▼ 3.助けを請うはか細き声
2012/01/20 18:19 【騎士と魔法使いの話】
「ごちそうさま」
「美味かった」
空っぽになったシャルダンの皿を確認し、エミルは満足げにうなずいた。
「よし、ちゃんと食ったな」
「エミル、また腕を上げたね」
「騎士は体が資本だろ? しっかり食って、しっかり体力つけてもらわなきゃな」
厚切りのサンドイッチと、肉団子のスープ。いかに男二人分と言えど、夜食としてはいささか多い分量だったが、結局三人で分け合ってペロリと平らげてしまった。
サンドイッチにしみ込んだスパイスと、白菜とカブ、そして鶏肉のうま味の溶けたスープがじんわりと、冷えた体を内側からあっためてくれる。
後片づけをしながら、ダインは考えていた。正直、気になったのだ。この大雪の中、エミリオはこれからどうするんだろう?
疑問はすぐに解けた。
「シャル、もうちょっとで交代だろ? それまで待ってる」
「うん!」
いつの間にやら湯を沸かし、ちゃっかりお茶まで入れていた。要するに、夜勤が開けたら一緒に帰るってことらしい。それを見越した上で弁当を届けに来たとしたら……
(やっぱこいつら、夫婦だ)
そんなことを考えた矢先。
「あ、パンくずついてる」
ごく自然な仕草でシャルダンが手を伸ばし、エミリオの口元からひょいとパンくずをつまみとって口に入れた。
まだ十代の若者だ。これが普通ならたちどころに真っ赤になりそうなもんだが……『よせよ恥ずかしい!』とか何とか言って、大慌てで。
エミリオは動じる気配も見せず、さらりと
「さんきゅ」
礼まで言っている。その気負いの無さから伺い知れた。この二人にとって、このレベルのことは日常茶飯事なのだと。
「団長のお嬢さんが、魔法学院に入ったんだって?」
「ああ。初等科にな。飲み込みが早いって、教官も驚いてるよ。徒弟入学の子らと比べて遜色ないとさ」
徒弟入学、とは個人的に魔術師なり、巫術師に弟子入りしている少年少女が師匠に学ぶ傍ら、学院に通う事だ。基礎が既にできあがっているため、一般の生徒より一歩先んじている。
四の姫ことニコラ・ド・モレッティは、正式な入学の前にまず一ヶ月、フロウの元に通ってみっちり基礎を教え込まれていた。今も学院に通う傍ら、ちょくちょく薬草店に出入りしている。
「実際フロウに弟子入りしてるもんな、あの子は」
「それにしたってここ一、二ヶ月のことでしょ?」
「筋がいいんだ。祈念語の書き取りも、もうとっくに俺を追い越してるし」
「あー、それは……」
口ごもるエミリオの傍らで、さらっとシャルダンが言ってのけた。
「知力のレベルが違うってことですね!」
「う」
がっくりと肩を落とすダインの背を、エミリオがぱたぱたと叩いて慰めた。
「この間、うっかり四の姫を、お姉さんの三の姫と間違えちゃった。でも、見分けるポイントを発見したんだ!」
「ふーん。で、どこ?」
シャルダンはこれ以上ないと言うくらい、大らかな笑顔と朗らかな声できっぱりと言い切った。
「胸!」
「……………」
「……………」
同時にダインとエミリオは、何とも言いがたい表情で銀髪の騎士を見つめた。
部屋の空気がぴしっと固まったのは、雪のせいだけじゃない。
二人の微妙な視線を物ともせず、シャルダンは自らの両手で空中に、上から下にすとーんっとまっすぐなラインを描いた。
「こう、四の姫はお姉さんたちと違って、スレンダーって言うか、すとーんっとしてるよね。服もふりふりよりはシンプルなデザインが似合いそうだし……」
「確かにそうだけど。確かにそうだけどさあ」
ダインはじと目で後輩をにらみ、一方でエミリオは額に手を当て、しばらく考え込んでいた。
やがて、顔を上げるとぽん、とシャルダンの肩に手をかけ、言った。
「それ、絶対、本人の前では言うなよ?」
「うん、でもどうして?」
「あのお嬢さん、けっこうふりふりとか好きだから!」
嘘は言ってない。
「そっかぁ。意外だなあ」
「年ごろの女の子だからな!」
(うーむ、何のかんの言いつつ、結果としてシャルダン(あいつ)のど天然暴走を上手く制御してる)
ダインは思わず知らず唸った。
(さすが付き合い長いだけのことはあるな、エミリオ)
危険な発言が上手いこと封印され、エミリオとダインがほっと胸をなで下ろしたその直後。
ガツッ、ガツッ、ガツッ!
金属の金属の打ち合わされる、鋭い音が響く。外から。さらに言うなら、門の脇の通用口の向こうからだ。
城門には、大人の背丈よりなお高い扉の脇にもう一つ、通用口が設けられている。鋼鉄で補強された分厚い木の扉で、頑丈な鍵を預かるのは門の警護当番。
外側には、大きな打戸金(ノッカー)が取り付けられている。夜間、町を訪れたものはこれを打ち鳴らし、当直の騎士が確認して通用口を開ける。それが決まりだ。
『救いを求む打戸の音、鳴らされし時は一命に換えても開けるべし』
『何人たりとも拒むなかれ』
今、それが打ち鳴らされた。
ダイン、エミリオ、シャルダン。三人は、はっと顔を見合わせ、表情を引き締めた。
雪に難儀しながら、旅人がようやく門にたどり着いたのだろう。防寒用のマントを羽織るのももどかしく、外に飛び出した。と同時にもう一度、ノッカーが鳴った。
急がなければ。足下にまとわりつく雪も何のその、一足飛びに通用口へと走り寄り、のぞき窓から外を伺う。
「何者だ?」
「助けて。旅の者です」
か細い声が答える。
「雪で道に迷って、やっとたどり着いたの。お願い、助けて!」
のぞき窓の向こうでは、姉と弟とおぼしき少女と少年が、ひしと抱き合い、震えていた。
即座にダインは鍵を外し、通用口を開け放った。
「早く、こっちへ! シャルダン、手ぇ貸せ!」
鍵をかけ直すのももどかしく、二人を番小屋に運び込む。唇が紫色になった姉弟を暖炉の前に連れて行った。
二人はほわっと顔をほころばせ、燃える炎に手をかざした。
「もう、大丈夫だからな」
「いいえ。いいえ。いいえ!」
姉娘が激しくかぶりを振る。
「まだ、お父さんとお母さんが……こ、このままでは、二人とも殺されてしまう」
ダインとシャルダンは顔を見合わせた。
「殺される、と言ったね。それは、何に? いや、誰に?」
ぶるぶるる、がくがくと震えながら、姉弟はなおも互いにひしときつく抱き合った。
「大丈夫。すぐに俺達が助けに行くから。だから教えてくれ」
「何に襲われたの、君たち?」
姉娘が、ぽつりと言った。かすれる声を最大限の努力で振り絞って。
「魔物………雪の、魔物」
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