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とりねこの小枝

【3】樫の木の下で

2011/11/09 0:24 お姫様の話十海
 ぼんやりと考えていたら、さく、さくと土を踏む足音が近づいてきた。
 拍車を着けた、頑丈なブーツの音。姉さま? ううん、もっと重くてどっしりしてる。

 日の光が陰った。

「っ!」

 目の前に、肩幅の広い、背の高い男の人が立っていた。ゆるく波打つ褐色の髪が肩を覆ってる。所々きらきら輝いて見えるのは、金色の房が混じっているからだ。
 ちょっぴり目尻の下がった瞳の色は、さっきまで見上げていた樫の梢の若葉と同じ、透き通る緑。
 白いサーコートが風に翻る。胸には真っ赤な獣が翼を広げていた。頭と前脚、翼は鷲。後脚は馬――鷲頭馬(hippogriff)だ! 
 振り上げた右の前脚が、剣のように細長い草花を掲げている。あの形は、ラベンダー……かな?(いまいち自信ないけど)

「初めまして、レディ」

 低い、よく通る声で彼は言った。慌てて背筋を伸ばして、答える。

「ご……ごきげんよう、ヒポグリフの騎士さま」

 この人、知ってる。何度か砦で見かけたことがある。
 その時は、ブルーのサーコートに、赤い盾の左下で直角に交差する二本の白いライン……西道守護騎士団の紋章を着けていた。父さまが団長を務める、西の辺境を守る騎士たちの印。

(きっと、こっちがこの人の個人紋なのね!)

「ディートヘルム・ディーンドルフと申します」

 まるで、おとぎ話の光景が現実になったみたい。
 騎士ディーンドルフは私の前に跪き、言ったの。
 言ってくれたの。
 言っちゃったの!
 
「あなたの名誉のために、戦わせてください」

(これは夢? 夢なら覚めないで、あとちょっとでいいから!)

 それは、今まで何度も聞かされた言葉。だけど、いつも言われる相手は姉さまたちで、私じゃなかった。
 ずっと想像してた。自分に言われたら何て答えようって。頭の中で繰り返してきた。
 何十回も練習してたはずの言葉が今、声にならない。
 手が震える。どうしよう、みっともない、はずかしい!

「はいっ、お願いしますっ」

(ちがうの、ちがうの、もっと優雅に返事したいのにーっ!)
(そうだ、ハンカチ。ハンカチ出さないとっ)

 ごそごそと手提げ袋からハンカチを出そうとしたんだけど、ひっかかって上手く出てこない。変だな、レイラ姉さま相手の時はするっと出せるのに。
 何で? どうして?

「こ、これを使ってちょうだい」

 やっと引っ張り出したハンカチを、両手に持って差し出す。
 ディーンドルフはちょこんと座ったまま、待っていてくれた。
 まるで、命令を待ってる大きな犬みたいに。
 ぶるぶる震える手でつかんだハンカチを、うやうやしく両手で受けとってくれた。
 そして私の手をとって、そ、と手の甲に唇を当てた。
 
(わああ)

 彼の手は姉さまより、ずっと骨組みがしっかりしてて、大きくて、太かった。キスする唇はくすぐったくて、あったかかった。

「私は、ニコラ・ド・モレッティ。やるんだったら、とことんやんなさい! 負けたら承知しないんだからね?」

(わーん、何でこんなこと言ってるの、ばか、ばか、わたしのばかーっ)

『私の騎士』は、きょとんと目を丸くした。だけどすぐに笑顔でうなずいた。

「はい!」

 白い歯を見せて、目を細めて。ちょっぴり恥ずかしそうに、でもはっきりした声で答えてくれた。

「御心のままに、レディ・ニコラ」

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