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とりねこの小枝

1.美女三人おまけが一人

2011/11/23 1:19 騎士と魔法使いの話十海
 
 モレッティ家の娘は四人。
 長女のマイラは春のように優しく、美しい。次女のレイラは夏のように勇ましく、三女のセアラは冬のように鋭く賢い。
 そして四番目のニコラは暑くもなく寒くもなく。きれいな花が咲くでなし。そう、まるで秋のように……中途半端。

 うん、よっくわかってる。さすがに面と向かって言う人はいないけど、噂ってそれとなく耳に入ってくるしね。
 別に今さら、気にしてない。四人も居れば一人ぐらい、『はずれ』が混じってるものよ?
 その辺、お父様とお母様は心得てるから助かっちゃう。生まれてきてから14年、そろそろお友だちは花嫁修業や行儀見習いが始まる頃だけど、私は割と自由にやらせてもらってる。
 必要なことは、みんな姉さまたちが教えてくれるし。
 ダンスにお作法、お裁縫。勉強に、剣の稽古だって完ぺきなんだから! ……そりゃ、多少の得手不得手はあるけど。
 マイラ姉さまは、いつも言ってくれるわ。

『ニコラにはニコラの素敵な所があります。まだ、それに気付く人に出会っていないだけなのですよ』って。

 だから安心して、今日は留守番させてもらえるって信じてたのに。

『でも、まず出会うためには、人のいっぱいいる所に行かなければいけませんね?』
 
 姉さまって、時々地道に強引だ。にっこり笑って、有無を言わさない。
あれあれっと思ってる間に髪の毛がとかされ、お気に入りの空色のドレスを着せられて。(ほんと、しっかりしてる! これ選べば私がご機嫌だって、わかってるんだから)
 気がついたら、馬上槍試合の会場にぽんっと放り込まれてた。
 馬のいななき、鎧や剣のがちゃがちゃ触れ合う音、ぴーちくぱーちくさえずる観客席の御婦人方の金切り声。
 もしも猫みたいに耳が動かせるなら、まちがいなく伏せている。
 眉間にしわを寄せ、首をすくめながら思ったわ。

(何で私、ここにいるんだろ?)

     ※
 
 試合の前は、会場の御婦人たちはみんな張り切ってる。
 年は関係ない。大人も。子供も。要するにレディって呼ばれる年ごろの人はみんなそわそわしてる。さりげなくハンカチを手に持ったり、ちっちゃなバッグから出し入れしたりして、忙しい。
 それもこれもみんな、妙てけれんなあの風習のせい。
 誰が始めたのか知らないけど、試合に出場する騎士はみんな、建前上は自分じゃなくて『私のレディ』の為に戦うことになってるのね。

(何でそんなめんどくさいことするんだろう? 訳わかんない)

 恋人とか奥方のいる騎士は、その人のために。
 そうでない若い騎士は、会場をうろちょろして、これぞと心に決めたレディの前に跪く。その騎士がお気に召したら、レディはうやうやしくハンカチを贈るの。騎士はそれを受け取り身に付けて、レディの名誉をかけて戦うって訳。

 要するに、試合にかこつけて、気になる女の子にアピールしようってことよね。ほんと、男の子の考えなんていつでも同じ。底が浅いって言うか、単純って言うか?
 試合の日に持たされるハンカチがやけに大きくって、派手な色なのはそのせいね、きっと。
 そもそも何でハンカチ? 別に旗でも盾でもいいじゃない。いっそリボンとか。
 ひらひらの大きなリボンを結んで、颯爽と試合してる騎士さまたちの姿を想像してみる。
 うーん……いまいち、可愛くない。
 って言うか、変。笑える。

「ぷっ、くくくっ、あははっ」

 がまんできなかった。レディっぽくない『はしたない』笑い方だけど、どうせ誰も見てない、聞いてない。
 会場をうろつく騎士は沢山いるけれど、誰一人、私の所に来るはずなんて、ないんだから。
 これまでもそうだった。
 今日だって同じ。
 姉さまたちの周りには、順番待ちの列ができている。ハンカチだって一枚二枚じゃ足りないから、いつも束で持ってくる。
 それこそ『ハンカチ屋が開けますわね』って、ばあやがしょっちゅう冗談言うくらいに。

 モレッティ伯爵の娘は四人。
 春のように美しくたおやかな一の姫。
 冬のように聡明で賢い三の姫。
 二の姫は自ら鎧兜に身を固めて戦う。
 味噌っ滓の四の姫に目を留める者なんか、誰も居やしない。
 うらやましいってわけじゃない。だけど、そばにいるとどうしても、取り残された気分になってくる。

(これ以上、ここにいちゃいけない)
(ここに居続けたら私……きっと姉さまたちを嫉んでしまう!)

 それは、とっても嫌な気持ち。煮えたぎった硫黄の杯を飲み干すほうがまだマシ。(やったことないけど)

 こっそり客席から抜け出したけど、誰にも呼び止められなかった。姉さまたちの周りに集まった騎士たちが、壁になってて見えなかったみたい。
 胸の底がつきゅんっと疼いて、鼻の奥に塩からい味がこみ上げてきた。
 こぼれる前に、ぐっと歯を食いしばって飲み込んだ。

「いいの。私は平気。レイラ姉さまの応援に来ただけなんだから!」
 
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