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ローゼンベルク家の食卓

【3-12-4】まま帰宅

2008/05/31 22:24 三話十海
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 ガラスの器にバニラのアイスクリームをぽこりと丸く盛りつけて。薬と、水を二人分、トレイに乗せて運ぶ。
 
「失礼いたします」

 部屋に入ると、お二人とも乾いた寝間着を着ておられた。出て行く前とは柄が違う。おそらくメイリールさまが着替えさせたのだろう。
 と、言うことはあの鼻血の原因は………。
 まあ、まだお若いのだ。やむを得まい。

「どうぞ。薬を飲む前に、お食べください。足りなければまたお持ちしますので」
「ありがと……」

 少なめに盛りつけたアイスを、シエンさまは少しずつお食べになられた。一口ずつ、大事そうに。

「冷たい……美味しい」

 オティアさまは一口、二口食べると目を閉じて首を横に振って

「もう、いい」

 とおっしゃった。

「では、こちらのお薬を」
「ん」

 氷枕は冷たかった。こちらもメイリールさまが替えてくださったのだろう。
 薬を飲ませてしまうと、あとはもう、他にすることはなさそうだった。お二人を寝かせてから、下がることにした。


 ※ ※ ※ ※


 リビングで濡れタオル乗っけて休んでると、どかどかと凄まじい足音が近づいてきた。
 グリズリーか、バッファローか。ミノタウロスか、トロールか。とにかく鼻息荒げた大型の生き物が突進して来る。
 ほどなくドアが開いてご当人が入って来やがった。
 タオルをずらして、ちらりと見上げる。
 赤いたてがみを振り乱し、黒のライダースジャケットを羽織ったヘーゼルアイの厳つい野郎が両足を踏ん張って立っていた。

「よお、お帰り、まま」
「誰が貴様のままだ!」

 この寒いのに汗ばんで息切らしてるよ。まさかこいつ、地下の駐車場から一気に階段駆け上がってきたのか?
 エレベーターが降りてくるのすら待ち切れずに。

「双子なら心配ないよ。アレックスが面倒見てる」
「……そうか」

 ふう、と大きく息をつくと、ディフはぱちぱちとまばたきして、ちょこんと首をかしげた。

「お前も熱、あるのか?」
「ん……まあね、ちょっとした育児疲れってやつ?」
「何訳のわからんこと言っとるんだ」
「お帰りなさいませ、マクラウドさま」

 のそっと起きあがって眼鏡をかけ直す。銀色のトレイを捧げ持ったアレックスが立っていた。
 トレイの上にはガラスの器と空になったコップが二つ。器の一つには少し溶けたバニラアイスが乗っていて、ほんの一口か二口、だれかが食べた痕跡があった。

「アレックス。二人の容態は?」
「おそらく風邪でしょう。お薬を飲ませておきましたので、心配ないかと……今はお休みになっておられます」
「そう……か。ありがとな、アレックス。世話かけた」
「おそれ入ります」

 足音を忍ばせてディフは双子の部屋の方に歩いて行く。その間にアレックスはキッチンへ。
 残っていたアイスはおそらくオティアの分だろう。あいつはシエン以上に甘いものが苦手だから。
 アイスを口に入れたこと自体、奇跡に近い。それだけ二人ともいつもの状態じゃないんだ。

「……おさまりましたか?」
「おさまったよ、おかげさんで」
「それはよろしゅうございました」

 しばらくして、ディフが戻って来た。

「どうだった?」
「……眠ってた」
「そっか。あ、汗かいた服、洗濯機に入れといたから」
「お前が?」
「……うん、俺が」
 
 限界まで目を見開いて、まじまじとこっちを見てやがる。
 信じられないって顔だな。
 はいはい、どーせ俺は脱いだ靴下丸めて放り出して、絶対片付けない男ですよ……。

「サンキュ、ヒウェル」

 参ったね。ヒマワリが満開になったみたいな笑顔でお礼言いやがった。
 秘かに用意していた反論は出番を失い、宙に消えた。

「どーいたしまして」

 その夜の夕食、双子の分は『おかゆさん』だった。この間、サリーが置いてってくれた米で作ったらしい。適度に冷まして、ちょっとずつ器に盛りつけたのをアレックスが部屋まで運んで行った。

「何遠慮してんだよ、まま」
「……いいんだよ、これで。俺よりアレックスが行った方が……あいつら、リラックスできるから」

 そう言ってディフはほほ笑んだ。ちょっぴり寂しげに、目を伏せて。


 ※ ※ ※ ※


 その日はありがたくも夕食をごちそうになり、客間に泊まることになった。
 一度はご辞退申し上げたのだが、マクラウドさまに是非にと引き留められたのだ。

「君が居てくれた方がオティアもシエンもが安心する。だから頼むよ、アレックス」
「かしこまりました」

 そして、深夜。
 廊下を通るかすかな気配に気づき、ドアを開ける。マクラウドさまが双子の部屋に入って行く所だった。
 何かお手伝いすることがあるかもしれない。念のため、ドアの前で待機する。
 しばらくすると出てきて、こちらに気づき、よ、と軽く片手を上げられた。相変わらず気さくな方だ。

「……いかがでしたか?」
「ん。よく眠ってた。熱も下がったみたいだったし」
「それはよろしゅうございました」
「君のおかげだよ。ありがとな」

 ふっとほほ笑むそのお顔は、まるで子犬を見守る母犬のような穏やかな表情だった。
 かつてはレオンさまお一人に向けられていた愛情が、今ではオティアさまとシエンさまにも惜しみなく注がれている。
 しかも分たれて小さくなるどころか、ますます大きくなっている。

 神の御手は時として気まぐれだ。
 かくも豊かな母性をこの偉丈夫にお与えになるとは。

「それじゃおやすみ、アレックス」
「おやすみなさいませ、マクラウドさま」


(バニラアイス/了)

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