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とりねこの小枝

1.衝撃の口付け

2012/01/29 1:22 騎士と魔法使いの話十海
 
 一日に一度、キスをすれば三日で三度、百日で百度、一年で三百と六十五回。
 一日に三度、キスをすれば一年で千を越える。

 それはやがて千に至る始まりのキス。

     ※

 一口にキスと言っても色々ある。祝福のキス、敬愛のキス、挨拶のキス、友情のキス。そして、そのどれとも違う、性愛のキス。
 ディートヘルム・ディーンドルフが生まれて始めて交わした「性的な」キスは……

「うぐっ」
「いってぇええなあ」

 がちーんっと歯と歯がぶつかり、目の奥から火花が散る、それはそれは『衝撃的』な口付けだった。
 たまらず、二人して口元を押さえてうずくまる。

「ちょっとは加減しろっつのこの童貞が!」
「大きなお世話だ! ってか童貞とか言うな、このヒゲ中年!」
「童貞を童貞と呼んでどこが悪いか、童貞!」
「やーめーろーっ!」

 傷ついた騎士と、通りがかった薬草師。湖のほとりで出会った二人。傷の手当てを申し出た薬草師が、薬と称して渡した木の実を騎士は何の疑いも抱かずに口にした。
 しかし、それにはちょっとばかり厄介な副作用があった。
 結果、騎士の若い血潮は燃えたぎり、股間が疼いて火照っていきり立ち、どうにも動けない状態に。
 自らの体の反応に戸惑い、困り果てた様子にフロウは秘かにほくそ笑みつつ、優しく声をかけた。
「それ、抜いてやろうか?」と。
 
 素直にうなずくダインにまず命じた。

「脱げ」
「何で?」
「いいから脱げよ。でなきゃ俺がひっぺがしてやろうか? んん?」
「わかった、脱ぐ、脱ぐからっ!」

 もとより傷の手当てのため、既にダインは上半身裸だった。
 のぼせた頭ではもう、何故脱ぐのか疑問に思うだけの余裕もないのだろう。むしろ、体が火照って衣服を身に着けているのがつらくなっているはずだ。
 もどかしげにベルトを外してズボンをずりおろし、何処かにひっかかったのか、咽奥で呻いている。
 効果てきめん。股間が下着の上から形がわかりそうなほど、ぱんぱんに膨らんでいた。
 まとわりつく視線が気になるのか。半ば引きちぎるように紐を解き、ズボンと一緒くたに脱ぎ捨てた。
 ぷるんっと濡れた熱い塊がそそり立つ。

「ほぉう。なかなかにご立派なモノをお持ちでいらっしゃる」

 顎に手を当ててしげしげと検分し、片手を掲げて指で大きさなんぞを測ってみる。

「何、ガン見してやがるっ」

 ブーツを引っこ抜く手を止めて、にらんできた。別に脱がなくてもいいのになあ。全裸に靴履いただけってすげえ卑猥な眺めだし。

「人並みだぞ、人並み!」
「んー、そーゆーことにしときますかね」

 その堂々たる体躯に相応しく、太さといい、長さといい、申し分のない一物をねめ回す。
 竿は弓なりに反って先端は天をめざしてそそり立ち、先端からは既に先走りが滲んでいる。服を脱いだ時にこすりでもしたか。ふむ、なかなかに弄り甲斐がありそうだ。
 何やら居心地が悪いのか、さすがに視線が気になるか。ダインはおずおずと股間を両手で覆ってしまった。

「こらこら。隠してどうするよ」
「う、あ、いや、だって」
「男同士だろ? 恥ずかしがってどーするっての。ほら」

 手首をつかんで持ち上げると、さしたる抵抗もなくあっさりとはがれた。
 つくづく素直な奴だ。

「見なきゃ、抜けないだろうが。そうなったら、お前だって困るだろ?」
「う……うん」

 ぴーんっとそそり立った肉の剣におもむろに手を伸ばし、指を巻き付ける。ダインはびくっとすくみあがった。

「うぇっ? な、いきなり、何するか貴様ぁっ!」

 それでも手を振り払わないあたり、素直と言うか、生真面目と言うか。
 抜いてやろうと言う自分の言葉を、疑いもせず従っているのだ。これも『手当て』の一環なのだと信じて。
 他ならぬその勃ちっぱなしの状態を引き起こしたのも、自分なのだが。

(感心感心)

「はい、動かない、動かない」

 根元を押さえたまま、かぽっと先端を口に含む。

「おぁっう、うぉわっ」

 いい声だ。
 口の中のナニも、ぴくぴく震えてる。
 いいねえ。素直に反応してくる。可愛いじゃねえか。

「何だ、これ、あったかいっ、ぬるっとして、あ、あ、やめ、何舐めて、あ、あ、あぁっ」

 そのまま、言い訳する暇も説明する暇もあらばこそ。腰を抱えてじゅっぷじゅっぷとすすり上げ、一気に一発目の濃いのをいただいた。

「う、んう、よせ、だめだ、も、出る、出るっ」

 咽奥を穿つほどの勢いで放たれるのをたっぷりと。あんまりに勢い良く出たもんだから、ちょっとばかり口の端から溢れちまった。
 ごくりとわざと音を立てて飲み下し、満足して口を拭う。

「ぷっはぁ……雄くせぇ」
「てめっ、自分からやっといてっ」
 
 涙をにじませてにらみ付ける緑の瞳を見返しながら、からかい半分、口にした。

「初々しいねえ。あ、あれか。お前さんもしかして、男とヤるのは初めてかい?」
「っ」

 上気した顔がさらに赤みを増し、それこそ熟した野いちごみたいに真っ赤になった。

「図星、か。って言うかお前、もしかして……」

 咽に絡みつく濃い精を、ごくっと飲み込む。

「童貞、か」
「……………………………………悪ぃかよ」

 その先の行動は、あまりに迅速で強烈、予測不能。肩をひっつかんでいきなり、ものすごい勢いで顔を近づけてきた。いや、ぶつけてきた。
 結果が、これだ。

「おーいってぇ! ったく、キスの時は歯ぁ食いしばるんじゃねえ! がっちんがっちんぶつかってたまったもんじゃねえだろうが!」
「う………ごめん」

 気圧されたのと、痛かったのでしゅんとうなだれるわんこに、ここぞとばかりに畳みかける。

「それと。斬り合いじゃあるまいし、猪突猛進に突っ込んでどーするよ。俺ぁ逃げも隠れもしないから。慌てるな。な?」
「う……うん」
「ほら、もういっぺんやってみろ。ただし、そーっとだぞ。そーっとな」

 ダインは素直に従った。
 
     ※
 
 二度目のキスは、唇と唇を触れ合わせる所から始まった。相変わらずぶるぶる震えてるが、かえってその初々しさに胸が躍る。降ったばかりの真っ白な雪に初めて足跡を記す。あの素朴な高揚感と優越感が入り交じった心地よさにくらくらする。
 どんな男も、女も、まだこいつの肌身には触れていないのだ!

「うー、うー、うー……」
「ん?」

 薄目を開けてみると、目を白黒させて妙に真っ赤な顔で唸ってる。照れてるとか興奮してるとか、そんな単純な問題じゃないらしい。もっとせっぱ詰まった。要するに。

「ぷっはああっ」
「……息、しろよ」

 まさかファーストキスまで頂いちまった訳じゃ、ないよな?

「はー、はー、はー……」

 うーわー、水に潜った後みたいに、咽鳴らして空気をむさぼってやがるし。

「できる訳ないだろ、口、ふさがってんのに!」

 冗談じゃ、ないよな。ものすごく真剣な目ぇしてる。やっぱ、初めてのキスだったか。

「鼻で息すりゃいいじゃねえか」
「あ」
「んじゃ、もう一度試してみるか? ん?」
「う、うん」

 癖のある褐色の髪に指をからめる。こしがあって、それでいて堅過ぎない。もつれてるのは、手入れが雑な上に汗かいて、ずっと兜を被っていたせいだろう。

(もったいねぇなあ)

 何度も撫でて、指で梳く。少しでも本来のつややかな毛並みに近づくように。ダインは眉を寄せて、もぞもぞと身じろぎした。

「……くすぐったい」
「ちょっとぐらい我慢しろ。肩の力抜けって、ほら」
「う、うん」

 言われるまま、深く呼吸をしている。心なしか手足の強ばりが抜け、不自然にせり上がっていた肩が下がってきた。

「そうだ、それでいい」

 手のひらでわんこ騎士の頭を支えたまま、今度はこっちから顔を寄せた。
 一瞬、びくっと後ずさりしそうになるのを、肩に置いた左手でやんわりと引き止める。距離が近づいて行くと、まばたきして目を閉じた。

 いいね。ここまで委ねてくるか。まったく可愛いわんこだよ、お前さんは。

「口、ちょっと開けろ……うん、それでいい」

 ちゅくっとわざと音を立てて唇を吸う。手のひらの下の体がぴくんっと震えた。
 少し開けた口と口が重なり、ぬるりとした湿り気が共有される。
 じゅううっと強く吸ってから放すと、おずおずと自分から吸い返してきた。
 唇だけであむあむと噛み合わせる。しばらく動きを止めると、同じようになぞってくる。可愛いやら、楽しいやらで、こっちもつい念の入った動きになってくる。

 上唇だけあむ、としゃぶって軽く引っ張り、また放す。続いて下唇を同じように。
 こっちの動きが止まると、ややあってダインが後に続く。
 顔の角度を変えて、すっかり粘度の上がった口で吸い付き、舌を潜り込ませ……
 浅く重ねたまま、互いの口をぬるぬると抜き差ししてやると、『う』と咽の奥で呻いた。
 ははあん、舌入って来たんでびっくりしたか。

(どんだけ箱入りだよ、お前さん)

 普通、この年なら上司なり先輩なりに色街に連れてかれて、艶事の手ほどきを受けていそうなもんだが……

 ついさっき、見たばかりの『瞳』。砕いた雲母を鏤めたようなきらめきが脳裏をよぎる。
 もし、そんな風に世話を焼いてくれるような人間が身近にいたら、置き去りにされたりなんかしないだろう。こんな人里離れた寂しい場所に、怪我の手当てもされずに、一人ぼっちで。

 柄にもなくしんみりしてると、ぶふーっとなまあったかい風が顔に吹きつけた。
 髪が舞い上がるほどの勢いで、妙に短いストロークで、ふは、ふはっと。

(ったく)

 舌を吸い上げながら口を離す。追いすがってくるのを、胸板に手のひらを当てて押しとどめた。

「う?」
「鼻息当たってるだろうが。少しは落ち着け!」
「無理」
「即答かよ!」
「お、俺だって、困ってんだ。こんなの初めてなんだ。一回抜いたのにまだ、おさまんねーし。ムズムズして、ちっとも楽になんねーしっ」

 おーおー、眉根に皴が寄っちゃってるよ。うろたえちゃってまあ、さっきまでのつっけんどんな態度が嘘みたいじゃないか。

「そ、それに……」
「ん? どーした」

 視線が左右に泳いでいる。右手で頬を包んでのぞき込んだ瞳は、左目の色がすっかり変わっていた。どうやら、感情が高ぶると発現するようだ。
 逃げ場を失い、観念したのだろう。ちろ、とこっちを見上げて、もごもごと口の中で呟いた。

「聞こえねーよ、騎士さま」
「……何か、あんたが可愛く見えてきた」
「ははっ、そいつぁ傑作だ」

 自分の方が、よっぽど可愛い面さらしてるくせに!

「ま、可愛く見えた方がいいんじゃね? これから本番なんだからよ」
「へ?」

 キョトンとした顔で、ぱちくりまばたき。はたと何か思いついたのか、血相変えてすくみ上がった。

「ま、まままま、また舐めるのかっ」
「いんや。入れる」
「入れるって、どこへ?」
「ああもお、じれってぇなあ」

 このまんまじゃ、らちが明かねえ。童貞相手なら、こっちが手綱を握るまでだ!

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