▼ 7.其が鳴らされし時は
2012/01/20 18:25 【騎士と魔法使いの話】
翌朝。
「ここか?」
「うん、ここだ」
「どぉれ」
ずざっとフロウは黒馬の背から滑り降り、雪原に立った。
寒いの、腰が痛むの、足が冷えるのと、文句を言うのをなだめすかして連れてきたのである。歩かなくていい、馬に乗せるから、と。
昨夜、吹きつける雪の中、悪戦苦闘しながら進んだ道のりは、今こうして青空の下、朝の光を浴びて馬で走るとあっと言う間だった。
エミリオのまいた炭も、シャルダンの射た矢も。ダインの踏み荒らした地面も何もかも降り積もった雪に覆われ、あれほど激しかった戦いの痕跡はきれいに消えていた。
かろうじて雪の上には、昨夜の魔物の残した染みがうっすらと残っていた。薬草師は注意深くその周りを歩き回り、黒い染みを検分した。
「恐らく、お前さんらが出くわしたのは氷屍魔って奴だろ。自分が凍え死にさせた死体で器を作って乗り移る、悪霊の一種だ」
分厚く着込んだ冬着の胸元から、ひょこっとちびが顔を出す。鼻をひこひこさせながら周囲を見回し、ある一角をじっと見つめた。
「……そこか。おい、ダイン」
くいっと顎で指し示し、一言。
「ここ、掘れ」
「わかった」
「そーっとだぞ。そーっとな」
言われた場所にダインは素直に膝をつき、両手でわっし、わっしと雪をかきわける。ほどなく。
「あ」
「見つけたか」
雪の下には、小さな石碑があった。
「もう20年も前の話だ。旅の親子連れが道に迷って、ようやく町にたどり着いた頃にはもう、城門は閉まっていた。その頃は通用口にはまってたのは分厚い鋼鉄の扉でな。のぞき窓もノッカーもない。叩いても、叫んでも中には聞こえなかったんだ」
ゆるりと歩を進め、フロウはさりげなく大柄な騎士に近づき身を寄せて……ちゃっかり風避けにした。
「やむなく、親子は引き返して森で雪をしのごうとした。吹きっさらしの野っ原よりはマシだと思ったんだろう。だが運悪く、この場所で魔物に襲われて……」
掘り出された石碑には、死者を悼む詩句と四人分の名前が刻まれていた。夫婦と、そしてその娘と息子。
「見つかった時は四人で抱き合ったまんま、ガチガチに凍りついてたよ。ちょうど、昨日みたいな吹雪の夜だった」
フロウは眩しげに目を細めて雪原の彼方を見やった。
「魂になってからも捕らえられ、人間を誘い出す役をやらされてたんだろうよ。それからだ。あの扉が木に換えられ、打戸金(ノッカー)が取り付けられたのは、さ」
ダインとシャルダンがぽつりと呟く。
「打ち鳴らされし時は、一命に換えても開けるべし」
「何人たりとも拒むなかれ……」
「今度は間に合ったってことさね」
『今度は聞いてくれたんだね』
光の中に消える間際の、少年の言葉が蘇る。
感慨に浸る間もなく、へぷしっと誰かが派手にクシャミをした。
くっくっと笑いながら、フロウはダインを振り返った。
「ほい、お大事に」
「俺じゃないぞ?」
「え?」
「私でもないです」
三人の視線が、向けられる先には……真っ赤になった鼻をぐしぐしとこする、エミリオの姿があった。
「お大事に」
「……ありがとう」
(氷雪の檻と白銀の騎士/了)
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