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とりねこの小枝

16.兎の隊長さん

2012/03/20 23:30 騎士と魔法使いの話十海
 
 さて、それからしばらく経過したある日の午後。
 
 就任の挨拶にド・モレッティ大夫人の館を訪れたロベルト隊長は……
 庭に面した日当たりのよいテラスで、彼を歓迎して催された茶会の席上で、とんでもないものを目にしてしまった。
 水色のリボンに水色のドレス、金髪に青い瞳のニコラ・ド・モレッティ嬢が、どこかで見たことのあるような人形を抱いていたのだ。

(何故だ。何故、あいつの所に落としたはずの呪い人形を、四の姫がーっ!)

 しかも、首に巻いてあるリボンは姫の髪に結んであるのと同じ水色。かなりお気に入りらしい。
 一目見た瞬間から、お茶の香りも茶菓子の味も舌の上をことごとく素通りし、ロベルトの頭の中は一つの考えでいっぱいになった。

(どうにかして取り戻さねば!)

 それでも礼儀上、お茶一杯飲み終わるまではどうにか平静を保ち続けた。席を立って、庭園を愛でつつ歓談……となった所で思い切って四の姫に話しかけてみた。

「あー、その、姫。その人形の事なのですが……」

 ロベルト・イェルプは万事に置いて単刀直入、常にまっすぐな男だった。

「これ?」

 四の姫ニコラは満面の笑顔で答えた。

「可愛いでしょ! 師匠からもらったの。触媒を全部外してしまったから、もう術には使えないんだけれどね」

「ほほう」

 言われてよくよく見てみれば、確かに。自分の手元にあった時とは微妙に様相が変わっている。目に縫い付けられていたボタンは、赤い石から緑の木と白い何かに変わっているし、腹を縫い閉じている糸も黒ではなく、赤だ。

(可愛い? これが?)

 今一度しみじみと見る。年ごろの女の子の考えはよくわからない。と、言うかまったく理解できない。
 だが、これも個性のうちなのだろう。

「実に、個性的な造形ですね」
「でしょ、でしょ!」

 お気に入りを褒められて、嬉しかったのだろう。四の姫は上機嫌で元呪術人形にほおずりした。

「Patchie(ツギハギくん)って呼んでるの」
「なるほど、確かに見た通り分かりやすい。術の知識がおありと言うことは、姫は魔法について学んでおいでなのですか?」
「そうよ。魔法学院の初等科で勉強してるの。もうすぐ初級術師の試験があるのよ!」
「なるほど」

 貴族の。それも騎士の令嬢が魔法使いを目指すなんて。しかも本格的に術師の試験を受けるなど、王都ではまず考えられないことだった。しかし、一方でロベルトがこれまで勤めていた東の交易都市では、個人の資質を活かすことはごく普通に行われていた。それこそ、家柄や身分を問わずに。

「それは、団長にとっても頼もしいことですな」
「ありがとう、ロブ隊長」

 ともあれ、ひとまず安心した。あの人形はもう、無害なのだから。
 安堵のあまりロベルトはころっと失念していた。フロウの店の裏口に置いてきた(と言うか落としてきた)はずの人形が、なぜ、ニコラの手に渡ったのか。
 彼はまだ知らない。四の姫とヒゲの薬草師の繋がりを。
 
 一方で四の姫は………

(どSって聞いてたから、てっきり意地悪な人かと思ってたけど……シャルとダインの言う通り、割といい人みたいね)

 初めて顔を合わせる隊長に、友好的に接しようと決めていた。

「ね、ロブ隊長」
「はい?」
「就任祝いに何かプレゼントしたいのだけど……巾着袋とクッション、どっちがいい?」
「では、巾着でお願いします」

 ロベルト・イェルプは万事において実用性を重んじる人間だった。

「わかったわ。えーっと、何か希望するモチーフはある?」
「ウサギでお願いします」
「ウサギ? ずいぶん可愛いのを選ぶのね」
「私の個人紋なのです」

 そう答えるロベルトのマントには、ウサギを刻印した盾の形をしたブローチが留められていた。

「わかったわ! 楽しみにしててね!」
「はい、ありがとうございます」

 笑み交わす二人をこっそりと、モレッティ館に住むちっちゃいさんたちと、キアラが見つめていた。

「うさぎ、うさぎ」
「たいちょうさんは、うさぎ」

 水盤の陰からしゃらしゃらと、せせらぎの音にも似た声で囁きながら。歌いながら。

「うさぎ、うさぎのたいちょうさん」

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illustrated by Ishuka.Kasuri

(四の姫と兎の隊長さん/了)

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