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とりねこの小枝

失礼しちゃうわ

2014/12/24 20:43 お姫様の話いーぐる
(どうしよう。ダインが、私の事、かわいいって……)
「えーっと、その、あの」
 両手で麦わら帽子のつばをひっぱり、顔を隠す。緩み切った目や口元を見られないように。
 それほどでもないわ。なんて気どった言葉を返しかけたその時。
「かわいいなあ、エアロスとアクアンズ」
「……え?」

「水まいたからだろうな。手ーつないでくるくる回ってる」
 ああ、何てこと。
 麦わら帽子のつばが作る影の中、左の瞳が白く光っている。月の光にも似た白い輝きの中に、明滅する全ての色が渦を巻く。普段は目に見えない魔力の流れや精霊を見通す『月虹の瞳』が、解き放たれている。
 騎士ダインがこの上もなく優しい眼差しを注いでいるのは、可憐な十四歳の金髪の少女ではなく……水と植物の小精霊たちだったのだ!

 ニコラは無言で柄杓を掴み、水を満たした。
「楽しそうだなあ。ああ、ほんとかわいい奴らだ」
 満面の笑みを浮かべてちっちゃいさんたちを見守るダイン顔面めがけて……豪快にぶちかます!
「わぶっ」
 まっこうから被り、ダインの首から上は水浸し。顔や髪を伝い、徐々に水滴が下に垂れてくる。
 手のひらで無造作に拭うと、さしものわんこ騎士も歯を剥いて怒鳴った。
「何すんだよ!」
 無言でニコラはぷいっとばかりにそっぽを向く。明らかに機嫌をそこねている。だが理由がわからない。さっぱり見当が着かない。ダインは狐につままれたような顔で立ち尽くすばかり。

「……ばぁか」
「え?」
 いつの間に家から出て来たのか、フロウが立っていた。救いようがねぇなあ、と言わんばかりに目をすがめて斜め下からダインを睨め付ける。
「ししょー、私、黒にお水あげてくる!」
「おう、いってらっしゃい」
 ニコラは空っぽになったバケツをつかむと小走りにダインの脇を走り抜け、フロウに一声かけてから猛然と井戸に歩いて行く。
「俺は無視かよ!」
 ぼたぼたと水滴を垂らしてダインは腕を組み、低く唸った。
「ったく、俺が何したって?」

     ※

「よい……しょっと」
 ざばーっとバケツの中味を水飲み用の桶にあける。黒毛の軍馬はその間、おとなしく控えていた。
「さ、どうぞ、黒。めしあがれ?」
 ニコラの許しを得て初めて桶に太い顔を突っ込み、長い舌で器用に水をすくいとる。
「まー、いい飲みっぷり!」
 冗談めかした賞賛の言葉に、甘えるように鼻を鳴らして答える。
 小さなレディのお酌を受けて、黒はご機嫌だった。その小山のような堂々たる体躯にも関わらず、この軍馬はいたって大人しいのだ……小さな生き物と女性に対しては。

「ダインったら失礼しちゃうのよ?」
 それを知っているから、ニコラも馬房の柵に寄りかかってのんびりと話しかける。手の届く位置にいる巨大な生き物に対して欠片ほどの恐れも抱かずに。
「面と向かって可愛い、なんて言うから、思わずどきっとしちゃったのよね。そしたら言ってる相手は私じゃなくて。ちっちゃいさんだったの!」
 ぶるるるる。
 黒は桶から顔を上げ、さっきより力を入れて鼻を鳴らした。さらに、前足の蹄で床を穿つ。本気で怒った時に比べればてんで軽い。しかし、岩のような巨躯を支える蹄はずしりと重く、必然的に立てる音は低く轟き床や柱を震わせる。

「きゃわっ」
「きゃわわんっ」
 驚いたのだろう。壁の穴からころころとちっちゃいさん達が転がり出す。連日のバタースコッチブラウニーのフルーツソース掛け生クリーム添え(たまにクリームチーズ)の摂取の結果、いつもにも増して丸く膨らみ、文字通り『転がって』いる。
「きゃわわぁ……」
 卵みたいに干し草の中にずらりと並び、おっかなびっくり黒を見上げている。
「ありがと」
 しかし少女は脅える風もなく手を伸ばし、つややかな鼻面を撫でた。ちゃんと理解しているのだ。黒馬が自分のために怒っているのだと。
「ほんと、ダインってばなーんにもわかってないのよねー。悪気がないだけに、余計にタチが悪いってゆーか?」
「きゃわわー」
「きゃーわー」
 ちっちゃいさんたちは一斉にうなずいた。
 大ざっぱなわんこ騎士には、彼らもたびたび被害にあっているのだ。ミルクの皿をひっくり返されたり、うとうとしている所にいきなり、脱いだブーツを放り出されたりして。
「……ありがと、わかってくれて」
 ニコラはしゃがみこんで、ちっちゃいさんたちの頬をつつく。
「やぁん、ぷにぷにしてるー」
「きゃわわん」
 ころんころんと転がる姿を見て、ちょっぴり罪悪感を覚えてしまうのは原因が自分のあげたお菓子だから。
(これはこれで可愛いけど、何か申し訳ない……)
 甘いお菓子はちっちゃいさんの大好物だ。太り過ぎを懸念して制限するのもまた申し訳ない。
 やはり体を動かすのが一番だろう。
(でも、ちっちゃいさんってどうやって運動させればいいんだろう)
 四の姫は割と真剣に悩んでいた。
「今度、ナデュー先生に聞いてみるね?」
「きゃわ?」
「きゃーわ」
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