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とりねこの小枝

5.ごめんなさい!

2012/02/11 22:34 騎士と魔法使いの話十海
 
 力線と境界線。二つの流れが絡まり合った『木』から一筋、道が伸びていた。
 ここまで追いかけてきた痕跡が『糸』だとするなら、これはそれが寄り合わされ、さらにみっしりと織り上げられた『布』だ。
 どこよりもくっきりと浮かび上がっている。それだけ何回も行き来したのだろう。

「こっちだ」
「ぴゃあ」

 練り上げられた緑の道のその先は。

「ぶるるるっ」
「よお、黒。元気か?」

 馬屋だった。

「ぶふ、ぶふ、ぶふふーっ」
「ははっ、相変わらずなつこいなーお前さんは。こら、鼻つっこむなっつの、くすぐってぇ!」
「大概にしとけよ、シュヴァルツ・ランツェ!」
「ったく、馬相手に何ムキになってんだよ」
「るっせぇ」

 必要以上にフロウに親密な愛馬に向かって、くわっと歯を剥いて威嚇する。そんな飼い主の頬をつつくと、フロウは本来の目的に注意を引き戻した。

「で。どこに続いてるんだ? 俺にゃ見えないからな。お前さんだけが頼りなんだよ」
「っと、そうだった……」

 ダインは右目を手のひらで塞ぎ、馬小屋の中をぐるりと見回した。
 以前なら考えられないことだ。『月虹の瞳』を解放し、こうして『あっち側』を視ようと意識を集中するなんて。
 当たり前の世界との繋がりを断たれ、向こう側に引きずり込まれるんじゃないか。恐ろしくて、不安で、とてもじゃないけどできやしなかった。
 フロウの指導の元、自分の意志で視界を切り替え、使うことを覚えた今だからこそ、できることだ。

「あった。そこだ」

 つうっと足跡の終点を指し示す。
 壁と壁の出会う角。馬屋の隅っこにぽっかりと穴が開いていた。ネズミの通り道のような、ちっぽけな穴。だがその周辺はびっしりと、緑の足跡で塗りつぶされていた。

「隅っこが好きなんだなあ」
「落ち着くんじゃねーの?」
「次はどうする?」
「んー」

 腕組みして、フロウはきっぱりと言った。

「買い物だな。菓子屋で」
「へ?」

    ※

 その日の夕方。
 小さな陶器の皿に乗せた、とっておきのケーキが一切れ。
 新鮮なバターと牛乳をふんだんに使い、苺に木苺、ブルーベリー、ヴァンドヴィーレ産の干しぶどう……たっぷりの果物とナッツを練り込んで、砂糖衣とシナモンでコーティングした、とろーりと甘いフルーツケーキ。
 わざわざ町で評判の店で買ってきたものだ。さらに、同じく貴婦人方ご用達の店で買い求めた宝石と見まごうような美しいキャンディと、いつもの牛乳を添えて、ことりと『ちっちゃいさん』の巣穴の前に置く。

「なあ、フロウ」
「ん?」
「ほんとにこれでいいのか?」

『ちっちゃいさん』の飲み食いする分なんてわずかなものだ。必然的に残りは全て、この甘党のヒゲ親父の腹に収まる事になる。
 そしてキャンディの代金も。ケーキの代金も全て、ダインの財布から出ているのだった。
 どこか、こう、騙されたような気がしないでもない。

「ああ。ちっちゃいさんとの仲直りには、昔っからとっときのあまーいお菓子って相場が決まってんだよ」
「だけどよ。お前、このケーキ好物だったよな?」
「さーて、そうだったかなー」

 そっぽを向いて、口笛なんか吹いてやがる。

(とぼけやがって!)

「そら、ダイン」

 すました顔でフロウが相棒の脇腹をくいくいと肘でつつく。

「ちっちゃいさんがどこで見てるか、わかんねーぞ。誠心誠意謝れ! 大事なものなんだろ?」
「う……うん」

 そうだった。あやうく大切なことを忘れる所だった。

「ごめんなさい。俺が悪かった。返してくれ。それ、大事なものなんだ!」

 響き渡る声に、何ごとかと黒が耳を伏せる。かまわず、ダインはぱしっとばかでっかい両手をあわせて拝んだ。

「もう二度と、君らのミルクをひっくり返したりしないから。ほんと、ごめん。謝る。この通り!」

 答えは無し。

「ごめんなさい!」

 叫び終えると、ダインは食い入るように壁の『巣穴』を睨んだ。

「こらこら、ガン見しててどうする。忘れたか? あいつら恥ずかしがり屋なんだよ」
「う、うん」
「しばらくそーっとしとけ。そこでお前さんが張り付いてたんじゃ、お菓子取りに来ることもできねえだろ?」
「わかった」

 後ろ髪を引かれる思いでダインはその場を立ち去った。
 後には皿に盛りつけられたケーキと、キャンディと、ミルクが残された。

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