草木の緑を宿して。

「……ディートヘルム・ディーンドルフ」
「……とーちゃん!」

 ぽわっと緑の光が腕輪から指を走り、花へと伝わり、弾ける。その刹那、ライオン・アイの花が輝く光の粒に包まれた。
 細かく散った光の粒は、花弁の一つ一つに舞い降り、吸い込まれ……見えなくなった。
 儀式の完了を見届け、ふっとフロウは集中を解いた。肩の上の猫を撫で、くすりと小さく笑みをこぼす。

「とーちゃん、でもちゃんと効果があるんだから不思議だよな」
「ぴゃあ!」
「ま、ディートヘルム・ディーンドルフだろうが。ダインだろうが、とーちゃんだろうが、わんこだろうが、あいつの事には変わりねぇか」
「んびゃっ」

 思う相手の瞳、もしくは髪の色を宿した花を活けて身の守りを願う、儀式魔法。
 身の危険が迫れば活けられた花はしおれ、守護する相手が致命的な一撃を受ければ身代わりに散る。

 そんな、こっぱずかしい魔法に使うための花だったなんて……

(言えるか。絶対に)

 頬を染め、窓辺に揺れるライオン・アイの花から目線をそらす。

(あいつのことだ、絶対腹抱えて笑うに決まってる。乙女ちっくだなおい、とか。似合わねーな、とか何とか言って……)

 だから。このことは

「とーちゃんには内緒だぞ?」

 ちびはひゅうっとしっぽを振ってフロウの顔を見上げて、赤い口をかぱっとひらいた。

「ぴゃあ!」
「よし、じゃ店を開けてくるか!」

 寝室のドアを開け、フロウはとことこと階段を降りて行った。しっぽをしならせ、ちびが後に続く。とたたたたっと軽快な足音が、途中で完全に追い越していた。

 後に残るはオレンジ色の丸い花。朝の光を浴びてほんのりと、淡いきらめきに包まれて……。

(月夜のダンデライオン/了)

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【14-2】月の光満ちる庭で

2012/04/09 11:46 騎士と魔法使いの話十海
 
「今日の晩飯は外で食うぞ」

 フロウのその一言で、皿を庭に運ばされた。みっしり身の詰まったライ麦パンに、羊肉の香草煮、タマネギとキャベツとカブとカボチャと……とにかくあるもんを切って叩き込んだ野菜スープ。見た目は大ざっぱだが味はいい。
 昼間摘んだたんぽぽもちゃんと献立に入っていた。ベーコンとニンニクを炒めて、いり卵を加えて、オリーブオイルであえて、サラダにして。

「これが、たんぽぽだぞ」と三回ぐらい念を押された。
 昨日食った時はホウレンソウと信じてたからあまりでかい顔もできず、大人しく三回うなずいた。
 口いっぱいほお張って、じっくり噛む。オリーブオイルとニンニクとベーコンの味の向こう側に、ちらっとたんぽぽが見えた気がした。飲み込むと鼻の奥にふわっとあの草のにおいがした。

「ほんとだ、たんぽぽだ」
「だろ?」
「美味いな、たんぽぽ」
「そーかそーか。もっと食え、体にいいぞ」

 確かに美味い。でもおかわりするなら、肉の方がいいな。

 裏庭に置かれた薬草を干す台がテーブルで、同時に椅子だ。
 食べ終わってからもそのまま待つ。ひたすら待つ。薬草の香りの溶けた、春の始めのぬるい空気の中で。

「まだか、フロウ」
「ああ、まだだ」

 はちみつを溶かした食後の香草茶をすすり、干した果物とカスタードクリームのぎっしり詰まったパイを2切れ食べ終わった所で、ぽっかりと丸い月が昇ってきた。
 磨き抜いた銀器のような。しぼったばかりのミルクのような白い光が空気に混じる。水の中に一滴垂らしたミルクみたいに広がって行く。

 火屋の蓋を開け、ふっとフロウがカンテラをふき消した。

 途端に濃い、藍色の闇に目を塞がれる。
 だがそれもほんの短い間だ。暗がりに目が慣れると、辺りは色の見分けがつくほど明るくなっていた。太陽の光と違って、眩しいとも熱いとも感じない。
 月光の下では、見えるものは全てうっすらと青白い薄布をまとう。目には見える、だが触れることはできない光のヴェールに包まれる。

 水の底に沈んだみたいに、しん、と静かで、息をするのもためらわれる……のは人間の思い込みなんだろうな。
 その証拠に、ちびの奴は、いつもと同じ、やってる事は変わらない。自分のしっぽを追いかけてくるくると回ってる。地面に写る影と一緒に、くるくると。
 これだけ騒がしいのに、ほとんど声も音も出さないんだから不思議なもんだ。さすが猫だよな。

 俺が見てるのに気付いたのだろうか。
 ひゅうっとしっぽをしならせ、立ち止まった。金色の瞳がこっちを見上げ、赤い口がかぱっと開く。

「とーちゃーん」
「どーした、ちび……っ!」

 ひっそりと立つちびの背後で、ライオン・アイの植わった一角が、きらきらと光り始めた。
 あっちにぽつり、こっちにぽつり。ホタルかと思ったが、いくらなんでも季節が早過ぎる。
 じーっと目をこらしていると、ある瞬間を境目にくっきりと光の正体が浮き上がってきた。
 日の入りとともに閉じたはずの花のうち、何本かが開いてる。しかも、光ってる!

「え、え、ええっ? どーなってんだ!」
「よーし、始まったな……ダイン、これ」

 渡されたのは白いリボン。しなやかな絹で織り上げられた、羽根のように軽くて細長い布の束。
 きちっと結ったお下げ髪に結ぶのにちょうどいいくらいの長さのが十本ばかり、月光に映えて青白く光る。

「光ってる花の葉っぱに、これ結んでくれ」
「う、うん、わかった」
「そーっとだぞ。ぎっちりやったら、千切れちまうからな」
「そーっとだな」

 こくこくうなずいて、しゃがみこんだ。

「ぴゃ」

 リボンを結ぶ手元に、ちびが顔を寄せる。濡れた鼻先がひやっと手首に触れた。

「こら。食うなよ」
「ぴぃ」

 光っているのに、眩しくない。昼間、金色に近いオレンジに見えた花は、今はむしろ白く見える。
 どこにこんな色を隠していたんだろう?

 リボンを結ぶと茎が揺れる。花が揺れる。砕いた雲母、あるいは、たぱたぱと流れ落ちる水の滴にも似たきらめきが、幾重にも重なった小さな花びらの合間に踊る。
 まるで色のない虹だ……。
 ふと思った。

(俺の瞳って、こんな風に見えるのかな)

 しみじみとライオン・アイを眺めていたら、肩にのしっとフロウが顎を乗せてきた。

「きれいだろ?」
「……うん。初めて見た」
「この花独自の性質だ。だが全部が全部、光るって訳じゃない。どの花が月の光に感応するかは、開いてみなけりゃ分からない」
「だから、夜に確認するのか」
「そう言うこった。今のうちにこうやって印をつけとけば、後々楽だろ?」

 確かにその通りだ。理にかなってる。

「リボン無くなったぞ」
「ほらよ、これ使え」
「さんきゅ」

 全ての花に印を着け終えた頃には、丸いチーズみたいな月は高々と、天の頂きに昇っていた。
 曲げっぱなしだった膝、次いで腰を伸ばすと、めきばきと軋んだ。ずーっと同じ姿勢を続けてたんだものな。そら鳴りもする。強張りもする。

「うー、腰痛ぇ」
「ご苦労さん」
「お前、ほとんど見てるだけだったろ」
「当然! 何のために今夜やったと思う?」
「けっ、俺は労働力かよ!」
「立ってるモノは、有効に使わないとな」
「おーおー、いくらでも使うぞ、お前が相手ならな」

 肩をつかんでのしかかり、顔を寄せる。
 目ー細めて見上げてやがる。余裕だなフロウ。逃げないってことはキスしていいんだな? そう解釈するぞ!
 一気に唇を奪おうとすると。

「とーちゃーん」

 にゅっとちびが割って入ってきて、俺の鼻に自分の鼻先をちゅーっとくっつけた。
 フロウのやつ、ちびを抱きあげて、盾にしやがったんだ!

「とーちゃん?」

 つぶらな瞳は裏切れない。
 もふっと腕の中に押し付けられるふわもこした体を、受けとらずにいられる訳がない。

「……いい子だな、ちび」

 ちびは俺の腕の中。ふかふか丸まって上機嫌。ごろごろ咽を鳴らし始めた。

「よーしよし、かわいいなー」
「ぴゃ」
「ふわふわしてるな」
「ぴぃ」

 やり場のない疼きを持て余し、ちびの羽毛に顔を埋めて深呼吸。

(とりあえず落ち着こうか)

 すー、はーと日なたのにおいと、薬草のにおいを堪能してると……。
 屈みこむフロウの姿が見えた。月虹の輝きをまとう花を、一輪だけ摘み取ってる。

「そんだけでいいのか?」
「ああ。一本あれば、充分だ」
「ふぅん」
「今は、な」
「……何に使うんだ?」

 フロウはじーっと俺を見て、それからちびを見て。くるりと背中を向けてしまった。

「おい?」
「秘密」
「ちぇ」

 戸口で足を止め、振り返った。

「来いよ」

 あ。あ。あ。
 ついっと唇を尖らせて、顎を上げている。
 同じだ。寝室に入る時と同じ声、同じ表情だ。
 勇んで駆け出すより早く、のほほんとした声が降ってくる。

「皿、持って来んの忘れずにな」
「………了解」

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【14-1】全ての草には名前が

2012/04/09 11:45 騎士と魔法使いの話十海
 ダンデライオン。ダンデライオン。春の野原を埋め尽くす、ぽわぽわ黄色の丸い花。
 見渡す限り鮮やかな、カナリア色した故郷の丘。なだらかな斜面を降りて行くと、青い海が広がっていた……
 今はもう遠い、幼い日の住み処よ。あの頃姉上と暮らした丘の上の館も、今はもう灰色に霞む時の帳の向こうう側。星空の絨毯一枚残して全て消えてしまった。
 いや。
 燃え尽きた……。

     ※

「おら、起きろ、ダイン!」

 ばっと被っていた毛布がひっぺがされた。
 ……寒い。

「んあ」

 もそもそと目をこすって薄くまぶたを上げると。

「フロウ?」
「いつまでゴロゴロ寝てやがる、このばか犬が」

 じとーっと睨め付ける蜜色の瞳が、股間で止まる。

「ってか、とっとと何か着ろ」
「……はい」

 ベッドから這い出し、のそのそとシャツを羽織る。その間フロウはじーっと側に突っ立って見物してた。

「何見てやがる」
「ん? ナニ」
「てめえっ」
「照れるな、今さら隠すようなモンじゃあるまいよ」

 にしし、と歯を見せて笑ってやがる。大した余裕だなおい。

「だったら」

 にーっと歯を剥き出してのしかかり、わしっと丸っこい肩をつかむ。

「お前のも見せろ」
「ヤだね」
「ふごぉうっ!」

 出し抜けにぎゅっと握られ、じたばたしてる間にフロウはさっさと寝室を出ていた。慌てて服を引っかけ追いかける。

 息を切らして階段を駆け降りたら、壁に因り掛かってのんびりと突っ立っていやがった。
 俺の顔を見ると、にっと口角を釣り上げ、目元をゆるませた。

「おはようさん」
「……おはよう」
「飯できてるぞ。冷めないうちに食え」
「うん」

 で、のんびりしてたのはそこまで。朝飯食うのもそこそこに、裏庭の畑仕事に駆り出された。
 鍬で土をほっくり返し、細かく砕いて畝に盛る。西道守護騎士団に配属されて以来、めっきり畑仕事も板についてきた。
 ざっかざっかと畑仕事をこなす合間に、一息入れてふと見ると……日なたに一ヶ所、黄色の固まってる場所があった。ぽわぽわ広がる細かな黄色い花びらの群れ。ぎざぎざの緑の葉っぱ、すっくと伸びた細い茎。

「タンポポだ」

 思い出すのは幼い日。姉上が好きな花だった。よく花かんむりを作ってくれた。懐かしさについ手を伸ばし、摘み取ろうとしたら

「こら」

 ぺちっと手をはたかれた。

「いたい」
「畑の物勝手にむしるんじゃねぇ!」
「え? これ植えてるのか? てっきり雑草かと」
「おばか」

 ぺっしぺっしとデコを叩かれる。

「いたい、フロウ、いたいよ」
「たんぽぽは雑草じゃねえ、れっきとした薬草だ」

 腕組みしてずいっと胸張って、こっちを睨め付けてる。口にこそ出さないが、蜂蜜色の目がはっきり語っていた。

『このばか犬が』って。
 怒ってもいいよな。そう言う目で見られてる。でも、何だって俺、背筋がぞくぞくーっとしてるんだろう。大人しくうなだれてるんだろう。
 目元に力が入らない。口んとこがむずむずして……くすぐったい。

「そもそも世の中に雑草なんて草は存在しない。ただお前がその草の名前を知らないだけだ」
「う……うん」
「根っこを乾かして煎じたり、粉末にしたりして使うんだよ。花は醸してワインにするし、若い葉っぱはサラダになる」
「え、サラダ? そんなに簡単に食えるのか」
「ああ。昨日食っただろ?」
「気がつかなかった」
「ったく。じゃあ今夜も食わせてやるよ」

 そう言ってフロウはかがみこみ、たんぽぽを摘み始めた。上の葉っぱの部分だけかと思ったら、根っこから丁寧に掘り起こしてる。
 手伝おうと思って隣にしゃがみ、手を伸ばすと……

「こら」

 またぺちっと叩かれた。

「いたい」
「そっちは、まだ摘むな」
「どう違うんだ!」
「よく見ろ。花の色とか、茎の長さが違うだろ」

 言われてじーっと顔を近づけてみる。
 俺が摘もうとしたたんぽぽと、フロウが摘んだたんぽぽ。二つの花を見比べる。

「……あ」
「わかったか?」
「うん。こっちのが茎が太くて長い。葉っぱの幅も広いし、花も分厚くて、もこもこっとしててて……色も濃い。黄色っつーよりオレンジだな。全体的に何つーか」

 しばし喋るのを中断して考える。こいつを言い表すのにぴったりの言葉を探す。

「図体が、でかい」
「正解」

 くっくっと声を立てて笑いながら、フロウはばんっと俺の背中を叩いた。

「お前さんみたいにな」
「けっ、いきなりそう来るかよ!」

 でもそんな風に言われると不思議なもので、親しみが湧いてきた。
 どんな草にも名前がある。ほんの今し方フロウはそう言った。だったらこいつにも名前があるはずだ。

「何て名前なんだ、それ」
「ライオン・アイ。たんぽぽ(ダンデライオン)の西方亜種だ」
「せいほう……あしゅ?」
「王都から見て西の方に生息するってことだ。ここいらの土地に馴染んだ種類ってこったな」
「へえ」

 ライオン・アイ。周辺から中央にかけてオレンジの濃くなる花は確かに、ライオンの瞳を思わせる。絵でしか見たことがないけど、確かにこんな色合いだった。

「わかんねぇなあ。花も開いてるし葉っぱもこんもり茂ってる。これって今が摘み時じゃないのか?」
「いや。まだ早い。そいつを摘むのは……」

 指折り数えてから、フロウはうん、と小さくうなずいた。

「今夜だな」
「夜?」

 ますますわからん。

「たんぽぽは日暮れになると花、閉じちまうじゃねえか」
「ところが、どっこい、こいつはちょいとばかり特別なんだな」

 にやにや笑ってる。楽しそうだ。

「ちょうどいい。今夜は付き合え」
「えー」

 露骨にがっかりした声が出た。だって俺は明日からまた一週間、勤務なんだぞ? お前んとこでゆっくりできるのは、今週は今日が最後だってのに。
 よりによってその夜に、畑仕事をやれってか?

「むう」

 新手のかわしか。それとも焦らしてるのか。口が尖る。眉が寄る。低い声でうなってると。

「どうしても今夜、必要なんだよ」

 くしゃっと、むっちりした手で頭を撫でられた。甘さと酸味とすーっとした爽快感、日なたのにおい、乾いた草のにおい。薬草の香る指が髪の間を通り過ぎる。あったかい。気持ちいい。

「手ぇ貸してくれ。頼む」

 断れる訳がなかった。

次へ→【14-2】月の光満ちる庭で
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