▼ 4.彼女の出した答え
2012/01/14 17:56 【騎士と魔法使いの話】
「長い長い時間がかかってしまったけれど、やっと、たどり着いたの」
軽やかな羽ばたきの音に添い、りん、とした声が響く。しっかりと、惑いのない言葉が綴られる。
「あの人を愛した事実は消えない。消す必要なんかない。あの人を愛した私を。あの人の妻だった私を、受け入れてくれる人と添おうって」
「乗り越えた?」
「んー、ちょっと違うかな?」
彼女は口元に人さし指を当て、首をかしげた。閉じた瞼の向こうで目が左右に動いている。自分の中にある感情と結びつく言葉を、探しているようだった。
「痛みも喪失も喜びも愛も、全て私の中にある。何ひとつ、いらないものはない。乗り越えるべき壁や障壁じゃないの」
そう言って、左胸を手のひらで包んだ。
「ただ、そこにある。そう言うものなのよ」
語られた言葉はあまりにも平凡で、まっすぐで。
耳に入るまま、すとん、と俺の中に舞い降りて、卵を抱く親鳥みたいにふんわりとうずくまった。しくしく疼いてなかなか消えない、不安と言う名の傷口の上に。
「そっか。そう言うものなんだ」
「ええ……」
あでやかに笑い、彼女は瞼を上げた。
「あら、蜂雀」
「うん。蜂雀」
「花輪の蜜を吸いに来たのかしら。それとも……」
ほっそりとした右手が、墓地の一角を指し示す。崩れかけた墓石に巻き付いた藤の花を。生い茂る緑の蔦が、黒ずんだ墓石を抱きしめているようにも見えた。
つーっと蜂鳥が空中を滑る。規則正しく、短いリズムを繰り返す羽ばたきの音を奏でて。
たわわに咲きこぼれる薄紫、葡萄の房にも似た花の側で停止した。
「止まった」
「いいえ。飛んでるわ」
「……あ、そうか」
「そうよ。あんな風に何の支えも無い空中で一ヶ所に留まるには、飛び続けなきゃいけないの。小さな翼で、軽やかに羽ばたいて」
小刻みだから気付かない。早過ぎるから、止まってるように見える。だけど、奏でる羽音が。霞む翼が教えてくれる。
「ずっと、動き続けてるんだな」
「ええ、ずっと、ね……あ」
彼女は視線を巡らせ、手を振った。さっきまでその前で佇んでいた墓石とは、別の方角に。
「迎えが来た。じゃ、私、そろそろ行くわね。ありがとう、優しい騎士さん! 想い人を大切にね」
墓地の入り口に、男が立っていた。
彼女に手を振り、迎え入れて……ごく当たり前のように肩を抱き、キスを交わして。腕を絡めて歩き出す。
そのあまりにさりげなく、息の合った仕草は二人の関係が昨日今日に始まったものじゃないことを伺わせた。
「はは、は……何てこったい」
男はどう見たって50は過ぎていた。生まれつきの銀髪なのか、それとも、あれは白髪か?
とどのつまり、あれか。彼女、年上が好みってことなんだな。
「俺なんざ、まだまだってことか……恐れ入ったぜ、ったく!」
次へ→5.彼の選んだ道★
軽やかな羽ばたきの音に添い、りん、とした声が響く。しっかりと、惑いのない言葉が綴られる。
「あの人を愛した事実は消えない。消す必要なんかない。あの人を愛した私を。あの人の妻だった私を、受け入れてくれる人と添おうって」
「乗り越えた?」
「んー、ちょっと違うかな?」
彼女は口元に人さし指を当て、首をかしげた。閉じた瞼の向こうで目が左右に動いている。自分の中にある感情と結びつく言葉を、探しているようだった。
「痛みも喪失も喜びも愛も、全て私の中にある。何ひとつ、いらないものはない。乗り越えるべき壁や障壁じゃないの」
そう言って、左胸を手のひらで包んだ。
「ただ、そこにある。そう言うものなのよ」
語られた言葉はあまりにも平凡で、まっすぐで。
耳に入るまま、すとん、と俺の中に舞い降りて、卵を抱く親鳥みたいにふんわりとうずくまった。しくしく疼いてなかなか消えない、不安と言う名の傷口の上に。
「そっか。そう言うものなんだ」
「ええ……」
あでやかに笑い、彼女は瞼を上げた。
「あら、蜂雀」
「うん。蜂雀」
「花輪の蜜を吸いに来たのかしら。それとも……」
ほっそりとした右手が、墓地の一角を指し示す。崩れかけた墓石に巻き付いた藤の花を。生い茂る緑の蔦が、黒ずんだ墓石を抱きしめているようにも見えた。
つーっと蜂鳥が空中を滑る。規則正しく、短いリズムを繰り返す羽ばたきの音を奏でて。
たわわに咲きこぼれる薄紫、葡萄の房にも似た花の側で停止した。
「止まった」
「いいえ。飛んでるわ」
「……あ、そうか」
「そうよ。あんな風に何の支えも無い空中で一ヶ所に留まるには、飛び続けなきゃいけないの。小さな翼で、軽やかに羽ばたいて」
小刻みだから気付かない。早過ぎるから、止まってるように見える。だけど、奏でる羽音が。霞む翼が教えてくれる。
「ずっと、動き続けてるんだな」
「ええ、ずっと、ね……あ」
彼女は視線を巡らせ、手を振った。さっきまでその前で佇んでいた墓石とは、別の方角に。
「迎えが来た。じゃ、私、そろそろ行くわね。ありがとう、優しい騎士さん! 想い人を大切にね」
墓地の入り口に、男が立っていた。
彼女に手を振り、迎え入れて……ごく当たり前のように肩を抱き、キスを交わして。腕を絡めて歩き出す。
そのあまりにさりげなく、息の合った仕草は二人の関係が昨日今日に始まったものじゃないことを伺わせた。
「はは、は……何てこったい」
男はどう見たって50は過ぎていた。生まれつきの銀髪なのか、それとも、あれは白髪か?
とどのつまり、あれか。彼女、年上が好みってことなんだな。
「俺なんざ、まだまだってことか……恐れ入ったぜ、ったく!」
次へ→5.彼の選んだ道★