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とりねこの小枝

1.十の三倍時が過ぎれば★

2012/01/14 17:51 騎士と魔法使いの話十海
 
時の歩みは束の間の
痛みも甘みも駆け抜けて
残るは笑みかため息か
蜂鳥よりも軽やかに
瞬きよりもなお早く

「なあ、ダイン」

 フロウがぽつりと言った。一日の終わり、抱き合い寄り添うベッドの中で。

「お前の30年後が怖いよ」
「どう言う意味だそりゃ」

 柔らかな髪をかき回し、顔を埋める。カミツレとラベンダーの香りがした。
 明日の自分は想像できても、10年後となるとあやふやで。増して30年後だなんて。
 いくつになる? 51歳か。

 ……今の親父とだいたい同じ年だな。

「そーだな、白髪も生えてるだろうし、皴も寄ってるし……」

 困った。不本意なことに、おぼろげながら予想が形をとりはじめた。
 理由は簡単。今の俺は、若い頃の親父によく似ているだからだ。少なくとも、知らずに父の二十歳の頃の肖像画を見た奴が、俺だと確信するくらいには。

「さすがに筋肉はちょいと落ちてくるだろうな。腹も出てくるかもしれない。それが不満か?」
「そうじゃないって」

 つぶやいたっきり、フロウは黙ってしまった。
 声音に潜む重さが、ひしりと胸にのしかかる。息を殺して続きを待った……抱きしめる腕に力をこめて。ただひたすら、互いの息の音、胸の鼓動に耳をすましていた。
 どれほどの時が過ぎたろう。

「30年も過ぎれば、俺は70だ。死んでてもおかしかないだろ?」
「っ!」

 気付かなかった。
 いや、違う。
 気付きたくなかった。

「それ以上、言うな」

 指に力がこもる。手加減なんか忘れていた。
 それでも今、この瞬間、こぼれ落ちる時間を止めることはできない。できるはずがない。

「ってえ、いてぇっつの、こら離せ、この馬鹿犬っ」

 何でそんなこと言うんだ、フロウ。必ず終わりが来るのはわかってる。母も。姉上も、そうだった。離れたくない。離れ離れになることなんか考えてもいなかったのにある日突然、消えてしまった。

「死に別れた後のことなんざ、そん時考えりゃいいことだろう。今はそんなこと口にすんじゃねぇっ」
「……心配なんだよ。今でさえお前さん、俺と一ヶ月も離れてたら干物になってそうだし」
「余計なお世話だ!」
「俺がくたばるより早く」
「その話、聞きたくもない!」
「……はいはい。だけどな、ダイン。お前さん、この先任地替えにでもなったらどうするよ?」
「う………」
「王都に呼び戻されるって可能性もあるだろ? 元々あっちの生まれなんだし」
「帰るつもりは、ない」
「おい」
「俺は、ここに居る。ここに居ることを選ぶ」
「やれやれ、こまった騎士さまだ」

 ため息をつくと、腕の中でフロウは力を抜いて、くしゃりと俺の髪を撫でた。

     ※

 夜が明けた。
 昨夜の不吉な会話のことなんか忘れちまったみたいに、いつも通りに起きて。いつも通りに飯を食って、店を出た。

「行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
「ぴゃあ!」

 非番は昨日で終わり。今日から出仕だ。次にフロウに会えるのは(勤務中だろうが非番だろうが、暇さえありゃ店に顔を出しに来てはいるんだが)……夜を一緒に過ごせるのは、一週間後だ。

(その一週間の間に、俺かフロウ、どちらかが死んでしまったら?)
(これが今生の別れになるかもしれないじゃないか!)

 ひやりと背筋を不吉な予感が這い登る。肩越しに振り返ると、フロウもこっちを見てた。
 目線が合った瞬間、わかった。

 こいつも同じこと考えてるんだって。
 だが、口には出せない。言葉に出した瞬間、もやっとした嫌な予感がはっきりと固まってしまうような気がして……
 そのまま前を見て、黙って店を出た。

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