ようこそゲストさん

とりねこの小枝

3.私の騎士

2011/11/23 1:28 騎士と魔法使いの話十海
 
 半分、夢を見てるみたいな気分で客席に戻った。

「ニコラってば、どこに行ってたのっ! 心配したわよ?」
「ん、ちょっとそこまで」

 姉さまたちは顔を見合わせ、肩をすくめた。

「あら、あなた、手提げ袋の口が開いたままじゃない!」
「うん……ハンカチ出したから」
「え?」
「ちょっ、姉さま、マイラ姉さまっ」

 わあ、セアラ姉さまってば声が上ずってる。目も真ん丸で、口ぽかーんと開けちゃって。すごく珍しいもの見た。

「あれ、あれ見て!」
「あら、あら、まあまあ」

 指さす先では、『私の騎士』が誇らしげに、栗毛の馬にまたがって進み出る所だった。
 兜で顔はわからないけれど、白いサーコートの胸には、ラベンダーを掲げて羽ばたく赤い鷲頭馬の紋様がくっきりと見える。たくましい左腕には、水色のハンカチが翻っていた。
 お気に入りのドレスとおそろいの、私のハンカチが。

 あれっと思ったらマイラ姉さまに抱き寄せられて、頭をなでられていた。

「そう! そう言うことだったのね!」
「ねーさま、くすぐったいよ」
「ふふ、うふふっ」

 何だかすごく楽しそうなマイラ姉さまとは裏腹に、セアラ姉さまは眼鏡の縁に手を当てて、眉間に皴なんか寄せちゃってる。

「白地に赤のヒポグリフ……姉さま、あれって、もしかして」
「しっ、ほら、試合が始まるわよ?」

 ラッパの音が高らかに鳴り響き、馬上槍試合が始まった。
 壇上でお父様が何か言ってるけど、もう聞こえない。居並ぶ騎士の中にレイラ姉さまがいるはずだけど、もう目に入らない。
 
 ただ一人、『私の騎士』以外は。  
 
     ※
 
 槍試合なんて、どこが面白いのかぜんぜんわからなかった。
 鎧兜で武装した騎士が、がっつんがっつんぶつかり合って。煩いだけ、ほこりくさいだけだって思ってた。
 でも、今日は違った。
『私の騎士』が戦ってる。ただ、それだけのことで夢中になって、気がついたら私、大声で応援してた。
 
 はずかしい。 はしたない!
 でも、止まらない。

「がんばって! そこだ、行けーっ!」

 槍試合のルールは単純で、荒っぽい。競技場の真ん中を仕切る柵の右と左に別れて、馬に乗った騎士がまっすぐに突進、ぶつかるだけ。片方が馬から落ちても。槍が折れても、立ち上がったら試合続行。
 どんな武器を使ってもいいから一対一で戦い続ける。『試合が終わった時、立っていた方が』勝ち。
 使ってる槍は競技用の木製、剣にも刃はついてないけど、叩きつける力は全部、本物。

 若い騎士の試合はさくさく進む。大抵、最初の激突で先に落馬した方が負けて、そこでおしまいになるから。
 まだまだ動けるはずなのに、わざと判定の旗が上がるまでひっくり返ったまま。
『のこのこ起き上がるのはかっこ悪いから』なんだって。
 でも年齢を重ねると、格好を気にせずみんな粘り強くなる。土にまみれて、兜が飛んで、ぐしゃぐしゃになっても戦い続ける。
 さっさと引き上げた若い騎士が『これだからおじさんは』なんてせせら笑って見てるけど……。
 動けるのに、ひっくり返ったままの方が、ずっとかっこ悪いって思うんだけどな。

(その左腕に結んだハンカチは何なの)
(あなたにとって『レディの名誉』なんてその程度の重さなの?)

 でも、これが普通らしい。
 ほとんどのレディは満足していて、文句も言わないみたいだし。
 気にする方が変なのかな。
 でも……

(だったら私、『普通』じゃなくていい)
 
次へ→4.立ちなさい!
    web拍手 by FC2