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とりねこの小枝

4.立ちなさい!

2011/11/23 1:30 騎士と魔法使いの話十海
 
『私の騎士』は、強かった。
 正式な騎士になってから一年ちょっとしか経ってない。自分専用の馬も持ってない下っ端の新人なのに、決してあきらめなかった。
 倒れても、剣が手から飛んでも立ち上がり、戦い続けた。時には盾を振り回し、自分の手足を武器にして。それは、洗練された『普通の』レディや騎士たちにとっては、みっともないこと。格好悪いことに見えるんだろう。
 でも、私は嬉しかった。

『負けたら承知しないんだからね?』

 その言葉を、しっかり受け止めてくれたんだって、わかったから。
 ディーンドルフは傷だらけになりながら、泥だらけになりながらもじわじわと勝ち進んだ。夢中になって応援し、はっと気がつくと決勝戦になっていた。
 対戦相手の紋章は、星に向かって羽ばたく青い鷲。

「レイラ姉さまっ?」

 わあ。どうしよう。
 迷っている間にもう、2人は走り出していた。
 蹄の音が轟く。地面が震え、正面から槍を抱えてぶつかり合う。

 時間が止まり、音が消える。

 色さえも消え失せた静寂の中、槍がまっすぐに繰り出され……盾の守りをかいくぐり、同時に2人の騎士の胸を突いた。
 どうっと地面に落ちる。青い鷲の騎士も。赤い鷲頭馬の騎士も。
 地響きとともに馬が駆け抜ける。
 2人は動かない。
 立ち上がり、拳を握って叫んでいた。
 かっこ悪いとか、目立ちたくないとか、私はお味噌だからとか、そんなの関係ない! 
 体中の声と、力を全て振り絞って叫んだ。

「立ちなさい、ディーンドルフ!」
  
    ※
 
 競技場に少女の声が響いたその刹那。

 もぞり、と騎士の手が動いた。手探りで折れた槍を掴み、肘をつき、ゆらありと起き上がる。落馬の衝撃で、兜がどこかに飛んでいた。顔も髪もむき出しで、歯を食いしばっているのがありありとわかった。
 そして、彼は立ち上がる。
 口元から血を滲ませ、低く唸りながらもしっかりと地面を踏みしめて。
 左腕に巻かれた水色のハンカチが、風に翻る。

 一方で青鷲の騎士もまた、よろよろと起き上がろうとしたが……
 途中でがくり、と膝を着いてしまった。
 この瞬間、勝敗は決した。
 高々と旗が上がる。

「勝者、ディーンドルフ!」

 どっと歓声が上がった。   
 
 それに続く一連の出来事を、ニコラ・ド・モレッティは半ば夢の中にいるような心地で受け入れた。
 傷だらけでぼろぼろになりながらも、誇らしげな『彼女の騎士』が跪く。
 その頭上に小さな手で月桂樹の冠を被せ、手の甲にキスを返された。
 勝利の旗を掲げる彼とともに馬の背に乗り、場内を一周した。

 勝利の行進を終え、抱き上げられて馬から降ろされた時。ありったけの勇気をふりしぼって彼の頬に触れた。

「傷、痛くないの?」
「うん、ちょっと痛いかな? でもこの程度ならどーってことない」

 ディーンドルフは白い歯を見せて、顔中をくしゃくしゃに笑みくずした。

「今日の勝利を君に捧げる。君の声が力をくれた。ありがとう、レディ・ニコラ!」 
 
     ※
 
 モレッティ家の二の姫、レイラはあいにくと、妹の晴れ姿を目にすることはできなかった。
 試合後、天幕に寝かされて、治癒術師の治療を受けていたからだ。

「見事だね。的確にして強烈だ。正に改心の一撃って奴だ」
「ああ。私が女だから。団長の娘だからと、誰しもが感じていた無意識の遠慮を軽々と振り切っていた」

 治癒術師は傷の上に手をかざし、静かに祈りの言葉を唱えた。
 手のひらに集まる柔らかな光がレイラの胸元に吸い込まれ、内側から傷を癒して行く。
 肌に浮いていた赤い痣が薄らぎ、消えた。文字通り跡形も無く。

「どう?」
「ありがとう、楽になった」

 ほっと息を吐くと、レイラは肌着に袖を通した。

「あいつは『本物』だ。最初から最後まで、一人の騎士として、私に全力で向き合った。手加減の手の字も見せずに」
「………試合が終わるまではね」

 試合後、『勝利の行進』の始まるまでのわずかな間に、ディーンドルフはこの天幕に、息急き切って駆けて来たのだ。
 レイラの無事を知らされるまで、決して動こうとはしなかった。

「惚れた?」
「そうね、貴方と出会う前なら、あるいは……ね」

 ほほ笑みながら治癒術師は上着を広げ、レイラの肩に着せかけた。
 見つめ合う瞳、求め合う唇の距離が0になる。
 相思相愛の恋人たちには、試合の結果より大事なことがあるのだ。
 
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