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とりねこの小枝

15.隊長VSおいちゃん

2012/03/20 23:28 騎士と魔法使いの話十海
 
 方や、金髪の男……ロベルトは腕組みして薬草店の店主をにらみ付けていた。

「何かご入り用で?」
「貴様、ディーンドルフとデキてると言うのは本当か!」

 ロベルト・イェルプは万事に置いて直情的な男だった。

「えーっとぉ」
 
 フロウは蜂蜜色の瞳をぱちくり。くしくしと人さし指で顎の下をかいた。
 あー、なんか前にも聞いたなあ、こんな台詞。だが、これで確定した。こいつは間違いなく騎士団の一員で、ダインをよーっく見知っている人間だ。ディーンドルフなんて堅苦しい呼び方してる所や、年齢から判断しておそらく上司、いや、先輩か。

(あ)

 カチリと頭の中ではめ絵の断片が組み上がる。

『ロブ先輩がこっちに来るんだ! 隊長に就任したんだって。訓練所で俺のことガキの時分から鍛えてくれた人なんだ。嬉しいなあ。懐かしいなあ』

 わんこが顔中くしゃくしゃに笑み崩して話していた。

『ずーっと東の交易都市に居たんだけど、これからは一緒に勤務できる。伯母上の荷物と手紙まで届けてくれたんだぜ!』

「あんた、もしかしてロブ先輩か?」
「ぐっ」

 びくっと男の肩が震え、動きが止まる。
 大当たり。

「やっぱりな。ダインの奴から聞いてたよ。訓練所でずーっと世話になった人なんだってな? まあ立ち話も何だから、座りなよ」

 カウンター前の椅子を勧めた。
 座るのを確認してから(背筋は見事なくらいにびしっと伸びていた)、コンロからヤカンを下ろし、ティーポットに香草茶を入れて湯を注ぐ。砂時計をひっくり返して抽出時間を待つ。
 さらさらと砂が落ちる間、フロウはのんびりした口調で話を続けた。

「あいつ、言ってたぜ。王都の訓練所で、あんただけが『公平に』厳しくしてくれたって。他の奴と分け隔てなく。それがすごく嬉しかったんだとさ」
「……ふん」

 小ばかにしたように鼻を鳴らした。太い、きりっとした眉がしかめられる。

「そこまで、あいつはお前に自分のことを話してるのか!」
「まーな。もともと隠し事するような奴じゃないし?」
「うむ、それは認めよう」
「まあ、アレだ。デキてるっつーか、懐かれてはいるけどな」
「何?」

 砂が落ち切った。こぽこぽとカップに茶を注いで勧めた。

「どうぞ。においが少しきついかも知れないけどな」
「いや、平気だ」

 ずぞ……と一すすり。それきり、黙ってカップの底をにらんでいた。
 急かすこともなくフロウが待っていると、不意に男は口を開いた。

「あいつは、同じ年に入った訓練生の中でも、ずばぬけて居た。剣の腕も、乗馬も。粘り強くて決して諦めない、意志の強さも。見込みがあった。だから鍛えた。それだけだ」

 一度に言い切ると、ロベルトはふーっと深く息を吐いた。それからおもむろにごくり、と茶を含み、飲み下す。どうやら熱いのは平気なようだ。

「目をかけていたんだ。後輩として。あと1、2年も一緒に居たら色事の手ほどきもしてやれただろう。だがその前に俺は転属を命じられて、それきりだ」
「そうだってなあ? 東の交易都市に赴任してたんだって?」
「ああ」

 だん、と拳がカウンターに叩きつけられる。

(おっと)

 ぴくりと眉をはね上げたが、それだけ。相手に自分を傷つける意図がないのはわかっていた。
 多少は驚いたが、脅えるほどではない。

「俺が見ている限り、あいつの理想の女性はずっと姉上だった。何かにつけて、姉上、姉上と……ディーンドルフは重度のシスコンなんだ! それが、男に走るなんて、信じられん」

 ぎろり。薄いスミレ色の瞳でにらみ付けられる。

「単刀直入に聞く。貴様はあいつを騙して、たらしこんで、いいように弄んでいるのではないか? もしそうなら……」

 ぎりっと拳が握りしめられ、むきむきと二の腕に筋肉が盛り上がる。

「ほう」

 軽く口笛を吹きたくなった。なかなかに、いい体をしてらっしゃる。

「まあ、確かに最初に声かけたのは俺だったけどな」
「やはりそうか!」

 ぐぐぐっと逞しい腕が構えられ、めらめらと見えない炎が燃え上がった。

「おいおい、早まるなよ? ひっついて来てんのは、むしろダインの方なんだ」

 首をすくめて、慌てて付け加える。危ない危ない。あんなぶっとい腕で殴られたら、さすがに身が持たない。

「何?」
「別に、あいつを拘束しているつもりはないってことさ。俺の側に居るのは、全てダインの意志だ。あいつがそーゆー奴だってこと、あんたが一番良く知ってるんじゃないか?」

 ぷしゅうっとロベルトの体から物騒な気配が抜けた。

「それは……確かにそうだ」

 がくりと肩を落とすロベルトの瞼の裏に、先日、馬屋で見た風景が蘇る。
 いい笑顔だった。

「できれば、とっととまっとーな相手見つけてくっついてくれりゃいいって思ってるくらいだ。こんな性悪のおっさんにうつつ抜かしてもいい事なんざないさ。まだ若いし、あいつ、家柄だっていいんだろ?」

 何なんだ、この後ろ向きな態度は。貴様の方には気持ちはないのか。あいつが一方的に慕ってるだけだと言うのか? 

(それでは、あいつが、ただの阿呆じゃないか! それでいいのか、ディーンドルフ……)

「家柄だけは、な」

 憮然として答える。内側にくすぶるもやっとした苛立ちが声音に溶け込んでいた。

「だがハンメルキン家でのあいつの境遇は、必ずしも恵まれてはいない」
「え、ハンメルキン?」
「知らなかったのか」

 眉をしかめて舌打ち一つ。余計なことまで口にしてしまったか。だが言いかけた以上、途中で口をつぐむ訳にも行かぬ。

「ああ。ディーンドルフは、育て親の……伯母の家名だ。あいつは父親の家名は滅多に名乗らん。家督の相続権もない。兄がいるからな。れっきとした正妻の子で、由緒正しい跡継ぎが」
「そうだったのか」
「あてが外れたのではないか?」
「いや、別に? 何つーか、妙に育ちがよさげだな、とは思ってたけどな。そんだけだ」
「そうか」

 貴族の子だからたらしこんだ、と言う訳でもないのか。

「ああ、でも一つだけ、羨ましいことがある」
「何だ?」
「あの目だよ。真面目に魔術師なり、巫術師なり目指してりゃあ、いい線行ったろうによお。ったく残念っつーか、惜しいっつーか」
「…………………」

 呪われた目。忌わしい目。これまで自分の知る限り、あいつの左目はずっとそう罵られていた。蔑みの対象だった。騎士団の中で孤立し、苛められる絶好の理由となっていた異相が、この男にとっては……。
 誉むべき才能だと言うのか。

「……魔法使いめ」

 吐き出す言葉はわずかな苦さを含み、通り過ぎる舌を。口の端を歪ませる……ほんの少し。あえてその味に名をつけるとしたら悔しさか、あるいは一種の敗北か。

(認めるしかないのだな)
(それでいいんだな、ディーンドルフ。お前は騙されてる訳じゃなくて、自分からここに。己の安らげる場所を見つけたのだな……この男の傍らに)

「ところで、さ、ロブ先輩よ?」
「ロベルトだ」
「OK、ロベルトさん。このお茶、懐かしかないか?」
「え?」
「あんた東方の交易都市に居たんだろ? あっちの方の珍しい薬草が昨日届いたんでな。さっそく茶にしてみたんだが………」
「っ!」

 ぎょっとしてロベルトは空になったカップを睨んだ。そう言えばこの男、自分は一口も茶を飲んでいない。

(謀られたかっ!)

「………冗談だよ。安心しな。確かに交易都市から仕入れた茶葉だが、あんたの送ってきたアレは入ってない」

 そう言って男はにししっと歯を見せて、楽しげな声を漏らした。
 全てわかっていたと言うのか! 自分は、この男の手のひらの上で転がされていただけだったのか……。

「貴様……」
「あんたがどう言う意図で送り付けてきたかは知らないが、こっちとしちゃ、貴重な薬草と種が手に入って多いに感謝してんだぜ?」

 すました顔で茶をすすると、フロウはにんまりと笑いかけた。

「ありがとな」

     ※

「これからもご贔屓にー」

 にやにやとほくそ笑む中年親父に見送られ、ロベルトは薬草店を出た。

(くそーっ、くそーっ、くそーっ)

 ぎりぎりと歯を食いしばる。

(あんのヒゲ中年がっ! 前言撤回だ。絶対に俺は認めない。認めないぞ!)

 もはや後輩が心配だからとか。騙されてるのなら道を正してやろうとか。そんな当初の目的とは、微妙に違った方向に突っ走りつつあるのだが……
 ロベルト自身はまるで、気付いていないのだった。

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