▼ 【5】立ちなさい、私の騎士!
2011/11/09 0:28 【お姫様の話】
『私の騎士』は、強かった。
正式な騎士になってから一年ちょっとしか経ってない。自分専用の馬も持ってない下っ端の新人なのに、決してあきらめなかった。
倒れても、剣が手から飛んでも立ち上がり、戦い続けた。時には盾を振り回し、自分の手足を武器にして。それは、洗練された『普通の』レディや騎士たちにとっては、みっともないこと。格好悪いことに見えるんだろう。
でも、私は嬉しかった。
『負けたら承知しないんだからね?』
その言葉を、しっかり受け止めてくれたんだって、わかったから。
ディーンドルフは傷だらけになりながら、泥だらけになりながらもじわじわと勝ち進んだ。夢中になって応援し、はっと気がつくと決勝戦になっていた。
対戦相手の紋章は、星に向かって羽ばたく青い鷲。
「レイラ姉さまっ?」
わあ。どうしよう。
迷っている間にもう、2人は走り出していた。
蹄の音が轟く。地面が震え、正面から槍を抱えてぶつかり合う。
時間が止まり、音が消える。
色さえも失せた静寂の中、槍がまっすぐに繰り出され……盾の守りをかいくぐり、同時に2人の騎士の胸を突いた。
どうっと地面に落ちる。青い鷲の騎士も。赤い鷲頭馬の騎士も。
地響きとともに馬が駆け抜ける。
2人は動かない。
立ち上がり、拳を握って叫んでいた。
かっこ悪いとか、目立ちたくないとか、私はお味噌だからとか、そんなの関係ない!
体中の声と、力を全て振り絞って叫んだ。
「立ちなさい、ディーンドルフ!」
※
競技場に少女の声が響いたその刹那。
もぞり、と騎士の手が動いた。手探りで折れた槍を掴み、肘をつき、ゆらありと起き上がる。落馬の衝撃で、兜がどこかに飛んでいた。顔も髪もむき出しで、歯を食いしばっているのがありありとわかった。
そして、彼は立ち上がる。
口元から血を滲ませ、低く唸りながらもしっかりと地面を踏みしめて。
左腕に巻かれた水色のハンカチが、風に翻る。
一方で青鷲の騎士もまた、よろよろと起き上がろうとしたが……
途中でがくり、と膝を着いてしまった。
この瞬間、勝敗は決した。
高々と旗が上がる。
「勝者、ディーンドルフ!」
どっと歓声が上がった。
それに続く一連の出来事を、ニコラ・ド・モレッティは半ば夢の中にいるような心地で受け入れた。
傷だらけでぼろぼろになりながらも、誇らしげな『彼女の騎士』が跪く。
その頭上に小さな手で月桂樹の冠を被せ、手の甲にキスを返された。
勝利の旗を掲げる彼とともに馬の背に乗り、場内を一周した。
勝利の行進を終え、抱き上げられて馬から降ろされた時。ありったけの勇気をふりしぼって彼の頬に触れた。
「傷、痛くないの?」
「うん、ちょっと痛いかな? でもこの程度ならどーってことない」
ディーンドルフは白い歯を見せて、顔中をくしゃくしゃに笑みくずした。
「今日の勝利を君に捧げる。君の声が力をくれた。ありがとう、レディ・ニコラ!」
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正式な騎士になってから一年ちょっとしか経ってない。自分専用の馬も持ってない下っ端の新人なのに、決してあきらめなかった。
倒れても、剣が手から飛んでも立ち上がり、戦い続けた。時には盾を振り回し、自分の手足を武器にして。それは、洗練された『普通の』レディや騎士たちにとっては、みっともないこと。格好悪いことに見えるんだろう。
でも、私は嬉しかった。
『負けたら承知しないんだからね?』
その言葉を、しっかり受け止めてくれたんだって、わかったから。
ディーンドルフは傷だらけになりながら、泥だらけになりながらもじわじわと勝ち進んだ。夢中になって応援し、はっと気がつくと決勝戦になっていた。
対戦相手の紋章は、星に向かって羽ばたく青い鷲。
「レイラ姉さまっ?」
わあ。どうしよう。
迷っている間にもう、2人は走り出していた。
蹄の音が轟く。地面が震え、正面から槍を抱えてぶつかり合う。
時間が止まり、音が消える。
色さえも失せた静寂の中、槍がまっすぐに繰り出され……盾の守りをかいくぐり、同時に2人の騎士の胸を突いた。
どうっと地面に落ちる。青い鷲の騎士も。赤い鷲頭馬の騎士も。
地響きとともに馬が駆け抜ける。
2人は動かない。
立ち上がり、拳を握って叫んでいた。
かっこ悪いとか、目立ちたくないとか、私はお味噌だからとか、そんなの関係ない!
体中の声と、力を全て振り絞って叫んだ。
「立ちなさい、ディーンドルフ!」
※
競技場に少女の声が響いたその刹那。
もぞり、と騎士の手が動いた。手探りで折れた槍を掴み、肘をつき、ゆらありと起き上がる。落馬の衝撃で、兜がどこかに飛んでいた。顔も髪もむき出しで、歯を食いしばっているのがありありとわかった。
そして、彼は立ち上がる。
口元から血を滲ませ、低く唸りながらもしっかりと地面を踏みしめて。
左腕に巻かれた水色のハンカチが、風に翻る。
一方で青鷲の騎士もまた、よろよろと起き上がろうとしたが……
途中でがくり、と膝を着いてしまった。
この瞬間、勝敗は決した。
高々と旗が上がる。
「勝者、ディーンドルフ!」
どっと歓声が上がった。
それに続く一連の出来事を、ニコラ・ド・モレッティは半ば夢の中にいるような心地で受け入れた。
傷だらけでぼろぼろになりながらも、誇らしげな『彼女の騎士』が跪く。
その頭上に小さな手で月桂樹の冠を被せ、手の甲にキスを返された。
勝利の旗を掲げる彼とともに馬の背に乗り、場内を一周した。
勝利の行進を終え、抱き上げられて馬から降ろされた時。ありったけの勇気をふりしぼって彼の頬に触れた。
「傷、痛くないの?」
「うん、ちょっと痛いかな? でもこの程度ならどーってことない」
ディーンドルフは白い歯を見せて、顔中をくしゃくしゃに笑みくずした。
「今日の勝利を君に捧げる。君の声が力をくれた。ありがとう、レディ・ニコラ!」
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