▼ 【4】試合開始
2011/11/09 0:26 【お姫様の話】
半分、夢を見てるみたいな気分で客席に戻った。
「ニコラってば、どこに行ってたのっ! 心配したわよ?」
「ん、ちょっとそこまで」
姉さまたちは顔を見合わせ、肩をすくめた。
「あら、あなた、手提げ袋の口が開いたままじゃない!」
「うん……ハンカチ出したから」
「え?」
「ちょっ、姉さま、マイラ姉さまっ」
わあ、セアラ姉さまってば声が上ずってる。目も真ん丸で、口ぽかーんと開けちゃって。すごく珍しいもの見た。
「あれ、あれ見て!」
「あら、あら、まあまあ」
指さす先では、『私の騎士』が誇らしげに、栗毛の馬にまたがって進み出る所だった。
兜で顔はわからないけれど、白いサーコートの胸には、ラベンダーを掲げて羽ばたく赤い鷲頭馬の紋様がくっきりと見える。たくましい左腕には、空色のハンカチが翻っていた。
お気に入りのドレスとおそろいの、私のハンカチが。
あれっと思ったらマイラ姉さまに抱き寄せられて、頭をなでられていた。
「そう! そう言うことだったのね!」
「ねーさま、くすぐったいよ」
「ふふ、うふふっ」
何だかすごく楽しそうなマイラ姉さまとは裏腹に、セアラ姉さまは眼鏡の縁に手を当てて、眉間に皴なんか寄せちゃってる。
「白地に赤のヒポグリフ……姉さま、あれって、もしかしてハンメルキン家の」
「しっ、ほら、試合が始まるわよ?」
ラッパの音が高らかに鳴り響き、馬上槍試合が始まった。
壇上でお父様が何か言ってるけど、もう聞こえない。居並ぶ騎士の中にレイラ姉さまがいるはずだけど、もう目に入らない。
ただ一人、『私の騎士』以外は。
※
槍試合なんて、どこが面白いのかぜんぜんわからなかった。
鎧兜で武装した騎士が、がっつんがっつんぶつかり合って。煩いだけ、ほこりくさいだけだって思ってた。
でも、今日は違った。
『私の騎士』が戦ってる。ただ、それだけのことで夢中になって、気がついたら私、大声で応援してた。
はずかしい。 はしたない!
でも、止まらない。
「がんばって! そこだ、行けーっ!」
槍試合のルールは単純で、荒っぽい。
競技場の真ん中を仕切る柵の右と左に別れて、馬に乗った騎士がまっすぐに突進、ぶつかるだけ。片方が馬から落ちても。槍が折れても、立ち上がったら試合続行。
どんな武器を使ってもいいから一対一で戦い続ける。『試合が終わった時、立っていた方が』勝ち。
使ってる槍は競技用の木製、剣にも刃はついてないけど、叩きつける力は全部、本物。
若い騎士の試合はさくさく進む。大抵、最初の激突で先に落馬した方が負けて、そこでおしまいになるから。
まだまだ動けるはずなのに、わざと判定の旗が上がるまでひっくり返ったまま。
『のこのこ起き上がるのはかっこ悪いから』なんだって。
でも年齢を重ねると、格好を気にせずみんな粘り強くなる。土にまみれて、兜が飛んで、ぐしゃぐしゃになっても戦い続ける。
さっさと引き上げた若い騎士が『これだからおじさんは』なんてせせら笑って見てるけど……。
動けるのに、ひっくり返ったままの方が、ずっとかっこ悪いって思うんだけどな?
(その左腕に結んだハンカチは何なの)
(あなたにとって『レディの名誉』なんてその程度の重さなの?)
でも、これが普通らしい。
ほとんどのレディは満足していて、文句も言わないみたいだし。
気にする方が変なのかな。
でも……
(だったら私、『普通』じゃなくていい)
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