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とりねこの小枝

2.樫の木の下で

2011/11/23 1:21 騎士と魔法使いの話十海
 馬場の外には、騎士たちの控えの天幕が並んでる。天幕の前には、それぞれ出場する騎士の紋様を描いた旗が立っていた。みんな試合の準備に大忙し。
 痩せっぽちの女の子一人がうろちょろしてても、気付かない。

「姉さま、どこかな」

 天幕の間をちょこまかと歩いた。
 黄色い星に向かって羽ばたく青い鷲、レイラ姉さまの紋章を探して。
 家紋とも、騎士団の紋章とも違う姉さま専用の印。
 騎士はみんな、所属する騎士団や、家の紋章とは別に『その人個人を識別するための目印』を決めるんだって。鎧兜をつけると、誰が誰かわからないし。持ち物につけておけば、誰の物かすぐ判るから。
『公式の紋章じゃないから、けっこう好き勝手に決めてる』ってレイラ姉さまは言ってた。
 だったら名前を書いておけばいいのにね。それとも文字を読むのもめんどくさい?

(さっきから私、レイラ姉さまのことばっかり考えてる)

 ちっちゃい頃から、レイラ姉さまはずっうと『私の騎士』だった。試合の時はいつも、私のハンカチを左腕に巻いて戦ってくれた。
 だけど今はもう違う。姉さまには、将来を誓い合った男性(ひと)がいるから。
 モレッティ家の二の姫は、今はその人のために。そして、自分自身のために戦うのだ。

(私、何やってるんだろう)

 足が止まる。
 姉さまの隣には、あの人がいる。
 今さら私が行ったって、2人の邪魔するだけじゃない。かと言って、客席に戻るのも気が進まない。
 ため息を着い立ち止まったら、ちょうどおあつらえ向きにちっぽけな木なんかが生えてたりする訳で。寄りかかってひとやすみした。
 よく晴れた青い空を背景に、葉の形が透けて見える。うねうねと波打つ輪郭の細長い葉っぱ。

(あー、樫(オーク)の木だ、これ……)

 まだ実はなってないのかな。あったら拾うこともできたのに。拾ってどうするって訳でもないけど……。私はリスじゃないから、ドングリは食べられない。

(あなたもいっそ、クルミとか、栗なら良かったのにね)

 ぼんやりと考えていたら、さく、さくと土を踏む足音が近づいてきた。
 拍車を着けた、頑丈なブーツの音。姉さま? ううん、もっと重くてどっしりしてる。

 日の光が陰った。

「っ!」

 目の前に、肩幅の広い、背の高い男の人が立っていた。ゆるく波打つ褐色の髪が肩を覆ってる。所々きらきら輝いて見えるのは、金色の房が混じっているからだ。
 ちょっぴり目尻の下がった瞳の色は、さっきまで見上げていた樫の梢の若葉と同じ、透き通る緑。
 白いサーコートが風に翻る。胸には真っ赤な獣が翼を広げていた。頭と前脚、翼は鷲。後脚は馬――鷲頭馬(hippogriff)だ!
 薄紫の細長い草花が守るようにその周りを包んでいる。ラベンダー……かな?(いまいち自信ないけど)
 
 ダインの盾2 .png
    illustrated by Ishuka.Kasuri
 
「初めまして、レディ」

 低い、よく通る声で彼は言った。慌てて背筋を伸ばして、答える。

「ご……ごきげんよう、ヒポグリフの騎士さま」

 この人、知ってる。何度か砦で見かけたことがある。
 その時は、ブルーのサーコートに、赤い盾の左下で直角に交差する二本の白いライン……西道守護騎士団の紋章を着けていた。

(きっと、こっちがこの人の個人紋なのね!)

「ディートヘルム・ディーンドルフと申します」

 まるで、おとぎ話の光景が現実になったみたい。
 騎士ディーンドルフは私の前に跪き、言ったの。
 言ってくれたの。
 言っちゃったの!
 
「あなたの名誉のために、戦わせてください」

(これは夢? 夢なら覚めないで、あとちょっとでいいから!)

 それは今まで何度も聞かされた言葉。だけど、いつも言われる相手は姉さまたちで、私じゃなかった。
 自分に言われたら何て答えようって、ずっと想像してきた。頭の中で繰り返してきた。何十回も練習してたはずの言葉が今、声にならない。
 手が震える。どうしよう、みっともない、はずかしい!

「はいっ、お願いしますっ」

(ちがうの、もっと優雅に返事したいのにーっ!)
(そうだ、ハンカチ、ハンカチ出さないとっ)

 ごそごそと手提げ袋からハンカチを出そうとしたんだけど、ひっかかって上手く出てこない。変だな、レイラ姉さま相手の時はするっと出せるのに。
 何で? どうして?

「こ、これを使ってちょうだい」

 やっと引っ張り出したハンカチを、両手に持って差し出す。
 ディーンドルフはちょこんと座ったまま、待っていてくれた。
 まるで、命令を待ってる大きな犬みたいに。
 ぶるぶる震える手でつかんだハンカチを、うやうやしく両手で受けとってくれた。
 そして私の手をとって、そ、と手の甲に唇を当てた。
 
(わああ)

 彼の手は姉さまより、ずっと骨組みがしっかりしてて、大きくて、太かった。キスする唇はくすぐったくて、あったかかった。

「私は、ニコラ・ド・モレッティ。やるんだったら、とことんやんなさい! 負けたら承知しないんだからね?」

(わーん、何でこんなこと言ってるの、ばか、ばか、わたしのばかーっ)

『私の騎士』は、きょとんと目を丸くした。だけどすぐに笑顔でうなずいた。

「はい!」

 白い歯を見せて、目を細めて。ちょっぴり恥ずかしそうに、でもはっきりした声で答えてくれた。

「御心のままに、レディ・ニコラ」
 
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