▼ 【30-8】その感覚は初めての…
2013/05/21 0:33 【騎士と魔法使いの話】
眠りこけた羊達を荷車に乗せて牧場に放してを繰り返したディートヘルム=ディーンドルフがフロウの店に戻ったのは、すっかり日が暮れてからの事だった。
見慣れた大鍋に杖を挿した看板を見れば疲れた表情を緩め、扉に手をかけて開く。中から漂う薬草の匂いにもすっかり慣れていた。
「ただいま!フロ……ウ……。」
しかし、薬草師の店主が居る場所に向けて声を投げた騎士は、俯いていた視線が追いついたことで、その言葉が止まった。
店の奥にあるカウンター……普段店主の薬草師が居る所にその姿は無く、代わりのように長身の男が腰掛けながら本を捲っていた。
そして思い出す。この店には今「もう一人居る」事を……その男は、本に視線を落としたまま、ダインの言葉に答えた。
「……フロウなら2階で寝ている。」
「そう、か。」
返ってきた言葉に小さく呟くダインの心にもやっとしたものが広がる、それはじりじりと内側が焼けているようにも感じた。
その感覚を辿るように、ダインはレイヴンの隣にどっかりと座った。ちらりと、本から僅かに逸れたレイヴンの視線がダインを見る。
「……いつからだ?」
「……何がだ。」
「お前と、あいつの付き合いだ。……何時からなんだ?」
「……そろそろ、20年くらいか。」
20年、という言葉がズン……と胸の内に圧し掛かってくるような感覚を覚えて沈黙する騎士。
魔術師の視線が再び本に戻った後、その重みを吐き出すように……ようやくダインが口を開いた。
「…………………その頃俺はまだ赤ん坊だ……。」
「……そのようだな。」
視線を本に向けたまま素っ気無く返ってくるレイヴンの言葉に、胸にわだかまっていたもやもやじりじりに火が付いたようにダインがガタッと椅子を倒さんばかりに立ち上がる。
「俺も寝る、フロウの隣で……同じ部屋の、同じベッドでだ。」
「……そうか。」
じっとレイヴンを見ながら、一字一句はっきりと押し付けるように言葉を投げつけるダインの言葉に返ってきたのは……先と変わらぬ静かな言葉。
その返答がダインにとっては妙に腹立たしく、むっと顔を歪める。
「……本気だからな!やるっつったらやるぞ!」
「……あぁ。」
そう言葉を叩きつけて2階へどかどかと上がっていくダインに、結局レイヴンは返事の言葉しか返さなかった。
焦って止める事も、言葉を荒げる事も無いのがまるで余裕のように見えて、ダインは余計に火のついたもやもやを抱えてフロウの部屋へと向かった。
存外に礼儀正しい彼が『おやすみ』の言葉を同じ建物の誰かに告げる事なく部屋を去るのは、とても珍しいことをレイヴンは知るはずも無かった。
***
フロウの部屋にたどり着いたダインは、もう音を立てて歩くような事はしなかったが、それで心の内が収まったわけではない。
手早く服を緩め、眠れるような格好になると、大人一人が使うよりも大きく丈夫に作られたフロウのベッドにもそもそと潜り込んだ。
既に寝息を立てているフロウが、少し暑そうにもぞりと身じろぐと、ダインは少し触れるだけの距離に留めるが、決してベッドから出ようとはしなかった。
手足がほんの少し触れるだけ、寝顔が見えるだけ、身体に染み付いた草花の香りが少し鼻を掠めるだけ……それだけで、ダインの胸の動悸がトクンと跳ね上がる。
(ああ……俺、やっぱりこいつが好きだ。顔見てるだけでどうにかなりそうなくらいに心臓ばっくんばっくん言ってる。激し過ぎて苦しい……今、ここでフロウが起きてベッドから出てけって言われたら……きっと俺、心臓止まる!)
そう考えると同時に、今まで話していた長身の魔導士……自分よりフロウと長く近く、自らの知らないフロウを知っているだろう男が脳裏を掠めると、ジリッと胸の内が焼けるような感覚を覚える。
無性に目の前の男の鎖骨に口付け、強く赤く痕を残したい衝動に駆られるが、眠りを邪魔されたフロウにベッドから追い出されるのを厭う気持ちで押さえ込み、目を瞑る。
(何なんだこれ。胸が焼けつく。初めてだ、こんなの……)
もともと疲れていたのでゆっくりとまどろみ始める意識の中、そんな事を考えるダイン自身は気付いていなかったが……
彼は今、生まれて初めて『嫉妬』していた……生身の、人間の男一人に、はっきりと…………。
<四の姫と騎士訓練/了>
次へ→【おまけ】恋しくて、嫉ましく。
見慣れた大鍋に杖を挿した看板を見れば疲れた表情を緩め、扉に手をかけて開く。中から漂う薬草の匂いにもすっかり慣れていた。
「ただいま!フロ……ウ……。」
しかし、薬草師の店主が居る場所に向けて声を投げた騎士は、俯いていた視線が追いついたことで、その言葉が止まった。
店の奥にあるカウンター……普段店主の薬草師が居る所にその姿は無く、代わりのように長身の男が腰掛けながら本を捲っていた。
そして思い出す。この店には今「もう一人居る」事を……その男は、本に視線を落としたまま、ダインの言葉に答えた。
「……フロウなら2階で寝ている。」
「そう、か。」
返ってきた言葉に小さく呟くダインの心にもやっとしたものが広がる、それはじりじりと内側が焼けているようにも感じた。
その感覚を辿るように、ダインはレイヴンの隣にどっかりと座った。ちらりと、本から僅かに逸れたレイヴンの視線がダインを見る。
「……いつからだ?」
「……何がだ。」
「お前と、あいつの付き合いだ。……何時からなんだ?」
「……そろそろ、20年くらいか。」
20年、という言葉がズン……と胸の内に圧し掛かってくるような感覚を覚えて沈黙する騎士。
魔術師の視線が再び本に戻った後、その重みを吐き出すように……ようやくダインが口を開いた。
「…………………その頃俺はまだ赤ん坊だ……。」
「……そのようだな。」
視線を本に向けたまま素っ気無く返ってくるレイヴンの言葉に、胸にわだかまっていたもやもやじりじりに火が付いたようにダインがガタッと椅子を倒さんばかりに立ち上がる。
「俺も寝る、フロウの隣で……同じ部屋の、同じベッドでだ。」
「……そうか。」
じっとレイヴンを見ながら、一字一句はっきりと押し付けるように言葉を投げつけるダインの言葉に返ってきたのは……先と変わらぬ静かな言葉。
その返答がダインにとっては妙に腹立たしく、むっと顔を歪める。
「……本気だからな!やるっつったらやるぞ!」
「……あぁ。」
そう言葉を叩きつけて2階へどかどかと上がっていくダインに、結局レイヴンは返事の言葉しか返さなかった。
焦って止める事も、言葉を荒げる事も無いのがまるで余裕のように見えて、ダインは余計に火のついたもやもやを抱えてフロウの部屋へと向かった。
存外に礼儀正しい彼が『おやすみ』の言葉を同じ建物の誰かに告げる事なく部屋を去るのは、とても珍しいことをレイヴンは知るはずも無かった。
***
フロウの部屋にたどり着いたダインは、もう音を立てて歩くような事はしなかったが、それで心の内が収まったわけではない。
手早く服を緩め、眠れるような格好になると、大人一人が使うよりも大きく丈夫に作られたフロウのベッドにもそもそと潜り込んだ。
既に寝息を立てているフロウが、少し暑そうにもぞりと身じろぐと、ダインは少し触れるだけの距離に留めるが、決してベッドから出ようとはしなかった。
手足がほんの少し触れるだけ、寝顔が見えるだけ、身体に染み付いた草花の香りが少し鼻を掠めるだけ……それだけで、ダインの胸の動悸がトクンと跳ね上がる。
(ああ……俺、やっぱりこいつが好きだ。顔見てるだけでどうにかなりそうなくらいに心臓ばっくんばっくん言ってる。激し過ぎて苦しい……今、ここでフロウが起きてベッドから出てけって言われたら……きっと俺、心臓止まる!)
そう考えると同時に、今まで話していた長身の魔導士……自分よりフロウと長く近く、自らの知らないフロウを知っているだろう男が脳裏を掠めると、ジリッと胸の内が焼けるような感覚を覚える。
無性に目の前の男の鎖骨に口付け、強く赤く痕を残したい衝動に駆られるが、眠りを邪魔されたフロウにベッドから追い出されるのを厭う気持ちで押さえ込み、目を瞑る。
(何なんだこれ。胸が焼けつく。初めてだ、こんなの……)
もともと疲れていたのでゆっくりとまどろみ始める意識の中、そんな事を考えるダイン自身は気付いていなかったが……
彼は今、生まれて初めて『嫉妬』していた……生身の、人間の男一人に、はっきりと…………。
<四の姫と騎士訓練/了>
次へ→【おまけ】恋しくて、嫉ましく。