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とりねこの小枝

【2】私の騎士はもういない

2011/11/09 0:18 お姫様の話十海
 モレッティ伯爵の娘は四人。
 春のように美しくたおやかな一の姫。
 冬のように聡明で賢い三の姫。
 二の姫は自ら鎧兜に身を固めて戦う。
 味噌っ滓の四の姫に目を留める者なんか、だぁれもいやしない。
 うらやましいってわけじゃない。だけど、そばにいるとどうしても、取り残された気分になってくる。

(これ以上、ここにいちゃいけない)
(ここに居続けたら私……きっと姉さまたちを嫉んでしまう)

 それは、とっても嫌な気持ち。煮えたぎった硫黄の杯を飲み干すほうがまだマシ。(やったことないけど)

 こっそり客席から抜け出したけど、誰にも呼び止められなかった。姉さまたちの周りに集まった騎士たちが、壁になってて見えなかったみたい。
 胸の底がつきゅんっと疼いて、鼻の奥に塩からい味がこみ上げてきた。

(……いけない)

 ぐっと歯を食いしばって飲み込んだ。

「いいの。私は平気。レイラ姉さまの応援に来ただけなんだから!」

     ※

 馬場の外には、騎士たちの控えの天幕が並んでる。天幕の前には、それぞれ出場する騎士の紋章を描いた旗が立っていた。
 騎士も従者も、馬さえも、みんな試合の準備に大忙し。痩せっぽちの女の子一人がうろちょろしてても、気付かない。

「姉さま、どこかな」

 天幕の間を縫って、ちょこまかと歩いた。
 黄色い星に向かって羽ばたく青い鷲、レイラ姉さまの紋章を探して。
 それはモレッティ家の家紋とも、騎士団の紋章とも違う、姉さま専用の印。
 騎士はみんな、所属する騎士団や、家の紋章とは別に『その人個人を識別するための目印』を決めるんだって。鎧兜をつけると、誰が誰かわからないし。持ち物につけておけば、誰の物かすぐ判るから。
『公式の紋章じゃないから、けっこう好き勝手に決めてる』ってレイラ姉さまは言ってた。
 だったら名前を書いておけばいいのにね。それとも騎士って文字を読むのもめんどくさいの?

(さっきから私、レイラ姉さまのことばっかり考えてる)

 ちっちゃい頃から、レイラ姉さまはずっうと『私の騎士』だった。試合の時はいつも、私のハンカチを左腕に巻いて戦ってくれた。
 だけど今はもう違う。姉さまには、将来を誓い合った男性(ひと)がいるから。
 モレッティ家の二の姫は、今はその人のために。そして、自分自身のために戦うのだ。

(私、何やってるんだろう)

 足が止まる。
 姉さまの隣には、あの人がいる。
 今さら私が行ったって、2人の邪魔するだけじゃない。かと言って、客席に戻るのも気が進まない。
 ため息を着い立ち止まったら、おあつらえ向きに目の前に、ちっぽけな木なんかが生えてたりする訳で。寄りかかってひとやすみした。
 よく晴れた青い空を背景に、葉の形が透けて見える。うねうねと波打つ輪郭の細長い葉っぱ。

(あー、樫(オーク)の木だ、これ……)

 まだ実はなってないのかな。あったら拾うこともできたのに。拾ってどうするって訳でもないけど……。私はリスじゃないから、ドングリは食べられない。

(あなたもいっそ、クルミとか、栗なら良かったのにね)

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