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とりねこの小枝

【14-3】願わくば彼の者を

2012/04/09 11:47 騎士と魔法使いの話十海
 
 次の日。

「おら、いつまでぐずぐずしてやがる。とっとと行け! 遅れたら隊長にどやされるぞ」

 渋るダインの唇に、ちゅくっと軽い口付け一つ。贈った途端にわんこ騎士はしゃきっと背筋を伸ばした。

「……行ってくる」
「気をつけてな」

 ひらりと巨大な黒馬の背にまたがり、歩き出す。騎士と愛馬の姿はほどなく角を曲がり、見えなくなった。遠ざかる重たい蹄の音を聞きながら、フロウは家の中に戻った。
 裏口の扉を閉め、ため息一つ。店に戻るかと思いきや、彼はまっすぐに階段を昇って二階へ……寝室へと向かった。

 慣れた手つきで窓辺に儀式円を描いた布を敷いて、さらにその上に花瓶を載せる。白い表面にはフロウの信仰する花と草木の神、マギアユグドを表すシンボルが描かれている。
 花瓶に水を満たし、コップに挿してあった花を改めて活け直した。真っ直ぐに伸びた茎の上に、こんもりと丸いオレンジの花が揺れている。夕べ摘んだライオン・アイだ。

 朝の光の中では、昨夜まとっていたきらめきは微塵もない。だが確かに秘めている。
 金髪混じりの褐色の髪に緑の瞳。柔和な顔立ちで、いつもほんの少し背中を丸めた騎士の左目と同じ、月虹の輝きを。

 オレンジの花弁に触れると、フロウは目を細めて深く息を吸い、そして吐き出した。
 気配を察したのか、やわらかな羽ばたきとともに黒と褐色斑の猫が肩の上に舞い降りる。

『花の守り手、緑成す木々を育む神マギアユグドよ。御身の命の力もて、彼の者を護りたまえ。危機迫る時を知らせたまえ。彼の者の命、死の刃に晒されし時は、この花をもちてその身を救いたまえ。花の守護を願いし者の名は………』

 肩の上でちびが唱和していた。フロウとまったく同じ言葉を、透き通ったいとけない声で。
 左手首にはめた木の腕輪。その表面に刻まれた、祈念語の文字に沿って光が走る。応えるように布に描かれた儀式円が静かにまたたき始めた。どちらも同じ、日に透ける草木の緑を宿して。

「……ディートヘルム・ディーンドルフ」
「……とーちゃん!」

 ぽわっと緑の光が腕輪から指を走り、花へと伝わり、弾ける。その刹那、ライオン・アイの花が輝く光の粒に包まれた。
 細かく散った光の粒は、花弁の一つ一つに舞い降り、吸い込まれ……見えなくなった。
 儀式の完了を見届け、ふっとフロウは集中を解いた。肩の上の猫を撫で、くすりと小さく笑みをこぼす。

「とーちゃん、でもちゃんと効果があるんだから不思議だよな」
「ぴゃあ!」
「ま、ディートヘルム・ディーンドルフだろうが。ダインだろうが、とーちゃんだろうが、わんこだろうが、あいつの事には変わりねぇか」
「んびゃっ」

 思う相手の瞳、もしくは髪の色を宿した花を活けて身の守りを願う、儀式魔法。
 身の危険が迫れば活けられた花はしおれ、守護する相手が致命的な一撃を受ければ身代わりに散る。

 そんな、こっぱずかしい魔法に使うための花だったなんて……

(言えるか。絶対に)

 頬を染め、窓辺に揺れるライオン・アイの花から目線をそらす。

(あいつのことだ、絶対腹抱えて笑うに決まってる。乙女ちっくだなおい、とか。似合わねーな、とか何とか言って……)

 だから。このことは

「とーちゃんには内緒だぞ?」

 ちびはひゅうっとしっぽを振ってフロウの顔を見上げて、赤い口をかぱっとひらいた。

「ぴゃあ!」
「よし、じゃ店を開けてくるか!」

 寝室のドアを開け、フロウはとことこと階段を降りて行った。しっぽをしならせ、ちびが後に続く。とたたたたっと軽快な足音が、途中で完全に追い越していた。

 後に残るはオレンジ色の丸い花。朝の光を浴びてほんのりと、淡いきらめきに包まれて……。

(月夜のダンデライオン/了)

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