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とりねこの小枝

【24-1】奴が見てる

2012/12/08 0:02 騎士と魔法使いの話十海
 
「なあ、フロウ。どうしてもここでやるのか?」
「ああ」

 ベルトを外す手を止めてフロウが振り返る。

「何か問題あるか?」
「大有りだ」

 場所は馬小屋の中。裏庭の薬草畑で草むしりの最中、汗ばんだ体にムラっと来て抱き寄せて、上半身脱がせてがっぷり唇を貪った。結果、引っ張り込まれたのがここなんだが……。

「まさかお前さん、庭であのまんまおっぱじめるつもりだった訳?」
「え、いや、そう言う訳じゃ」

 上半身裸で(さっき俺が脱がせたから当たり前だ)、湯上がりみたいに上気して汗ばんだ肌を惜しげも無くさらし、ベルトも外してズボンの前は開けたまま。とんでもなくしどけない格好で、隠しもせずにこっちを見てる。
 いや、睨んでる。眉をしかめて、その割には楽しそうに唇をついっと突き出して。見てるだけで肌がむず痒くなり、今にも飛びかかりたくなるのを必死でこらえていると。

「真っ昼間に、誰にのぞかれるかわかりゃしないような状況で一発やらかそうってか。ええ、この変態め」

 足音もなく近づいて、指先で顎をつままれる。そのままくいっと持ち上げて、咽から顎の縁にかけての鋭敏な部分を指で弄ばれる。くすぐったい。
 軽く抑えられてるだけだ。簡単に振り払える、だけど動けない。もっと弄って欲しいって、腹の奥で思ってるからだ。フロウの指先を、この皮膚が。肉が欲しがってるからだ。

「いけないわんこだ」

 蜂蜜色の瞳が細められる。下がり気味の目尻に皴が寄る。
 ええい、楽しそうじゃねえかこの中年は! 何か言い返してやりたい。でも頭ん中が火にかけたビールみたいにぶわーっと煮えくり返って泡立って、気の利いた言葉なんざとてもじゃないが出てこない。

「そうじゃない……」

 かすれた声で言うのがやっと。だがすぐさま畳みかけるように問い返される。

「じゃあ、どうなんだ? 説明してみろよ」
「う、ぐ、あ、それは……」

 親指がつすーっと唇をなぞる。触れられた場所から稲妻が走り、全身が凄まじい早さで小刻みに震えた。寒くなんかないのに。むしろ熱くてたまらないはずなのに。体の外側よりむしろ、内側から込み上げる熱気のせいで。

 ぶふーっ、ぶるるるっ。

 馬房の中で景気良く鼻を鳴らした奴がいる。
 黒だ。小屋中に響き渡りそうな重低音でいななきながら歩き回ってる。野郎、明らかに妬いてやがる。こっち睨んで耳伏せてるし!

「どーした、黒ぉ」

 のほほんとした声でフロウが呼びかける。途端に黒はぴっと耳を前に向け、体を低くして鼻面を突き出した。
 すーっと俺から離れるとフロウは黒に近づいて、長い鼻面を撫でた。

「んー、何だよ甘えやがって可愛い奴」

 黒は目を細めて小さく鼻を鳴らし、口元をすり寄せた。どこにってフロウの首筋にだ! ふっ、ふっと短く息吹いてやがる。

「ははっ、くすぐってぇなあ」

 嬉しそうに撫で回してるんじゃねぇよお前も!
 づかづかと近づいて、ぐいっとフロウの肩に手を置き、引き寄せる。

「うぉっとぉ?」

 びっくりしたんだろうな。腕の中で目ぇ見開いてこっち見上げてやがる。

「いきなり何だよ!」
「落ち着かねぇんだよ」
「は?」

 ぶふーっとなまあったかい風が吹きつける。黒が首を伸ばしてこっちを睨んでた。

「……こいつが見てるから!」
「こいつがって、お前さん、黒が気になるのか? 馬が見てるから、恥ずかしくてできないってか?」

 にんまりと、無精ヒゲに縁取られた唇が緩む。

「案外、可愛いとこあるなあ、ええ?」

 言いながら股間をまさぐるのは何故だ。

「うひっ、どこ触ってやがるっ」
「んん、その割にはやる気満々か」
「ったりめーだっ。とにかく来いっ」

 フロウの手をとってだかだかと馬小屋を横切り、二階に続く梯子段まで引っ張って行く。振動が股間に響くが無視だ、無視!

「何ンだよ。上でやろうってか?」
「ああ。上でなら、いい」
「ふーん」

 ちらっとフロウは横目で馬房を見遣る。黒はぶっふぶっふと鼻息荒くこっちをにらんで、しきりと体を揺すってる。さすがに落ち着かない様子なのがわかったらしい。
 小さく肩をすくめた。

「ま、いいだろ。来いよ」

 言うなりさっさと梯子段を登って行った。目の前にばーんっとむっちりした形のいい尻が広がる。思わず食い入るように見つめているうちに通り過ぎてしまった。
 空振りした手が妙に寂しい。腹立ち紛れにぶんと降って腕組みし、黒を睨んだ。耳伏せてにらみ返して来る。

「いいか。貴様は確かに優秀な馬だ。だが主人は俺だ。忘れるな」

 低い声で言い聞かせる。一分。二分。一言も発しないままにらみ合う。
 ぶふーっと長い長い息を吐くと、黒はついっと目を逸らした。
 ……よし。
 うかうかするとあいつ、すぐにつけ上がるからな。躾けだ、躾け。決して同じレベルで焼きもち妬いてるんじゃないぞ。絶対に!
 ふんっと鼻息を吐いて踵を返し、梯子段を上がった。

     ※

 狭い、角度の急な簡素な階段を上がって二階に移動する。人目を避けて潜り込むにはうってつけの場所だ。
 壁際に窓が一つあるだけで、天井は屋根の勾配がそのまま剥き出しになっている。部屋の半分ほどは干し草で覆われ、予備の馬具や、普段はあまり使わない類いの物が置かれている。床板はしっかりした作りで、その気になればここで寝起きする事だってできる。
 上がり口の床の上に、ズボンと靴が転がっていた。
 視線を上げると、フロウが干し草の山にどっかりと腰を降ろしていた。身に着けてるのは左手首の腕輪だけ。それ以外は生まれたまま……。
 裸だ。
 思わず目をむき、息を飲んだ。

「遅ぇぞ、ダイン。あんまし待たせんなよ」

 そろっと足を開く。薄暗い部屋の中、白く浮かぶ肢体が開き、隠された物が露になる。既に堅く張りつめて、立ち上がった股間の一物。奴が欲情している証だ。
 目で見て、湿っぽい匂いを嗅いだ瞬間、頭ん中が真っ白に焼き付いた。汗で張り付くシャツを無理やりひっぺがし、ボタンを外して脱ぎ捨てる。焦る指先が滑り、ベルトの金具がなかなか外せない。

「うー……」
「どうした? えらく手間取ってるじゃないか」

 フロウがじっとこっちを見てる。楽しそうだ。ちろっと舌を出して唇まで舐めてる。

「もったいぶるなよ。早く脱げ」
「わーってらぁっ」

 やっと、ベルトが外れる。歩きながら勢い良くずりおろす。ズボンが足に絡んで危うく転びそうになる。
 ひゅうっと軽く口笛を吹くのが聞こえた。ちくしょう、俺がおたおたするのを見るのがそんなに楽しいか!
 どうにかズボンの呪縛から逃れると、慌ただしく下着の紐を緩める。片足でと、と、と……と飛び跳ねる間にずり下げて、足から引っこ抜く。

「お、お、おーっと危ない」
「フロウ!」

 がばっと覆いかぶさり、むしゃぶりつこうとしたが、途中でがくっと止められた。

「うぐっ?」

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