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ローゼンベルク家の食卓

【3-10-15】可愛い弟

2008/05/17 3:58 三話十海
 キッチンに向かうと水音が聞こえてきた。皿を洗ってるんだな。
 のそのそと歩いていって、にゅっと鼻をつっこんでみる。

「手伝おっか?」
「……」

 ちらっとこっちを見ただけで返事はない。だが、とにもかくにも存在を認めてくれた。

「遠慮すんな。二人でやった方が早い」

 腕をまくって、勝手に手伝い開始。オティアが皿をざっと水ですすいで、食器洗浄機に入れる。
 その間、オーブンの天板を洗う。まだほんのり温かい。
 シンクにはコーンブレッドの材料を混ぜるのに使ったでかいボウルが水にひたしてあった。ついでにこれも洗っとくか。
 鍋にはまだポトフが残っていた。いったいどれだけ大量に作ったのか。多分、温め直して明日の朝も食うのだろう。

「……オムレツ、うまかった」

 鍋を見ながらぼそりと言う。オティアとは視線をあわせずに。

「シエンに頼まれたからだ」
「……そうなんだ」

 ぱたん、と食洗機のフタを締めてスイッチを入れるとオティアはリビングに歩いて行き、一言ディフに報告を入れて。

「終わった」
「おう。おつかれさん」

 すたすたと部屋に戻ってゆく。
 見送っていると、ディフがこっちを見て首をかしげていた。

「何やってんだ」
「オーブンの天板、洗ってた。あとボウルも」
「……熱でもあるのか?」

 つくづく失礼な男だねおい。一発シメとくか? とは言え、腕力では到底かなわない。しかし、“舌力”なら話は別だ。

「レオンは?」
「書斎。調べものがあるんだと」

 察するに早く帰るために仕事を持ち帰ったな。だったらしばらく戻ってこないだろう。よし、今のうち。

「しかしさ…お前も双子の世話するようになってから何つーか…険が抜けたよな」
「…そうかね」
「何かさ、お前…このごろ……妙にその、なんつーか」
「言いたいことがあるんならはっきり言え」
「……………色っぽい」

 顔をひきつらせ、ずざざっとディフが後じさる。
 面白れぇ。
 
「人ごみとか混んでるバスの中とかケーブルカーん中では気をつけろよー痴漢されないように」
「貴様………さっき食ったもの今吐くか、あぁんっ?」

 もわっと赤い髪の毛が逆立ち、眉がつり上がる。地獄の番犬みたいな面構えだが、かすかに頬が赤い。

「このうなじとか尻のあたりがねー撫でてさわってーつってるみたいで」
「寄るなーっ」

 手をわきわきさせると、本気で怯えた顔して壁に張り付きやがった。
 あー、面白ぇ……。

 ささやかな勝利を噛みしめていると、背後に気配を感じた。まさか、レオンっ?
 慌てて振り向くと、シエンが見ていた。

「……ジョークだよ、ジョークっ」

 無駄に爽やかな顔ではっはっはと笑いながらディフの背中を叩く。

「なるほど……それが貴様のジョークか。ならば」

 不穏な空気。
 はっと気づくと、前屈みにされて。がっちりした右足が俺の左足に絡みつき、残りの足が脇腹に引っ掛けられて。
 俺にとっては不自然極まりない体勢のまま、腕が背中側にぎりぎり引っぱられる。

「ぬおお、背筋がきしむ! ってか腕、腕がーっ!」
「これが俺のツッコミだ!」
「ノーノーノー、ロープ、ロープ、ロープ!」


 ※ ※ ※ ※

 仲いいなあ、二人とも。

 おとなげない大人二人を、シエンがにこにこしながら見守っていた。
 その笑顔を見ながら、ヒウェルは必死で自分に言い聞かせていた。
 シエンは弟。可愛い弟なんだ、と……。

 ※ ※ ※ ※

何ができるのだろう。どうすればいいのだろう?
この儚くも温かい、かりそめの『家族』を守るには。

(赤いグリフォン/了)

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