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とりねこの小枝

乙女の危機

2014/12/24 20:40 お姫様の話いーぐる
 半ば石で半ば木。天井は高く梁は剥き出し。所狭しと乾燥させた薬草の花や葉っぱ、茎、根っこを収めたガラス瓶を収めた棚が並び、天井に張り渡されたロープには乾燥中の薬草の束が下げられている。
 下町の薬草店「魔女の大鍋」のカウンターには、銀色のベルとこんな小さな黒板が置かれていた。
 黒板にはこんな文字が書かれている。
「ご用の方はベルを鳴らしてください」

 そして、ドア一枚隔てた台所では今、大柄な青年が上腕の筋肉を盛り上がらせ、額に汗を浮かべて全力で……クリームを泡立てていた。
「まだか」
「んー、ゆるくってもいいが、ぴっと角が立つくらいが理想だな」
「わかった」
 がしゃがしゃと派手な音が響く。
 ダインは大ざっぱだがそれ以上に生真面目な男だった。これが理想と言われれば、全力でやり遂げる。

 一方ではニコラがシロップに少量の水と果汁を加えて、ゆるく溶いている所。
「師匠、できました!」
「ん、上出来」
 ちょろりとなめてフルーツソースの出来栄えを確認すると、フロウは頷いた。
「じゃ、後はそいつをブラウニーにかけるんだ」
「きゃわ?」
「……いや、お前さんたちじゃなくて」
 二頭身のまるまっちぃ小人が七匹、ずらりと調理台の縁に並んでいた。
 そろって顔を赤らめ、目をうるませ、はっふはっふと息を荒くしている。金属性の小精霊ブラウニーズ、通称ちっちゃいさん。バタースコッチブラウニーも、生クリームも、彼らの大好物なのだ。

「こっちね?」
「そう、こっちだ。全体にしみ込むようにな」
「了解!」
 がちがちに硬くなった四角いクッキーに、まんべんなくフルーツソースをかける。
「わ、すごい勢いでしみ込んでる!」
「OK、いい感じだ。ダイン、泡立て終わったか?」
「おう、できたぞ」
「ご苦労さん」
 ぜえ、はあと息を荒くしているわんこ騎士の頭をちょいと背伸びをしてわしわしと撫でる薬草師に、騎士は照れくさそうな顔をする。
 他人に尽くすのが基本姿勢の彼は、それを労われる事に弱いのを、薬草師は重々承知していた。
「へへっ」
「んじゃ、そいつをブラウニーに乗っけてくれ」
「こいつらにか?」
「きゃわ」
「……お前さん、さっきの話聞いてなかったろ」
「きゃーわー」

 バタースコッチブラウニーのフルーツソースかけに、砂糖無しのホイップクリームを添えて。
 お茶は水出しのハーブティ、ブレンドはリンゴとシナモンにミント。
 ちっちゃいさんたちも、きゃわきゃわと歓声を上げて自分たちの取り分にかぶりついている。丸いほっぺやちっちゃな手がクリームにまみれようがお構いなしだ。
 そしてニコラはフルーツソースに浸ったブラウニーに、クリームを載せて一口ほお張った瞬間。
「何これ……」
 無表情のまま硬直し、ぷるぷると小刻みに震え出した。
「……ニコラ?」
「おい、大丈夫か?」
 フロウとダインが声をかけた瞬間、顔全体が笑み崩れた。両手を頬に当て、甲高い澄んだ声で叫ぶ。
「おいっしーいっ!」
「……そりゃよかった」
「こ、こんな食べ方があったなんて。ケーキとも違う、クッキーとも違う! しっとりして、みっしりしてて。生クリームとフルーツソースとの取り合わせが反則!」
 脇目もふらずにフォークを動かし、口に運ぶ。
「ああ、やめられない……」
「んぴゃああああ、んぴゃああああああっ」
 床の上では同じくらい熱心に、黒と褐色斑の猫に似た生き物がバタースコッチブラウニーをほお張っていた。

「気に入ったみたいだな」
 ほっと胸を撫で下ろすダインの肩を、薬草香る手が労うように軽く叩く。
「ん、まあ怪我の功名って奴かな」
 ダインは手元の皿を見下ろし、しみじみとつぶやいた。
「確かに美味いけど、ここまで甘いといっぺんに食うのは……なあ」
「んー、おいしい……」
 最後の一片まであまさず平らげ、四の姫は幸せそうにため息をついた。
「癖になりそう」
「おいおい、気を付けろよ」
 苦笑しながらフロウは警告した。
「食べ過ぎると全部、お肉になっちまうぞ」
「はーい、気を付けまーす」

 しかし。
 一度覚えた美味しいものにはつい、手が出てしまうもので。
 いけないと思いつつ、ついつい。
 ホイップクリームの代わりに、クリームチーズなんか添えても美味しい、なんて発見もしてしまうと尚更止まらない。
「お前さん、よっぽどその食べ方気に入ったらしいなあ」
 苦笑混じりに師匠に言われても止まらない。
「きゃわわっ、きゃわっきゃわっ!」
 毎度毎度おこぼれをもらってちっちゃいさんは大喜び。
「ぴゃああ! んぴゃああああ!」
 クリームのおすそ分けに預かりちびも大喜び。
 日に日にころころ丸くなる小さな生き物たちを見て、ニコラは若干、不吉な予感を覚えた。
 それでも止まらない、禁断の味。
「ああああ、わかっていてもやめられないっ!」
 四の姫ニコラは育ち盛りの十四歳。禁断の甘さの代償は、意外に早く訪れた。

 ある朝、いつものように魔法学園の制服に袖を通して、気付いてしまったのだ。
「うそ……きつい!」
 ピンチ、到来。
 ぼう然としながらも素早く手を動かし、ボタンの位置を変えてしのいだが……。なまじ自分でつくろった為、どれだけ幅が増えたのかはっきりと目に見える。嫌でも思い知らされてしまう。
「真剣に……ピンチだぁ」

 その日の放課後、ニコラは薬草店まで走った。
 金色の髪の毛をなびかせ、藍色の魔法学園の制服を翻し、全力で走った。
 ドアベルの音も高らかに扉を開け放ち、店内に飛び込むなり、宣言したのだった。
「師匠! 畑仕事手伝います!」
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