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とりねこの小枝

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失礼しちゃうわ

2014/12/24 20:43 お姫様の話いーぐる
(どうしよう。ダインが、私の事、かわいいって……)
「えーっと、その、あの」
 両手で麦わら帽子のつばをひっぱり、顔を隠す。緩み切った目や口元を見られないように。
 それほどでもないわ。なんて気どった言葉を返しかけたその時。
「かわいいなあ、エアロスとアクアンズ」
「……え?」

「水まいたからだろうな。手ーつないでくるくる回ってる」
 ああ、何てこと。
 麦わら帽子のつばが作る影の中、左の瞳が白く光っている。月の光にも似た白い輝きの中に、明滅する全ての色が渦を巻く。普段は目に見えない魔力の流れや精霊を見通す『月虹の瞳』が、解き放たれている。
 騎士ダインがこの上もなく優しい眼差しを注いでいるのは、可憐な十四歳の金髪の少女ではなく……水と植物の小精霊たちだったのだ!

 ニコラは無言で柄杓を掴み、水を満たした。
「楽しそうだなあ。ああ、ほんとかわいい奴らだ」
 満面の笑みを浮かべてちっちゃいさんたちを見守るダイン顔面めがけて……豪快にぶちかます!
「わぶっ」
 まっこうから被り、ダインの首から上は水浸し。顔や髪を伝い、徐々に水滴が下に垂れてくる。
 手のひらで無造作に拭うと、さしものわんこ騎士も歯を剥いて怒鳴った。
「何すんだよ!」
 無言でニコラはぷいっとばかりにそっぽを向く。明らかに機嫌をそこねている。だが理由がわからない。さっぱり見当が着かない。ダインは狐につままれたような顔で立ち尽くすばかり。

「……ばぁか」
「え?」
 いつの間に家から出て来たのか、フロウが立っていた。救いようがねぇなあ、と言わんばかりに目をすがめて斜め下からダインを睨め付ける。
「ししょー、私、黒にお水あげてくる!」
「おう、いってらっしゃい」
 ニコラは空っぽになったバケツをつかむと小走りにダインの脇を走り抜け、フロウに一声かけてから猛然と井戸に歩いて行く。
「俺は無視かよ!」
 ぼたぼたと水滴を垂らしてダインは腕を組み、低く唸った。
「ったく、俺が何したって?」

     ※

「よい……しょっと」
 ざばーっとバケツの中味を水飲み用の桶にあける。黒毛の軍馬はその間、おとなしく控えていた。
「さ、どうぞ、黒。めしあがれ?」
 ニコラの許しを得て初めて桶に太い顔を突っ込み、長い舌で器用に水をすくいとる。
「まー、いい飲みっぷり!」
 冗談めかした賞賛の言葉に、甘えるように鼻を鳴らして答える。
 小さなレディのお酌を受けて、黒はご機嫌だった。その小山のような堂々たる体躯にも関わらず、この軍馬はいたって大人しいのだ……小さな生き物と女性に対しては。

「ダインったら失礼しちゃうのよ?」
 それを知っているから、ニコラも馬房の柵に寄りかかってのんびりと話しかける。手の届く位置にいる巨大な生き物に対して欠片ほどの恐れも抱かずに。
「面と向かって可愛い、なんて言うから、思わずどきっとしちゃったのよね。そしたら言ってる相手は私じゃなくて。ちっちゃいさんだったの!」
 ぶるるるる。
 黒は桶から顔を上げ、さっきより力を入れて鼻を鳴らした。さらに、前足の蹄で床を穿つ。本気で怒った時に比べればてんで軽い。しかし、岩のような巨躯を支える蹄はずしりと重く、必然的に立てる音は低く轟き床や柱を震わせる。

「きゃわっ」
「きゃわわんっ」
 驚いたのだろう。壁の穴からころころとちっちゃいさん達が転がり出す。連日のバタースコッチブラウニーのフルーツソース掛け生クリーム添え(たまにクリームチーズ)の摂取の結果、いつもにも増して丸く膨らみ、文字通り『転がって』いる。
「きゃわわぁ……」
 卵みたいに干し草の中にずらりと並び、おっかなびっくり黒を見上げている。
「ありがと」
 しかし少女は脅える風もなく手を伸ばし、つややかな鼻面を撫でた。ちゃんと理解しているのだ。黒馬が自分のために怒っているのだと。
「ほんと、ダインってばなーんにもわかってないのよねー。悪気がないだけに、余計にタチが悪いってゆーか?」
「きゃわわー」
「きゃーわー」
 ちっちゃいさんたちは一斉にうなずいた。
 大ざっぱなわんこ騎士には、彼らもたびたび被害にあっているのだ。ミルクの皿をひっくり返されたり、うとうとしている所にいきなり、脱いだブーツを放り出されたりして。
「……ありがと、わかってくれて」
 ニコラはしゃがみこんで、ちっちゃいさんたちの頬をつつく。
「やぁん、ぷにぷにしてるー」
「きゃわわん」
 ころんころんと転がる姿を見て、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまうのは原因が自分のあげたお菓子だから。
(これはこれで可愛いけど、何か申し訳ない……)
 甘いお菓子はちっちゃいさんの大好物だ。太り過ぎを懸念して制限するのもまた申し訳ない。
 やはり体を動かすのが一番だろう。
(でも、ちっちゃいさんってどうやって運動させればいいんだろう)
 四の姫は割と真剣に悩んでいた。
「今度、ナデュー先生に聞いてみるね?」
「きゃわ?」
「きゃーわ」
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かわいいって誰の事?

2014/12/24 20:42 お姫様の話いーぐる
「おーう、来たか、ニコラ」
 フロウは薄々事態を察知していた。小さな生き物は影響が出るのが早い。日ごとにころころむちむち増量して行くちっちゃいさん達とちびを見れば、ニコラが遅かれ早かれぽっちゃりするのは目に見えていた。
「んぴぃう、にーこーら!」
 とりのような、ねこのような生き物。梁の上でうとうとしていたちびが翼を広げ、フロウの肩に舞い降りる。
「うぉう」
 思わずよろめいた。
 柔らかな肉球が肩にめり込んで来る。小さな足に増量した体重がずっしりかかってるもんだから、そりゃあもう深々と。
「もしかして、ちびちゃんも……」
「ああ、重くなってるな」

 鼻面を膨らませ、よだれを垂らさんばかりの勢いで赤い口を開き、らんらんと輝く金色の瞳でニコラを凝視している。
 理由は言わずもがな。
「ぴゃっ、くっきー!」
「あぁああ……」
 頭を抱えてニコラがうつむく。だが、すぐにがばあっと顔を上げた。こう言う所は実に前向きで気持ちが良い。弟子の不屈の精神を、フロウは高く評価していた。
「師匠! 何なりとお申し付けください! 力仕事系ならモアベター!」
「んじゃ、まあ裏の薬草畑に水まいてもらおっか」
「了解!」
 上着を脱いで腕まくり。さらに金髪を一つにまとめて頭の後ろで高々と結い上げる。
「行ってきます!」
「おう、忘れず帽子かぶってけよー」
 店の奥に通じるドアが閉まる。金色のしっぽを見送り、フロウはふっとほくそ笑んだ。

     ※

 庭に出る前に、手前の廊下にかけられた帽子とエプロンを身に着ける。師匠の畑の手入れは弟子の勤め、ちゃんとこの家に自分専用のエプロンと麦わら帽子を用意してあるのだ。
「よぉし、行くぞぉ!」
 いつもは、水まきの時は使い魔の水妖精に手伝ってもらっている。だけど今日は一人でやるのだ。己の手を。足を動かさなければ意味がない。しかも心なしかエプロンの紐がいつもより短く感じるし!
 裏口の扉を開け放って庭に飛び出す。薬草畑には先客が居た。柄杓で水をまく手を休めてのっそりと、巨大な生き物が起き上がる。
「よう、ニコラ」
「ごきげんよう、ダイン」
 同じように麦わら帽子を被って腕まくり。身に着けてるシャツもいつもの洗いざらした木綿の生成りだ。

 それとなく視線を走らせる。布地越しに見る限り、連日のクリームもフルーツソースもブラウニーも、何一つ彼の肉体には影響を及ぼしていない。魔法訓練生と西道守護騎士。運動量に圧倒的な差があると分かってはいるのだが……。
(不公平だっ!)
 思わず知らず拳を握り、ぷるぷる震えて唇を噛む。噛まずにはいられなかった。
「ニコラ?」
「……何でもない」

 ダインの足下にはバケツが二つ並んでいる。一つには水がまだ残っていたが、一つは空っぽだった。
(いっぺんにこれ、二つ運んでるって事? しかも水いっぱいに入れた状態で!)
 自分ではどうがんばっても、一つが限界だ。改めて腕力と体力の差を痛感してしまう。
(ええい、ここで落ち込んでどうするの。マイペース。そうよ、マイペース。自分でできる事から始めればいいのよ!)
 自らの闘争心を奮い立たせ、ニコラは空になったバケツの取っ手を両手でつかんだ。
「水汲んでくるね!」
「ああ、助かる!」
 白い歯を見せて笑いかけて来る。目元に笑い皺が寄り、厳つい顔全体が笑み崩れてる。何度見てもこの落差は、危険だ。
(この笑顔で、ころっと参っちゃう人多いだろうなあ……私もそうだったけど)
「行ってくる!」
 大急ぎでバケツをぶらさげて駆け出した。
(師匠もそうなのかな)

 水を吸った木のバケツはずしりと重く、空の状態でも肩が下に引っ張られる。負けじと足を動かして、前進前進、ひたすら前進。ほどなく井戸に到着する。 
「んっしょっと」
 滑車についたハンドルを回し、ロープつきの桶を下に降ろす。いきなり投げ落とせば早いけど、それだと水面に落下した時の衝撃で桶が壊れる可能性がある。それに……
「これはけっこう、効きそう」
 主に二の腕に。
 桶に水が入ったのを確認してから、今度は逆にハンドルを回してロープを巻き取る。桶からバケツに水を移し、もう一度井戸の底へと降ろす。三回汲んでようやく一杯になった。
「よぉし、行くわよ……」

 レディのたしなみはしばし忘れる。肩幅に足を開いて踏ん張り、膝を屈めて両手でしっかり取っ手を握る。
(うっ、やっぱり、重ぉい)
 ほんの少し持ち上げただけで、ずっしりと重みがかかってくる。
「……負けない!」
 じりじりと膝を伸ばし、腕、肩、背中、腰と体全体で重さを支えて持ち上げる。
「ふんっ!」
 最後の一踏ん張りでバケツの底が地面から離れる。
「うわっととととっ」
 反動で、揺れた。水の表面が波打ち、バケツの外に飛び出す。危ない、危ない。揺らしたらこぼれてしまう。

「おーいニコラ。大丈夫か?」
 畑からダインが声をかけてくる。じっと見守っていたらしい。思わず胸が時めく。が、あくまで平静を装って答えた。
「大丈夫、大丈夫! 今行くから!」
 この際、スピードよりも安定性を重視しよう。一歩ずつ慎重に足を運んで畑に向かう。半分ほどまで来た所で腕がぷるぷる震え、水面の揺らぎが酷くなる。一度バケツを降ろした。
「っふぅ」
 取っ手が手に食い込んで、赤く跡がついている。妙に火照って、熱い。軽く息を吹きかけ、再びバケツを持ち上げた。
「負けるかぁっ」

 バケツと戦うニコラの姿を、ダインは内心はらはらしながら見守っていた。だが前もってフロウに言いつけられていた通り、できる限り手は貸さない。
『あくまで、ニコラが体を動かさないと意味ないんだからな?』
 転んだらすぐに飛び出せるように身構えていたが、幸い出番は無かった。
「ふーっ」
 どさっとバケツを畑の土の上に下ろし……たのはいいものの、ニコラはすぐには動けなかった。拳に力を入れ過ぎて硬直し、すぐには指がほどけなかったのだ。
「……ほんっとーに大丈夫か」
「う、うん」
 一本一本引きはがす。しびれた足を急に動かした時にも似たむず痒さが走る。
(まだよ。これしきでへばってる場合じゃあないわ!)

 額から滴る汗を無造作に拭い、ニコラは両足を踏ん張って背筋を伸ばした。
(水まきは、これからが本番よ!)
「ダイン、柄杓貸して!」
「おう、そら」
 柄の長い柄杓をバケツに突っ込み、水を満たす。そのまま己の体を中心にぶん回し、土の乾いた一角を狙って……
「そーれっ!」
 景気良く撒き散らす! 日の光を反射しながら、きらめく水しぶきが飛び散る。重たいバケツを運んでいた時の苦労が、すーっと蒸発するような心地がした。
 軽くなった柄杓を半回転させて手元に戻し、再びバケツに突っ込む。
「よーっし、もう一回!」
 ざばーっと撒き散らす。湿った土と、薬草から立ち昇る香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「……かわいいな」
「え?」
 ぽつりとダインが呟く。我知らず胸が震えた。
(まさか、今のって……)
 念のためと周囲を見回すが、師匠はいない。ちびちゃんもいない。
(ってことは、まさか、私のこと?)
 その瞬間、乙女のハートは小さな胸の中で激しく脈動した。照りつける陽射しや、体を動かした結果に上乗せして、さらに体温が上昇する。顔が火照る。手が熱い。
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乙女の危機

2014/12/24 20:40 お姫様の話いーぐる
 半ば石で半ば木。天井は高く梁は剥き出し。所狭しと乾燥させた薬草の花や葉っぱ、茎、根っこを収めたガラス瓶を収めた棚が並び、天井に張り渡されたロープには乾燥中の薬草の束が下げられている。
 下町の薬草店「魔女の大鍋」のカウンターには、銀色のベルとこんな小さな黒板が置かれていた。
 黒板にはこんな文字が書かれている。
「ご用の方はベルを鳴らしてください」

 そして、ドア一枚隔てた台所では今、大柄な青年が上腕の筋肉を盛り上がらせ、額に汗を浮かべて全力で……クリームを泡立てていた。
「まだか」
「んー、ゆるくってもいいが、ぴっと角が立つくらいが理想だな」
「わかった」
 がしゃがしゃと派手な音が響く。
 ダインは大ざっぱだがそれ以上に生真面目な男だった。これが理想と言われれば、全力でやり遂げる。

 一方ではニコラがシロップに少量の水と果汁を加えて、ゆるく溶いている所。
「師匠、できました!」
「ん、上出来」
 ちょろりとなめてフルーツソースの出来栄えを確認すると、フロウは頷いた。
「じゃ、後はそいつをブラウニーにかけるんだ」
「きゃわ?」
「……いや、お前さんたちじゃなくて」
 二頭身のまるまっちぃ小人が七匹、ずらりと調理台の縁に並んでいた。
 そろって顔を赤らめ、目をうるませ、はっふはっふと息を荒くしている。金属性の小精霊ブラウニーズ、通称ちっちゃいさん。バタースコッチブラウニーも、生クリームも、彼らの大好物なのだ。

「こっちね?」
「そう、こっちだ。全体にしみ込むようにな」
「了解!」
 がちがちに硬くなった四角いクッキーに、まんべんなくフルーツソースをかける。
「わ、すごい勢いでしみ込んでる!」
「OK、いい感じだ。ダイン、泡立て終わったか?」
「おう、できたぞ」
「ご苦労さん」
 ぜえ、はあと息を荒くしているわんこ騎士の頭をちょいと背伸びをしてわしわしと撫でる薬草師に、騎士は照れくさそうな顔をする。
 他人に尽くすのが基本姿勢の彼は、それを労われる事に弱いのを、薬草師は重々承知していた。
「へへっ」
「んじゃ、そいつをブラウニーに乗っけてくれ」
「こいつらにか?」
「きゃわ」
「……お前さん、さっきの話聞いてなかったろ」
「きゃーわー」

 バタースコッチブラウニーのフルーツソースかけに、砂糖無しのホイップクリームを添えて。
 お茶は水出しのハーブティ、ブレンドはリンゴとシナモンにミント。
 ちっちゃいさんたちも、きゃわきゃわと歓声を上げて自分たちの取り分にかぶりついている。丸いほっぺやちっちゃな手がクリームにまみれようがお構いなしだ。
 そしてニコラはフルーツソースに浸ったブラウニーに、クリームを載せて一口ほお張った瞬間。
「何これ……」
 無表情のまま硬直し、ぷるぷると小刻みに震え出した。
「……ニコラ?」
「おい、大丈夫か?」
 フロウとダインが声をかけた瞬間、顔全体が笑み崩れた。両手を頬に当て、甲高い澄んだ声で叫ぶ。
「おいっしーいっ!」
「……そりゃよかった」
「こ、こんな食べ方があったなんて。ケーキとも違う、クッキーとも違う! しっとりして、みっしりしてて。生クリームとフルーツソースとの取り合わせが反則!」
 脇目もふらずにフォークを動かし、口に運ぶ。
「ああ、やめられない……」
「んぴゃああああ、んぴゃああああああっ」
 床の上では同じくらい熱心に、黒と褐色斑の猫に似た生き物がバタースコッチブラウニーをほお張っていた。

「気に入ったみたいだな」
 ほっと胸を撫で下ろすダインの肩を、薬草香る手が労うように軽く叩く。
「ん、まあ怪我の功名って奴かな」
 ダインは手元の皿を見下ろし、しみじみとつぶやいた。
「確かに美味いけど、ここまで甘いといっぺんに食うのは……なあ」
「んー、おいしい……」
 最後の一片まであまさず平らげ、四の姫は幸せそうにため息をついた。
「癖になりそう」
「おいおい、気を付けろよ」
 苦笑しながらフロウは警告した。
「食べ過ぎると全部、お肉になっちまうぞ」
「はーい、気を付けまーす」

 しかし。
 一度覚えた美味しいものにはつい、手が出てしまうもので。
 いけないと思いつつ、ついつい。
 ホイップクリームの代わりに、クリームチーズなんか添えても美味しい、なんて発見もしてしまうと尚更止まらない。
「お前さん、よっぽどその食べ方気に入ったらしいなあ」
 苦笑混じりに師匠に言われても止まらない。
「きゃわわっ、きゃわっきゃわっ!」
 毎度毎度おこぼれをもらってちっちゃいさんは大喜び。
「ぴゃああ! んぴゃああああ!」
 クリームのおすそ分けに預かりちびも大喜び。
 日に日にころころ丸くなる小さな生き物たちを見て、ニコラは若干、不吉な予感を覚えた。
 それでも止まらない、禁断の味。
「ああああ、わかっていてもやめられないっ!」
 四の姫ニコラは育ち盛りの十四歳。禁断の甘さの代償は、意外に早く訪れた。

 ある朝、いつものように魔法学園の制服に袖を通して、気付いてしまったのだ。
「うそ……きつい!」
 ピンチ、到来。
 ぼう然としながらも素早く手を動かし、ボタンの位置を変えてしのいだが……。なまじ自分でつくろった為、どれだけ幅が増えたのかはっきりと目に見える。嫌でも思い知らされてしまう。
「真剣に……ピンチだぁ」

 その日の放課後、ニコラは薬草店まで走った。
 金色の髪の毛をなびかせ、藍色の魔法学園の制服を翻し、全力で走った。
 ドアベルの音も高らかに扉を開け放ち、店内に飛び込むなり、宣言したのだった。
「師匠! 畑仕事手伝います!」
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閉め忘れた蓋

2014/12/24 20:39 お姫様の話いーぐる
「ああっ! 何てことーっ!」
 時ならぬ絶叫が響く、ここは本来なら静寂の中にあるべき場所……薬草店の台所だった。
 店主フロウことフロウライト・ジェムルの弟子、伯爵家の四の姫ニコラは今まさに、食料を収めた棚からクッキージャー(クッキーを入れるための広口瓶)を持ち上げ、蓋を開けた所。
 店に出す売り物と違ってこちらは主に身内で食べるために焼いた「家庭的な」……フロウの言葉を借りれば「ざっと焼いた」クッキーを入れるための瓶だ。

 白く厚みのある陶器製、形はぽってりと丸みを帯びた円筒形。大食いの居候が多い事もあって、サイズはかなり大きい。蓋はきっちり閉まるように精密に設計され、中のクッキーを外気から守り、適度な固さを保つように作られている。
 だが、その機能は蓋をきっちり閉めてこそ初めて発揮される。雑に乗っけただけでは意味がない。

「バタースコッチブラウニーが……ガチガチに固まってるーっ!」
 ニコラはクッキージャーを抱えてむうっと頬をふくらませた。
「ダイン!」
「うぇ?」
 いきなりにらみ付けられたのは、図体のでかい金髪まじりの褐色髪のわんこ、もとい青年。本日は非番の日とあって、西道守護騎士の制服は着ていない。生成りの木綿のシャツに厚地の砂色のズボンと言う、簡素な服装だ。
 しかしながらくたくたに着古した木綿のシャツは、バランス良く筋肉のついた体の線にしっくり馴染み、見る者の目から見ればひと目で知れるだろう。
 この若者が常日ごろから活発に体を動かし、重たい物を振り回したり持ち運んだりする事に慣れ親しんでいると。事実、腰のベルトから下げた長剣は幅が広く、丈も長い。両手でも片手でも扱える業物だ……使い手がそれを扱うに足るだけの腕力に恵まれていれば。
 しかしながらその見た目と愛剣が示す通りダインは豪放磊落、有り体に言ってしまえば細かい事は気にしない、とにかく大ざっぱな男だった。

「クッキー食べたでしょ」
「ああ、うん、二、三枚もらった」
「やっぱり!」
 何で怒られてるのか、わからないのだろう。ぱちくりと瞬きをして、首を傾げている。
「美味かった」
「ほんと?」
 途端にニコラはほんのりと頬を染めて目を輝かせる。
 何となれば瓶の中味は彼女自身も手伝って焼いたものだからだ。たとえ唐変木のわんこが相手でもそこは乙女だ。自分の焼いたクッキーの出来栄えを褒められれば、やはり嬉しい。

「ってそうじゃなくて!」
 素早くほんわかぽわぽわした恥じらい状態から脱すると、ニコラはきっと青い瞳でダインをにらみ付ける。
「食べ終わった後、蓋、きちっと閉めなかったでしょ」
「何で、俺」
「師匠と私は絶対、きちんと閉めるから」
「………」
 そっとダインは目をそらす。もっともだと思ったらしい。
「もちろんレイヴンさんもね」
 騎士の訓練に混ざったニコラの師匠の仲間のうち、魔導術師であるレイヴンはもともとこの店の同居人らしく、師匠であるフロウと同居している。
「あーその……ごめん、ニコラ……で、クッキーつまみ食いされちまったのか?」
 ニコラはふうっとため息をついた。
「ちょっとだけね」
 若干の気まずさは残るダインの言葉に、ニコラは改めてクッキージャーの中味を皿にあけた。若干、枚数が減ってはいたが微々たるものだ。問題は……
「がちがちになっちゃってる」
「え」

 然り。バタースコッチブラウニーは、本来なら適度な歯ごたえが魅力の四角いクッキーだ。しかし外気が瓶の中に入ったために乾燥し、レンガもかくやと言う硬さに変貌していたのだった。
 試しに一枚つまんで歯で噛んだ瞬間、さしものダインも顔をしかめた。ただ硬いだけじゃない。たっぷり含まれる糖蜜(バタースコッチ)の粘りが加わって、やたらと強度が増している。

「うーん、確かにこいつをかみ砕くのは、至難の業だ」
 ……と言いつつぼーりぼーりとかみ砕いているのは単に本人の顎が丈夫だからできる事であって。
「責任とって全部食べてよね」
「え、俺が?」
「こんなんじゃ、食べられるのあなただけでしょう!」
「えー、こんな甘いの大量に食えねぇよお」

 さしものダインも四の姫の気迫に圧され、眉間に皴を寄せて目尻を下げ、困り顔で肩を落とす。
 しかし、騎士たるもの己の成した事の責任はとらねばならない。意を決して皿に盛られた四角い甘い鋳塊(インゴット)に手を伸ばしかけた、その時だ。
 店に通じるドアが開き、ひょいと小柄な中年男が顔をのぞかせる。
「おいおい、どーしたい、大声出して。店にまで聞こえてたぜ?」
「あ、師匠。見てこれ。ダインがクッキージャーの蓋、閉め忘れたからこんなになっちゃった!」
 フロウはニコラの差し出すバタースコッチブラウニー(の成れの果て)を指先で弾いた。
「あれま。見事にカチンコチンになっちまったねぇ」
「これじゃ、普通の人は食べられないよ!」
「俺は? ねえ、俺は?」
「ダインは例外」
「おいっ」

 金髪の少女と大柄な青年。漫才もかくやと言うやり取りに、フロウはくつくつとのどを鳴らして笑った。
「それでダインに全部食わせようってか?」
「他に方法がある?」
「んー、まあ、無いでも無いな」
 無精髭に覆われた顎に手を立ててしばし考える。
「ちょっと待ってな。休憩中の札、出して来るから」
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きんだんのあじ

2014/12/24 20:37 お姫様の話いーぐる
あま〜いお菓子は乙女の夢。あま〜いお菓子はちっちゃいさんの大好物。
うっかりダインが閉め忘れたクッキージャーが発端で、禁断の味を知ってしまったニコラ。
いけないと思いつつもやめられず、一週間ハマり続けた結果、待ち受けていたのは……
「うっそ、制服が、きついっ?」深刻な乙女のピンチでした。
「運動しなきゃ……痩せなきゃーっ!」
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