▼ 5.彼の選んだ道★
2012/01/14 17:57 【騎士と魔法使いの話】
夕方。
勤務が終わるなり、馬を飛ばして裏通りの薬草店に乗りつけた。
ドアを開けてずかずかと入って行くと、ヒゲの店主はカウンターの向こうでぎょっと目を見開いた。
さすがに驚いたか。
「ダイン!? どうした、何しに来た!」
「言わなきゃならないことがある」
どうしても、これだけは伝えたかった。伝えずにはいられなかった。腹ん中にもやもやと渦巻く不安に駆り立てられ、一日中生きた心地がしなかった。
ぐいと詰め寄り、身を乗り出す。互いの息がかかるほどの距離まで。
「聞け」
「やだっつっても言うだろお前」
「ああ。言う」
「わかった、わかった」
ぽん、と肩を叩かれた。
「聞いてやる。だから、言ったらちゃんと砦に帰れよ?」
「………」
強く、深く息を吸った。薬草の混じる店の空気を。フロウの肌の香を。
胸が高鳴る。鼓動って奴は厄介なことに、嬉しさばかりじゃなく、緊張と恐怖に追いつめられても早くなる。今はどっちだ?
「お前が死んだら、きっと俺は、忘れない。生きてる限りずっとお前を思い続ける。今よりずっと強く、お前のことを好きになる。だけど、俺。俺っ」
咽が震える。息が詰まる。ええい、しっかりしろ、ダイン。頭ん中で何度も練習しただろうが! 今が本番なんだぞ。ここでビビってどーする。
「俺は、生きてるお前を思いたい。お前の顔見て、声聞いて、肌に触れて。抱きしめて、キスして、それ以上のこともまだまだいっぱいしたいんだ」
「…………………あぁ」
「だから。死ぬなんてこと、言うな。死人にならなくったって。思い出なんかにならなくったって、俺は、お前が好きだ。これ以上ないってくらいに惚れてる。離したくない!」
笑える。
練習してたときの半分も、言葉が出ねぇ。
「ったく。そこまで俺に執着してどーするよ? 少なくともお前、俺より20年は寿命残るんだぜ? くたばった男にしおらしく操なんざ立てなくっていい。さっさと見切り付けて、他に良い奴見つけろっての」
「無理」
「即答かよ!」
「誰も、お前の代わりには、なれない。お前を失った後、誰かと添う事があるとしても……俺とお前が過ごした時間の上に積み重ねて行く。お前とのことをなかったことにして、蓋して忘れるなんざ、ありえねぇ」
フロウの手と俺の手。大きさも質感もまるで違う手のひらを重ね合わせ、指を絡める。
確かに、そこにある。
伝わる温もりと、答えてくれる指先に安堵する。胸の奥からひたひたと、あったかいものがこみ上げてくる。
失うことを恐れて、嘆いてばかりいたら今を逃してしまう。正直、先のことなんかどうこう思案する余裕もないし、知恵もまわんねぇや。
それでも、フロウ。
お前が、残される俺を案じると言うのなら、その憂いを和らげたい。お前が願うなら、そのために。
(今は、それが精一杯)
「誰かと寄り添いたい。ひっついていたい、なんてさ、フロウ? お前と会わなければ、そもそも考えもしなかった」
「わかったよ」
えらくあっさりした返事が返ってきた。
それが合図になったみたいに、抱きついていた。抱きしめていた。
くっと、胸元にフロウが咽を鳴らして笑う気配が伝わってきた。暖かな振動。髪がこすれて、くすぐったい。
「……ったく、何時まで俺にひっつくつもりなんだか」
「ずーっとだ、フロウ。ずーっとだ」
何度も撫でた。丸い肩、首筋、なだらかな斜面を描く背中。むっちりと盛り上がった尻までまんべんなく。
「しょうがねぇなあ」
ぽふっと吐き出されたあったかい息が首筋をなで上げる。
フロウが見上げていた。
俺の腕に包まったまま、猫みたいに真っ直ぐに。目が合うと、口の端がくっと上がり、柔らかな曲線を描いた。
「ま、そうまで言うんなら、お前さんが飽きるまでは付き合ってやるよ」
「……飽きない。白髪が生えようが皴が出ようが、離さない。ずーっと引っ付いてるから、覚悟しろ」
「……言ってろ、馬ぁ鹿。」
「ああ、馬鹿だよ」
憎まれ口を叩く、その唇をついばんだ。舌にまとわりつく甘さ、香しさもろ吸い寄せる。
耳の奥でかすかに、蜂鳥の羽ばたきを聞いた気がした。
せわしなく、規則正しく軽やかに。
瞬きよりもなお早く。
(蜂鳥よりも軽やかに/了)
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